第4話おまけ①「天狗との出会い」





ラグナロク四

おまけ①「天狗との出会い」


おまけ①【天狗との出逢い】




























 ぬらりひょんは、もともとぬらりひょんという名ではなかった。


 先代のぬらりひょんに引き取られる形で住まわせてもらうようになると、周りからはやっかまれることも多かった。


 そんなある日のこと。


 病気で寝ている先代ぬらりひょんの見舞いに来る男たちを顔を合わせないようにするため、現ぬらりひょんは近くを散策していた。


 当時のぬらりひょんの名は、確か“仁王”と言っただろうか。


 これが本名かと聞かれると、多分違う。


 とにかく、周りからはそう呼ばれていた。


 「・・・・・・」


 極力誰にも会わないように歩いていた仁王の耳に、何かの音が聞こえた。


 それは自然のものではなく、何かを齧ったような、そんな音だ。


 シャリ、シャリ、と聞こえるため、仁王は音のするほうに視線を向ける。


 すると、そこには1人の男がいた。


 男は金色の長い髪を靡かせており、手には大きな扇子を持ち、下駄を履いて、着物のようなものを着て、そしてリンゴを齧っていた。


 「誰だ」


 「・・・主こそ誰じゃ。見かけん顔じゃのう」


 シャリシャリとリンゴを齧りながら、その男は木の上から下りてきた。


 リンゴの芯の部分まで食べきると、べたついた指を舐めとる。


 「ワシは天狗と申す。この辺りは確か、ぬらりひょんの縄張りじゃと思うたが」


 「確かにここはぬらりひょんの縄張りだったが、今のぬらりひょんは縄張りなど気にしてはいない」


 昔は縄張りというものがあって、縄張り争いなどもしょっちゅうあったそうだが、今はそんなことはない。


 大地も空も海も、争う意味などない永遠のものであるというのに。


 それを憂いたぬらりひょんは、自分の縄張りだろうとなんだろうと、好きに使って良いと言う事にしていた。


 まあ、仁王からしてみれば、縄張りなど何処から何処が誰のものかなんて知らないため、関係ないのだが。


 それを話すと、天狗は「ほう」と言った。


 「して、主は何者じゃ?」


 「何者?俺はただの浮浪者だ。縁あってぬらりひょんに世話になっている。お前こそ、ぬらりひょんの縄張りだと知っていながら、何故ここにいた」


 仁王が天狗に尋ねると、天狗は歩きにくそうな下駄でカランコロンと軽やかに歩く。


 そして木の陰に入ると、腕組をしてこちらを見る。


 「天狗というのは気紛れなもんじゃ。風の流れるまま、時代の流れるまま、行きたい場所へ行くだけじゃ」


 「天狗とは、鼻が長いと思ったが、お前はそうではないんだな」


 勝手なイメージなのか、それとも固定概念とでも言うのか。


 天狗と聞けば鼻が長い様なイメージを持っていた仁王がそう言うと、天狗はクツクツと肩を揺らして笑った。


 「人の世が移り変わるように、ワシらもまた、変わらねばなるまいよ」


 「・・・・・・」


 「それよりも、気をつけるんじゃな」


 「?何をだ?」


 いきなり何を言い出すのかと、仁王は天狗のことを怪訝そうな表情で見る。


 すると、天狗は背中から大きな扇子を取り出しながらこう言った。


 「戦うべきは、人間とは限らぬ故」


 何のことかと聞こうとすると、天狗は扇子で風を起こし、そのまま何処かへと姿を消してしまった。


 仁王はあたりを軽く見渡したが見つからなく、諦めてそのまま帰って行った。


 すでに皆寝静まっている頃だろうが、仁王はちらっとぬらりひょんの様子を見に行くと、規則正しく寝息を立てているぬらりひょんがいた。


 仁王は少し離れた木の上に登ると、そこで身体を横にする。


 身体にフィットする場所を見つけると、案外寝心地が良いものだ。


 それから数日経ったある日のこと。


 仁王はいつものようにブラブラと歩いていると、男たちの会話が聞こえてきた。


 「ぬらりひょんなら、そろそろだ」


 「どうする?後継人が誰かわからぬままだと、こちらも危ないのでは?」


 「なに、死人に口無し。我等の誰かを任命したと申せば良いだけの話じゃ」


 「なるほど」


 くだらないことを話していると、仁王はその場を離れた。


 しかし、男たちは実行に移すようだ。


 夜中、寝苦しくなって起きてしまった仁王は、ぬらりひょんが寝ている場所へと向かっている数人の男たちを見た。


 その手には剣や小刀があり、穏やかな雰囲気ではないことはすぐ分かった。


 仁王はため息を吐いて、木から下りた。








 「静かにしろよ」


 「わかってる。絶対に仕留めろ」


