第2話空に浮かぶ地平線






ラグナロク四

空に浮かぶ地平線



 束縛があるからこそ、私は飛べるのだ。


 悲しみがあるからこそ、私は高く舞い上がれるのだ。


 逆境があるからこそ、私は走れるのだ。


 涙があるからこそ、私は前に進めるのだ。


          ガンジー
































 第二昇【空に浮かぶ地平線】




























 「巽謨・・・お前・・・」


 「違う!俺じゃ無い!!!俺が来た時にはもう・・・!!鬼にやられたんだ!」


 「なんでだ巽謨!!仲間だと思ってたのに!!!」


 「本当に俺じゃない!!俺はやってないんだ!!!!」


 こんなところで言い争いをしたところで、乃囘梨は生き返らない。


 しかし、どうして巽謨がこんなことをしてしまったのか、理由があるはずだと摸匣はなんとか聞こうとするが、巽謨は自分じゃないと言い張るだけだ。


 そこへ、仙心がやってきた。


 「やっぱり、君だったんだね、巽謨」


 「せ、仙心まで何を言って・・・?俺じゃ無い!俺じゃない!!!」


 その時、まだ倒していない大きな鬼が、3体揃ってしまった。


 「巽謨!どうしてこんなことを!!」


 「だから、俺じゃない!」


 ああだこうだ言っている間にも、鬼はこちらに向かってくる。


 鬼と戦いながらも、巽謨がなぜ鬼と手を組んだりしたのかと考えていると、摸匣は足元を滑らせてしまった。


 一瞬の浮遊感を感じたが、きっとその一瞬のうちに全てが決まっていたのかもしれない。


 ゆっくりと走馬灯のように過ぎていく景色の中には、自分目掛けて鋭い爪を突き立てながら迫ってくる鬼の姿。


 そしてそのまま自分の一生が終えるのだと思った。


 「・・・!!!」


 思わず目を瞑った摸匣だが、その身体には痛みがおとずれることはなかった。


 「・・・?」


 ゆっくりと目を開けると、摸匣のすぐ目の前には、見慣れた背中があった。


 その背中は確かに、巽謨のものだった。


 「巽謨・・・?」


 「・・・っ」


 ふらっと巽謨の身体が揺れたかと思うと、そのまま前のめりになって倒れてしまった。


 「巽謨!!」


 摸匣は巽謨の傍に寄ると、巽謨の身体からは大量の真っ赤な花が咲き乱れた。


 巽謨の身体を揺さぶり、何度も何度も声をかけてみると、顔を横に向けていた巽謨はゆっくりと目を開けて摸匣を見る。


 「へへ・・・なんて顔、してんだよ。はあ・・・馬鹿野郎」


 「あ・・・っ巽謨・・・俺」


 両膝を地面につけ、呆然としている摸匣に対し、巽謨は力を振り絞って腕をあげると、拳をつくって摸匣に向けた。


 これはきっと、鬼と戦うときにいつも4人でやっていたやつだ。


 摸匣も拳を作ると、巽謨の拳にこつん、とつける。


 「ほ・・・鳳如が、はあ、戻れば・・・お前、だけは助かるかも、はあ・・っ知れねえ。・・・はあっ、だから、もう少しだけっ、・・・踏ん張れっ」


 「巽謨・・・巽謨!!!ごめんっ俺!」


 「いいか・・・はあっ、俺は、俺達は、何があっても・・・」


 そこまで言うと、巽謨はあげていた腕をバタンと落とした。


 その巽謨の手を掴んで握りしめるが、もう巽謨は返事をしなかった。


 摸匣の掌には真っ赤に染まるそれがつき、巽謨の手を掴んでいた手をそっと離した。


 「仙心、やっぱりこいつは裏切り者なんかじゃない・・・。きっと俺達は、ただ勘違いをしてたんだ」


 そう言って、振り返る。








 その頃、鳳如は急いで帰っていた。


 「まさか牛鬼を囮にするなんてな。あいつら無事か?」


 やっとの思いで帰ると、その光景に鳳如は愕然とした。


 壊された建物はあまりに生々しく、最近まで自分達が過ごしていた場所だとは思えないほどだ。


 「・・・なんだこりゃ」


 巽謨たちを探そうと、鳳如は瓦礫の中を突き進んで行く。


 しかし、被害は思ったよりも大きく、なかなか見つからなかったが、ふと、この光景には不釣り合いな赤い髪が見えた。


 「!巽謨?」


 瓦礫を飛び越えていくと、そこには地面に倒れている巽謨だけでなく、乃囘梨も摸匣もいた。


 「!!おい!!!」


 鳳如は急いで3人のもとへ向かい、1人1人を揺さぶって意識があるかを確認するが、触れた瞬間に分かってしまった。


 もう3人は戻って来ないと。


 何があったのかと、鳳如は周りを見渡してみるが、鬼に攻撃されたとしか言えない。


 しかし、今日までにも鬼は沢山きたが、ここまで酷い状態は見たことがない。


