第3話ようこそ
ラグナロク四
ようこそ
太陽の光と雲ひとつない青空があって、それを眺めていられるかぎり、どうして悲しくなれるというの?
アンネ・フランク
第三昇【ようこそ】
鳳如が400年もの間封印されている間、青龍たち聖主によって結界がはられていた。
それらは鬼たちをことごとく撥ね退け、その場所を守っていた。
鳳如に科せられた罰は、身体が朽ちても死ぬことが赦されないこと。
聖主たちの分身となり、結界を張る者として管理をすること。
職を辞することは可能だが、裁きが終わるわけではなく、5年以内に職に戻らない場合は苦痛を与えられる。
それ以外にもあるようだが。
あれからようやく400年の時が経とうとしていた。
「・・・・・・」
目を開けると、隙間からは零れんばかりの陽の光が入ってくる。
あまりに眩しくて、一度目を閉じた。
そして、そこで考える。
戻ったとしても、もう誰もいないのだと。
少ししてからまた目を開けると、鳳如は身体を起こし、手足を動かしてみる。
目頭に手の甲を当てると、そこからしばらく動くことが出来なかった。
「・・・っ」
孤独が怖いわけではなく、ただ、二度と戻らない時の流れを感じていた。
目元に少し溜まったそれを拭うと、鳳如は立ち上がった。
―ようやく来たか。
「長かったからな。それにしても、こいつは・・・」
鳳如が戻ってくると、そこには立派な建物があった。
ある程度距離が離れてはいるが、獅子以外の聖主たちの姿も確認できた。
そして4体が作る結界の外にいる鬼達は、こちらを睨みつけて、結界を壊す機会を窺っているのだろう。
自分以外の4人を見つけるまで、鳳如はただひたすら、1人でその場所を守り続けた。
「・・・・・・」
ふと、声が聞こえるような気がするのだが、気のせいだ。
それが分かっているから、余計に虚しい。
―あいつらは、葬っておいた。
「・・・そうか。ありがとな」
―貴様が造るのだ。此処をな。
「・・・出来るかは分からねえが、どうせ断ったってやんなきゃならねえんだろ?なら、俺の好きなようにやらせてもらうさ」
―生意気を。
横目で獅子を見ると、鳳如は笑った。
それからおよそ190年後のこと。
鳳如は結界を聖主たちに任せ、主人探しに出かけていた。
簡単に見つかると思っていたが、そうでもなかった。
戦いたくない、死にたくない、今のままで良い、どうして自分が、そんな考えの人間ばかりだった。
主人探しに苦戦していた鳳如は、ある日何処かの森に入ると、切り株に腰を下ろしていた。
「ふう・・・」
どっこいしょ、と言いながら座ると、首を回したり欠伸をしていた。
その時、何か気配を感じた。
「・・・?」
これまでに感じたことの無いような、不思議な気配だった。
しかし只者ではないことだけは分かると、鳳如はすぐに身構える。
そして意識を集中させると、すぐ近くの木の上と、同じくらいの距離の木の陰にひとつずつ、そしてすぐ後ろの木にも似たような気配を感じた。
この時、まだ剣を持っていた鳳如は、一瞬で剣を抜き、後ろの木を切り倒した。
メキメキと大きな音を立てて倒れていった木の陰からは、着物姿で、黒と白の髪をした男が姿を見せた。
そしていつの間に斬っていたのか、他の二本の木もどさっと倒れて行った。
「何者だ」
「主こそ何者じゃ」
「鬼の気配がする。ここで倒す」
「・・・・・・」
鳳如は男と距離を測るが、男は一向に構えようとしない。
それどころか、他の二つの気配が男の横に現れると、ひょうたん型の入れ物に入っている酒を飲み始めた。
金髪の長い髪の男は下駄をはいており、手には大きな扇子とリンゴを持っている。
もう一人は、黒く長い髪をしており、着物ははだけた感じだが、普通に立っているのではなく、木の枝に身体を巻きつけている。
蛇の類かと思っていると、真ん中にいる男が口を開いた。
「主、何故ワシを恨む」
「鬼のせいで色々あってな」
「・・・ならば言わせてもらおう」
男が一歩近づいてきて、鳳如はピクリと眉を顰める。
しかし男は平然とした顔で、こう述べた。
「過去の事象の、それも過ちをいつまでも持つか。ワシは主と戦う心算はない」
「・・・?戦う心算がない?」
「ワシの名はぬらりひょん。確かに鬼じゃ。じゃが、主に危害を加えた覚えだぞない。それとも、主はワシに見覚えがあるのか」
