雨の日の告白を、君に
モブ子の鈴懸
雨の日の告白を、君に
五月六日。
どうして僕は今、幼なじみの加藤美華と一緒に、相合傘をして帰っているのだろう。緊張から、左手に持っている傘をかたく握りしめる。傘の外では、ざぁざぁと大粒の雨が降っているから、彼女が濡れないよう傘を傾け続けている。
おかげで僕の右肩はぐっしょり濡れているけど、別に構わない。そんな事よりも、プリンみたいな甘い香りが彼女から漂ってくるものだから、なんでこんなに甘い香りがしているのこの子! と思わず顔を覆って叫びたくなる。
「あぁ、もう髪の毛せっかく巻いたのに。雨のせいで取れてきちゃった」
綺麗に染まった金色の長い髪を、二つに結った彼女。毛先をつまみながら、ぶぅっと赤いグロスを塗った唇を尖らせた。
「あぁ、うん。そうだね」
「えっなに。興味なさげじゃん」
美華の細い腕が、僕の腰をつつく。
興味無いわけじゃないけど、と言いつつ、意味もなく、ブロック塀に貼り付けられた古びたポスターを見る。
飛び出し禁止、と書かれた黄ばんだポスター。
僕と彼女はその前を通り過ぎ、緩やかに湾曲した細い路地を進んでいく。ぱしゃぱしゃ、と靴が水を弾く。雨の香りと彼女の甘い香りが、僕の鼻腔に入り込む。くらくら、ふわふわ。耐えきれなくなって、思わず僕は言った。
「あのさ。美華って好きな人、いるの」
「へ?」
美華は丸い目で僕を見た。
僕の平凡な顔が、美華の瞳に映る。彼女の隣に立つには、あまりにも地味な高校生の僕が。僕は何を口走ってしまったのか。そう後悔すると同時に、美華は頬を赤くした。
「そ、そりゃあ居るに決まってんじゃん! 高校一年にもなって居ないとか、だっさぁ」
「そ、そっか。居るんだ」
思わず口ごもる。傘を握っていない手が、ぎゅっと拳を作った。相手は誰だろう。僕の知っている人だろうか。もしそうなら僕は、彼女と相手を応援できるだろうか。頭と心がずぅんと重くなる。一方、美華は、ちらりとこちらを見た。
「そういうあんたは居るの」
どきり、と胸が跳ねた。今ここで、僕が美華が好きと言えば、彼女はどんな反応をするだろうか。でも言えない。怖い。恐ろしい。
「えっと、その……居る、というか」
「居るんだ」
急に冷ややかな口調になった美華に、僕はハッとする。
美華を見ると、彼女は怒っているようだった。目が細められ、じっとりと僕を睨んでいる。
「それ、誰? あたしが見極めてあげるから」
「見極めるって」
美華はぐぅっと唇を噛み締め、そっぽを向く。
「あたし以上に可愛い人じゃなきゃ、駄目なんだから」
思わず僕もそっぽを向いて、口を開く。今だったら雨音に紛れて、聞こえないだろう。
「美華以上に可愛い人なんて、居ないし」
「えっ」
しまった、聞こえてしまったか。さぁっと血の気が引く思いで美華を見ると、彼女は頬を熟れたトマトみたいに真っ赤にさせてこちらを見ていた。
「ちょ、見ないでよ、バカ!」
美華は両手で頬を押さえ、ばかばか、を繰り返す。でも、僕から顔を逸らそうとはしない。
その様子を見た瞬間、むずむずと、愛しさが僕の心から沸き立った。今、ここで愛を伝えないでどうするんだ。言え、僕。
「大好きだよ、美華」
「なっ、なっ……!」
美華は唇を震わせたかと思うと俯き――傘の下から逃げた。
「あたしだって好きだもんばぁーか!」
閑静な住宅街に広がる、美華の大声。
僕はおかしくなって傘を置いて、彼女を追いかける。
「待ってよ、美華!」
雨が肌に、服にじんわりと染みていく。どうしてこんなに濡れた格好で帰ってきたの! と母に怒られそうだ。でも構わない。
雨の日の告白は、大成功。
そう、後で日記に書こうと心に決めた。
雨の日の告白を、君に モブ子の鈴懸 @hareyakanasora
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