第12話

「アヤカ、何! 今、母さんはこの人にお兄ちゃんを連れていかないでって言ってるの」

「うん。お母さんがそう言ってるのは分かってる……」

「分かってるなら何なの!」

「何なのって。お母さん、さっきからこの女の人と言い争ってるみたいだけどさ、言ってること分かってるの?」


 アヤカの質問に、春子が眉間の皺をさらに深くした。


「は? 分かってるに決まってるでしょ。難しいこと言ってるわけじゃないし」

「難しいとかどうとかじゃなくって。さっきから、なんで日本語と外国語で会話してるの?」

「アヤ、何言ってるの? こんな時にふざけないの」

「ふざけてないよ。お母さん英語話せるでしょ。だから、最初はお母さんは相手の言ってる事が分かってるのかと思ったの。だけど、お母さん、ずっと日本語で言い返してるし。何かよく聞いたら、この人の話してるの英語じゃないっぽいし。ねえ、そうでしょ、お兄ちゃん」


 他人に対してここまで怒りを露にする母親の姿は初めて見たので、ヒロは驚いていた。それに、二人の会話はヒロにも普通に理解できていた。

 それらのせいで、妹の問いかけが何を意味をしているのかヒロにはすぐには分からず、なかなか答えることができなかった。しばらく考えた末、ようやくそれが魔法の影響だと思い当たったヒロは、それをそのまま口に出してしまった。


「ああそれ魔法!」


 アヤカはポカンとした顔をして、束の間の沈黙の後、いきなりキレた。


「は? おにい、何言ってんの? ふざけんな!」

「あ!? お前、それがお兄ちゃんに向かって言う言葉か? こっちは大変な思いしてきたんだよ、わざわざこんな場面でふざけるわけねーだろ」

「こっちだって、さんざん心配して待ってたら、訳の分からない人たちが来て、いきなりここまで連れてこられたの。大変なのは、お互い様でしょ」

「お互い様って、来てくれたのはありがたいけど。お前に来てくれなんて頼んでねーし。それに、いちいち生意気なんだよ」

「はぁ? 頼まれてないとか、生意気とか。何なの? まずは来てくれてありがとう、でしょ?」


 咄嗟の返事が、ああそれ魔法と、大変残念な感じになってしまったのはヒロも自覚していた。が、妹があまりの勢いで食ってかかってくるものだから、つい腹が立ち、いつものように言い返してしまった。


「はいはい、そこ兄妹喧嘩しないの。エスペランサもややこしくなるから、こういう悪戯みたいなことするの止めてよ。雨木さん、はじめまして。荒木里香と申します。突然のことで驚かれているとは思いますが、座ってお話しを聞いていただけませんか。我々は決して、ヒロ君とご家族を引き離そうとか、そういうつもりではありません。日本の政府関係者もこちらに向かっていると連絡が入っていますので、それまで我々の話を聞いてくださいませんか」


 リカが割って入ると、兄妹喧嘩のせいで気を削がれたのか、春子も話を聞く気になったようだった。ヒロの隣に春子と伽耶が、その向かいにリカとエスペランサが座った。


「まず、妹さんの言ったことが、お母さまには分からないと思いますので、私から説明します。エスペランサはスペイン語でお母さまにお話しています。意思疎通できるよう『翻訳』の魔法を使ったので、お母さまとは話ができましたが、妹さんには何もしていないので、エスペランサが何を言っていたのか、彼女には分かっていませんでした」


 そう言われても、理解が追い付かず、春子とカヤはお互いに、嘘でしょ、本当に、などと言い合っている。

 春子は、すぐには信じられず、エスペランサに話しかける。お互いに簡単な自己紹介をしただけだったが、スペイン語の分からないアヤカには、エスペランサが名乗ったことしか分からなかった。それから何度も二人はやりとりを繰り返したが、やはりアヤカに内容が分かる様子はなかった。


「母さん、本当なんだって。魔法だけじゃない、大きな化け物だって、この目で見たんだ。信じられないことが現実に起こってるんだ。良い加減この人たちのこと信じてよ」

「そんなことって……」

「ややこしいので、アヤカちゃんにも魔法かけますね」


 リカが風邪薬処方しますね、くらいのノリでアヤカに『翻訳』の魔法をかける。


「じゃあ皆さん、あらためてよろしく。さっきはお堅い喋り方してたけど、疲れたから普通に喋らせてもらうよ。アヤカ、アタシの言ってること、分かるかい?」


 エスペランサが質問すると、カヤが何度も何度も頷く。


「ヒロには我々の国、アルディオンに来てもらう。申し訳ないがこれは譲れない。そこでトレーニングを積んで、将来的には我々と同じく魔獣退治をしてもらう」

「いや、だからダメですって」

「ダメと言われても、無理だね」

「無理と言われても、こちらはもっと無理です」


二人は、お互いに無理無理と子供のように繰り返す。そんな二人を見兼ねたのか、アレックスがツカツカと近付いてきて言った。


「お話し中、申し訳ない。アレックスと言います。エスペランサに代わって、私から説明しましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る