ラグナロク四

maria159357

第1話御伽草子のように





ラグナロク四

御伽草子のように


   登場人物


        鳳如


        巽謨 せんもう


        摸匣 もごう


        乃囘梨 のえり




        帝斗


        煙桜


        琉峯


        麗翔


        清蘭


        座敷わらし


        ぬらりひょん


        天狗


        おろち






















 一つひとつの悲しみには意味がある。


 時には思いもよらない意味が。


 どんな悲しみであろうと、それはこのうえなく大切なもの。


 太陽がいつも朝を引き連れて来てくれるように、それは確かなことなのですよ。


   エラ・ウィーラ―・ウィルコックス


































 第一昇【御伽草子のように】




























 それは、随分前まで遡る。




 「ったくよぉ。鬼が出たっていうから来てみりゃあ、大したことねぇなぁ」


 「巽謨は相変わらず喧嘩が好きだねぇ」


 「そういう摸匣だって、けちょんけちょんいやってたじゃねえかよ。なあ、乃囘梨?」


 「・・・興味ないから見てないわ」


 「お前等、協力って言葉を覚えた方が良いと思うぞ。なあ、鳳如?」


 「それで俺にふる?」


 ここは、かつての守護塔であって、今でいうところの四神がいる場所だ。


 今でこそ東西南北で分けられているが、このころは春夏秋冬で分けられていたのだ。


 春は鳳如という男で、黄色の髪をしており、4人の中では一番自由人だ。


 剣を使う為腰には常に剣があり、スピードや爆発、または香を得意としていた。


 鳳如曰く、春は新しい芽吹きの時期であり、季節としては心地良いため、自由人になったのはこの季節のせいだと言っていた。


 そして夏は、巽謨という男だ。


 夏のような真っ赤な髪は左側が伸びており、ピアスをつけている。


 巽謨も剣を扱う達人で、その剣で風や熱といったものを操る。


 4人の中で一番喧嘩っ早いところもあるが、仲間想いで、口を出すだけあってそれなりに強い。


 秋という季節を担っているのは、摸匣という男だ。


 黄色の髪は少しはねており、この男もピアスをしているが、巽謨とは違う形をしたものをつけている。


 主に弓を扱い、弓の名手と言われていた。


 地面を揺らし、水を扱うばかりではなく、力だけなら巽謨よりも強いかもしれない。


 馬鹿力という奴だろうか。


 そして最後に冬を担っていたのは、唯一の女性である乃囘梨だ。


 4人の中で一番クールな存在でもあり、ミント色の前髪右側は長く伸び、左後ろで長い髪を縛っていた。


 チョーカーをつけている乃囘梨は鞭を使用しており、雪、氷といったものを操り、また相手を眠らせることにも長けていた。


 そして季節ごとの節目を担っていたのは、仙心という男だ。


 掴みどころの無い男だが、4人を育てた男でもあり、4人も信頼していた。


 当時、まだ“石”は発見されておらず、また、青龍たちもいなかった。


 「入団した時は、お前もっと可愛げあったのにな、摸匣」


 「そうかな?それよりも、俺はあの暴れん坊だった巽謨が、よくここまで大人しくなったなーって思ってるよ」


 「この野郎、喧嘩売ってんのか」


 「売ってるのは巽謨の方だろ」


 一触即発の状態になっても、鳳如も乃囘梨も止めようとはしない。


 なぜなら、面倒臭いから。


 「入団したころと言えば、あれからもう10年くらい経つんだっけ」


 1人ごろん、と寝転がりながら鳳如が言えば、巽謨も摸匣も「ああ」と答えた。


 「そういや、そんなに経つんだな」


 「早いもんだね」


 地上に降りてきては悪さをする鬼が増えてきて、その鬼を退治するために作られた集団。


 はっきり言ってしまえば、いなくなっても困らない人間を選別したようだ。


 それを知っているからなのか、ここに来る人間は嫌がったり泣いたりわめいたり、逃げ出そうとする者もほとんどいない。


 ほとんどということは、いなくはない、ということだ。


 実際に鬼を見ると、恐怖が勝って戦うことを拒んでしまうのだ。