「・・・・・・」
黙り込んでしまった鳳如は、しばらく様子を窺っていたが、男、ぬらりひょんは攻撃をしてくる気配がなかったため、おとなしく剣をしまおうとしたその時。
「!!」
いつの間にか、鳳如の剣の先が綺麗に斬られていることに気付いた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
互いに見合っている間に、鳳如は腰にささっていた鞘に折れた剣を入れると、鞘ごと腰から抜いて切り株の上に置いた。
「主、名はなんと言う」
「・・・鳳如」
「そうか。鳳如、主は何故鬼を憎む」
自分の身に起こったことを簡単に説明すれば、ぬらりひょんは少しだけ険しい顔をしていた。
小さい頃連れて来られ、鬼と戦わされていたことも、上司が裏切って鬼を呼び、仲間が殺されてしまったことも。
その上司を葬ったことで、400年間封印されていたことも。
全てを話し終えると、ぬらりひょんはゆっくり目を閉じ、その場に胡坐をかいて座った。
「?」
なんだと思って見ていると、ぬらりひょんは口を開いた。
「それは申し訳ないことをした。幾ら頭を下げようとも、決して主の記憶からは消えることのない過去であろう。ワシらの監督不行き届きじゃ」
「・・・!」
大柄で威厳もある男が、頭を下げた。
これにはさすがに鳳如は驚いてしまい、その場に立ちつくした。
「ワシはぬらりひょんの名を継いでから、まだ全ての鬼を把握しきれておらん。ワシは先代からのお言葉通り、人間を赦し、人間を導くためこのあたりを見回っておった」
「赦す・・・?導く・・・?」
ここでようやく、ぬらりひょんはゆっくりを顔をあげた。
その眼差しはあまりに強く真っ直ぐで、嘘を吐いているようには見えなかった。
「ワシらも協力しよう。ワシらは決して主らに手を出さん。そして、何かあればすぐに駆けつける」
「・・・そりゃ、それは助かるけど」
「こっちは天狗、こっちはおろちじゃ。こ奴らも存分に使ってくれて構わん」
天狗はやれやれと言った感じで笑っているし、おろちは話しを聞いているのかいないのか、蜘蛛を捕食していた。
はっきり言って、その光景を見たときはドン引きした。
それから少し、話しをしていた。
見た目が人間だからなのか、あまり違和感なく話せた。
「ワシらは鬼じゃが、人間を襲おうなどとは思っておらぬのじゃ。しかしながら、古より鬼は人間の敵とされてきた」
自分達よりも強い鬼という存在は、人間にとって脅威でしかなかった。
「人間は何故ワシら鬼を敵としているのかは知らぬが、最初に手を出してきたのは人間の方じゃ」
「・・・それは遠まわしに俺を責めてるのか?」
「いや。責めても仕方あるまい。ただ、見た目や生き方、食べもの、価値観、そういったものが違うということは、人間にとってそれだけ受け入れ難いものだと言う事じゃ」
鬼が自分たちを襲ってきたと思っているかもしれない人間は少なくない。
しかし、歴史上において、鬼が人間を襲ったという記述などない。
人間はその見た目だけで敵だと決めつけ、鬼は仲間ではないと断定してしまったのだ。
それによって、鬼もまた、人間を敵とみなし、それは時代を流れて行くように、時代時代に受け継がれていく。
「時の流れとは恐ろしいものじゃ」
「負の歴史か」
ふと、ぬらりひょんが鳳如に尋ねてきた。
「主は何故人間離れした力を持っておる?」
「・・・・・・」
鬼の血を持っているから、そう答えればなんと言われるだろうか。
少し黙った後、鳳如は笑いながら適当に答えて軽く流していた。
しかし、ぬらりひょんは鳳如の何かに気づいているらしく、根拠のないそれは間違ってはいなかった。
「普通の人間ならば、ワシらの気配に気づくはずがない。ましてや、あのような太刀さばきが出来るはずがない」
「・・・その一瞬で剣を折っちまったくせに、よく言うよ」
「不可抗力じゃ。いきなり斬りかかってきた相手の武器をそのまま返すほど、ワシも懐のデカイ男ではない」
「図体はでかいけどな」
こうして、鳳如はぬらりひょんたちと出会った。
それから更に375年後にもなった頃。
聖主たちの身体に何か違和感があり、そこから“石”が生じた。
その石にはどんな力があるのか、最初は分からなかった。
その石と同時に姿を見せたのが、清蘭だった。