 幾ら強いとは言っても、惨敗することなどなかったのだ。


 「一体何が・・・?」


 「鳳如」


 ふと後ろから声がして、鳳如が振り返ってみると、そこには1人生き残った仙心がいた。


 鳳如はその場に佇んだまま、仙心に何があったのか聞く。


 「仙心、これは一体・・・」


 「・・・餓鬼だけでなく、強靭な鬼が数体現れて・・・。この有様さ」


 「けど、これは異常だ。こんなこと、今までなかった」


 「今までに会ったことのないような鬼だったんだ。怪物よりも化け物よりも、そんな表現じゃ足りないくらいの鬼だった・・・」


 鳳如は目を細めて、再び視線を戻す。


 乃囘梨は背中に大きな傷があるから、鬼にやられたのだろう。


 そして巽謨も、先程身体を起こしてみたところ、胸から腹にかけて傷跡があったため、こちらも鬼にやられたのは明白だ。


 摸匣にしても、やはり同じだ。


 「・・・・・・」


 自分がもっと早く帰ってきていれば、何かが変わっていたのだろうか。


 今更何を責めても、何を後悔しても遅いのだが、そんなことばかり考えてしまう。


 鳳如は3人をきちんと葬ってやろうと、その身体に触れようと身を屈めた。


 その時――――――


 後ろから何かを斬るような風を感じ、鳳如は反射的に目の前にいた巽謨の身体を担いでそれを避けた。


 「・・・!」


 巽謨をまた寝かせると、そこには3人が戦ったと思われる鬼達がいた。


 確かに、これまでに戦ってきた鬼とは違うようだが、今の鳳如にはそんなこと関係なかった。


 ただただ鬼を睨みつけると、巽謨の腰から剣を抜き、構える。


 襲いかかってくる鬼に対し、鳳如は軽くジャンプして腕に乗っかると、剣で鬼の腕を斬り落とす。


 その切り口に爆薬を仕込むと、避難してから爆発させる。


 しかし、腕一本斬り落としたところで倒れるような鬼ではなかったため、鳳如は斬った腕の切り口に剣を突きさすと、鬼の身体を前後で真っ二つにした。


 どさっと倒れた鬼を尻目に、次の鬼に立ち向かう。


 この時、鳳如が何を考えていたのか、何を想っていたのか、誰にもわからない。


 ただその鋭い眼光には、一切の迷いはないことだけは分かった。


 「ぐうっ・・・!!!」


 自分よりも何倍も大きい身体を相手に、鳳如は躊躇なく仕掛けていた。


 その大きな手で殴られようと、その大きな角で刺されようと、その大きな足で踏みつけられようと。


 「はあっ・・・はあっ・・・」


 額から血が出ようと戦っていた鳳如だが、さすがに1人ではきつかった。


 物影に隠れて呼吸を整えていると、またすぐに鬼が鳳如を見つけ、攻撃してきた。


 「・・・!!」


 鬼の瞼を斬ると、鬼は耳障りな声でわめき始める。


 哀れとさえ思わず、それを見ていた。


 「さすがだね」


 「・・・?」


 呼吸を乱しながらも聞こえてきたその声の方に顔を向ければ、そこには普段とさして変わらない表情の仙心がいた。


 「仙心・・・お前」


 口を開いた鳳如が見たのは、仙心の後ろから現れた、鬼の大群であった。


 それらは今まで相手にしてきた鬼とは比べものにならないような、巨大であっておぞましい姿をしたものだ。


 目を見開いて驚いていた鳳如に、仙心は口角をあげながら言う。


 「やっぱり、お前はいなくて正解だったな」


 「・・・・・・」


 肩を上下に動かして息をしていた鳳如だが、そのうち呼吸が整うと、すうっと仙心を見つめる。


 「仙心、お前がやったのか」


 「直接手を下したのは俺じゃないよ。御察しの通り、鬼がやったんだ」


 「お前は一体、何者なんだ?」


 仙心を向かい合いながら、鳳如は握っている剣をぎゅっと強く握りしめる。


 鳳如の問いかけに対し、仙心はふう、とため息をついてから答える。


 「俺は人間が嫌いでね。鬼と手を組んでここを乗っ取る心算だったんだ」


 「手を組む・・・乗っ取り?」


 人間が嫌いだとかそんなことは知らないが、乗っ取るためだけに、10年もの間、ここで潜入していたということか。


 なぜこのタイミングなのかと思い聞いてみると、少し考えた仙心は、悪びれもなくこう答えた。


 「もっと早く潰しておけば良かったと思ってるよ」


 「・・・!!!」


 「本当は俺が直接殺しても良かったんだけど、どうもここは面倒でね。一応、中央を司ってる手前、仲間に手を出すとそれは“神殺し”に等しい罪とされている。そうなると、俺は野望を断念せざるを得ない。いかんせん、それは嫌だからな」


