第14話
「あ……。お兄ちゃんの学校の人、死んじゃった。一クラス全員」
その小さな呟きは、周囲に重く響いた。ヒロと春子は言い争うのを止めて、アヤカの端末を覗き込む。
そこでは報道機関がニュースとして、ヒロの高校の三年生の一クラス全員が死亡した可能性があることを伝えていた。他にも様々な破壊や人間の死を伝えるニュースが溢れていたが、一際大きく取り扱われているのが、そのニュースだった。
その身近に起こった悲劇を、ヒロと春子はすぐに飲み込むことができなかった。彼らに向かって、エスペランサが淡々と言い放った。
「それが現実だよ」
「でも、そんな……」
あまりに現実離れした事件に戸惑う春子の隣で、ヒロがハッとした顔をする。
「きっと三年一組だ。そういえば廊下の一番向こうの教室から煙が出てた。あの時、廊下には誰もいなくて。みんな先に逃げたんだと思ってた」
「これから先もこんな事が世界のどこかで続く。私は少しでもそれを減らしたい。何があろうとヒロには来てもらう。まあ、しばらく家族だけで話すといい。あとね、近いうちに、春子とアヤカにもうちに来てもらうことをお勧めするよ」
エスペランサが、すっと立ち上がる。リカとアレックスもそれに続いた。ヒロたち家族だけが、その場に残された。
三人が言葉少なに話していると、スーツ姿の一団が部屋に入ってきた。その一団は二手に別れ、片方はヒロたちのところに、もう一方はエスペランサの元に向かった。
彼らは自らを外務省の特別なタスクに従事する事務官だと言った。簡単な自己紹介を終えると、複数の文書を机の上に並べた。一人がアルディオンと日本の間には、ガード候補者の引き渡し協定があることを説明した。
事務官の説明を受けても、春子は納得しなかった。どこにこんな馬鹿な話を受け入れる親がいるのか、そもそも憲法違反ではないのか。彼女は一歩も引かなかった。
押し問答は続いたが、ヒロのアルディオン行きの決意が固いこともあって、最終的に春子は折れざるを得なかった。春子は涙を堪えながら、いくつもの書類にサインをしていく。
母親が書類にサインする横で、ヒロは少し離れた場所にいるエスペランサたちを眺めていた。声を荒げては事務官に詰め寄るエスペランサ。それを必死に宥めるリカとアレックス。何度も繰り返されるその光景が、なんだか可笑しかった。
全てのサインを終えた春子は、憔悴しきった様子で椅子に座っていた。そんな彼女をヒロは慰めることもできない。エスペランサは、まだ揉めていた。事務官は困り果てている。そこへエスペランサの部下がやってきて、何か耳打ちした。
エスペランサは話を強引に打ち切ると、いくつかの書類に乱暴にサインをして、後はそっちでやっておくれ、と大声で言い捨ててその場を立ち去った。
リカは、会議室を出て行くエスペランサを見送ると、ヒロのところに小走りでやってきた。
「ヒロ、残念だけど、もう行かなきゃ。だから、そろそろご家族と……」
「はい、分かりました。じゃあ、母さん、アヤ。もう行くよ。絶対に二人も後から来てよ。向こうに着いたら、なるべく早く連絡するから」
「何でこんなことになったのかしら…… なんて言っても仕方ないわね。気を付けてね。必ず迎えに行くから。危ない目にあったらすぐに言うのよ。リカさん、この子に何かあったらただじゃおかないって、あのエスペランサって人に伝えてください。そうだヒロ、これ着替え。急いでたから少ししか用意できなかったけど。本当に気を付けるのよ。アヤ、あなたからもお兄ちゃんに何か言って」
「えぇと…… 元気でね」
「何だよ、元気でねって。もう会えないみたいな言い方するなよ、もうちょっとあるだろ。また後でとか」
「いや、会えるのいつになるか分かんないし」
思春期の兄と妹の別れの挨拶は、いまいち噛み合わない。出口の方からさっさと行くよ、とエスペランサの大声が響いた。
「ごめん、あの人がうるさいから、もう行くよ。向こうで待ってる」
ヒロは精一杯の虚勢を張り、わざと素っ気ない感じを装った。
息子との別れを惜しむ春子の目から涙が流れる。ヒロもつられて一筋の涙を流したが、すぐにそれを拭うと着替えの入ったバッグと通学用バッグを掴んで、立ち上がった。
リカの後に続いて歩くヒロは、一度も振り返らずにドアの向こうに消えていった。
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