第15話
「――なんであんたは犬っころを殺しちまうんだい、もったいない」
「もったいないって言われても、さすがにあの距離までヒロに迫ってたら手加減なんかできなかった」
「アレックスは殺しちゃったけど、アタシは一匹捕まえた。コンラッドもワイバーンを生きたまま一匹落とした。問題ない」
「私も一匹捕まえましたっ」
「リカも捕まえられてエラいね、少し成長したね」
「やった。エスペランサに褒められた」
誰かが喋っている。
犬を殺すだのワイバーンを落とすだの、物騒なんだかファンタジーなんだか、よく分からない話だ。まどろんだままで、ヒロはその訳の分からない会話を聞くともなく聞いていた。
「それにしても、ヒロはよく寝るねぇ。離陸した途端に寝ちまって、アタシらが騒いでたって起きやしない。大した根性してるよ」
――さっきから、あの女の人、声がでかいなぁ。あぁ、あれってエスペランサか。エスペランサ? エスペランサって誰だっけ。そういえば、家族と別れて飛行機に乗って、外国に行く途中なんだっけ。
急激に意識を取り戻したヒロは、ガバと跳ね起きた。
「お、王子様のお目覚めだね」
エスペランサがグラスを持った手をヒロの方に向けて言った。
「あぁ、おはようございます。やっぱり夢じゃないんだ。本当に俺、そのどこかに連れて行かれてるんですね。アル……アルなんとか? そんな名前の国、今まで聞いたこともなかったけど。俺、本当にそこに行くんですか?」
不安げに聞くヒロに、リカが答えた。
「おはよう、ヒロ。そうよ、君には本当にアルディオンに来てもらう。寂しいのも分かるけど、大丈夫、そのうちご家族も来てくれる。スクールに通えば、すぐに友達もできるって」
「友達か。ミクにはしばらく会えないってことですよね。日本にはいつ帰れるんですか?」
「日本に? 任務で行くことを帰るっていうなら、そのうちチャンスはあると思うけど」
「それって」
「うん。もう君の母国はアルディオンだから。日本に行けたらラッキー、くらいに思ってた方が良いと思う」
「そんな…… そういうことなの?」
「そう。戸惑うのは分かるんだけどね。じゃなきゃ、ご家族にまで移住は勧めないでしょ。新しい環境に慣れるまで大変だと思うけど、私たちがサポートするから」
ヒロを励まそうと、リカは笑顔を作る。とそこに、一際大きな声が響き渡る。
「ママとお別れして早速、泣き言かい。アンタのママ、春子って言ったかい? 春子はアンタのこと大事にしてんのがよく分かった。あれは本当に強くてイイ女だね」
エスペランサが、グラスにビールを注ぎ足す。
「ただね。あんまり母親がイイ女だと、子供の方は甘えん坊に育っちまう。そこが困ったとこだよ。いつまでもママ、ママって泣いてたきゃ、泣いてりゃいいさ。でも、アンタがメソメソ泣いてる間にもね。辛い思いをしてる人間はそこら中にいて、そういう人たちがどんどん増えてくかも知れないんだ。それだけは、忘れるんじゃないよ」
「別に泣いてないし。そもそも、自分で選んで行くわけでもない。ちょっとくらい愚痴って、何が悪いんだよ」
「さっきまで、ボクも魔法が使えるんだ! なんて、はしゃいでたと思ったら、ママから離れた途端、メソメソしやがったから喝を入れてやったんだろ。そんなヤツがアタシに口答えなんて、一丁前じゃないか。自分で選んでないって? そんなのみんな一緒だよ。アタシたちの都合なんかお構いなしに奇跡だか悪夢だか、とにかく常識じゃ考えられないような事が起こってる。で、そこには助けなきゃならない人たちがいて、だからアタシたちはそこに行く。それだけのことさ。たったそれだけのことが分からないなら、あれかい? アタシが拳で教えてあげようか」
「いきなり拳って、なんだよ。脳筋ババァかよ……」
ヒロが反射的に口に出した呟きを聞いて、たちまち笑いが起こった。ババァは失礼だが脳筋には違いない、それは言っちゃいけない、口々にみんなが囃し立てる。
ヒロの隣にやってきたエスペランサはシートに腰を下ろすと、彼の肩を抱いて言った。
「ヒロ、気に入ったよ。アンタ、線は細いが春子に似て肝は座ってるみたいだね。そういう奴の方が見込みがあるんだ。帰ったら、みっちり仕込んでもらいな。アタシはあっちで飲んでるからね。ま、向こうに着くまで、リカたちとゆっくり話してるがいいさ」
行くよ、と言って、エスペランサはグリヤを連れて、後方に消えていった。
軽く殴られでもするんじゃないかと身構えたが、そんな事はなかった。彼女が話し始めると、どうにも調子が狂う。よく分からないうちにエスペランサのペースで物事が進んでしまった気がして、ヒロは苦笑するしかなかった。
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