見たことのない装飾を施したものを身につけている女性、清蘭は、聖主たちを見て両手を広げると微笑んだ。
「遅くなりました」
この時、清蘭が聖主たちにそう言っていたのが聞こえたが、清蘭が何処から来たのか、なぜ此処にきたのか、それは知らない。
石は清蘭が預かることになり、毎日毎日、ひたすら祈って結界を強化した。
清蘭はほとんど部屋に籠っており、大きな蓮に向かって祈るのだ。
巫女の類なのか、それさえも分からないが、聖主たちが結界の中に入れたのだから、大丈夫なのだろうという様子だ。
しかし、清蘭は祈りに時間ばかり割くため、食事も碌にとらなかった。
お腹が空くことがないのか、それとも我慢して祈りをしているのか、とにかく、本当に食事をしなかった。
「清蘭様、そのように長時間祈られては、お身体に障ります」
「心配無用です。私は、この為に産まれてきた存在。祈ることでしか、私を証明出来ないのです」
「・・・・・・」
せめて飲み物だけでもと、こまめに部屋に入って行ったこともある。
だが、やつれている様子もなければ、顔色が悪いことも無いため、清蘭に任せることにした。
そこへ、何の前触れもなくぬらりひょんたちがやってきた。
「ここがのう」
「結構綺麗じゃ」
建物を見ながら勝手に入ってきたぬらりひょんたちは、鳳如によって招き入れられた。
急に現れた3人に、鳳如は明らかに不機嫌そうな顔を向ける。
「何しに来たんだ」
「結構な言い草じゃのう。ほれ」
そう言って、ぬらりひょんがぽいっと投げてきたのは、酒と煙草だった。
しかし、それを受け取った鳳如は、煙草など吸ったことがない。
「・・・俺は煙草は吸わねえんだよ」
「気が向いたときにでも、吸ってみれば良かろう」
ぬらりひょんが煙管を取り出して吸う姿を見ると、巽謨と重なる。
その時、何やら足元に違和感を感じた。
鳳如が足元を見てみると、そこには小さな女の子がいた。
「へ?」
背が低いせいか、鳳如を見上げるようにしてあげられた首は、ちょっと痛そうだ。
くいっと鳳如のズボンを引っ張ると、目をキラキラさせていた。
「そ奴は座敷わらしじゃ。どうしても着いてくると言って聞かなかったもんでな」
おかっぱ頭の女の子は、鳳如のことをじーっと見たあと、にぱあっと笑った。
一瞬キョトンとしてしまった鳳如だが、不器用ながら笑ってみると、座敷わらしは両腕を差し伸べてきた。
「何?」
「抱っこじゃ」
「はあ!?抱っこ!?」
叫びながら視線を下に向けると、座敷わらしは鳳如を見てニッコリ笑う。
「そ奴な、泣くと頭に響く声を出すんじゃ」
平然とそう言ったぬらりひょんを軽く睨むが、鳳如は仕方ないと、その小さな女の子、座敷わらしを抱っこした。
思ったよりも軽かったその女の子は、鳳如に抱っこされるとニコニコ笑った。
「散歩でも連れて行ってやれ」
「なんで俺が」
「耳元で泣かれると、ワシでもキツイ」
「・・・・・・」
半ば脅されるような形ではあったが、鳳如は座敷わらしを連れて建物の中を歩いて回った。
あれはなんだ、これはなんだと、色々と質問してくる座敷わらしに、鳳如は出来るだけわかりやすいように答えた。
「あそこの部屋はなんじゃ?」
「あそこは清蘭様のいる部屋だ」
「行きたい!」
「ダメだ。あそこは神聖な場所だから、清蘭様しか入れないことになってる」
「・・・嫌じゃ!行きたい!!!」
「・・・はあ。ちょっとだけだぞ」
その部屋をそーっと開けると、その中には1人の女性の後ろ姿があった。
女性の前には大きな蓮があり、ぽう、ぽう、と光っている。
「閉めるぞ」
そう言って鳳如が部屋を閉めようとしたそのとき、座敷わらしが鳳如の腕からひょいっと逃げ出してしまい、清蘭の方に向かって走って行ってしまった。
鳳如は慌てて腕を伸ばすが、間に合わない。
「おい!!!」
「!!!」
鳳如が叫ぶのと同時くらいに、座敷わらしは清蘭の腰に抱きついた。
清蘭も最初は驚いていたが、可愛らしいその座敷わらしを見ると、優しく微笑んだ。
「まあ、どうしましたか?」
「ワシ、ここにいたいのじゃ!お主のことを守るぞ!!」
「あら、心強い」
冗談だと思い笑っていた清蘭だが、座敷わらしの決意は本物だったようだ。
ぬらりひょんたちが帰ろうとして鳳如たちを探していると、ある部屋の前で鳳如が立っているのが見えた。
「何をしておる」