 「・・・・・・」


 「罪を犯せば神に呪われる。俺はね、こんなところで死ぬ男じゃないんだよ」


 「あいつらだって、こんなところで死ぬ奴らじゃなかった」


 それを聞くと、仙心は一度目をぱちくりさせたかと思うと、肩を震わせて笑った。


 口元を手の甲で覆いながら笑っている仙心は、目を細めながら鳳如を見る。


 「あいつらはどうせ死ぬ運命だったんだ。人間なんてそれほど長生きはしない。ならば、その短い生涯を俺のために使っても、なんら文句は言われないだろ。俺が有効に使ってやるんだ」


 「俺を遠征に行かせたのは」


 「ああ、お前は頭がキレるから。ちょっと退いてもらってたんだよ」


 「何の為に・・・?」


 「何の為って・・・。そりゃ、この時のためさ。あいつらには、嘘をついて互いを疑ってもらったんだがな。まあ、結局その嘘を信じてたのは、摸匣くらいで、その摸匣さえ、死ぬ前はさすがに気付いたみたいだ」


 「・・・・・・?」


 それは、鳳如が牛鬼が出た場所へと出向いてすぐのことだ。


 摸匣に巽謨が鬼を呼びよせている裏切り者かもしれないと伝えた仙心は、次の行動へと移した。


 最初こそなかなか信じなかったが、言葉とは不思議なもので、本人から聞いたものよりも、他人が言った事の方が信じ込みやすい。


 仙心はその後、巽謨を呼びだすと、同じような話をした。


 巽謨には、乃囘梨が怪しいのではないかと伝えると、巽謨は「それはない」ときっぱり答えたが、監視だけがしてくれと頼んだ。


 乃囘梨にしても同じで、摸匣が怪しいから監視をしてくれと頼んだ。


 乃囘梨は何を考えているのか分からなかったが、きっと巽謨と同じで、摸匣が怪しいなどとは思っていなかっただろう。


 しかし、一応上司の命令とだけあってか、3人ともきちんと監視をしてくれた。


 信じる信じないは別として、3人の動きを把握するために監視をさせたのだ。


 それぞれを見張らせることで、さらに行動は不審と感じさせる事が出来るとの狙いがあったようだが、実際はそこまで上手くいったのかは分からない。


 「乃囘梨が鬼に殺されたのは、俺は乃囘梨の身体を動けなくしたからなんだよ。それを巽謨に見られてね。まったくタイミング悪いよ」


 乃囘梨を始末したあと、それを見ていた巽謨を見つけた摸匣は、巽謨が乃囘梨を殺したのかと勘違いしてくれた。


 ここで摸匣と巽謨が戦って、それぞれ鬼であってもなくても、死んでくれれば良かったのだが、巽謨が摸匣を庇ってしまった。


 摸匣は巽謨も乃囘梨も、裏切るような人じゃないと分かると、仙心にもう一度ちゃんと調べてくれと言ってきた。


 「まったく馬鹿だよね。自分のせいで巽謨は死んだといっても良いのに」


 「・・・・・・」


 仙心が小馬鹿にしたように笑いながら言っていると、それを鳳如は目を細めて、眉間にシワを寄せていた。


 巽謨は死に際、摸匣に言った。


 「君が戻ってくれば摸匣だけでも助かるなんて言ってたけど、俺は最初から全員殺す心算だから。もちろん、君もね」


 巽謨が息を引き取ると、摸匣は1人でも戦っていた。


 仙心に巽謨は裏切り者じゃ無いと訴えながら、必死に戦った。


 「巽謨じゃない!!きっと俺達、みんな間違ってたんだ!!仙心!あいつらはそんなことしない!絶対にしない!!!」


 そう叫ぶ摸匣を前にして、仙心は冷たい視線を送った。


 そして摸匣の額にちょん、と人差し指を当てると、摸匣の身体は動かなくなってしまい、そのまま宙に浮いた。


 意識ははっきりしているのに、自分の意思では動かすことが出来ない。


 そのまま、鬼に斬り裂かれてしまった。


 「・・・どうして、鬼と手を組んでまでここを乗っ取る?乗っ取ったとして、ここは役に立たないだろ?」


 「なぜ・・・?人間なんて、みな同じさ。いつの世も荒み誰もが退屈そうにしているのは、人間そのものがくだらない生き物だから。鬼と手を組み、人間を滅ぼすことによって、俺達は平和な世界を作れるんだ。そうは思わないか?」


