第12話
通称“神隠しの森”と呼ばれる山林で発見された白骨はDNA鑑定の結果、村上勇樹ちゃんのものではないと判明した。その結果は両親のみに告げられ、一般にはいまだ公開されていない。スメラギが知りえたのは、鴻巣から連絡があったからだった。
「あの白骨体が勇樹ちゃんじゃなかったなんてねえ」
スメラギから話を聞かされた美月は驚きを隠せないでいる。スメラギという霊視能力の持ち主を知るだけに、美月は東雲青竜を信じていた。それだけに、彼が偽物だとはすぐには信じられないでいるらしい。
「あの東雲とかいう男は勇樹ちゃんの霊を見てもいないし、そもそも勇樹ちゃんは死んではいないから、勇樹ちゃんの霊を見たなんていう彼は偽者の霊能者だと、スギさんは言いたいわけだ」
「霊能者だなんて言ってる奴はインチキばっかりさ」
自分にむかって何度も吐き捨てられた台詞を、スメラギは呟いた。
「でも、生放送の番組中に霊視して、彼の言った通りの場所で白骨体は発見された――あの番組はやらせか何かだとスギさんは思っているのかい?」
生放送中に霊視によって未解決事件を解決へと導く――これほどセンセーショナルで視聴者の関心を集める番組はないだろう。実際、東雲青竜のスタジオでの霊視以後、視聴率は上がったらしい。
「うーん……やらせ、ってのもなあ……」
渋い表情を浮かべ、スメラギはリモコンの巻き戻しボタンを押した。画面には再び、暗い闇を行くクルーたちが映しだされた。よろず食堂のテレビでみていた時と同じ光景だ。当日は生放送だったが、今美月の部屋で観ている映像は、鴻巣がひとに頼んで録画しておいたものだった。
クルーたちはスタジオからの東雲青竜の指示に従って闇の中を移動する。カメラマンの足が急ぐのか、画面が右左に揺れ、みているこちら側も山を歩いているかのような臨場感が伝わってくる。
だが、スタジオから指示を出している東雲青竜が勇樹ちゃんの霊に導かれてというのは嘘である。勇樹ちゃんは死んではいない。地獄で管理されている鬼籍データによれば、勇樹ちゃんが死亡するのは60年後であり、DNA検査の結果、人骨は勇樹ちゃんのものではないと判明した。
霊が人の目に見えないのをいいことに、東雲青竜は芝居をうったのである。ここまではよくある話で、スメラギも驚かない。しかし、芝居であるはずの霊視によって白骨体が発見された。歩みを止めた一行がスコップで地面を掘る。何かを探り当てたスタッフの一人が人を呼ぶ。両手で土をかきだし、頭がい骨の一部が画面に映りこんだところでスメラギは一時停止ボタンを押した。
放送当日、画面は突如コマーシャルに切り替わった。よろず食堂のテレビにはコマーシャルが流れているばかりだったが、鴻巣と電話をしていたスメラギはだが、スタジオ内の困惑した様子を耳にしている。
「やらせならもっとうまくやると思うんだよなあ。“死体”を仕込むにしても、動物の足の骨とか、パッと見だけだと人間の骨かどうかわかんねえのにしといてさあ。あとで『あれは動物の骨でした』、ちゃんちゃん、で終わり。テレビ局としては視聴率がよけりゃいいだけの話で、事件の解決なんてはなから期待してないだろ?」
「でも、見つかったのは頭がい骨だった――」
「そうだ、頭がい骨だ。頭がい骨じゃ、動物の骨でした―なんて言い訳通用しねえだろ? 一目で人間の骨だってわかっちまうんだから」
「なるほど。骨を仕込んでおくやらせにしては、つめが甘い。いやつめすぎて墓穴を掘ったというのかな、この場合」
美月も首をひねりはじめた。
「じゃあ、遺体のあった場所を見つけたのは、偶然だと?」
美月の疑問をスメラギは否定した。
「偶然なんかじゃねえだろうな。ただでさえ、神隠しの森と言われる場所で迷いこんだらおしまいっつー所の、しかも夜だってのに、東雲青竜は迷わずにあの場所へスタッフを導いた。それはやつがその場所をあらかじめ知っていたからだが……」
「ああ、それならつじつまがあうね。ということは、やらせはテレビ局じゃなくて、売名目的で東雲青竜側が仕組んだ?」
「そう考えてほぼ間違いねえと思うんだけどなぁ……」
何かすっきりしないことがあるとみえ、スメラギは白髪の頭をかきむしった。
「なんで、頭がい骨なんだよ……」
というなり、スメラギは画面をみつめた。画面の中央からやや下の方に白く見えているものが頭がい骨の一部だった。
「ああ、そうか。テレビ局の場合と同じで、やらせなら、人間のものかどうか判断のつきにくい部分の骨を仕込めばいいのに、みつかったのは頭がい骨だった――」
スメラギは画面に顔をむけたまま、美月の言葉にうなづいてみせた。
「わかんねえ……。仕込みじゃなかったとしたら、東雲青竜はあの場所に遺体があると知っていた」
「けど、どうやって知ったっていうのさ? 彼には霊視能力なんてものはないんだろう?」
「そこなんだよ、俺がさっきからひっかかってんのはさ――」
スメラギは再び頭をかきむしり、腕を組んで考えこんでしまった。
「しかもだ、みつかった骨は、村上勇樹ちゃんじゃなかったんだっていうんだぜ……」
スメラギにつられるように美月までもが腕を組んで考えにふけった。
スメラギの考えは同じ場所をめぐり続けた。考えても考えても、理屈の通る出口がみえてこない。
ああああと雄叫びをあげ、スメラギはディスクを乱暴に取り出した。テレビに切り替えた画面にはちょうど夕方のニュースが流れていた。そこに見覚えのある森の風景をみた美月が声をあげた。
「やあ、神隠しの森だ」
夕方の神隠しの森の入り口を背に、リポーターがマイク片手に興奮した様子でいる。その背後には何人もの多局のリポーターとカメラマンとが映り込んでいた。
ニュースは、白骨体が村上勇樹ちゃんではなかったと伝えていた。どうやら警察は情報を一般に公開したらしい。スメラギはすでに知っている事実だ。そして警察でも知らない事実、勇樹ちゃんが生きているということを、スメラギは知っている。だが、スメラギにも知らないことはある。
ニュースは、白骨体の身元が判明したと伝えていた。
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