「おう。お前んとこのあいつ、どうなってんだ?」
鳳如の視線の先には、清蘭に抱きついたままの座敷わらしがいた。
ソレを見て、ぬらりひょんは部屋の中へと入って行き、座敷わらしを連れ出そうとした。
「何をしておる。行くぞ」
「嫌じゃ!ワシはここに残るのじゃ!こ奴を守るのじゃ!」
「主に何が出来る。足手まといになる前に、ここから帰って」
「嫌じゃ!!!!」
清蘭から引きはがそうとしても、清蘭の服にしがみ付いて離れない座敷わらしに、ぬらりひょんはため息を吐く。
「ここがどういう場所か分かって言っておるのか」
「分かっておる!」
「ここは鬼を倒す場所じゃ。要するに、ワシらとは考えが違う鬼がやってくるのじゃ」
「分かっておる!」
「ということは、ここに来る鬼は、主のことを狙うやもしれぬのじゃぞ」
「!!分かって、おる!!」
少し沈黙があったということは、多少事の重大さが理解出来ているということだろう。
しかし、それでも清蘭から離れようとしない座敷わらしに、ぬらりひょんは首筋裏を摩る。
「ならばお主、死ぬ覚悟が出来ておるということじゃな」
「!!!」
このぬらりひょんの言葉に、座敷わらしは思わず涙目になる。
「ぬ、主が守ってくれると言うたであろう!?ワシも、ワシも誰かを守りたいのじゃ!それに、鬼達も分かってくれるやもしれん!」
「・・・・・・」
ふう、と小さく息を吐くと、ぬらりひょんは少し優しい目つきに変わる。
「そうじゃのう。約束したのう」
それを聞くと、座敷わらしはコクコクと何度も大きく頷いた。
そっと腕を伸ばすと、座敷わらしの頭に手をおいた。
「ワシも、何があっても主を守ると、先代と約束したのじゃ。危ない目には遭わせられん」
「・・・・・・」
納得していないのか、座敷わらしは唇を尖らせて、ぬらりひょんを見る。
「それにのう、鬼の暴走はそう簡単には止められん。それが世の常じゃ」
「人間と仲良うしてはいかんのか?ワシは人間のことを何も知らぬ!何も知らぬのに、嫌いになどなれぬ!!」
「何も知らぬ故、恐れるあまりに傷付けるのじゃ」
「じゃが・・・じゃが!!!」
ふと、座敷わらしは何かを思い付いたように言った。
「なら!主らもここにおればよいではないか!」
「それは無理じゃ」
「何故じゃ!」
「ワシらがここにいたら、鬼の動きが読めないであろう。一気に攻められたらどうするのじゃ」
「強いから平気じゃ!」
「・・・はあ」
もう何を言ってもダメかと呆れていると、ずっと2人の会話を聞いていた鳳如が割って入ってきた。
「なら、俺らが守ってやるよ」
「・・・主にはこ奴がここにおる危険さが・・」
「さっきから見てたけどよ、もう無理だろ、連れて帰るのは。なら、俺が守ってやるよ。結界の中にいりゃ平気だろうし、もしも本当にピンチになったときは、お前等が来りゃいいだけの話だろ?」
「・・・・・・」
鳳如の提案に、ぬらりひょんはとても険しく、眉間にも深いシワを寄せていた。
しかし、座敷わらしを見てみると、目を輝かせてぬらりひょんを見ており、額に手を当てながらぬらりひょんは立ち上がった。
「わかった。ならば、主に託すぞ」
「おう。そんじょそこらの人間と同じにされちゃ困るからな」
鳳如とぬらりひょんの会話を聞いていた座敷わらしは、嬉しそうに清蘭に抱きついた。
ぬらりひょんたちが帰ったあと、少しだけ寂しそうにしていた座敷わらしだが、そのうち慣れてきたのか、清蘭の横でスヤスヤと寝てしまった。
座敷わらしを置いてきてしまったぬらりひょんたちは、天狗が少し心配していた。
「大丈夫かのう?」
ぬらりひょんはぐびっと酒を飲みながら、口を手の甲で拭う。
「まあ、大丈夫じゃろう」
―お前ら鬼なんかに、人間は屈しない。
―俺の仲間を殺した鬼を、赦すことなんて出来やしねえ。
目を細めながら、初めて会ったときの鳳如の言葉を思い出していた。
目を閉じてフッと笑うと、それを見たおろちに笑われたため、髪の毛を燃やしてやった。
「聖主たちもおるしな」
それから少しして、最初の主人たちが見つかった。
結界を維持することは容易ではなく、主人の他に部下もつけることにした。
しかしそれも簡単に見つかるものではなく、人間の体力ではなかなか辛いものがあった。
聖主と清蘭によって守られている結界だからと手を抜けば、聖主と清蘭に負担がかかる。