 「・・・あんたも人間だろ。鬼に殺されるかもしれないのに、どうしてそこまで鬼にこだわる?」


 鳳如の質問に、仙心はまたため息を吐く。


 「鬼こそ、俺の目指している力だからさ。この力をもってすれば、全てのものを凌駕し、最強を手に出来る」


 「・・・・・・」


 なんとも愚かであさましいことか。


 そう鳳如が思っていると、ふと、何かを思い出したのか、仙心がぽん、と手を叩いた。


 「どいつもこいつも、お前のことを信頼してたよ。お前の帰りを待っていた」


 最初に殺した乃囘梨も、摸匣を庇って死んだ巽謨も、そして摸匣も。


 鳳如が戻ってくるまでの辛抱だと、言っていたようだ。


 「お前を最初に消しておくべきだったのかな?なあ、どう思う?」


 「さあな。先にしろ後にしろ、俺はお前なんかにやられねえよ」


 「ハハハハ!!!これだけの鬼を目の前にして、よくもそんな強がりなことを言えるね!まあ、強がってる奴に限って、あっさりと死んでいくものさ」


 隣で横たわっている巽謨を見て、鳳如は片膝を地面につけると、借りていた剣を巽謨のもとへと戻した。


 自分の腰に下げてある剣を鞘ごと抜くと、鞘を口に咥え、右手で剣を抜いた。


 それを見て仙心は、鳳如が左手を負傷していると気付いた。


 「最後の花、咲かせてくれよう」


 「・・・・・・」


 剣を構えると、鳳如は仙心に斬りかかる。


 しかし、仙心の前に鬼達が立ちはだかり、奇しくも鬼を斬ることになった。


 「俺を斬りたいなら、まず鬼を倒してもらわないとね」








 「なんで俺が春?」


 「なんだよ、夏はやらねえぞ」


 「いらねぇし。別に春が嫌いってわけじゃねえけどよ、自分で言うのもなんだけど、俺、春って感じじゃねぇだろ。そんな爽やかなイメージ?」


 「お前、どんだけ良い方にイメージとってんだよ。違うだろ?えーっと、なんかこう、ぼけーっとしてるイメージだろ?な?」


 「俺にふらないで」


 誰がどの季節を担当するかになったときのことだ。


 巽謨は一番先に夏が良いと言いだして、まあ暑っ苦しい感じもあるためか、みな反対はしなかった。


 乃囘梨は乃囘梨でクールなイメージがあるため、なんなく冬になった。


 しかし、鳳如としては炬燵でミカンを食べるのが好きなため、冬が良いと言っていたが、その理由は却下されてしまった。


 残った春と秋で、鳳如と摸匣はどうしようかと話していた。


 すると、春は平和ボケな感じがするからという巽謨の勝手なイメージだけで、なぜか鳳如が選ばれてしまった。


 「失礼な奴だな」


 「満場一致じゃねえか」


 まあ、はっきり言ってしまえば、どちらがどちらでも良かったのだが。


 しかし巽謨は夏だけは譲れないようで、後はどうでもよかった。


 「あーあ。なんだ、俺春か」


 「春じゃ不満か?」


 「春は好きだ。気候も良いし、雨もほどほどに振るし、桜も梅もネモフィラも咲く。だけどなぁ・・・」


 「けど?」


 では何が不満なのかと巽謨たちが聞けば、鳳如は大欠伸をしながら言った。


 「眠くなるからなぁ」


 「お前はいつでも寝てるだろ」


 そんなことかと、その時巽謨に叩かれたのを覚えている。


 4人で生活するようになってから何年か経った頃、夜中起きてしまった鳳如は出歩いていると、たまたま巽謨と会った。


 「おう、起きてたのか」


 「巽謨こそ。なに、またソレ吸うの?」


 「良いだろ?数少ない愉しみの一つなんだ。これくらい目を瞑ってほしいぜ」


 巽謨は煙管を吸うために出てきたようで、鳳如はその横に座った。


 夜風に乗って香ってくる匂いは、決して悪いものではなかった。


 「・・・・・・」


 「・・・・・・」


 互いに一言も話さないでいると、先に口を開いたのは巽謨だった。


 「お前のこと、最初は大っ嫌いだった」


 「え、それ今言う?」


 「今だからだ」


 ここに連れて来られたとき、4人はほぼ同時に互いの顔を見た。


 誰だこいつら、なんだこいつらと言った風な目つきで、睨みつけていたこともあったかもしれない。


 煙管から口を離して煙を吐き出すと、巽謨は首をこきっと鳴らす。


 「摸匣も乃囘梨も俺も、ここが何処かも分からずに敵意剥き出しだったってのに、お前だけは飄々としてやがった」


 「確かに、殺気は感じたよ」


 膝に肘をつけて頬杖をつきながら、鳳如は小さく笑った。


 「何か知ってるのかと思えば、何もしら無ねぇなんて言いやがるし」


 「実際しらなかったからな」


 「ならなんで、こんなとこに連れて来られて、知らねえ奴らと一緒になって、鬼と戦えなんて言われて、お前は平然としていられたんだ?」


 「・・・そうだなぁ、なんでかな」


 「答えになってねえよ」


 細く笑っている月を仰げば、まるで今自分しかこの世界にいないのではという錯覚に陥る。


 静けさの中、鳳如は頬杖をしていた腕を後頭部にもっていくと、そのままごろん、と寝転がった。


 「何処へ行ったって、何をしてたって、俺は変わらねえ。それが例え鬼退治だとしてもな。分からねえことに怯えてたって、何も始まらねえだろ?なら、この状況を楽しんで、生きるしかねえじゃねえか」


