第21話
――コンコン
ノックの音で、ヒロは目を覚ました。
見慣れぬ天井、見慣れぬ部屋。
そうだ、ここは日本じゃないんだ。ヒロは自分が今いる場所を思い出した。
昨日、買い物から帰ってきて、すぐにベットに入ったところまでは覚えている。
窓からは明るい光が差し込んでいる。端末を見ると、午前六時半。ベッドに入ったきり、そのまま朝まで眠ってしまったようだった。
身体を起こして、ドアから顔を出すと、アレックスが立っていた。
「ヒロ、おはよう。調子はどうだ?」
「おはようございます。調子は、まあまあ…… です」
「そうか、まあまあなら良かった。朝ごはん食べるだろ?」
「あ、はい。あ、でも、ずっと寝てたみたいで、風呂にも入ってないんで」
「じゃ、入ってくれ。食堂まで案内するから、その辺で待ってる」
ぼんやりとしたままシャワーを浴びる。昨日買ってきたばかりの洋服に着替えると、合宿中の運動部員のように見えなくもなかった。部屋を出ると、アレックスは端末をいじっていた。
どうも、不機嫌を隠さず雑な挨拶をしても、アレックスは気分を害した様子も見せない。ただニコニコしながら、寮から徒歩二分の食堂のある建物までヒロを案内した。ガラス張りになっている一階が食堂で、テーブルがずらり並んでいる。テーブルは既に多くの人で埋まっているのが見えた。二階は日用品や雑貨が売っている売店と休憩スペース、三階から五階は娯楽スペースになっていると、歩きながら説明してくれるアレックスに、ヒロは生返事で答える。
「ヒロ、おはよう。こっちで一緒に食べよう」
食堂に入ってきた二人をみつけて、窓際のテーブルに陣取っていたリカが大声で呼びかけた。ヒロはアレックスの後ろについてビュッフェ形式で並べられている食べ物を適当に取ると、リカの正面に座った。食堂には、彼らの他にも多くの若者がいた。みんなにチラチラと見られているような気がして、ヒロは居心地の悪さを覚えた。
「スクールが始まれば、すぐに友達もできるさ。慣れるまでは辛いかもしれないが、慣れさえすれば楽しい学校生活だよ。訓練は甘くないけど、その分仲間との距離もあっという間に縮まる。心配することなんかないさ」
アレックスの言葉に、リカも微笑みながら頷いた。
「昨日あの後、晩御飯の時にアレックスに起こしに行ってもらったんだけど。やっぱり疲れてたみたいね。何回かノックしても全然起きてこなかったって。大丈夫?」
「なんとか」
「それは良かった。早速だけど、今日から午前中は普通の日程で過ごしてもらうから。ちょっと大変かもしれないけど、頑張って」
「もう『普通の日程』なんですか。大丈夫って、聞くくらいなら多少は容赦して欲しいですよ。昨日の今日ですよ。休ませてももらえないんですか」
「若いんだから、そんなこと言わないで。午後はゲームしてたって良いんだから」
「昨日はデバイス買ってくれて、ありがとうございました。今、手持ちもないんで助かりました。給料貰えるんでしたっけ? 貰ったら返しますよ」
「どうしたどうした。あれはプレゼントだって言ったでしょ。ほら、若いから体力あるでしょ、午前中だけでも頑張ってみて。午後は好きなことしてゆっくり過ごしてていいから」
「はあ、まあ俺なりに頑張ってるつもりですけど、こんなよく分からないところ連れてこられて。若いって、リカさんだって十分若いじゃないですか。エスペランサと違って」
それを聞いて、誰かが後ろでクスりとした。
「ヒロ、私のこと若いって言ってくれたのね、一応ありがとう。でも、女性に対してそういうこと言うのやめなさい。とても失礼だし、なんて言うか不愉快だわ」
「はいはい、気を付けます」
「はい、は一回でいい! って、エスペランサなら怒るね。あの人、訓練中は本当に怖いから、担当してもらうことがあったら気を付けるのよ」
「はいはい、分かりました」
環境の激変に疲労が重なれば、反抗的な態度を取るのも仕方ない。むしろヒロがそれを隠さず、ぶつけてきてくれるのは、多少なりとも打ち解けてきた証拠かもしれない。そう思うことにして、リカは口答えするヒロをスルーした。
朝食を食べ終えるとリカとアレックスは、食堂棟を出て車道を挟んで向かい側にあるスクール棟まで、ヒロを連れていった。茶色の外壁のスクール棟は、三階建てで高さこそなかったが横長の大きな建物だった。
メガネをかけた黒人の女の子が、スクール棟の入り口に立っている。白いシャツにネイビーのブレザー、スカートはグレー地にチェック。まるで日本の制服のような格好だが、よく似合っている。
長く伸びた黒髪を編み込んで、背は百七十五センチのヒロと同じくらい、タブレットを左脇に抱えて、右手に持ったペンをクルクルと回している。いかにも優等生タイプといった雰囲気だ。そんな女の子が笑みも見せず、堂々と立っていた。
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