 男たちは、寝ているぬらりひょんの周りをぐるっと取り囲むと、一斉に剣を抜き、ぬらりひょんに振りおろそうとした。


 しかしその時、奥の部屋から眠そうに目元を摩りながら座敷わらしが現れた。


 男たちは思わず動きを止めてしまい、座敷わらしを凝視していた。


 座敷わらしは男たちをしばらく見つめたかと思うと、子供ながらに今おかれている状況が分かったのか、目に涙を浮かべはじめた。


 すると、男たちのうち1人が慌てて座敷わらしの口を封じようと、剣を振り下ろす。


 ひゅん、と音がしたかと思うと、座敷わらしに剣を振りおろしていた男の腕が、ごろん、と床に落ちていた。


 男自身も何が起こったのか分からなかったようだが、床にある自分の腕を見て、今どうなっているか分かったようだ。


 「貴様!!!」


 「やはり貴様も名が欲しくて近づいたのか!!?」


 「・・・くだらんな」


 「何!?」


 男たちの前には、座敷わらしを腕に抱えている仁王がいた。


 座敷わらしは泣く寸前の顔をしていたが、仁王を見上げて見つめていた。


 「ぬらりひょんの名?そんなもの、俺には何の役にも立たない」


 「ならば、なぜ邪魔をする!?よし、こうしよう。今日のことを黙っておくなら、貴様を仲間にしてやろう」


 「我等の誰かがぬらりひょんになれば、貴様はその家来ということでどうだ?悪い話ではなかろう?」


 「その娘も、今の内に殺しておかんと、邪魔な存在になるのは確実」


 「・・・・・・」


 男たちからしてみれば、ぬらりひょんも座敷わらしも、ましてや仁王も邪魔なのだ。


 この場さえ乗り切れば、仁王なんぞ簡単に殺せると思っていた。


 いや、今でさえ容易に出来るのだろうが、ここで事をあらだてたとして、自分達のことを見ている座敷わらしがいる以上、仁王を悪者にするのは難しいかもしれない。


 だからこそ、今だけなんとか、そういう気持ちだったのだ。


 しばらく黙っていた仁王は、下を向いたかと思うと、いきなり欠伸をした。


 男たちはそれを見てキョトンとしていると、仁王が口を開いた。


 「くだらんな」


 「き、貴様・・・!!」


 本日二度目「くだらない」と言われた男たちは、その刃を仁王に向ける。


 「ぬらりひょんの名などいらんし、お前等の下につく気もない。俺は、ぬらりひょんに感謝と恩があるだけであって、お前等には何もない」


 「なんだと・・・!?ぬらりひょんの名さえあれば、鬼たちを自由に動かせるやもしれんのだぞ!?それを貴様はいらんと申すのか!?」


 「ああ、いらんな。名など、いつかは無くなるものだ。くだらん。まったくくだらん」


 「貴様・・・!!!!」


 男たちは、一斉に仁王に向かってきた。


 仁王は座敷わらしを抱えたまま、男たちの剣をすり抜けると、1人の男の顔を鷲掴みする。


 がっちりと掴まれてしまった男は、剣を落としてなんとか逃れようとするが、仁王の力は思ったよりも強く、なかなか逃げ出すことが出来ない。


 男を助けようと、他の男たちが仁王に立ち向かうが、仁王がひと睨みすると、思わず足を止めてしまう。


 「恩には報いる。借りは返す。お前等を弊害とみなし、ここで殺す」


 「貴様に何が出来るか!」


 「拾われただけのガキが!!」


 ぐしゃ・・・何かが潰れた音がした。


 仁王に顔を鷲掴みされていた男の顔が、無くなっていた。


 そしてそこから滴る真っ赤な花たちは、幾重にも咲いて乱れる。


 その光景に、男たちは思わず息を飲んだ。


 男の顔を潰した当人は、顔色ひとつ変えずに、汚れてしまったその手を、自分の着物で拭いていた。


 「謀反者らしく、潔く散れ」


 そう言って、仁王は男たちに飛びかかって行った。


 しかしその時、寝ていたはずのぬらりひょんが起きた。


 身体を起こすと、仁王を呼びとめた。


 「こ、こいつが我等を殺そうと!!」


 「どうか、この者にお咎めを!!」


 「・・・・・・」


 血だらけで座敷わらしを抱えている仁王を指さし、仁王は座敷わらしを人質にして、ぬらりひょんを狙おうとしていたと、男たちは口をそろえた。


 ぬらりひょんが仁王の方を見ると、仁王は特に言い訳も何も言わず、ただそこに立っていた。


 「こいつは、ずっとあなたさまを狙っておられたのです!!」


 「そうです!我等がいなければ、今頃は殺されていたやもしれません!!」


 「仲間も殺されてしまいました!」


 「一刻も早く、こいつを追放しましょう!」


 次々に仁王を追い出そうと言いだす男たちに対し、仁王は座敷わらしを下ろして、ぬらりひょんに背中を向けた。


 「これ、何処へ行くのじゃ」


 「・・・誰もいない場所があれば、そこが良いかと」


 「逃げると申すのか!」