 しかしこの4人は、怖がることなく、この討伐とも言える戦いにおいて、当時最強と言われるほどの力を持つようになっていた。


 「あれ、鳳如の奴、もう寝てるよ」


 「こいつ、一日何時間寝りゃあ気が済むんだ?」


 鬼と戦っている時と食事の時、それからトイレに行く時くらいだろうか、鳳如が起きているのは。


 外からほんのり暖かい風が入ってきて、鳳如の髪の毛を躍らせる。


 「俺が一番多く倒してきたからなー」


 「何言ってんの、俺でしょ」


 「・・・私」


 「えー。俺じゃないの?」


 「馬鹿言うなよ鳳如。お前はいつも大体俺達にやらせてて、寝てばっかりじゃねえかよ!お前が一番じゃないことだけは確かだよ!!」


 「そりゃそうだ。鳳如、お前ではないな」


 そんなことを言われても、鳳如はケラケラと笑いながら「そうだっけ?」と言う。


 春風が吹けば穏やかになり、夏風が吹けば活気あふれ、秋風が吹けば人恋しくなり、冬風が吹けば想いやれる。


 そんなことを言われても、普通の生活を暮らしている人間であれば、どうってことないように感じるだろう。


 しかし、日々戦い、命の危険にさらされている彼らにとっては、平穏な時に吹く風が、そのように感じ取れるのだ。


 「また鬼が出たから、みんな、出られるかい?」


 「勿論」


 仙心に言われ、4人はまた鬼退治に出る。


 初めて顔を合わせた時は、それはそれは大変だったそうだが、今では息のあった戦いぶりを見せる。


 鬼退治が終われば、4人はそれぞれ別行動をとる。


 「俺が巽謨だ。お前等、足ィ、引っ張んじゃねぇぞ」


 「俺は摸匣。せいぜい、足手まといにならないでね」


 「・・・乃囘梨。邪魔しないで」


 「俺は鳳如。まあ、よろしくな」


 こんな感じで、個性が強い4人なのは、いつも変わらないようだ。


 一番最初の鬼退治の時も、互いに互いの邪魔をして、鬼にやられそうになっていた。


 その時は、他で喧嘩しているのを他所に、鳳如が1人で討伐完了したそうだが、その後、鳳如は3人相手に勝負を挑まれたそうだ。


 その勝負がどうなったのかは知らないが、とにかく、4人はこうしてある程度の形をとることが出来た。


 「君たちには、鬼を倒してほしい。けど、もしも君たちが死んだとしても責任は負わない。自己責任で戦ってもらう。いいね?」


 望むところだと、巽謨が生きがっていたのを覚えている。


 「俺達ァ、嫌われもんだ。どうせそんじょそこらの奴らと一緒に同じ空気吸って生きて立って、息苦しいだけなら、いっそここで命を懸けて戦ってやるさ」


 「ま、そうだな。帰る場所もないのに、帰れって言われても困るし」


 「・・・・・・」


 「熱いねぇ、巽謨は」


 こうして、4人は死ぬまで終わらせることが出来ない戦いを、先陣切って行うこととなったのだ。


 そんな日々が続いていた。








 ある日のこと。


 「鳳如、ちょっといいかな」


 「仙心、なんだ?」


 「鳳如に頼みたい事があってね」


 「頼み?」


 1人まただらだらと過ごしていた鳳如に、仙心が声をかけてきた。


 呼ばれるまま、鳳如は仙心の部屋へと向かうと、まあ大体の話の内容は分かっている。


 「牛鬼が現れたという情報が入った。鳳如、1人で行ってくれるか?」


 「そりゃ構わないけど、巽謨に頼まないと、あいつ怒るんじゃないのか?」


 「ああ、巽謨には別の仕事が入ってるからね、大丈夫」


 「ふーん」


 鬼の中でも強いと言われている牛鬼の出現によって、鳳如は遠征に行くことになった。


 こういったことは珍しくなかった。


 4人がちりぢりになって戦うこともあれば、4人で一気に倒すこともある。


 それが、ここでの形だった。


 すぐに遠征に行くようにと言われた鳳如は、他の3人と会うこともなく、牛鬼を倒す為、1人出かけていったのだ。


 鳳如が討伐に出向いてからすぐのこと。


 1人鍛錬をしていた摸匣は、手の甲で額や顎から滴る汗を拭っていた。


 「あー。疲れた・・・」


 どっこいしょ、と適当な場所に腰を下ろすと、そこへ仙心がやってきた。


 「摸匣、ちょっといいかい?」


 「ああ、何かあった?」


 キョロキョロと辺りを見渡した後、仙心は摸匣の隣に腰を下ろすと、小さな声でこんなことを言った。


 「最近、鬼の出現が多い」


 「はあ。まあ、それは俺達も思ってるけど、別に不自然なことじゃあないだろ?」


