第22話

「おはよう。私はキンバリー・マッケンジー。キムって呼ばれてる。あなたがヒロね。来たばかりで色々大変だと思うけれど、よろしく」

「よろしく」

「当分の間は私が案内してあげるから、なんでも聞いて。で、そこの保護者さん方には、そろそろお引き取りいただいてもよろしいかしら?」


 笑わない優等生のキムは、ヒロの後ろに立っている二人をペンで指しながら言った。ヒロは振り返る。


「あぁ、ありがとうございました。こちらのキムって子が案内してくれるみたいなので、それじゃまた」

「うん、じゃあ。また今度一緒にご飯でも食べましょ。キム、ヒロの事よろしく」


 今まで付き添ってくれていた二人に対して、引き続きヒロはぶっきらぼうな態度だったが、リカは明るく答えてアレックスと一緒に去っていった。

 スクール棟の建物内をゆっくり案内しながら、キムはヒロにスクールでの生活やあれこれを教えてくれた。

 午前中は日本の学校でも教えられているような科目を教える、ごく普通の授業がある。午後からようやくアルディオンらしくなって、魔法についての座学と訓練。その後に魔獣対策や体術の訓練を行い、放課後は夕食まで各自で何らかの研究活動をする。夕食後もすぐ休むわけにいかず、日々出される課題をこなしてから寝る。

 それを月から金までの週五日こなすのが、スクールに通う生徒たちのスケジュールらしい。日本の高校よりもハードなように聞こえた。

 スクールは一年ちょっと前に若年層ガード、といっても実戦投入される前のガード候補生というのが正確なところだが、の増加に伴い、彼らの教育機関として設立された。

 アルディオンに来た時期と大まかな年齢でクラス分けがされ、一通りの事を学び終えると、リカやアレックスのように部隊に配属される。

 部隊配属後も、未成年はそのままスクールに通い続けなければならない。かつては大人たちも兼業ガードが多く、街のあちこちで普通に働いていたようだが、最近は魔獣の出現頻度が上がってきていて、みんなで世界中を飛び回っているらしい。

 というような事を、キムは淀みなくヒロに説明した。

 スクール棟を一通り巡り終え、最後に教室まで連れてこられた。キムの案内それ自体は、全体に丁寧で分かりやすく決して不親切ではないのだろうが、端々に高圧的な感じが漂っていた。この子とっつきにくい、ヒロは思った。


「ねえ、聞いてる? あなた、私と同じ部隊に配属される予定なんだから、しっかりしてよね。ちゃんと一度で覚えて、面倒かけないようにして」

「あ、うん。頑張るよ」

「何か他に質問はある?」

「特に…… ないかな」

「じゃ、座って待ってなさい。私、行かなきゃいけないところがあるから」

「あのさ、どの辺に座ればいいのかな」

「特に決まってないから、好きなところに座って。じゃ」

「あ、ありがとう」


 ヒロのお礼に対して、キムは右手を軽く挙げただけで済ませると、そのまま出ていった。

 どこでもいいと言われたので、ヒロは後ろの窓際の席に座った。ここからなら、外もよく見える。こちらは日本に比べて春が遅いのだろう。スクールの周囲の木々には、芽吹きはじめたばかりの緑が眩しく光っていた。

 生徒たちがぱらぱらと教室に入ってくる。彼等は転校生に慣れているようで、気さくにヒロに挨拶をしてくる。みんな名乗っては、握手やハグを求めてくる。フレンドリーなのは良いが、聞き慣れぬ外国人の名前ばかりで、ヒロは誰が誰だか、ほとんど覚えられなかった。

 《翻訳》の魔法のお陰でクラスメートの言葉は通じるものの、国籍はバラバラ、年齢にも少し幅があるように見えた。

 昨日まで通っていた高校とは全く違った環境で、この上なく不安。な筈なのに、変化が大き過ぎて頭が着いていかないのか、なんなのか。なんだか他人事のように思えてきた。逆に落ち着いてきさえしている自分が少し怖かった。

 程なくして教師が現れた。教師はツカツカとヒロの元まできて、キャサリン・ペイジと名乗って、ヒロに握手を求めた。彼女はイギリス出身で本来は物理担当らしいのだが、教師が不足しているせいで、一人でいくつもの教科を教えているそうだ。

 彼女の自己紹介が終わると、今度はヒロが自己紹介をさせられた。その場で立ったままの簡単なものだったので、あまり緊張せずに済んだ。

 教室中を見回したヒロの目に入ってきたのは、肌の色も様々な生徒たちだった。分かってはいたが、日本人はヒロ一人のようだった。

 授業はすぐにスタートした。午前中は数学、歴史、物理、政治学の四科目だった。単純に講義を受けるだけでなく、生徒同士で意見を戦わせたりもするので眠くなる暇もなかった。

 リカの言っていたとおり、テキストは英語だった。みんなが話す言葉は分かっても、文字になると分からない単語が多く、今日のところは日本語表記に変えて誤魔化すことにした。

 それぞれの教科も今まで習ってきたよりも範囲が広かったり、内容がより詳細だったりした。それだけならまだ良いが、そもそも政治学など習ったことすらない。歴史だって、日本史を取っていたので、急にローマとか言われても困る。数学は苦手じゃないが、物理は高校でまだ習い始めたばかりだった。

 魔法を使えるのと頭の良さに、相関は全くないらしい。英語が読めないだけでも厄介過ぎるのに、何でこんなに知らないこと、分からないことだらけなんだ。

 ヒロが焦りを感じていると、一つ前の席で大きな声がした。


「相っ変わらず、分っかんねぇ」

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