第17話
「その秘密なら、あなたの足元にありますよ」
森の奥から声だけが響いてきた。スメラギは思わず身を震わせた。やがて木の陰から姿を現したのは山内和泉だった。黒のパンツスーツ姿で、肌の白さが際立っている。
「どうしました? 死人でもみたような青い顔をしているじゃないですか。私は生きた人間です。それに死人をみたって今さら驚くような人ではないでしょう、あなたは」
山内和泉はゆっくりとスメラギに近づいてきた。枯葉の上を歩いているのに物音ひとつたたない。スメラギは何かに足元を縛り付けられたようにその場を動けないでいた。
「美月さん、あなたにならみつけられるはずです」
山内和泉は美月の足元に視線をやった。つられるように美月も顔を落とし、そこに白く光るものをみつけた。
松葉を払って出てきたものは、傘の開ききっていないマツタケだった。
「マツタケ?」
「山のダイヤモンドとも言われています。この山にはマツタケがうなるようにあるのです」
「マツタケのある山、それが守りたかった秘密。マツタケを採りに山に入ってもらいたくもないし、もって出ても欲しくなかった――」
美月の言葉に山内和泉は頷いてみせた。
山のダイヤモンド――たいした産業のない山間の村に、ひときわ目立つ豪邸を持ち、高級車をずらりと並べたてることができたのはマツタケの採れる山を所有しているおかげだ。村上は秘かにマツタケを売りさばいて大金を手にしていたのだろう。
「マツタケの秘密を守るため、山に入った人間には“神隠し”にあってもらった――」
山内和泉の声が揺らいで聞こえる。高い音と低い音が螺旋のようにからまっているような不快な声音だ。その低い方の声音に、スメラギは聞き覚えがあった。
「神隠しっていうけど、それは殺人じゃないですか」
美月の憤りに、山内和泉は首を横にふった。
「いいえ、そうとも言えないんです。直接手を下したわけではありませんから。事故だと言えばすんでしまうのです。熊よけに掘ってあった落とし穴に勝手に落ちたのだといえば。ここは私有地ですから、そもそも許可なくの侵入は禁止されています。不法侵入したうえで落とし穴に落ちて亡くなっても、それは“事故”でしかないのです」
正論だった。
「でも熊は出ないのだから」
「“今は”でないというだけです。昔はいたでしょう。そのころからの落とし穴を放置していた――言い訳ならいくらでもできる」
美月は反論の余地を奪われ、黙るしかなかった。
「それを知っているあんたは何者だ」
やっとのことで、スメラギは喉から声を絞り出した。どうしてだか全身に力が入らない。山内和泉が現れてからだ。
「あなたにならわかるとおもっていましたが」
山内和泉は笑みを浮かべた。邪まとは異なる。だが、無邪気とも言いかねる微笑みだった。その目が青く光っていた。
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