 摸匣の言葉に、仙心はふうとため息を吐く。


 「この多さは異常だ。まるで、ここを潰そうとしてる奴がいるみたいだ」


 「?どういうことだ?」


 摸匣の問いかけに、仙心は目を細めながらこう言った。


 「もしかしたら、俺達の中に裏切り者がいるのかもしれない」


 「え?」


 摸匣は、耳を疑った。


 仙心の言う“俺達”というのが、きっと、自分を含めた5人だということは、考えなくても分かった。


 鬼と戦うことで守ってきたが、それでも結界というものは存在した。


 しかし、結界は機械によって作られており、その結界は5人が開閉することが出来たのだ。


 鬼が出現しているだけでなく、地上で暴れることが多くなったのは、その結界を、誰かが意図的に開けているのでは、ということなんだろう。


 「んな馬鹿な。あいつらに限って、んなことするわきゃないっしょ」


 ハハハ、と笑いながら仙心の言葉を否定した摸匣だったが、それでも仙心の表情は曇ったままだった。


 「・・・だ、だってさ、今まで一緒にやってきた仲間だぞ!?10年も一緒にいたんだぞ!?そんな奴らが、わざと鬼を呼びよせてるなんて、信じられるわけない!!」


 「摸匣、落ち着いて聞いてくれ」


 思わず立ち上がってしまった摸匣は、肩を大きく上下に動かしながら息をした。


 そんな摸匣を落ち着かせようと、仙心は摸匣をゆっくり座らせる。


 額に手を当てて、まだ信じられないという様子の摸匣。


 「仙心は、誰が裏切ってると思ってんだ?」


 「・・・摸匣」


 「言ってくれ!・・・頼む」


 「・・・・・・」


 ずっと下を向いたまま、摸匣はただじっと、仙心が口を開くのを待っていた。


 それが例え誰だったとしても、ある程度のことは受け入れようと。


 ゆっくりと仙心の口が開かれると、そこから衝撃が走る。


 「巽謨・・・」


 「せ、巽謨が・・・?あいつが?どうして?だって、誰よりも鬼を憎んでて、誰よりも率先して戦ってる巽謨が、そんな・・・」


 「だが、巽謨が裏切り者と考えれば説明がつくこともある」


 「例えば・・・?」


 仙心が巽謨を疑っているのには、多少なりともわけがあるようだ。


 巽謨があれだけ熱心鬼を退治しているのは、もしかしたら地位を確立するためじゃないかとか。


 自分が呼んだ鬼だからこそ、いつ何時鬼が攻めてくるのかも分かり、準備を整えられたのではないか。


 結界の開閉にしても、多少なりとも力が必要となるため、女性の乃囘梨には難しい。


 鳳如は普段だらけてはいるが、鬼に対して容赦ない戦い方をしているため、除外したようだ。


 巽謨と摸匣の二人に絞られたが、摸匣は性格的に鬼を倒すメリットがないという考えらしい。


 「けど、やっぱり巽謨が裏切りなんて・・」


 「すぐには信じられないと思うが、摸匣、君には巽謨の監視役をお願いしたい」


 「監視・・・?」


 「怪しい動きをしていないか、誰かと連絡をとっていないか、そういうことを見てほしい」


 仙心に言われた摸匣は、まだ信じられなかった。


 今日まで10年ほど、仲間として戦ってきた巽謨がまさか鬼と通じていたなんて。


 いや、しかしそれも仙心の推測でしかないと、まだ巽謨と信じようとしていた。


 「せ、巽謨、お疲れ」


 「おう、摸匣か。珍しいな、俺んとこに来るなんて」


 「まあね。ちょっと、鍛錬に付き合ってもらえないかと思って」


 「なんだそんなことか。いいぞ」


 拳を交える度に、巽謨がいつ行動に出るのかと考えていた。


 「甘いな!」


 「・・・!!」


 集中していなかったせいか、摸匣は巽謨に思い切り攻撃を喰らってしまった。


 普段ならばそう簡単には喰らわないはずだが、思考が邪魔されているため、摸匣は攻撃も防御も出来ないでいた。


 「おい、どうした?」


 「え?」


 「なんか今日変だぞ?なんかあったのか?」


 「いや、別に・・・」


 首を傾げながらそう聞いてきた巽謨に、摸匣は嘘を吐いた。


 もしかしたら、初めて嘘を吐いたかもしれない。


 それからも、巽謨は一人で鍛錬を続けたかと思うと、汗をかいたからとシャワーを浴びるために鍛錬場を出た。


 「お前はここにいるのか?」


 「あ、ああ」


 「そうか。じゃあ、またな」


 「ああ・・・」


 タオルを肩にかけて去って行ってしまった巽謨の背中を見ながら、摸匣はガクン、と肩を落とした。