 どのみち、自分たちにはそれくらいしか選択権がないのだと。


 それを聞きながら、巽謨はまた煙を吐いた。


 そしてクツクツと笑うと、手で拳を作り、鳳如に向けてきた。


 「よろしくな」


 「今更?」


 そう言いながらも、鳳如も後頭部に回していた腕を少し上げて拳を作ると、巽謨の拳に合わせた。


 その翌日、摸匣と乃囘梨を呼んで、4人で酒を酌み交わした。








 「はあ・・・はあ・・・」


 「・・・鳳如、お前一体?」


 仙心の前にいた鬼たちを次々に倒していく鳳如を見て、仙心は違和感を覚えた。


 普通の人間が、多少鍛錬したくらいで強くなっただけならば、歴然とした力の差を前にして、このように戦えるはずがない。


 ましてや、倒せるはずなどないと。 


 以前から感じてはいたが、鳳如の成長スピードは段違いだ。


 普通の人ならば1カ月かけて強くなるレベルを、鳳如は僅か数日で終わらせる。


 しかしながら、それでも鬼を送り込めば大したことはないだろうと思っていた仙心も、やはりおかしいと感じていた。


 鳳如、巽謨、摸匣、乃囘梨の中で、唯一はっきりとした素性がないのが鳳如だった。


 他の3人もあるとは言えないのだが、人間の親から産まれ育ち、それでいて酸いも甘いも吸いとってきた。


 鳳如はと言えば、人間から産まれているという推測だけであった。


 「成長というのか進化というのか・・。なぜこうも強くなるのが早い・・・?」


 「なんでだと思う?」


 「ふん。鬼に勝てたら、聞いてやっても良いがな」


 鳳如が鬼と戦っているうちに、次の準備をしようとしていた仙心だったが、背後から聞こえてきた鬼の喚き声に、思わず振り返る。


 するとそこには、鬼が自分の攻撃によって首を落としている光景が見えた。


 何が起こっているのかと思えば、倒れていく向こう側に、こちらを見ている鳳如と目が合ってしまった。


 「お前等、さっさとこいつを始末しろ!」


 「何をそんなに焦ってる?仙心」


 「鳳如、俺の計画は完璧だった。ただ一つ、お前を此処に連れてきてしまったことだけを覗いてはな!!!」


 いつもの余裕ある表情から、それこそ鬼のような形相に変わった仙心が、地面に落ちていた乃囘梨の鞭を拾うと、鳳如に向けてきた。


 周りの瓦礫が崩れていく中、鞭は鳳如の身体を真っ二つに裂こうとする。


 「なに・・・!?」


 その鞭を、鳳如は素手で掴んだ。


 しかも、仙心が怪我をしていたと思っていた左手で。


 そして右手に持っていた剣で鞭を斬ると、仙心の方をすうっと見る。


 「鬼の身体さえ切断出来る力がある鞭のはずだ。なんでそれを手で掴める?」


 考えても考えても、答えなど一向に見つからない。


 その時、鳳如の後ろに鬼が聳え立ち、鳳如の身体を上から叩きつぶそうと腕を思い切り振りあげていた。


 だからなのか、仙心はニヤリと笑い、これでようやく終わると安心した。


 「残念だよ」


 心にも思っていないことを口にすると、仙心は鳳如に背中を向ける。


 少し経って叫び声が聞こえてきて、仙心は微笑みながらゆっくりと後ろを見た。


 「・・・!?」


 するとそこには、倒れている鳳如、ではなく、倒れている鬼がいた。


 何があったのかと目を見張っていると、別の鬼が鳳如に向かって地獄の業火を放ってきた。


 「・・・・・・」


 「・・・な、に?」


 またしても、焼かれたのは鳳如ではなく、業火を出した鬼であった。


 しかし、今回は見ていた。


 鬼が出した業火が、なぜか鳳如の前で跳ね返されてしまったのだ。


 他の鬼も同様で、何か攻撃を鳳如に仕掛けると、その技がそのままそっくり自分に返ってきてしまった。


 「攻撃を跳ね返すだと・・・!?そんな能力、お前にはなかったはずだ!!」


 気付けば、鬼達は倒れされてしまい、残ったのは仙心だけだった。


 鳳如は一歩一歩と、確実に仙心に近づいていくと、ある程度の距離のところで足を止めた。


 「鳳如・・・お前?」


 鳳如の影に、何か見えたのは気のせいだろうか。


 いや、気のせいではないだろう。


 これまで接してきた鳳如とはまるで別人のような、異様な雰囲気を醸し出している鳳如に、仙心は思わず後ずさる。


 しかし、鳳如の視線がそれを逃さない。


 「俺の中には、鬼の血が流れている」


 「鬼の血だと・・・?ふざけるな!人間の姿のお前が、鬼の血など引いているはずがないだろう!!!」


 「確かに、普通なら、人間の姿に産まれてくるはずがない。俺も、普通の人間として過ごしてたら、それに気付くこともなかった」


 「?どういうことだ?」


 鳳如の話がまったく読めないまま、仙心はごくりと喉を鳴らす。


 「誰だかは知らないが、鬼に血を分けてもらったことがあるそうだ。少量だったから、さして支障はないだろうということだった。だが、俺はここに連れて来られた」


