第10話
「ありがとうございます。やっと帰れるんですね。ミク、さっき一緒に女の子もいたんですけど、同じ方向だから一緒に帰りたいんです。さっきアレックスさんが狼をやっつけてた所なんですけど、そこまで、ミクのところまで連れていってもらえませんか?」
「あぁ、ごめんごめん。勘違いさせちまったね。ミクって子と一緒に帰るのは無理だよ。ヒロは私たちと一緒に帰るんだ、私たちの国アルディオンに」
エスペランサは、ぶっきらぼうに言った。アルディオンという国の名前に、ヒロは全く聞き覚えがない。何も言えずに困っているヒロに、リカが助け舟を出した。
「このまま、直接連れて帰るんですか。まだ高校生みたいだし。ちょっと可哀想なんじゃ」
「リカ、あんたがそう言うのも分からないでもないけどね。家族にはもう連絡取ってるし、挨拶くらいさせてやれる。こっちにゃ時間も金も有り余ってるわけじゃないんだからさ。さっさと帰ってやる事やらないと。アンタが同じ日本人としてサポートしてやんな」
そう言われてリカはヒロの方を向いて、済まなそうな顔をした。
「エスペランサ、あんたは悪い人じゃないんだが、やり方が何でも荒いんだよな」
アレックスが横から口を出す。エスペランサは一瞬ムッとした顔をするが、すぐにニコりと笑って、じゃあアンタが代わりに優しく説明してやりなよ、と言い放って部屋の外に向かって歩き出した。
「ヒロ、申し訳ないがエスペランサの言うとおり、君はこのままオレたちと一緒に来てもらう。先程のような魔獣が、この先いつ世界のどこに現れるかも分からない状況なんだ。魔法を使える人間も決して多いわけじゃなくてね。君のような貴重な人材を遊ばせておくわけにもいかない。アルディオンに帰れば、君も我々と同じように魔法が使えるようになるんだ。そうなれば……」
「えっ、俺も魔法が使えるんですか!」
魔法が使えるという言葉に、ヒロは食い気味に反応してしまった。
「ああ、そうだ。そのうち君も魔獣を退治できるようになる。魔法が使えれば、君自身も安全だし、ゆくゆくは君の家族や大事な人も守ることができるようになるだろう。ご家族には我々の仲間がきちんと説明する。すぐに手続きを進めて、近いうちにご家族と一緒に暮らせるように手配もする。だから安心して着いてきてくれないかな、ヒロ」
自分も魔法が使える。そんな特別な能力があると言われて、ヒロは完全に舞い上がってしまった。
「そうなのか。俺にも魔法が使えるんだ。凄いな…… そう言えば、他に俺みたいな人はいないんですか?」
「今回は君一人だけだ。どこにでもいるものじゃないからね」
「へえ、そっか。そんなにいないんだ。あ、ところで、俺が魔法が使えるって、どうして分かったんですか?」
アレックスの代わりにリカが答える。
「さっき図形みたいなのが見えるか聞いたよね。アレ、正式には魔法陣て言うんだけどね、魔法が使える人間にしか見えないものなの。で、魔法が使える人は魔力を持ってる。そして、恐ろしいことに魔獣にも魔力がある。魔獣を追跡する時には、魔力を感知するための魔法を使うの。で、魔獣を探してたら、君のことも見つけたってわけ」
「えーっと、なんとなく分かりました。てことは、今、ネットで騒がれてるような動画のあの人みたいになれるかもしれないってことですよね。あれって、リカさん達の仲間なんですよね?」
「ああ、あれね。あれは私達の仲間だけど…… 何、あの動画って人気なの?」
「フェイクなんじゃないか説もあったから、単純に人気なのかって言われると分からないですけど、少なくとも話題にはなってました。俺もついさっきまでは半信半疑だったけど、あれ現実だったか。スゲー格好良いな」
ヒロが言うと、リカとアレックスは顔を見合わせて苦笑した。
「そう、君にはスゲー格好良く見えるんだ…… ああなる必要はないと思うけど、あんな感じにはなれると思うよ」
ヒロはそれを聞いて目を輝かせる。そんな彼を見て、リカは不安げな顔をしている。
「もう話は済んだのか? そろそろ行かないとエスペランサに置いてかれるぞ」
話が中々終わらないので、入り口で待っていたコンラッドが声を掛けた。エスペランサの姿は、とうに消えていた。四人は急いで一階まで降りた。
エントランスの車止めに停まっていたバンは、乗り込むやいなや動きだした。ヒロが後部座席から助手席のエスペランサに恐る恐る訪ねる。
「あの、すみません。ちょっとだけでいいんで、挨拶くらいはミクにしちゃだめですか」
「あぁ? まあ仕方ないね。いいよ。だけどね、あまり余計なことは喋るんじゃないよ。アンタはもう仲間だけど、ミクって子は普通の子なんだ。ややこしくなるから、くれぐれも魔法がどうこう言うんじゃないよ」
「分かりました」
エスペランサは端末を操作して、どこかに連絡を取りはじめた。
再びヒロ達が狼に襲われたあたりに到着すると、医療スタッフに伴われたミクが道路脇で待っていた。
ヒロは車から降りて、ミクに駆け寄る。
「ミク、怪我は大丈夫」
「うん大丈夫だよ。ヒロも大丈夫そうで良かった。私たち助かったのね。これで帰れるね」
「本当に二人とも助けてもらえて良かった。あのさ、ちょっとこのまま直接家には帰れないみたいなんだ、なんか手続きとかあるみたいでさ。少し時間がかかるかもしれないけど、いずれ学校に行った時に、また」
「そうなの。分かった。今日はありがとうね、私のこと庇ってくれて嬉しかった。格好良かったよ、ヒロ」
ヒロとミクは手を取り合って、じっと見つめ合う。ほんの数秒だったが、とても長い時間のように二人は感じた。ヒロは目を潤ませながらも、なんとか涙はこぼさないでいられた。
それからもう少しだけ話してから、別れの言葉を交わした。名残が尽きることはなかったが、ヒロは再び車に乗り込んだ。
ヒロたちの乗った車が大通りを遠ざかって行く。いつもは多くの車が行き交う大通りも、今日はヒロの乗る車、それ一台しか走っていない。テールランプの赤い光が見えなくなるまで、ミクは健気に手を振り続けていた。
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