 これから自分はどうすれば良いのか。


 このまま巽謨を信じていて良いのか。


 もしも本当に裏切り者だった場合、大変なことになってしまうのではないか。


 摸匣は、昔のことを思い出していた。








 「摸匣、お前もうちょっと本気で来いよ!鍛錬にならねえだろうが!!!」


 「俺が本気を出して、巽謨、お前が死んだら元も子もないだろ?」


 「死ぬわきゃねぇだろうが!!俺を馬鹿にすんのは、俺に一発でも攻撃してからにしやがれ!」


 「そういう巽謨だって、俺に一発も入れてない癖に」


 乃囘梨は女性だから、どうしても本気で戦うことは出来ないし、鳳如はあの通りやる気がない。


 その為、摸匣と巽謨は、頻繁に組み手などの練習をしていた。


 しかし、その度にこうして喧嘩に発展してしまうこともしばしば。


 一発も入っていないと言ってはいる2人だが、実際には数発入っている。


 ただ、本人が入っていると思っていないため、ノーカウントされているようだ。


 「ふー。もっと強い奴とやりてぇけど、お前しかいねぇからな。仕方なく付き合ってやってるんだからな」


 「何その言い方。俺だって、巽謨なんかと顔も合わせたくないけど、嫌嫌顔を合わせてるんだよ」


 「けっ」


 鍛錬が終わると、自然と2人のうちどちらかの部屋に行き、日本酒を酌み交わした。


 巽謨は煙管を吸うため、その優雅に煙管を吸う姿に、憧れを抱いたこともある。


 「吸えばいいだろ」


 そう言われたが、摸匣が試しに吸ってみると、咽てしまった。


 ゲラゲラと笑われると、摸匣はムキになって吸い続けるが、巽謨のように上手く吸えなかった。


 「巽謨はさ」


 「あ?」


 「どっから来たんだ?なんでここに来た?」


 「・・・・・・」


 はー、と煙を吐くと、巽謨は煙管をトントン、と叩いて中の灰のようなものを出した。


 聞いてはいけなかったかと摸匣は話題を変えようとすると、巽謨は自嘲気味に笑って話し始めた。


 「お前等が何処から来て、なんで此処に来たのかは知らねえが、俺ぁ生まれた時から親がいなくてよ。いや、いたのかもしれねぇが、俺は顔も声も名前も知らねえ」


 捨てられたのか、戦か何かで死んでしまったのか、何か理由があったのか。


 今となっては何も分からないが、巽謨という名も、知らない大人につけられたらしい。


 「寝ずに働かされて、それでいて金は貰えなくて。売られて買われ、捨てられては攫われ。ま、碌な人生じゃねえよ」


 理不尽な世界で生き残るためには、どんなことがあっても強くなることだけ。


 そうやって、殺してきた大人も数知れず。


 「そのうち命を狙われる羽目になって、匿ってくれた奴らも結局は金に目が眩んで俺を引き渡そうとして。何も信じられなくなっちまった」


 「・・・仙心に会ったのは?」


 「確か、9か10くらいの時か。変な奴がまた声かけてきやがったと思ったがな」


 クツクツと笑いながら話す巽謨だったが、摸匣の方が悲痛な表情をしている。


 それを見て、巽謨はおかしそうに笑っていると、摸匣は着ている洋服の裾をまくり、巽謨に見せた。


 そこには、なにかの傷跡や焼け跡、とにかく数多くあった。


 「・・・・・・」


 「俺は親がいたけど、父親は病気で死んじゃって。母親は別の男と関係を持ったけど、その男は変態でさ。男の俺にまで手を出してきたんだ」


 新しい父親となった男は、女性だけでは飽き足らず、可愛らしい顔つきであった摸匣までも相手にしようとしていた。


 幼かった摸匣は、何を求められているのか、何をされているのか、最初のうちは分からなかったが、ただただ気持ち悪くて、その男のことが脅威でしかなかった。


 そのうち、男色の気もあると気付いた母親は、その男を責めるのではなく、摸匣を責め始めた。


 どうして自分の男を誑かすのかとか、なぜ自分の子として産まれてきたのかとか。


 全く持って摸匣のせいではないのだが、母親は摸匣をそういった変わった趣味のある店に売ってしまった。


 「君は可愛い顔をしているね。良くお相手するんだよ」


 見知らぬ男たちは、摸匣の肌に触れてきた。


 嫌になって逃げ出してもすぐに連れ戻されてしまい、顔まで痣が出来るほどボコボコにされた。


 その時は店に出られないため、裏方として働かされた。


 痣が出来ていても構わないという客までいるのだから不思議なもので、摸匣は逃げることを止めた。