 「分けてもらってくらいで、鬼の力を持ったとでも言うのか?そんな馬鹿な話があるか!!」


 「何とでも言え。事実、俺はこうして鬼に近い力を持った。いや、持ってしまった、というべきか」


 本来であれば、普通に暮らして、何事もなく一生を終えるはずだった。


 しかし、ここに連れてこられ、鬼と戦うという死闘を繰り返しているうちに、鬼の血が目覚めてしまったのか。


 詳しいことは何も分かっていないが、鬼の力を持っているとしても、相手の攻撃を跳ね返すなんてこと出来るのか。


 「鬼だけの力ならば、きっとそこまでなんだろうが、ここに来て力をつけていくうちに、こうして跳ね返すことが出来るようになったのかもな」


 「そんなことがあってたまるか!それに、鬼の血を持っている奴が、ここにいられるはずがない!!!」


 「ここはあくまで境界線。鬼であっても人間であっても、ここにいることは出来る。それくらい分かってると思ってたんだが」


 「馬鹿にしているのか・・・!!」


 「目覚めることがなかった力を目覚めさせたのは、お前だ」


 「・・・!!」


 悔しそうに、仙心は唇を噛みしめていた。


 鳳如は剣を軽く振るうと、再び仙心に近づいて行く。


 「来るな・・・!鬼の血が混じってるなら、ここで俺が殺してもお咎めなしというわけだ!!!」


 「さあな。それは知らない」


 「かかってこい!」


 「・・・お前には負けない」


 ひゅん、一瞬の風が横切るような感覚。


 僅かに感じたその風が過ぎ去ったあと、仙心は自分の身体の違和感に気付く。


 「な・・・に?」


 ごろん、と倒れた上半身からは、あらぬ方向に倒れていく下半身が見える。


 そして目線だけをあげると、そこには剣を持ったままの鳳如がいた。


 「ふっ。最早、人間として生きていくことは困難だろうな。なんとも哀れな奴だ」


 「・・・ここに来たときから、いや、ここに来る前から、人間としての生き方なんてしちゃいなかったんだ。俺達は」


 血の雨が降ったあとには、水の雨が降った。


 身体に沁みついてしまった罪も後悔も、全てを洗い流すかのように激しく。


 巽謨たちを葬ろうとした鳳如だったが、そのとき、とてつもなく酷い頭痛に見舞われた。


 「うっ・・・!?」


 ―お前は神殺しを犯した。


 ―罪を償え。


 「神殺し・・・!?」


 ―その身体朽ちようとも、お前は罪を償うまで死ぬことが許されない。


 「意味が分からねえ!!神殺しなんてしてねぇ!!こいつが鬼を連れてきて、俺の仲間を殺したんだ・・・!!」


 ―いかなる理由があろうとも、この罪は消すことが出来ない。


 ―もしも拒むのなら、強制的に罪を償ってもらうことになる。


 「大体・・・!誰だてめぇら・・・!!」


 耳鳴り、頭痛、吐き気、冷や汗、腹痛、神経がビリビリするような感覚。


 どう説明をすればよいのか分からないが、とにかく、これまで生きてきた中で、外的な攻撃よりもキツイものがあった。


 内臓が飛びだしてきそうな、骨が軋み、目の奥が熱いような。


 ―鳳如。これより神殺しの罪により、裁きを与える。


 「裁きだと・・・!?一体何様だ!」


 次の瞬間、鳳如の身体はギシギシと痛み始め、内臓が圧迫されたかのようになり、口からは血が出てきた。


 身体のあちこちでは、肌がいきなり斬れ始め、そこからも血が飛び出る。


 一体自分の身体に何が起こっているのか分からないまま、鳳如はその痛みにただ耐えるしかなかった。


 手に持っていた剣も落ちてしまい、身体が引き裂かれないように、必死に歯を食いしばるだけだ。


 「ぐっ・・!!あああああああああ!!!」


 ほとんど叫んだことなどない鳳如だが、自己防衛からか、さすがに声を荒げた。


 喉が裂けるのではないかというほど、長時間にわたって叫び続けた。


 それによって痛みが引くわけでもないのだが。


 こんな痛みが続くならば、いっそのこと楽に逝かせてほしいものだが、死なない程度の痛みが続いただけで、死ねる事はなかった。


 そのうち、しだいに痛みは収まった。


 「っがあっ・・・・!」


 目を開けて自分の身体を見てみると、まだ手足もちゃんとくっついている。


 それを見て安心したのも束の間、今度は怪しい光が3つ見えた。


 それらは巽謨、摸匣、そして乃囘梨の身体へと入って行く。


 「はあ・・・はあ・・・」


 そんな光景を眺めていると、巽謨の身体からは赤い光、摸匣の身体からは白い炎、乃囘梨の身体からは黒い光が現れた。


 それらの光は、しばらく迷子のようにウロウロとしていたかと思うと、いきなり鳳如に向かってきた。


 「・・・!?」


 鳳如の心臓あたりに、3つの光が入る込むと、ドクン、と大きく鼓動が鳴る。


 「・・・?」


 ―魂を継ぎ、魂に応えよ。


 ―己の脆弱さを知り、世に生きよ。


