第18話
「お前、東雲青竜か」
「何だって?」
美月が驚きの声をあげるのも無理はない。東雲青竜は男性、目の前にいる山内和泉は女性だ。東雲青竜は金髪だが、山内和泉は美しい黒髪の持ち主だった。ふたりともに寒気のするような美男美女ではあるが、同一人物とは到底思えない。思えないのだが、今日の山内和泉は、東雲青竜同様、青い澄んだ目をしている。シャツかとおもった胸元の白さは肌そのものだった。
「男でもない、女でもないんだろ?」
「よくわかりましたね」
「美月に媚を売らなかったからな。女なら美月をほっとかねえ。それなら男ってとこだが……」
「男でもあり、女でもあり、男でもなく、女でもない。そんな人間がいてもいいのに、この世には男か女かの二者択一しか存在しないんです」
山内和泉こと東雲青竜はふふと笑った。青い瞳が光をこぼちた。
「東北の一部に青い目をもって生まれる人間がいると聞いたことがあるが」
「ええ、金髪はかつらですが、私のこの目は生まれつき青いんです。あなたの髪が生まれつき白いのと同じで」
吸い込まれそうな瞳に、スメラギは精気の奪われる気がしていた。
「私はあなたのように霊がみえるわけではない。私がみるのは、記録。その場に残された記録を映像としてみることができるだけなのです」
「あんたはここに来て、落とし穴に落ちた人々たちがみえたってことか」
「落とし穴はかつてあそこにありました。故意にしろ、そうでないにしろ、森に入った人たちはみなあそこに落ちた――」
スメラギと美月は、東雲青竜がみつめる暗い森の影の一点をみつめていた。
「テレビ局から番組出演の要請があったので、私は山内和泉に化けて事前のリサーチをしにこの森に入った。その時、一切をみてしまったのです。人々があの落とし穴に落ちていくのを――。その中には、下平裕介ちゃんもいました」
「骨を掘り起こして、発見場所に置いたのはあんたか」
東雲青竜は沈黙をもってスメラギの推論を肯定した。
「勇樹ちゃんの行方不明事件は、偶発的な出来事だったのです。あの日、下平夫妻は森をさまよっていた。裕介ちゃんの発見につながる手がかりはないかとこっそり森に出はいりしていたんです。そして、同じ年頃の勇樹ちゃんに出くわした――」
「あんたはその時の様子も見たんだな」
「ええ。勇樹ちゃんがいなくなったと母親から連絡を受けた父親の村上は慌てました。まさか自分がほった落とし穴に落ちてはいないか、急いで確認しに行っています。そして事故ではないとわかると、今度は穴をふさいだ。捜索のため山に人を入れることになるから、それまでの悪事の証拠を消したというわけです。勇樹ちゃんの捜索願いの提出が遅れたのは、穴をふさいでいたからでしょう」
「あんたはその穴を掘り起こして裕介ちゃんの骨を発見し、例の場所へしこんだ。なんでそんなことを?」
「東雲青竜の名を売るため、ですよ。なかなか衝撃的だったでしょう」
東雲青竜が笑うたびに、空間が捻じ曲がる。
「それともう一つ。あなたに会うため、かな」
東雲青竜の顔が間近に迫った。
「あんなことをすれば、本物の霊視能力をもつ人間に会えるとおもったから。黙っていられないだろうからね。そうしたら、あなたが出てきた。僕はあなたのような人間に出会いたかったんだ」
異形のもの、異能のものの存在は孤独だ。東雲青竜の存在を不気味におもいながらも、スメラギはどこかで彼は自分自身でもあると感じていた。同じく憑依体質の美月に出会うまで、スメラギは孤独だった。自分の能力を忌んだ。だから、同じように忌まわしい運命に生まれついた美月とともにいることで、今まで人間でいられたような気がする。もし美月がいなかったら、スメラギもまた、東雲青竜のように孤独であっただろう。
「またどこかでお会いしましょう」
東雲青竜の細い指がスメラギの頬を撫でた。風がそよいでいったのをそうおもっただけなのかもしれない。気づくと、東雲青竜の姿はなく、スメラギは全身から力がぬけてその場に崩れ落ちていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます