第11話
頁に頁をついでも、勇樹ちゃんの記録はみあたらなかった。いったん執務室に戻った篁がスメラギの様子を見に再びデータ管理室を訪れた時、スメラギは行方不明になった日付から7年分の記録をあさっているところだった。そうと知ったのも、篁にそう指摘されたからで、スメラギ自身はそんなに時間をのぼっているとは気づいていなかった。
白骨体の頭がい骨は小さかった。死亡したのは行方不明になってから間もなくだろう。そもそも7年もあの山で幼い子どもの勇樹ちゃんがひとりで生き延びることのできたはずがない。しかし、行方不明当時を死亡した時期と考えて、一日、一週間と死亡した時期のあたりをつけて探した勇樹ちゃんの記録はどこにも見当たらなかった。
記録は見当たらなかったというと、篁は眉をしかめた。
「記帳にないはずはないですよ。見落としてはいませんか?」
「見落としてないとはいえねえけど、目を皿にして探したぜ」
まぶたを閉じるのもわずらわしいという勢いで文字を追い続けたせいで、開けているだけでも目が痛い。頁をめくりつづけた指の皮も摩擦ですりむけていったのか、最後のほうでは紙を触っているという感覚がなくなっていた。
「なあ、誰かが記帳の記録を盗んだってことは考えられねえか?」
こんな風にさと、スメラギは頁を破る真似をしてみせた。カゲロウの羽のように薄い和紙は力を入れたらすぐにでも破りとれそうだった。
「誰がそんなことをするんです?」
篁の眉は歪んだままだ。
「わかんねーけど、夜摩本人でなくてもこの部屋に入れるってなら……」
「閻魔王の血の入った小瓶の管理なら万全を期してます」
管理能力を疑われたとおもったのか、篁は不機嫌だった。スメラギは慌ててその場を取り繕った。
「夜摩が寝ている間に、こっそり血を抜き取るって手もあるぜ」
「閻魔王を襲うことができるものは、もう存在しません」
篁があまりにさらりと言ってのけてしまったので、「もう存在しない」とはどういう意味かをスメラギは聞きそびれてしまった。
「まあいいでしょう。一生懸命探したけど見つからなかったというあなたの言葉を信じるとしましょう。記録がみつからなかったということは、“死んでいない”ということになりますね」
「それはどういう?」
スメラギは身を乗り出した。勇樹ちゃんの遺体はたしかに発見されている。発見された骨は誰にでも人骨とわかる頭がい骨だったし、大きさはちょうど勇樹ちゃんの年頃の子どものもので、骨は勇樹ちゃんのものとみて間違いない。
「死んだ時から記録をさぐったのでしょう? それで見当たらないのは“死んではいない”、つまり生きているということです。生年月日で調べてみては?」
篁の言葉の途中でスメラギは弾丸のように飛び出して書架をかけめぐり、報道で知った勇樹ちゃんの生年月日の年の記帳をひっぱりだしてきた。分厚い記帳を床にたたきつけるなり、スメラギはやぶらんばかりの勢いで頁をくった。
やがてスメラギの手がとまった。生年月日の日付と勇樹ちゃんの名前を確認する。死亡予定日には今から60年後の日付が記載されていた。篁の言った通り、勇樹ちゃんは死んではいなかった。では、あの白骨体は、一体誰なのか?
ごくりとつばを飲み込んだスメラギは、けたたましく鳴ったケータイの着信音に身を震わせた。鴻巣からだった。
「おい、ちょっとまずいことになった。例の白骨体な、DNA鑑定に回していたんだが、結果、村上勇樹ちゃんではないと出たぜ――」
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