第18話
日本のちょっとした地方都市にあるよりも、遥かにみすぼらしく小さな空港にヒロは降りた。仮にもここは首都なのだろうかと、ヒロは訝しんだ。
古めかしいデザインの時計が、七時のあたりを指していた。飛行機に乗ったのは日付が変わって少ししてのことだったから、ずいぶんと遠くまで来てしまった。
「ヒロ、ぼさっとしてるんじゃないよ。飯の時間だよ」
きょろきょろとあたりを見回すヒロを、エスペランサがどやしつける。
空港のターミナルビル、そういうにはあまりにも貧相な建物に入ると、いきなり目の前に小さな食堂が現れた。短い距離だったが、ここまでに慌ただしく走り回るスタッフ以外、他に客らしき人間がいるのを見なかった。果たして経営は大丈夫なのだろうか、ヒロはしなくてもよい心配をした。
客席の一つに荷物を置くと、エスペランサがズカズカとカウンターの中に入っていく。奥のキッチンに向かって声をかけると、慣れた手付きでカップを並べて、コーヒーを淹れ始めた。
「見ての通り、この食堂にウェイターはいない。だから、ほぼセルフサービスなんだよ。料理作ってるあのオッさんは、警備員も兼ねててね。専門じゃないから簡単なものしか作れないけど、腕前自体はそう悪くはない。ほら、みんなのコーヒー持ってきな」
ヒロはカウンターの上に並べられたコーヒーをテーブルまで運んだ。各々が料理を手伝ったり食器を揃えたり、すぐに準備は整った。全員席に着くとエスペランサがコーヒーカップを持ち上げる。
「それじゃ、ヒロ。ようこそアルディオンへ。取り敢えず入国の祝いといこうじゃないか。遠い所、よく来てくれた。不安はあるだろうけど、ここは決して悪い所じゃない。アルディオンでの生活をせいぜい楽しんでくれ。コーヒーじゃあ調子は出ないが、乾杯!」
乾杯と皆が口を揃えると、カップを高く掲げた。
ヒロは、よろしくお願いしますと言いながら、みんなに会釈をする。日本のドラマでオジさんがこんな動きをしていたなと、思い出すと変な笑顔になって、口の端が曲がった。コーヒーは薄くて苦かった。
皿に置かれていたホットドッグは、その見栄えからは想像できない美味しさだった。
「美味いだろ。それバルナバス印のソーセージ。スパイスと肉汁を上手く閉じ込めるのが秘訣だそうだ。そういえば牛だけじゃなくて、豚も飼ってた」
アレックスの再びのバルナバス擦りだったが、口一杯に頬張っているヒロは喋れない。喋れない代わり必死に頷いたので、それがみんなの笑いを誘った。
すぐに食べ終わって、全員でいそいそと食器を片付ける。
「アンセルモ、今日も美味かったよ。ありがとう!」
エスペランサがキッチンの奥にいる男性に声を掛ける。男性は顔も上げず、手を軽く振って、それに答えた。
空港の建物を出て、コンラッドの運転するバンに乗り込む。白い車体が泥で汚れていてあまり綺麗ではなかったが、日本のメーカーの車だった。
車が走り出すと、十分もかからずに市街地に着いてしまった。移動中にヒロが目にしたのは畑か草っ原、少し遠くに丘と森があるだけ。人工のものはほとんどなかった。そんなたっぷりの自然の中にあるのは、やっぱり大したことのない街。ギリギリ街と言える程度の街だけだった。
建設中のやたらと横幅のある建物はいくつかあるが、せいぜいが五階建てで、高層ビルなどというものは陰も形もない。街の奥に異様に巨大な灰色の建造物が聳えている。そのせいも有ってか、街全体が灰色という印象を与える。都会育ちのヒロは、それだけでホームシックにかかりそうだった。
市街地に入ると、道路だけが綺麗に舗装され、片側二車線で広々とした作りになっているのが異様だった。街の大部分を構成する昔からの建物は全体に白茶けていた。面白くもない街並みを眺めていると、いかにも最近手を入れたであろう立派な教会が目に入った。車はその教会を過ぎてすぐに左折し、周囲を壁に囲まれた区画に入っていく。壁の中、道路の両脇にある建物は、半分ほどは建設中で、残りはまだ真新しさを残していた。建物群を抜けた先には、一部だけしか舗装されていない広大なスペースがあった。車はそのスペースに入ってすぐのところで停まった。
ヒロとリカを降ろすと、他の四人は今回の報告をしに行くとかで、そのまま来た道を戻っていった。
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