 ドクン、と2度目の鼓動がなったかと思うと、鳳如はあまりの痛みに意識を失った。








 「・・・・・・」


 気がついたときには、もう自分が自分じゃないような気がした。


 まるで夢でも見ていたかのように真っ青な空は、鳳如を見て嘲笑っているようにも感じる。


 ゆっくりと身体を起こすと、鳳如は目を丸くした。


 そこには、見たこともない生物たちがこちらを見ていたのだから。


 「な、なんだ・・・?」


 鳳如の前にいたのは、4つの生物。


 まずは青い龍の姿をした生物。


 そして次に赤い鳥の姿をした生物。


 それから白い虎の姿をした生物。


 最後に、黒い亀の姿をした生物。


 呆然としていると、それらの生物たちの視線が鳳如から、鳳如の後ろへと移った。


 なんだろうと思って鳳如も後ろを見てみると、そこには黄金に輝く獅子の姿をした生物がいた。


 「なんだ、こいつら」


 ―我等の主人を見つけよ。


 「え?」


 それは、どこからともなく聞こえてきた、謎の声。


 しかし、それが目の前にいる生物の声だと分かるのに、そう時間はかからなかった。


 「お前等は一体?主人ってなんだ?」


 ―東を担うは、再生の証である青龍が受け持つ。


 ―南を担うは、希望を託す、この朱雀が受け持つ。


 ―西を担うは、終焉をもたらす、この白虎が受け持つ。


 ―北を担うは、起源を産む、この玄武が受け持つ。


 ―そして、それらを繋ぎ引き合わせる役目は、この俺、獅子が受け持つ。


 「な、何言ってんだ?」


 ―我等の主人を見つけよ。


 「おい、勝手なこと言うな。俺は今、虫の居所が悪いんだ」


 ―ほう、我等に勝つ気か。


 落胆、焦燥、喪失、忘却、絶望。


 様々な感情が入り混じっている今、鳳如には何も考えられなかった。


 しかし、目の前のことが事実であることも、それを受け入れない限りどうしようもないことも、分かっていた。


 だからこそ、剣を手にした。


 「          」


 三日三晩、それ以上戦っていたのかもしれない。


 突如現れた、得体のしれないその存在相手に、鳳如は少しも敵わなかった。


 ―何をそんなに生き急ぐか。若いの。


 「俺は・・・これからどうすれば良い?何の為に生きていけばいい?」


 ―我等の主人を見つけよ。そして、共に守るのだ。


 「俺は弱い・・・。俺は、何も守れやしない。だからこうして、1人でいる」


 ―鬼の血を持つか。


 それならば、今よりも強くなれると言われるが、鳳如は顔をあげない。


 生きることが償いだと言うのなら、一体いつまで生きていれば良いのか。


 ―生きておれば、いつか答えも見つかるやもしれん。


 「答えを見つけたとして、俺はどうなる?あいつらは戻ってこない」


 静けさが響いてくると、黄金の獅子が近づいてきて、鳳如の首根っこを掴むと、思いきりブン投げた。


 「・・・!?」


 そのまま地面に落ちて行った鳳如は、獅子を睨みつける。


 「何しやがる!!!」


 ―俺の主人は貴様だ。


 「は?俺が?なんで?」


 ―貴様は俺の主人となり、俺は貴様の聖主となる。


 「聖主・・・?」


 獅子が言うには、聖主というのは獅子たちのことを総称して言うらしく、神聖なもの、という意味合いがあるようだ。


 鳳如にとってはどうでも良いことだったが。


 聖主は主人の盾となり、また矛となる。


 いかなることがあろうとも、主人を守る番人のようなもの。


 これまで春夏秋冬で守ってきたが、東西南北で守ると言う事。


 なぜ変わるのかと聞けば、聖主たちによって結界を作るためには、方位が良いとかで。


 ―貴様の他、4人の人間を連れてこい。そして貴様が強くするのだ。


 「俺が?」


 ―どんな人間を連れてくるかは、それは貴様次第。見極めろ。


 「・・・・・・」


 まるで試されているかのような言い方に、鳳如は険しい顔をする。


 すると、続けてこんなことを言われた。


 ―我等は、彼らの意志を持つ魂を継いだ。


 青龍がそう言うと、鳳如はもう冷たくなってしまっている巽謨たちも見る。


 ただそこにいるだけの身体は、体温もなければ魂もない。


 抜け殻という名にふさわしいだろう。


 すると、鳳如は自嘲気味に笑った。


 「そうかよ。わかった、連れてくる」


 ―そうか。だが、貴様にはその前に眠っていてもらう。


 「眠る・・・?」


 ―400年、肉体と魂共に、眠っていてもらう。








 「お前等、いい加減喧嘩なんかするなって。体力無駄遣いだろ」


 「摸匣がいけねえ!こいつ、俺の部屋に勝手に入ってシーツにココアなんか零しやがったんだぞ!!」


 「ココアが好きなんだから仕方ないじゃん。ごめんって謝ったし」


 「誠意が伝わってこねえんだよ!!!おい!せめて洗え!」


 「乃囘梨、こういうのは女性が得意なんじゃないの?」