 ある日、店で火災が起こり、摸匣は姿を消した。


 「・・・お前で売れるなら、俺の方がもっと売れちまっただろうな」


 「そういう問題?」


 今まで隠していた過去を暴露したことで、ちょっとすっきりした2人は、もっと酒を飲もうと言う。


 そこへ、鳳如と乃囘梨がやってきた。


 「おいおい、なんだよお前等」


 「何って。今日は仙心がいないから、俺達で話し合いしておけって言われたでしょ。まったく巽謨は忘れん坊だなぁ」


 だが、4人が揃ったところで話し合いなどするはずもなく、巽謨と摸匣の話を聞いていた鳳如と乃囘梨は、さらに話しを聞こうとする。


 「盗み聞いてんじゃねえよ」


 「語弊だね。たまたま聞こえただけだから」


 「乃囘梨は?お前はなんで・・・って、まあなんとなくわかるけどな」


 「・・・・・・」


 乃囘梨は、もともとは貴族の娘として産まれてきた。


 乃囘梨の家柄としては、代々予知能力を持つはずなのだが、乃囘梨だけはそれを受け継がなかった。


 物心がついたころから、自分に接する周りの違和感に気付いていた乃囘梨は、それでも良いかと思っていた。


 「乃囘梨、ちょっと」


 「はい、母様」


 母親に呼ばれ、乃囘梨は母親の後をついていく。


 「母様、何処まで行くのですか?」


 「もうちょっとよ」


 城を出て森を抜け、ズンズンと先まで歩いていく。


 そこには綺麗な滝があり、夕陽が沈みかけているからか、流れている水がまるで炎のように揺らめいている。


 「わー!綺麗!」


 「綺麗でしょう、乃囘梨。ここが好き?」


 「ええ!大好き!」


 「・・・そう、良かったわ」


 小さな小さな乃囘梨の身体は、母親が一押ししただけで、簡単に滝壺へと叩き落とされてしまう。


 腕を必死に伸ばしても、向こうから伸びてくる腕はなく、去って行く背中だけが見えた。


 数日後、乃囘梨は見知らぬ川の傍で目を覚ました。


 「あなた、大丈夫?」


 声をかけてくれたのは、綺麗な女性だった。


 小屋で1人で暮らしていた女性に助けられ、乃囘梨は一命を取り留めた。


 しかし、戦が始まってしまい、女性は男たちに連れて行かれてしまった。


 乃囘梨は先に森へと逃げていたため捕まらなかったが、女性が連れて行かれる時、乃囘梨を見ていたあの目を忘れることが出来ない。


 それからは、身売りをしたり、人殺しが出来るようになれば暗殺を手伝って生き延びてきた。


 「乃囘梨はきっと、なんていうか、あれだろ?昔貧乏で、女の子だからって売られて、とかだろ?言いたくねえなら言わなくていいからな」


 「・・・・・・違うけど、面倒臭いから言わないわ」


 「違うのかよ」


 馬鹿じゃないの、と付け足すと、巽謨がフルフルと拳を強く握っていたため、鳳如がまあまあと宥めていた。


 「一番鳳如が謎だよな」


 「ああ。お前、もとから強かったよな。なんでだ?」


 「えー?俺の話はつまらないからさ。もっと楽しいこと話そうよ」


 「逃げんのか」


 「うん。逃げる」


 にっこりと微笑みながらも、鳳如はきっぱりと断った。


 覚えていないということもあるが、なによりも言えないことがある。


 ―言えるわけないだろ。微量だとしても、鬼の血を引いてるなんてさ。


 「言えよ。お前が言わねえと、俺は今日帰らねえぞ」


 「ここは君の部屋だからね。帰るのは俺だから」


 「ああ言えばこう言うか!お前!白状しろよ!!」


 鳳如の胸倉を掴みながら叫ぶ巽謨にも、鳳如は笑みを止めない。


 そんなことをしていると、乃囘梨がいきなり部屋の中をあちこち見始める。


 「おいおいおいおいおいおいおいおいおい!お前何してんだよ!!」


 「・・・見られたらまずいものがあるんじゃないかと思って」


 「いやいやいや、あったらどうすんだよ。それを見つけてお前、どうする心算だったんだよ」


 「脅してやろうかと」


 「怖っ。例えここでそういうのが見つかったとしても、こいつらもいるから脅しにはならねえだろうが。ただ俺が恥かくだけだ」


 「・・・つまんない」


 「失礼な奴だなおい!」


 いっきに退屈になってしまったのか、乃囘梨は人の部屋であるにも関わらず、ベッドに寝転がったり、壁を壊したりしていた。


 「俺の部屋での破壊行為は止めてくれ。てか止めろ!冬場寝るとき辛いだろうが!」


 「巽謨は夏を司るんだから、体温調節で暖かくすれば良い」


 「なにその考え。お前等も何とか言えよ!」


 「え?何が?」


 ふと鳳如と摸匣の方を見てみると、そこには壁に落書きをしている鳳如と、なぜか部屋の模様替えをしている摸匣がいた。


 最初は叫んでいた巽謨も、喉が疲れてしまったのか、愕然と肩を落としていた。


 そのうち3人はつまらないといって部屋から出ていくと言う、なんともいえない暴挙があったのだ。








 「巽謨・・・」


 そんな巽謨が裏切るなんて、やはり信じられない。


 摸匣はもう一度巽謨に会って、ちゃんと話しをしようとする。


 しかし、巽謨は仙心と何か話しがあるらしく、しばらく帰ってこなかった。


 とぼとぼと部屋に帰ると、摸匣はベッドに横になり、天井をじっと見つめながら、唇を噛みしめていた。


 それから二日後のこと。


 何やらバタバタと騒がしいと思っていると、廊下でばったり乃囘梨と会った。


 「何かあったのか?」


 「鬼」


 「またか!?この前来たばっかりじゃねえか!!!」


 は、と摸匣は思わず思ってしまった。


 巽謨が、自分が裏切り者とバレそうになったから鬼を呼んだのでは、と。


 しかし、すぐにそんなわけないと、首をブンブン横に振るのだった。


 「何処だ!?」


 「南西」


 「了解!」


 乃囘梨と向かうと、まだ鬼は来ていないようだ。


 しかし、鬼の気配は徐々に強くなり、それはただならぬ数がいることを告げていた。


 「やべぇな」


 「悪い!遅れた!」


 「巽謨・・・」


 遅れて登場した巽謨に、怪訝そうな表情をした摸匣だったが、今はそれよりも鬼を倒すことの方が先だと、鬼の姿を見えるのを待つ。


 「見えた!」


 鬼の姿が見えたかと思うと、そのあまりの多さに思わず生唾を飲み込む。


 「すっげえ大群だな・・・。史上最高の数じゃねえか?」


 「ああ、桁違いだな」


 「・・・・・・」


 「ま、やるしかねえな!!!」


 飛びだして行った3人。


 「俺が相手してやるよ!!!来やがれ!このクズ共!!」


 巽謨は剣を抜くと、風を起こして鬼達の周りに台風を巻き起こした。


 小さな鬼であれば吹き飛んでしまうため、その隙に飛んでいる鬼を踏み台にしながら、次々に鬼を斬って行く。


 その時、剣からは火が出ているため、鬼は身体を再生させることも出来ず、そのまま地へと落ちていく。


 「俺に挑んでくるなら、もっと強ぇ奴を連れてくるんだな!!!」


 そんな中、巽謨の前にとびきり大きな鬼が現れる。


 「はっ。大物が釣れたな」


 巽謨の前にいる鬼は、顔が獅子のようで、しかし身体は牛のような形をしていた。


 角もついており、牙も生え、髭まであって尻尾もある。


 どんな名前がある鬼かは知らないが、巽謨は剣を構えて飛びかかる。


 その頃、乃囘梨も鬼と対峙していた。


 「・・・・・・」


 長い鞭を構え、周りにいる小さな鬼たちの手足を鞭で縛れば、そこから鬼たちは身体が凍りつき、固まってしまい、腕や足がぼろぼろと取れていく。


 それでも乃囘梨は平然としており、目線は常に目の前の鬼に向いている。


 乃囘梨の前にいる鬼は、身体は蛇のように長く伸び、しかし羽根があって額にひとつだけ角がついている。


 「・・・鬼にしては滑稽な姿」


 そう言うと、乃囘梨はいっきに鬼に向かって飛びかかり、鞭をあてる。


 しかし、鬼の身体に鞭を巻いて、そこから身体を凍りつけせようとすると、鬼は口から蒸気を出して溶かしてしまった。


 「・・・・・・」


 自分とは相性が悪いと思った矢先、鬼は尾で乃囘梨の身体を強く弾いた。


 「!!!」


 壁に激突してしまった乃囘梨だが、またすぐに尾が迫ってきていることが分かると、ジャンプして逃れた。


 ぺろっと舌で唇を舐めとると、乃囘梨は鞭を持ち直し、体勢を直す。


 「・・・生意気」


 そして摸匣もまた、鬼と戦っていた。


 遠くにいる鬼相手には弓を使い、時には鬼を素手で掴んで握りつぶしていた。


 ちらっと巽謨の方を見てみると、普段通りの戦いをしていた。


 「!!!」


 他所見をした間に、鬼が摸匣の足元から現れ、両足を掴まれてしまった。


 近すぎると攻撃力を失くす弓では倒せないと、摸匣は鬼の頭を両手で挟むと、人間の力とは思えない力で鬼の顔を潰す。


 そして巽謨や乃囘梨と同じように、大きな鬼が立ちはだかる。


 「なんじゃこりゃ」