そういう輩は鳳如がすぐに外へと放り投げた。
「俺達が結界を張る意味なんてないじゃねえか!!」
「そうだ!こっちは命懸けでここにいるってのに、偉そうにしやがって!!」
当然、そんなことを言う、自分が一丁前になったと思っている奴らもいたわけで。
説教でもして心を入れ替えてくれるなら良いのだが、こいつはダメだと判断すると、鳳如はすぐに切り捨てた。
最初の頃は、なんて人を見る目がないんだろうと思っていた鳳如だが、しばらくすると、慣れてきたもんで、心から思っているのか、それとも嘘なのか、すぐに分かるようになった。
「人間の選別は思ったよりも簡単だ」
ふと、そんなことを思った。
本来であれば、もうとっくに死んでいるはずの自分の身体を、確かめるようにして触れてみる。
まだ心臓も動いていて、時が止まっているかのように、あの時のままの自分だ。
「・・・・・・」
なんとか形になってから50年後。
煙桜を始め、帝斗、麗翔、琉峯のメンバーが四神として選ばれた。
選ばれた、という言い方は正確ではないのかもしれない。
鳳如が長い時を経て培って来た目によって、とでもいうのだろうか。
欲に溺れることもなく、仲間を裏切ることもなく、時にぶつかりあったとしても、それを糧に出来る者達。
色々あって鬼とも戦い、強くなって弱さも知って、また強くなってきた。
「・・・・・・」
目を開けると、木漏れ日が目を直撃した。
手の甲で光を遮りながら身体を起こすと、少しだけ身体が軽くなったように感じる。
あれから3年半ほど経っただろうか。
今でもまだ、失ったものの数を数えてしまうのは、もう癖としか言いようがない。
どれだけ強くなろうとも、どれだけ名を馳せようとも、本当に手から落としてはいけないものを落としてしまえば、意味などないのだから。
そんな想いを持ったまま、鳳如はまた目を閉じる。
中央を担う鳳如はしばらく辞めて、本来の自分に戻る時間が必要だと。
煙桜が言っていた通り、鳳如の身体はボロボロだった。
1000以上生きてきて、というのか、生かされてきて、鳳如の身体にはダメージが蓄積されている。
それは鳳如が受けたものだけではなく、聖主たちへの攻撃も含めてだ。
「・・・・・・」
目元に手を置いて、真っ暗な空間を作る。
―自らの全てを犠牲にしてでも、この世界を守れ。
何もしていないのに、鳳如の身体はまた痛みだす。
「・・・っ」
いつになったら解放されるのだろうか。
解放されるはずがないことは分かっているが、どうやったら自分はこの世から消えることが出来るのか。
こんな傷だらけの身体で、鬼の血を持つ身体で、一体何を守れるというのか。
鳳如は、ただじっとそこで考える。
「俺は、いつまで生きてりゃいい?」
急に吹いた風に、言葉は掻き消された。
それからしばらくすると、鳳如は上半身をゆっくりと起こし、うーんと伸びをする。
「よし、行くか」
鳳如がその歩調で歩いていると、急にぴたりと足を止めた。
「何だ?」
「・・・・・・」
がさっと音がして、鳳如の近くに下り立ってきたのは、ぬらりひょんだった。
その手には酒を持っており、言葉を発する前にまずは酒を飲む。
「答えは見つこうたか」
「・・・いや。さっぱりだ」
「そうか」
鳳如とぬらりひょんは、近くにあった滝の傍に行くと、適当に腰を下ろした。
「あいつらは変わりないか?」
「・・・まあ、無いと言えば無いかのう」
「なんだよその間は」
「・・・・・・」
ここ三年半の中で、それほど強い鬼が来ることもなかったため、あまり行っていないそうだ。
しかし、新しく四神に入りたいと言う男が来て、煙桜が話を聞いたらしいのだが、入りたい理由というのが、次のようだった。
「だって、あんまり鬼とか来ないっしょ?暇そうだし、俺でも出来そうじゃん」
これにキレた煙桜を止めるのに、わざわざ出向いた時があったらしい。
キレた煙桜を前に平然としていた男を見て、今度は帝斗がキレたとか。
「ほお。まだそんなアホがいたか」
「それだけではない」
「まだあんのか」
また別の日にも、同じように四神に入りたいと言う女が来て、それは麗翔が話しを聞いたようなのだが。
可愛らしい感じの女は、話した感じは良い雰囲気だったため、試しにちょっとだけ働いてもらおうということになった。
「それの何が問題だったんだ?」
「問題はここからじゃ」
