第17話
笑いが収まると、ヒロは再び真面目な顔になった。
「そう言えば、ボストンの事件って四年前なんですね。アルディオンの建国が二年前って言ってませんでしたっけ?」
「ああ、建国はね。活動自体は五年以上前からやってたんだ。最初はタラスとミラだけだったんだよ。そこから少しずつ仲間を集めてね。でもそのうちに、何て言うか、個人に毛が生えた程度のボランティア組織みたいな活動に限界を感じたみたいで。他の言い方がないから自分達の組織を教団て言ってるけど、宗教を広めたい訳じゃないし、ましてや営利を求めてるわけでもない。諸々すっ飛ばして言うと、色々考えた挙句、国として独立しようってなったんだ。な、リカ」
「すっ飛ばし過ぎだけど、そうね。ていうか、さっき私がせっかくタラス様って、『様』付けたんだから、アレックスもそうしてくれないと。タラスに箔が付かないでしょ」
「タラスに箔って。無駄だよ。ガワ見ちゃったら、人の良いオジさんにしか見えないんだから」
「それはそうだけど、一応は教主だし、国のトップなんだから」
「まあ、タラスのことはいいとして。地道に魔獣退治しながら、少しずつ人数増やして、何ヵ国も繋がり作って。ロシアともどうにかこうにか折り合わない折り合いを付けて、表向きは自治都市って形だけど、ようやく二年前の三月に建国したんだ。色々大変だったよな、リカ?」
「うん。大変だった。今でも毎日大変だけど」
「それは確かに」
リカとアレックスは楽しそうに笑い合っている。二人のそんな様子は、ヒロに安心感を与えた。
「でも、皆さん、魔獣退治って怖くないんですか? あんな化け物相手にして」
「そりゃ最初は怖かったさ。でも、魔法が上手く使えるようになってくると楽しいんだ。まるでスーパーヒーローになった気分さ。魔法のおかげで、魔獣の攻撃なんか痛くも痒くもないし。あんまりこういうこと言ってると、上の人たちに怒られるんだよな」
「そうよ、アレックス。調子乗ってるとバルナバスに怒鳴りつけられるわよ。『我々は魔法に関してあまりにも無知だ。汝、過信をこそ恐れよ』って」
「前より似てきたな、リカナバス」
「そう? まあ、この任務に来る前も怒られたし、上手くもなるよね」
アレックスに褒められて気を良くしたのか、リカは「汝、過信をこそ恐れよ」のくだりを何度も繰り返す。微妙なチューニングを繰り返すが、元ネタを知らないヒロは良くなっているのかどうか判断がつかない。
「……そのバルナバスさんて人、そんなに怖いんですか?」
「ああ、ごめんごめん。怖くない怖くない。顔だけは怖いけど。私たちが調子に乗ってると、お小言は言ってくるけど。そもそもガードは昔ながらの軍隊みたいなところじゃないから安心して。本人の前でも、よくこうやって軽口叩くんだ。で、顔真っ赤にして怒られるくらいの信頼関係はあるから」
それは本気で怒られてるヤツだとヒロは思ったが、リカは何でもなさそうな顔で話を続ける。
「で、そのバルナバスって言うのが、うちのナンバースリーで頑固親父って感じかな。ちょっと、っていうかだいぶ融通が利かないところはあるけど、ガード実戦部隊の責任者で、色々うるさいし、細かいし、話長いし、あれ? 私、悪口しか言ってない。良い所もあるのよ、牛飼ってるところとか」
「リカ、最後のそれは職業だな。とにかく堅物の教師みたいなところはあるけど、ガードみんなのことを良く見てくれてる、ただの口うるさいオッさんだ。そして、牛を飼っている」
アレックスは得意気な顔で牛飼いネタを繰り返して、アメリカンな感じで笑った。
「取り敢えず、牛を飼ってる人だってことは分かりました。偉い人たちって、そのオジさん的な、うちの親と同じくらいの年齢の人が多いんですかね?」
「ヒロのお母さんて、おいくつ?」
「たしか、四十四です」
「親の年齢がスラッと出てきた。私なんか、親の年すぐに思い出せない。四十四ならタラスとミラさんは、それよりも少しだけ下かも。バルナバスは、同じくらいだったんじゃないかな」
「リカ、よく知ってるんだな」
「ミラさんが三十九ってことは覚えてるから。タラスはそれよりも三つ上で、バルナバスはさらに少し上だったはずだけど、どれくらい上かは知らない」
「牛のオジさんの扱いが雑…… じゃあ、リカさんとアレックスさんよりも若い人っているんですか?」
「その、さん付けそろそろ止めようか。なんか変な感じだ。ちなみに俺とリカは二十五で若手っちゃ若手かな。今日一緒だった、コンラッドは三十代でグリヤは俺よりもちょっと下くらい。エスペランサは、この前、四十になっちまったとか言ってたな。最近じゃヒロと同じ十代も増えて来てるけど、まだ任務には参加させてない。まずは、スクールでしっかり勉強してもらうのが仕事だな」
「スクール?」
「そ、スクール。そのまま学校って意味。未成年には、ちゃんと勉強してもらわないと。通ってる子の話聞いてると、日本の高校よりも大変そう。課題も多いし、結構ハイレベルな事やってるみたいよ。色々な国の人間が集まってるから、気の合う子を見つけて友達になれると良いね」
「外国の人とほとんど喋った事ないから、不安だなぁ」
「大丈夫よ。今もアレックスと普通に喋ってるじゃない。それにさっき幹部で外国人の偉い人に向かって『脳筋ババア』って暴言吐いてたじゃない」
「幹部って、あの人が?」
「そ。エスペランサはガード実戦部隊のサブリーダーだから、ナンバーフォーってところかしら。これからも頑張って暴言吐いてあげてね」
リカが意地悪く笑いながら、ヒロの頭をポンポンと叩く。ヒロは苦笑いして右耳の後ろを掻いた。
その時、機内に到着を知らせるアナウンスが流れた。日本を飛び立つ時真っ暗だった空が、いつのまにか明るくなっていた。ところどころ緑に盛り上がっているが、日本ではお目にかかれない広大な平原が眼下に広がっていた。
大平原の中に一箇所だけポツリと取り残されたように人工物が密集している場所が見えた。そこから少し離れた場所に小さな空港があった。ヒロたちを乗せた飛行機はゆっくりと降下を始めたのだった。
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