 そこにいる鬼は足が3本ついており、顔を3つあるのだが、目が異常に多く、ぱっと見た感じだけでも10以上はあるだろう。


 それだけ視野が広がるということは、足や目が3つついているのにも納得がいった。


 「だがまあ、相手にとって不足はねえ」








 「ワシはもう、長くはもつまい」


 「そんなこと言わず。気を確かにお持ちくださいませ」


 「いや、良いのだ。・・・あ奴を呼んでくれぬか。話がある」


 「・・・かしこまりました」


 1人の男が、布団で横たわっていた。


 真っ白な髪に真っ白な髭、手足もシワが多く見られるが、まだそれほどの年齢には見えない。


 しばらくすると、別の男が入ってきた。


 男は扉を閉めると、横たわっている男の前で胡坐をかいて座る。


 「来てくれたか。ワシの名を、お主に継いでもらいたいのだ。どうか、頼む」


 「私にはまだ早いかと。自身で言うのもなんですが、信頼もない男です」


 それを聞くと、寝ている男は盛大に笑った。


 「何を申すか。お主ほど、わらしに好かれておる男はおらぬわ。わらしに何かあったら、お主だけが頼りなのだ。それに、お主は強い」


 「まだまだです」


 「謙遜するでない。ここ最近、鬼たちに不穏な動きがあるのは、お主も知っておろう」


 「はい」


 「相容れぬ存在というのは、いつの世も悲しいものだ」


 「?」


 男の言ったことが分からないのか、若い男が眉間にシワを寄せていると、寝ている男は小さく笑ったあと、数回咳をした。


 若い男が立ち上がって寝ている男に近づくと、手を強く掴まれた。


 「頼む。ワシが信頼出来るのは、お主たちだけなのだ。どうか、ワシの意志を継ぎ、未来を魅せてくれ!!!」


 「私は、何をすれば・・?」


 生きていくことの意味も、死んでいくことも意味も。


 多分何処にもないのだろうけど、探してしまうのは性とも言えようか。


 「人間たちを赦せ。そして、導け」


 「人間たちを・・・?」


 自分たち以外のものを悪とし、自分たちに不幸をもたらす者を全て滅しようとする、そんな人間を赦せと。


 若い男はピクリと眉を潜ませたが、すぐに穏やかな表情へ変わる。


 「仰せのままに」


 「頼んだぞ」


 それからすぐ、白髪混じりの男は咳こんだかと思うと、意識を失ってしまった。


 すぐに医療に特化した者を呼び、しばらくは誰も会う事が出来なくなってしまった。


 若い男はそこから立ち去り、自分の家とも言える木で作られた小さな場所へと戻ってくると、酒を取り出して頭からかけた。


 そこに置いてある酒と言う酒を全てかけ流すと、男は外を見る。


 先程まで晴れていた空が急に暗くなり、いきなり雨が降り出した。


 「・・・・・・」


 男は外へ出ると、また頭から濡れるようにして、雨がやむまでずっと、ただそこに立っていた。


 「風邪をひくぞ」


 「・・・・・・」


 「そろそろ危ないようじゃ。顔を見にいかんで良いのか?」


 「・・・会ってきた」


 「・・・そうじゃったか」


 悼むような雨を全身に浴びながら、男は微動だにしない。


 それからすぐに、あの白髪の男が亡くなったとの報せが届いた。


 周りはパニックになったが、その時、先程の若い男が現れた。


 「何をしに来た!」


 「貴様が来るような場所ではないぞ!」


 「帰れ!今すぐ出ていけ!!」


 周りから浴びせられる罵声を無視し、男は皆の前に出ると、声を発した。


 あまり聞いたことのない男の声に、その者達はごくりと唾を飲む。


 まるで地を這うような低く、しっかりとした声だが、そこには掠れた感じもあり、耳障りではない。


 「今この時より、私が・・・いや、ワシが先代、ぬらりひょんよりこの名を受け継ぐことになった」


 「な、なんだと!?」


 「まさか・・・」


 「そして、先代からの言葉を述べる。人間を赦せと。そして、導けと申された。これより、ワシらは人間のことを・・・」


 「ちょっと待て!!先代がそのようなことをいうはずがないわ!!!ワシらを騙そうとしているのであろう!?この浮浪ものが!」


 「そうだそうだ!!!先代はワシらのことを何よりも大事に思ってくださった!人間を赦せなどと、そんなこというはずがない!」


 「・・・・・・」


 こういったことを言ってくる輩はいると思っていたが、見たところ、きっとほとんどがそう思っているのだろう。