働いてもらったのは良いのだが・・・。
ちょっとした荷物を運んでもらおうとしたら、それが片手で持てるようなものでも。
「お、重い・・・」
ならばと、書類整理を頼もうものなら。
「えっと・・・何て読むのかな?」
女性らしく料理でも頼めば大丈夫かと思い、ご飯の支度を頼むと。
「火事になっちゃううううううう!」
最後の手段とばかりに、掃除や雑用を頼んでみると。
「つまらないし、手が荒れるからちょっと」
とまあ、こんな具合に、はっきり言って話にならなかった。
あの麗翔が零から丁寧に教えたというのに、女は麗翔が怒って怖くなると、すぐに琉峯や帝斗のところへと逃げてしまう。
だからといって、琉峯や帝斗も女の味方をするわけではない。
麗翔が顔を引き攣らせながらも笑みを浮かべているのを見て、逆に2人は恐怖を感じたようだが。
「で、そいつはどうなったんだ?」
「結局、辞めてもらったそうじゃ」
「だろうな」
そこでしばらく話しをするのかと思えば、ぬらりひょんは腰に下げていた酒が無くなると、立ち上がった。
「主が戻ればあ奴らも喜ぶじゃろう」
「どうだかな」
去り際、ぬらりひょんが少し笑ったような気がしたが、鳳如は気付いたのだろうか。
兎にも角にも鳳如はまた歩き出した。
「良いのか?もっと話さなくて」
「良いじゃろう。最後の別れでもあるまいに、何を話せというのじゃ」
「土産話でもあるかもしれぬぞ」
「ふん。天狗、お前も随分と口が達者になったものじゃな」
「そうかのう?ワシはただ、あ奴のことを誰よりも憂いておる男を、知っておるだけじゃ」
「・・・・・・」
人間のことなんて、興味がなかった。
ただ生まれた時から仲良くするな、敵だ、会ったら殺せと、それだけを言われて育ってきた。
そもそも、人間とは何か、それを知らなかった幼い少年は、小さい頃いじめに遭っていた。
なぜかと言われれば、その容姿からだ。
見るからに人間に近い少年の姿に、鬼達は人間との間に産まれたのではないかと、そんなことを言われていた。
実際はどうなのか知らないが、人間の血は混じっていないだろう。
「おい!お前、人間みてぇに弱ぇんだろ!」
「お前なんか死んじまえ!」
特別寂しいと思ったこともなく、1人でいる方が気楽だった。
そんなとき、声をかけてきたのが先代のぬらりひょんだった。
まだ小さなその少年から感じるものがあったのか、ぬらりひょんは少年に尋ねた。
「君は何を恨んでいるのかね?」
少年は、迷わずに答えた。
「僕自身」
ぬらりひょんは少年を連れ、自分の傍においたという。
しかし、当然ながら、周りにはそれを快く思わない者たちもいた。
自分が時期ぬらりひょんになるのだと思い込んでいた輩も、1人や2人じゃないだろう。
その名を手にするためだけに人生を捧げてきたと言っても過言ではないような連中ばかりが集まっていた。
少年が成長して大人へとなると、ぬらりひょんには子供が生まれた。
小さな小さな女の子で、溺愛していた。
そんな幸せな中、ぬらりひょんの身体に異変が起こった。
ある日突然倒れたぬらりひょんの周りには、男たちが集まっていた。
見舞いに来て帰りながら、男たちはこんな会話をしていた。
「もうそろそろで逝くだろうな」
「そうなると、誰が後継人になるんだ?あの男か?」
「そんなわけないだろ?あんなどこから生まれてきたかも分からないような男を、総大将になんかするか?」
「いつ頃死ぬだろうな。もう長くないだろうからな」
「おいおい、こんな話し聞かれたらまずいぜ」
話を聞いていた男は、特に何を言うでもなく、ただその場から姿を見られないようにして去っていく。
ぬらりひょんが寝た頃にそっと覗いてみると、愛娘が隣で寝ていた。
起こしたら悪いと、男はそこから立ち去ろうとすると、寝ていたと思っていたぬらりひょんから呼びとめられる。
「ワシの名を継ぐためだけに、ここにおる連中が大勢いる。しかし、この名はそう簡単にはやれんのじゃ」
「・・・なんであんな連中をおいておくのですか」
「自分を慕う者は、例え理由がどうであれ、守ってやりたいのじゃ」
「俺なら破門にしてます」
そう言うと、ぬらりひょんは笑っていた。
それからしばらくして、ぬらりひょんは病気で亡くなった。
自分の名を継いでくれと言われても、正直、最初は嬉しくもなかった。
