第9話
「調べものとは? 仕事がらみですか?」
閻魔王の補佐役をつとめる小野篁(おののたかむら)がPCモニタのかげから顔をのぞかせた。閻魔王の裁定を記録し、行き先の定まった死者を管理するのが篁の主な仕事で、彼のメガネ姿をみるとスメラギはどこかほっとする。それは篁がスメラギと同じ人間であるからだろう。篁は地獄で唯一、生身の体をもつ人間だった。この世では「死んだ」ことになっているが、実は死なずに閻魔王にその実務能力をかわれて地獄で働いている珍しい存在だ。
「いや、仕事じゃねえんだけどさ。ちょっと気になることがあって」
スメラギは、篁のデスクのコンピュータ画面をみつめた。
「ある子どものことが知りたいんだ――」
自称霊能者の東雲青竜は勇樹ちゃんの霊をみたといい、その遺体は生放送中に彼の霊視によって発見された。だが、東雲青竜が生放送の本番当日に霊視できたはずはなかった。放送が始まる前に、死神が神隠しの森にさまよっていた霊はすべてあの世へと連れ去ってしまっていたのだから。
それならば死神が連れ去る前に勇樹ちゃんの霊と接触したのかもしれない。だが、死神は子どもの霊ならば数年前に連れ去ったと言った。死神は嘘がつけない。嘘という概念がそもそも死神にはないので、彼の証言は信用できる。ただし、その記憶力はあてにならない。いつ連れていったかは結局、死神の口からは聞き出せなかった。
だが、スメラギは落胆しなかった。あの世に連れていかれた霊たちのことなら、閻魔庁に保管されている鬼籍データにあたればいい。鬼籍には、死者の名前、生年月日、あらかじめ決められている死後の行く先などが記録されている。死後の行く先は、結局は夜摩の裁定で変更になる場合が多い。金を積めば地獄行きが天国行きになる。鬼籍データには、死亡する時期や場所、原因なども記載されている。鬼籍データから勇樹ちゃんに関する何がしかの情報を得られないだろうかとスメラギは期待していた。
「名前は?」
「村上勇樹」
スメラギが名をつげると、たちまちコンピュータ画面にデータが表示された。
「名前だけだと。もう少し絞り込まないとデータが多すぎますね。死んだ年は?」
「それが、はっきりとはわかんねえんだ」
取り敢えず、スメラギは勇樹ちゃんが行方不明になった日付を告げた。
「該当者なし――そんなはずは……」と言いかけて、篁は考えこんでしまった。
行方不明になったその日に死亡したとは限らない。二、三日、一週間と幅をもたせて検索したにも関わらず、勇樹ちゃんのデータがあがってこない。
「名前は? 間違いないです?」
「ないね」
報道で知った生年月日も入力してある。わずか3歳の子どもが山の中で1か月も生き延びたとは考えにくい。行方不明になってから山には捜索隊が入っているのだから、生きていたとしたら発見されていただろう。
「データ化されていないとか?」
鬼籍データが電子に移行したのは最近だった。最新のデータから電子化され、古いものは以前として紙の記帳に記されている。獄卒を総動員して電子化にあたっているのだとスメラギは以前、夜摩から聞かされていた。
「10年ぐらい前のものなら、もう電子化されているはずで――」
またしても篁は言葉の途中で口をつぐみ、考えこんでしまった。
「そうか、記帳になら――ちょっとついてきてください」
篁は席を立ち、スメラギを促して執務室を出ようとした。
「夜摩はいいのか?」
篁には裁定の結果を記録する仕事があるはずだった。夜摩は相変わらずで、死者と金の話をしている。
「大丈夫です。どうせ金をまきあげて全員天国行きにするんですから。私がいなくても問題ないでしょう」
スメラギと連れだって執務室を出て行こうとする篁を、夜摩は止めもしなかった。金の話に夢中で、スメラギと篁に気づいていないようだった。
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