 「男尊女卑」


 結局、あの時汚したシーツは巽謨が自分で洗っていたっけ。


 ココアが好きな摸匣だけど、夏場は飲み過ぎてよくお腹を壊していた。


 「俺の部屋に一生入るな!」


 「鍵かかってなかったんだから、それって俺にどうぞお好きに入って、ってことじゃないの?」


 「んなわけあるか!」


 「ちょっと鳳如、こんなこと言ってるけど」


 「んー?なに?」


 「明らかにお前が悪いだろうが!」


 「・・・なら、腕相撲で勝負する?俺に勝てる自信があるならね」


 「やってやるよ!!!」


 元気よく喧嘩を買った巽謨だったが、腕相撲のはずなのに、摸匣に向う脛を蹴られ、悶絶しているうちに負けてしまった。


 それは反則だとかズルイとか巽謨が抗議していたが、摸匣は全く聞く耳を持たなかった。


 横で勝手にお茶を汲んで飲んでいた乃囘梨は、1人で詰将棋をしているし、鳳如はいつも通り寝ているし。


 「ったく。この中でまともなのは俺だけかよ」


 「巽謨のどこかまともなのか、みんなに分かるように説明してよ」


 「見るからに、だろうが。お前等ときたら、まったく常識がねえ」


 「巽謨はあるのー?」


 「あるだろ!どこからどう見ても、誰がみてもあるだろう!」


 「お腹空いたなー。巽謨、なんか食べ物ないの?」


 「鳳如、お前自由だな」


 なんだかんだと文句を言いながら、巽謨はパンとかおにぎりをくれる。


 本当に面倒見が良かった。


 摸匣も摸匣で、寝ている鳳如にも話しかけるほど人懐っこいという感じがした。


 「乃囘梨―、包丁どこか知らない?」


 乃囘梨は知らないと横に首をふると、摸匣は「どこかなー」と言いながら包丁を探していたのだが、摸匣の腰に収まっていたとか、いなかったとか。


 ちょっと抜けたところがある男だった。


 乃囘梨はと言えば、鳳如くらいマイペースだが、頼まれれば黙ってなんでも引き受ける。


 意外と仕事はきちんとこなしていた。


 「乃囘梨、囲碁やろう」


 「・・・嫌」


 「なんで」


 「鳳如とやると、鳳如、囲碁じゃなくて五目並べ始めるから」


 「あれ、違うの?」


 そんなこともあった。


 頭を使ったゲームなんかも得意で、頭脳戦ならば、もしかしたら鳳如と互角かそれ以上かもしれない。


 「なあ、月見しようや」


 「あ、いいねー」


 「月見団子・・・」


 「今日曇ってるけどね」


 そんな感じで、長いようで短い時間を共に過ごしてきた。


 それが、あっという間に終わってしまった。


 最後に交わした言葉は何だっただろうか。


 最後に笑い合ったのはいつだろうか。


 最後に喧嘩したのはいつだろうか。


 4人で並んで月見をして、有限と無限について無駄に語り合ったりして。


 月には人が住んでいると思うかと摸匣が聞いたことがあった。


 いると答えたのは巽謨と摸匣で、いないと言ったのは鳳如と乃囘梨だった。


 「いやいや、いるって。絶対いるって!奴ら、俺達のこと見張ってるんだぜ」


 「俺は巽謨ほど馬鹿じゃないけど、いたら良いなーって感じかな。ロマンあるじゃん」


 「いない」


 きっぱりと否定をした乃囘梨の口には、団子がこれでもかというほど詰まっていた。


 まるでリスのように頬を膨らませながら、乃囘梨はまた団子を食べる。


 食べるというより、もはや蓄えだ。


 「鳳如は?なんでいないと思う?」


 「んー?そうだなぁ・・・」


 月を眺めながら、鳳如は呟いた。


 「行ったことねぇから。会ったこともねえ奴をいると想定して月を見たくねぇ」


 「そういうことか」


 いるにしろいないにしろ、きっといつの時代かに判明するのだろう。


 いたらどんなだろうか。言葉は話すのだろうか。


 それとも人間が住めるのか。とまあ、こんな具合に盛り上がっていた。


 「じゃあさ、なんで人間は地球っていう星に誕生したんだと思う?」


 「なんだよ摸匣。お前、悟りでも開きたいわけ?」


 「いやさ、わざわざこんな息苦しい場所に産まれてこなくても良かったんじゃないかなーとか思うわけさ」


 「まあ、確かに息苦しいわな」


 「別にいいだろ」


 「なんだよ鳳如、お前だってこんな世界嫌だって言ってたじゃねえか」


 すでにごろんと寝転がっている鳳如は、目を瞑って足も組んでいる。


 「どんなに恨んでも、ここ以外じゃ生きていけねぇよ」


 「なんだそれ」








 「・・・・・・」


 沈んで行く身体に、鳳如は目を開ける。


 400年もの時間の流れさえ感じることが出来ないまま、ただ、落ちていく。


 誰もいないその空間で、呼吸だけを繰り返す行為は、果たして有意義なのだろうか。










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