どうせ周りからは反感を買うだけだと。
しかし縁とは不思議なもので、名を継いだ途端、背筋が伸びる様な気持になった。
「・・・・・・」
「何か思い出しておったのか?」
「・・・いや」
そう言いながら去って行くぬらりひょんの背中を見て、天狗は笑った。
時同じくして。
「ねえ、鳳如が出て行ってからどれくらい経つんだっけ」
「えーっと、確か3年、と半年・・」
「いつ頃帰ってくると思う?お土産あると思う?」
「麗翔、鳳如は別に旅行に行ってるわけじゃねぇんだぞ」
「わかってるけどさー」
最近鬼が来ないからか、来たとしてもそれほど手応えがないというのか、自分達が強くなってしまったというのか。
とにかく、暇は日が続いていた。
「ねえ、鳳如が帰ってきたときのために、パーティーの準備とかしようよ!」
「面倒くせぇなぁ。じゃあ、準備全般、麗翔に任せる」
「ちょっと!帝斗も手伝ってよ!琉峯はお菓子を作る係ね!」
「それは決定ですか」
「煙桜はねー、なんか出し物やって!」
「断る」
それより、と煙桜は続けると、帝斗にこう言った。
「帝斗、お前この前来た奴なんだったんだよ」
「この前っていつ?」
「この前だ。変な野郎を俺んとこによこしやがって。ドアを通れねえような奴を働かせんじゃねえよ」
「あー、あの巨体くんね。いや、やる気は感じたんだよ。本当に。まあ、正直言うと、あー、これドアサイズよりでかいなー、って思ったけど、とにかくやる気だけはある感じだったから、ついついOK出しちゃったよ」
てへ、と誤魔化して舌を出した帝斗だが、勢いよく帝斗の頭を叩くと、帝斗は舌を軽く噛んでしまい、悶絶していた。
やる気があるのは良いことなのだが、仕事が出来る最低限のサイズというのがある。
麗翔が話しをした女の子にしても、煙桜が話した男にしても、色々と足りないことがあったのだ。
「そういや、琉峯も誰かと会うって言ってなかったか?」
ふと帝斗が琉峯に聞くと、琉峯は少々険しい顔をした。
それだけで答えは分かったのだが、一応聞くことにした。
「夜中トイレに行くのが怖いから一緒に来て下さいと言われたので、お断りしておきました」
「・・・正解だな」
あーあ、と声を出しながら大欠伸していると、麗翔が腕組をする。
「なんか、私達ってマシなのね」
ぽつりとそう告げると、琉峯も帝斗も煙桜も、コクリと頷いた。
ぼーっと過ごしていると、そこへ何かの報告が入った。
「・・・・・・」
部下からそれを受け取った琉峯は、紙をじーっと見たまま、微動だにしなかった。
「琉峯、どうしたんだ?」
「何かあったの?」
「・・・・・・」
3人は琉峯のことをじーっと見ていると、ゆっくりと振り向いた琉峯が、表情ひとつ変えずに伝えた。
「帰ってくるようです」
「誰が?」
「鳳如さんが」
「・・・・・・はあああああああ!?ま、まじで!?どどどどどどうしよ!!」
「あわあああ慌てないで!だだだ大丈夫よ!と、特にしておく仕事もなかったはずだし・・!」
「・・・・・・」
「ていうか、もっとテンションあげて言えよ!琉峯!」
「・・・すみません」
3年という月日は、あまりに長いようで短くて。
鳳如が帰ってくる姿が遠くに見えたということで、どうやって迎えようかと考えていた。
「やっぱりパーティーみたいにして華やかにしましょ!」
「それより、酒だ!酒を用意しろ!」
「いっそ寝たふりしませんか」
「琉峯、お前どんだけ考えるのが面倒なんだ。まあ、俺もそれに賛成だけどな」
ぽかっと麗翔に叩かれると、琉峯と煙桜も渋々麗翔の手伝いをした。
「・・・おい麗翔」
「何よ煙桜」
「鳳如はこういうの趣味じゃねえと思うぞ。普通に出迎えりゃいいんじゃねえのか」
「分かってないわね、煙桜」
ちっちっち、と麗翔は人差し指を出して左右に動かす。
「どんな人でも、お出迎えがあると嬉しいものよ?」
「出迎えは良いが・・・ちとやり過ぎじゃねえか?」
麗翔の趣味なのか、それとも女性の趣味なのかは知らないが、誕生日会のように派手な飾りになっている。
「酒も持ってきたぞー!!」
「ケーキも出来ました」
「よし!完璧だわ!」
準備をしてから早数時間経っても、なかなか鳳如は帰ってこなかった。
そろそろ着いても良さそうなものだが、待てども待てども来ない。
