第9話
ヒロが煙の立ち上る街並みを眺めているうちに、エレベーターが止まった。
エレベーターから降りると、開きっぱなしになったドアが見えた。ヒロはそのドアの向こうに通される。歩くと足元がふかふかしているのが分かった。
高校生のヒロにはホテルの部屋の判別はできないが、これがスイートルームというものだろうか。玄関のようなスペースがあり、ホテルなのにメインの部屋はヒロの家より広く、その上さらに部屋がいくつもあるようだった。
メインの部屋には、三人の外国人がいた。ヒロたちが部屋に入ると、腰掛けていた高級そうなソファから、一斉に立ち上がる。帰ってきたアレックスとリカに向かって何か労をねぎらうような言葉をかけながら、順にハイタッチをしてはハグを交わしていく。
場違いな感じに、ヒロは大いに戸惑った。一番手前にいる男性がヒロを手招きするので、流れ的に同じようにしないわけにもいかず、見知らぬ三人とハイタッチアンドハグを繰り返す。風格というべきか圧力というべきか、どうやら一番奥の女性がリーダーのようだった。
「はい、じゃあ私の方を見てくれるかな」
リカがそう言ってヒロに向かって手を翳すと、図形が浮かぶ。先程、外で見たものとは、色とデザインが違う。
『翻訳』リカが呟いたが、何も起こった感じはない。ヒロはポカンとして、その場に棒立ちになった。
「はい、オーケー。それじゃあ、まずは私たちの自己紹介からはじめましょうか。さっきも言ったけど、私は荒井 里香。ちゃんと、リカって呼んでね」
軽いノリのリカに続けて、リーダー風の女性が挨拶を始めた。
「私はエスペランサ。エスペランサ・ドレイク。スペイン出身。さっきは大変だったみたいだけど、落ち着いてるみたいだね。ボウヤ、偉いよ。これからよろしく頼むよ」
「やぁ、俺はアレックス。さっきは危ないところだったな。もっと早く助けたかったんだが、色々うまくいかなくてね。危ない目に合わせてしまって、済まなかった」
狼からヒロを助けてくれた男性、アレックスが続けた。
「ね、魔法って凄いでしょ。『翻訳』って魔法で、お互い意思疎通ができるようになるの。アレックスは英語、エスペランサはスペイン語で喋ってるはず」
さっきまでアレックスは英語を喋っていたのに、キョトンとしているヒロに向かってドヤ顔のリカが言った。
ヒロには、リカが何を言っているのか、よく分からなかった。分からなかったが、明らかに外国人なルックスの人間の言っていることが、彼には分かった。日本語ができる外国人なんて
知らぬ間にイヤフォンでも突っ込まれて同時通訳でも聞かされているのでは、そう思い付いて耳の穴に指を突っ込んだが何もなかった。
「戸惑っているところ悪いんだけどね。さっさと先に進めさせてもらうよ。こっちのがコンラッドで、そっちがグリヤ。フルネームに興味があるなら、後で個別に聞きな」
エスペランサが、すらりとした長身のにこやかな男性と、無愛想な感じの女性を順に紹介してくれた。黒く長く伸ばした髪を後ろで束ねている男性、コンラッドはヒロと同じアジア系の人種だ。にこやかな表情でヒロに微笑みかけてくれている。
女性の方のグリヤは、肩のあたりまでの黒髪で、肌は浅黒かった。深緑色の瞳が印象的だった。背はヒロよりも少し低い。彼女は素っ気なく、その瞳を逸らしただけで、ろくに挨拶もしなかった。
「僕は。僕は雨木弘です」
状況が分からないなりに、ヒロはどうにか名前だけを伝えた。それを聞いて、エスペランサは続けた。
「弘ね。ヒロって呼ばせてもらうよ。で、私たちは今回アンタの国、日本まで遠路はるばる魔獣退治に来たわけ。さっきヒロも襲われたアレのこと。もう分かるね? 前にも一度この国に退治しに来たことがあったから、もっとスムーズに活動できると思ってたんだけどね。今回は都会のど真ん中だったからか、色々渋られちまってさ。なかなか動き出せなくってね。結果的に被害が大きくなっちまって、悪いと思ってるよ。ま、とにかくヒロ、アンタを助けられて良かった」
「あ、ありがとうございます。で、あの、その魔獣って何なんですか」
「魔獣ってのは怪物だよ。アンタが見たとおりのバケモンさ。普通の動物並みの知能しか持ってないから、私たちにとっては、そんなに怖い存在なわけじゃない。だけど、アイツらには鉄砲どころか、ちょっとした爆弾も通用しなくてね。戦車ならそこそこイケるんだけど、あんなもん気軽にパパッと都会に持ち出せないだろ。そこで、私たちみたいな魔法が使える人間が重宝されるってわけさ。で、あいつらは元々そこら辺にいるわけじゃなくて、別の世界から湧いてくるのさ。湧いてくる現場を押さえたわけじゃないから、どうやって現れるのか本当のところは知ったこっちゃないけど。それで、あの魔獣どもをぶっ倒すのが今回の任務だったってわけ。ついでにアンタの事も見つけられたから、今回は大収穫だね。めでたしめでたし。ってことで、分かったかい?」
「いや、分かったかって言われても。よく分からないことばっかりで……」
「ま、あまり時間がないから、帰りながら話そうか」
無理矢理に話を区切って、エスペランサは立ち上がった。
ヒロは彼女の話す言葉自体は分かっても、その意味するところは全く理解できなかった。だが、帰れる、という言葉を聞いた今、この場をただやり過ごせさえすれば内容など理解できなくても、大した問題ではなかった。
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