第13話
「お話し中、申し訳ない。アレックスと言います。エスペランサに代わって、私から説明しましょう」
説明下手なエスペランサのせいで、不毛な応酬が続きそうになったところにアレックスが割って入る。
アルディオンというのは二年前、聖職者タラス・シェレスによって建国された、ユーラシア大陸中央部にある小国らしい。
タラスはある日、神から啓示を受けた。世界各地に現れる魔獣を退治し、平和を維持せよというのが、その内容だった。彼はその活動の為に建国を決意した。建国とはいうものの、国際的な承認もなく、ロシア国内の半自治都市というのが実際のところらしかった。
実際はハーフ自治な都市国家だけれども、アメリカから莫大な支援や援助を取り付けたことで、農業・牧畜だけが主な産業だった小さな田舎街が、今では最先端の研究も行えるような、目覚ましい発展の途中にあるらしい。
住民は元からそこに住んでいる人々が大半だが、ヒロのような魔法が行使できる人間を世界中から集めていて、徐々にその割合が増えてきている。それらの人々を組織化し、魔獣を討伐することが国家の使命であり、彼らアルディオン人が今日ここにいるのも、その任務の為だった。
説明を終えたアレックスに、春子が聞いた。
「表面的にはそういうことなんですね。それは、分かりましたが、そもそも神からの啓示だなんだ、魔法だなんだって言うのは、なんなんですか? ちょっと意味が分からないのですが」
「突然のことで意味が分からないと仰るのは理解できるのですが、あなたと私がこうして何の障害もなく話せることで納得してもらうしか……」
「要は新興宗教団体が母体の怪しい自治都市ってことでしょう? 詐欺にしてもあまりにも荒唐無稽というか、レベルが低いというか」
「怪しい、と言われてしまうと返答に困りますね。我々は怪しくないですよ、などと言ったところで余計に怪しくなりますし」
「とにかく、ヒロにはこのまま日本にいて、今までと同じ生活を続けさせます」
「ですが、今日の東京に起こった出来事が現実です。あなたも映像は見たでしょう。あのような魔獣による災害がこれからも発生し続けます。ヒロには魔法の素質がある。それは、我々人類にとって貴重な資産です。アルディオンでその力を育て、彼自身を守り、家族を守り、そして人類を守ってもらう必要があります。このまま、ここに残していくわけにはいきません」
「ヒロは普通の子なんです。魔法の素質なんてある筈もない。連れて帰ります」
我が子を渡すまいと必死に抵抗する春子に向かって、ヒロがおずおずと口を開いた。
「母さん、俺は魔法が使えるんだ。たぶん本当なんだ」
「ヒロ、あんた、何言ってるの」
「だって、母さん、さっき目の前に浮かんだ図形見えてた? 俺には見えた。母さんにはそれが見えてなかったみたいだから、分からないかもしれないけど。あれが見える人には魔法が使えるらしいんだ。だから僕にも魔法が使える」
「は? あんた、騙されてるのよ。良い加減にしなさい。魔法魔法って、なに訳分から……」
母の言葉は続いていたが、唐突にヒロがアレックスの方を向いた。
少し間を置いてからアレックスの前に、ぼんやりと光る球が浮かんだ。
「これも魔法です。ヒロがあなたよりも先に私の方を向いたのは、魔法がこれから行使されるのが分かったからです」
アレックスが春子にそう言ったが、彼女は返事もできない。畳みかけるようにアレックスが続けた。
「簡単には信じられないかもしれませんが、このようなことが我々には可能です。ヒロもアルディオンに帰れば、魔法が使えるようになります。将来的に安全かどうかで言えば、魔法が使えた方が安全な筈です。二親等以内のご家族でしたら、移住していただくことも可能です。お二人も移住されてはいかがですか?」
「そんなこと急に言われても。仕事もありますし」
「これからヒロには訓練を受けてもらいますが、訓練期間中も彼に対して給料は支払われます。贅沢な暮らしとはいきませんが、それだけで当面ご家族を養うくらいの余裕はあるでしょう。ヒロは高校生なので、教育面のご不安があるかもしれません。ですが、それもご心配には及びません。日本と同程度かそれ以上の教育を受けられることを保証します。高等教育、研究機関の誘致も進めているところですので、先々を考えれば日本にいるよりも良い教育が受けられるようになる筈です。私自身も研究者でして、実際に誘致に携わっています。ですから、これは自信を持って言えます」
アレックスの勢いに押され気味の春子だったが、気を取り直して聞き返す。
「でも、結局母体は新興宗教なんですよね? 入信すれば新しい自分に目覚めるとか、お決まりの終末思想とか、あるんでしょ」
「いや、それはそうですね。無くはないか。アルディオンに来ればヒロは魔法が使えるようになるし。魔獣の災害を放置すれば、最終的に人類は終末をむかえることになってしまうかもしれない……」
「ほら、ただのカルトじゃない」
「いや、それらを新興宗教の勧誘パターンとして捉えられてしまうと…… 決して何か教義を押し付けるわけではないですし。こう言うとおかしな話に聞こえてしまうと思いますが、信仰の自由は保証されています。魔法の習得とガードとしての活動だけは義務ですが。あ、ガードというのは我々魔法が使える人間のことです」
「カルト集団が認める信仰の自由って何よ。とにかく怪し過ぎる。ヒロは渡せません」
春子は息子を守ろうと、なおも頑なな態度を崩さない。
「母さん、良い加減にしてよ。俺は魔法が使えるんだ。今日みたいな事件に巻き込まれて怖い思いだけして、何もできないなんて嫌だ。本当に死にそうになったんだよ。それをこの人たちに助けてもらったんだ。俺は行くよ」
「ダメよ。百歩譲ってこの人たちの言うことが正しいとしても、危険な目に遭うに決まってるんだから。あなたに何かあったら、亡くなったお父さんに何て言えばいいの」
「父さんのこと持ち出すなんてずるいよ」
「ずるいも何もない。お父さんの分まで、責任持ってヒロを育て上げるって誓ったんだから。とにかく、あなたはまだ子供なの、そんなの母さんは許さないわよ」
「じゃあ、母さんはこの人たちだけが危ない目に遭って、自分の子供だけが安全ならいいの?」
「だから、そういうことじゃなくって……」
母と兄の言い争いを他所に、一人端末をいじっていたアヤカが呟いた。
「あ……。お兄ちゃんの学校の人、死んじゃった。一クラス全員」
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