しまいには、煙桜と帝斗で酒を飲み始めてしまうし、琉峯はこくりこくりと眠たそうに船を漕いでしまっているし、麗翔もケーキをつまみ食いしている。
「来ないわね」
「見間違いだったとか?」
結局、4人はその場で寝てしまった。
その頃、当の本人である鳳如は、時間を潰していた。
きっと自分が戻ることはバレてしまっているから、何か動き回ってるだろう。
長年一緒にいたからこそ、こういうとき、どんな反応をするのかが分かってしまう。
しかし、自分が帰って祝うともなれば、夜更かしをしてしまい、何かあったときに困ってしまう。
鳳如はわざと時間をずらして帰ることにしたのだ。
「・・・そろそろいいか」
外が真っ暗になった頃、鳳如は音を立てないようにそっとドアを開ける。
自室に戻って寝ようかとも思ったのだが、もしかしたら4人はあの広間で寝ているかもしれないと、毛布を持って向かった。
すると案の定、床で寝転がっている4人がいた。
琉峯は体育座りをしたまま、膝に顔を埋めて寝てしまっているし、麗翔はケーキに顔を突っ込んだまま寝ている。
煙桜は胡坐をかき、膝に肘を乗せて頬杖をついて寝ているし、帝斗は空いた酒瓶を抱えながら寝ていた。
「・・・誰かの誕生日だっけ?」
そう思いたくなるほど、広間は何やら飾られていた。
寝ている4人に近づくと、1人1人に毛布をかけていく。
そして広間から出ようとしたとき、声が聞こえた。
振り返ってみると、そこには眠たそうにしながらも、目を開けてこちらを見ている4人がいた。
「おかえりなさい」
「おかえり!」
「遅ぇぞ」
「やっと来たか」
ふあああ、と欠伸をしながら起きると、琉峯が鳳如にコップを差し出してきた。
それを受け取ると、煙桜が酒を注ぐ。
「よーし、じゃあ、仕切り直しだ!鳳如の帰還を祝して、かんぱーい!!!」
カーン、とコップ同士が当たった音がすると、鳳如は一口酒を飲んだ。
久しぶりに飲む酒は喉に沁みて、焼けるように熱かった。
麗翔はクリームまみれになった顔を慌てて拭いていて、煙桜はポケットから煙草を取り出すと、口に咥えた。
「ったく。大袈裟なんだよ、お前等」
「鳳如がいねえ間、俺は本当にこいつらの面倒を見てて大変だったんだぞ!」
「あら帝斗、あんた、いつ私達の面倒をみたっていうのよ」
「見たじゃねえか」
「見てないわよ。逆に私が世話してたくらいじゃない」
「ああ!?」
「うるせぇんだよお前等」
「煙桜!煙草なら外で吸ってよ!」
「今日くらい良いじゃねえか。無礼講だろ」
「あんたはいつも無礼講でしょうが」
「・・・・・・」
ぎゃーぎゃーと、先程まで寝ていたとは思えないほど元気な喧嘩を始めてしまった4人を見て、鳳如は呆れたように笑った。
そして酒をぐいっと飲み干すと、そこから見える外に目を向けた。
「・・・・・・」
「今夜は、曇ってるから月が見えませんね」
「ああ」
隣でジュースを飲んでいる琉峯が、空を水にそう言った。
目の前では、帝斗の髪を引っ張る煙桜と、その煙桜の吸っている煙草の煙をふーふーと吹いて息を吹きかけている麗翔がいる。
そんな光景を見て、鳳如は思わず噴き出して笑ってしまった。
「鳳如!聞いてくれよ!麗翔の奴、この前もまた毒物を作りやがって!」
「失礼ね!!あれはちょっと色身が悪かっただけでしょう!?毒じゃないもん!ちゃんと食べられるわよ!」
「嘘吐け!お前の毒物を食べた鳥が死にかけて、琉峯が治療してやってたじゃねえか!!」
「帝斗、お前、鳳如の部屋に勝手に入って本漁ってたろ」
「ちちちちちち違ぇよ!!べ、別に漁ってたわけじゃなくて、その、ちょっと借りたい本があっただけで・・・」
そんな日常のことを話してくる4人に、鳳如はただ黙って聞いていた。
開いている窓からは少し冷たい風が入ってきて、髪の毛を躍らせて行く。
自分で酒を注ぎ、まだ続いているそれぞれの愚痴を軽く聞きながら、鳳如は酒を一気飲みする。
そしてふう、と息を吐くと、4人の事を見た。
すでに4人して立ち上がり、琉峯は自分で作ったケーキを食べていて、麗翔は飲み過ぎたのか、気持ち悪そうに口元を押さえて端の方にいた。
煙桜は煙草を咥えながら帝斗と取っ組み合いをしている。
そんな光景を眺めながら、鳳如はただ、一言を呟いた。
「ただいま」
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