 「見よ!みな、貴様のことを認めてなどおらぬ!その神聖な名を受け継ぐなど、断じて認めんぞ!!」


 これはどうしようと思っていると、2人ほど、手があがった。


 周りはなんだ誰だと言いながらそちらを見ると、黄色の長い髪をした男と、黒髪の長い男がいた。


 「ワシは構わぬが」


 「俺様も別に。誰が名を継ごうが、俺様の美しさは変わらないからな」


 「おろち、誰も主のことなど気にしておらぬわ」


 「て、天狗におろちだと!?貴様らも乗っ取る心算か!?」


 「さては、手を組んで先代を亡きものにしたのだな!?」


 しまいには命を狙ったのだとか言い始めた男たちに呆れていると、そこへ1人の少女が現れた。


 「ざ、座敷わらし様・・・」


 着物姿の少女、座敷わらしは、先代ぬらりひょんのたった一人の大事な大事な愛娘であった。


 毎日のように溺愛していたのだが、最近では反抗期になってしまったと聞いたことがある。


 座敷わらしは現、ぬらりひょんへと近づくと、じーっと顔を見たあと、瞳を潤ませ始め、大きな声で泣き始めた。


 これには周りの男たちは耳を塞ぎ、頭痛まで襲ってくる。


 いつもであれば、先代が座敷わらしを泣き止ませていたのだが、もう泣き止ませられる人はいない。


 困ったことだと思っていると、目の前にいたぬらりひょんが両膝を曲げた。


 座敷わらしと目線の高さが会う様にして身を屈めると、ボロボロと大きな涙を流している座敷わらしの頭を撫でた。


 「すまぬな。守り切れず」


 「・・・っく」


 「先代との誓いじゃ。主のことはワシが守ろう」


 「ま、まことか?」


 「ああ。この身が滅ぶまで、一生お守りすると誓おう。ワシは嘘は吐かぬ」


 ポンポンと撫でたあと、ゆっくりと立ちあがったかと思うと、今度は腰を曲げて座敷わらしをその腕に抱えた。


 そして片腕に乗せると、座敷わらしに向かってこう言った。


 「ワシがぬらりひょんの名を継ぐが、良いか?」


 コクコクと頷きながら、答えた。


 「良いぞ!」


 これを聞くと、これまでなんやかんやと言っていた男たちは静まりかえり、1人、また1人と片膝をついてお辞儀を始めた。


 そして座敷わらしが完全に泣き止む頃になると、全員が頭を下げていた。


 「これより、ぬらりひょんの名はワシが継ぐ」


 こうして、また新しい歴史が幕開いた。








 「はあっはあっ・・・!!」


 摸匣は、鬼からなんとか逃げていた。


 「くそっ!!!身体がでかすぎて攻撃が効かねえ!!!」


 巽謨はどうしただろうか、それに乃囘梨も分からない。


 とにかく、自分が生きていなければ、もう2度と会う事は出来ないだろう。


 走って走って、けれど逃げ場などなくて、摸匣は覚悟を決めて鬼の前に出る。


 しかしその時、丁度鬼が大きく腕を振りかぶってきたところで、摸匣はその腕によって遠くまで吹き飛ばされてしまった。


 「っっっつうっ・・・!!!」


 ぶつかった衝撃で肩を痛めてしまったようで、摸匣は肩を押さえながらなんとか立ち上がった。


 「・・・やべぇな。こりゃ、俺今日死ぬかもな」


 ハハハ、と小さく笑っていると、近くで誰かの声が聞こえた。


 もしかしたら、近くに巽謨か乃囘梨、もしくは仙心あたりがいるのかと、摸匣は声のする方へと歩み寄って行く。


 「はあはあ・・・確かこっちの方・・・。あ・・・」


 少し歩いた場所に、人影が見えた。


 それは見知った頭の色と形をしており、摸匣は無事だったのかと思わず走っていった。


 そして声をかけようとしたとき、こちらに背を向けたままの巽謨ばかり見ていて気付かなかったが、巽謨の背中の向こう側には、何かがある。


 「巽・・・」


 そっと腕を伸ばしかけたそのとき、摸匣は目を疑う光景を見る。


 巽謨の背中の向こう側に見えたのは、血を流して倒れている人影だった。


 「え・・・?」


 倒れていたのは、こちらも見覚えのあるミントの髪色である、乃囘梨だった。


 摸匣に気付いたのか、巽謨はこちらを振り向くと、驚いた顔をしていた。


 乃囘梨の身体には無数の斬り傷があり、巽謨の剣にも血がついていた。


 それが乃囘梨のかどうかという問題は、この時の摸匣にしてみれば、そうなのだと、先入観しかなかった。


 「せ、巽謨・・・お前・・・」





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