 「貴様には殺しの罪があるのだ!」


 「黙らんか!!!」


 ぬらりひょんに一喝されると、男たちは不満そうに口を閉ざした。


 「仁王よ、主は何か申さぬのか」


 「・・・言ったところで、どうなると言うのです。俺は今まで通り、独りで生きて行くだけです」


 座敷わらしはテテテ、とぬらりひょんのもとまで走って行くと、ぎゅうっと着物を掴んだ。


 そんな座敷わらしの頭を撫でているぬらりひょんは、少し大きめの声を出した。


 「主は見ておったのであろう」


 「・・・?」


 男たちは、互いの顔を見合わせて首を傾げていた。


 すると、そこに一人の男が風に乗ってやってきた。


 黄金に輝く長い髪を靡かせながらやってきたその男は、仁王をちらっと見ると、少しだけ口角をあげた。


 「御想像の通りじゃ。分かっておるのに、ワシを呼ぶとは卑怯じゃのう」


 「ほっほっほ。ワシとて、無駄に長く生きてきたわけではないわい。座敷わらしが泣いていない時点で、仁王の無実は明白じゃ」


 後から聞いた話しでは、座敷わらしはいつも男たちがいると泣いていたとかで。


 あまり会ったことのない仁王に対して泣かなかったのは、仁王からぬらりひょんと同じ何かを感じ取ったからだろう。


 その後すぐに男たちは追放されることになった。


 「仁王、こ奴は天狗じゃ」


 「・・・・・・」


 「ニコリともしない男じゃのう」


 天狗は自由に生きる風のような男。


 しかし、ぬらりひょんとは気があうのか、時たまこうして顔を合わせて、酒を飲みながら話しをしていたそうだ。


 「これ、仁王」


 「これまた、自由な男じゃ」


 興味ないという風に、ぬらりひょんの部屋から出て行こうとした仁王を呼びとめるも、その足が止まることはなかった。


 仁王が去って行ったあと、ぬらりひょんは座敷わらしを抱っこしながら、こんな話しをしていた。


 「ワシはな、あ奴に名を継いでほしいと思うておるのじゃ。わらしも懐いておるようじゃしのう」


 「ほう。あ奴に・・・」


 すでにいなくなっている仁王の背中を追っていると、さらにこう言われた。


 「お主とおろちに、頼みたい事があってのう」


 「もしや、あの男の力になれと、そういうことかのう?それでワシにあの男と接触させたというわけじゃ?」


 「察しが良いのう。その通りじゃ」


 「しかし、おろちは分からぬぞ。あの仁王とか言う男、苦労するのう」


 そんな話をしていると、座敷わらしが首を傾げる。


 そんな座敷わらしの頭を撫でながら、ぬらりひょんは咳をする。


 「ワシは手遅れじゃ。この名が欲しいばかりに、ワシの周りには何を考えておるか分からぬ連中が集まった。しかし、あ奴ならば、今のこの状況を打破してくれるのではないかとな」


 「・・・随分と、買い被っておるようじゃのう。あの男にそこまでこだわるのは何故じゃ?」


 「・・・・・・」








 仁王は、草原で寝そべっていた。


 そよそよと心地良く吹く風のなか、目を瞑ったまま。


 「・・・何じゃ」


 「気付いておったのか」


 目を開けて上半身を起こすと、そこには天狗ともうひとりの男がいた。


 もうひとりの男は、長い黒髪をしていた。


 「こ奴はおろちじゃ。ワシとは古くからの知り合いでのう」


 「この男がねぇ・・・」


 「・・・だから何じゃ」


 天狗とおろちは仁王の前まで行くと、2人して片膝をついて頭を下げた。


 「!?」


 いきなりのことに、仁王は目を見開いていると、天狗が顔を下に向けたままこう言った。


 「これより、ワシらは主の力となろう。お主を主とし、仕えようぞ」


 「なんだ一体?なんで俺が主なんだ?」


 そう尋ねると、天狗は少しだけ顔をあげて、さらに続ける。


 「ぬらりひょんからの命じゃ」


 「は?」








 それから少しして、ぬらりひょんは亡くなった。


 名を受け継いだ仁王は、新たなぬらりひょんとして名を持ち、天狗やおろち、そして座敷わらしと共に過ごすこととなった。


 「また座敷わらしが呼んでおるぞ」


 「・・・なんでワシを呼ぶんじゃ」


 「一番懐いておるからのう。おろちが行ってもよいが、どうするかのう」


 ため息をつきながらも、ぬらりひょんは座敷わらしのもとへと向かうのだ。


 それを見て、天狗は仄かに笑う。


 「主の言っておった通りの男になったのう」




 「五月蠅い。いい加減泣き止まんか」


 「主が早う来んのがいけんのじゃ!」


 「・・・はあ。厄介な置土産じゃな」



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