第7話

私はユゼフとともに馬車に乗り込み、三日間かけてヴェールランドに到着した。


「ここがヴェールランド……!」

第二の故郷となるかもしれない国。


深呼吸する。

空気が違う。においが違う!


街の風景も!


すごい!

道が広い!


建物、大きい!

あの形状、どうやってるの?

なんの材質なんだろう?


「はぁ……、すごい……」


ため息がでる。


「私はここで錬金をやるんだ」

思う存分!


「まだ錬金をやれるかどうかすらも、わからないですよ」


長旅にげっそりとしたユゼフが馬車を降りながら言う。


「思い切りがいいというか……、まさか徹夜明けそのまま荷物をまとめて出発するとは思いませんでした……」


「だって、チャンスの女神の前でまばたきをしてはいけないと言うでしょ」


そう、チャンスはまばたきをしてる余裕すらもあたえてくれない。

寝てるヒマなんかない!

馬車の中でいっぱい眠れたしね。


「お嬢様らしいです」


ため息まじりにそう言う。

態度にも顔にも疲れがにじんでいる。


(ごめんね)

口にしたら失礼だろうから、心の中でそっとつぶやく。


徹夜をして、三日三晩馬車に揺られる旅だ。

自分から言い出したこととはいえ、子どもにはこたえただろう。


でも、正直助かった。本当にユゼフには感謝してる。

ユゼフが護衛を言い出してくれなかったら、公爵は無理にでも護衛をつけようとしてくださっただろう。


「ありがとう、ユゼフ。本当に感謝してる。ユゼフがいなかったらきっと、ここに来れなかったと思う。私がここにいるのはすべてユゼフのおかげよ」


「そ、そんな!」

ユゼフは帽子を深くかぶりなおす。

「当然です! お嬢様の護衛ですから!」


なにも当然なことはない。

本当にユゼフには感謝しかない。


でも本当は、こんな私の勝手な旅に誰も巻き込むつもりはなかった。

特にユゼフには。


「それじゃ、気をつけて帰ってね。これが護衛としての報酬よ。馬車代はもう騎手さんに渡してあるから、自分のために使うのよ」


金貨を1枚渡す。

これでいいのかな。相場が分からない

あんまり子どもに大金を渡すのも良くないから、これでいいよね。


「……なんですか、これ」


ユゼフが呆けたように聞いてくる。


「え? 護衛としての報酬だけど? もっと欲しい?」


この子も子どもとはいえ、一人で身を立てている立派な社会人だ。

もっとはずむべきだったかな。


「金貨なんて大金、もらえません! いえそうじゃなくて!」


ユゼフがうつむきがちに、金貨をこちらに差し出してくる。


「……僕、迷惑でしたか?」


顔を下げているので表情が分からないけど、もしかして泣いてる?


「迷惑……? なぜそういうことに……?」


「国を捨てて馬車に乗り、周囲に気を配りながら三日三晩も馬車に揺られ、目的地に着いたらお金を渡してさようならですか! あんまりです! 僕をなんだと思ってるんですか!」


え、泣いてる?


「落ち着いて、ユゼフ。私はユゼフのこと、すごく大切に思ってる」


「本当ですか?」


「本当に本当。だから、ユゼフにこれ以上、私のワガママに付き合わせたくないの。だから国を捨てなくていいんだよ。ユゼフには戻って、また自分の生活に戻ってほしいの。

こんな行く当ても生活もままならないギャンブルのような生活いやでしょ?」


「いえ、全然嫌じゃないです。覚悟を決めてますので。”いちれんたくしょう”です」


「一蓮托生……? そんな難しい単語知っててえらいね……? でもね、意味わかってる? 命たくす相手まちがってるよ……?」


「まちがってません! むしろ、お嬢様が俺にたくしてください! 俺がお嬢様の生活も命も支えます!」


「ほえー! 結婚しよ!」

と言いそうになった。


こんなこと言われたの初めてすぎて、求婚しそうになってしまった。

落ち着いて、私。

子どもの言葉を真に受けてどうする。


「ユゼフ、その気持ちはすごくうれしい」

求婚したくなるレベルで。

「でもね、よく考えて。ユゼフは立派に社会人してるけど、まだ生きてる時間は短いでしょ。あと十年もすればわかるけど、こんな私についてくるのは、きっといい選択じゃない。後々を考えて、絶対に国に戻って安定した生活を送ったほうがいいよ」


「安定した生活なんて、必要ないです。お嬢様がいなければなんの意味もありません」


な、ぜ……?

この厚い忠誠心はいったいどこから……?


「なんでそんなに、私のために尽くそうとしてくれてるの?」


「そんなの決まってる」

ユゼフは目を伏せた。

「お嬢様が、僕を救ってくれたからです。僕はあのまま死んでいくだけでした。いただいた命、ご恩を果たせないまま死ねません」


「そんな……」


たまたまユゼフを見かけたあの日を思い出した。

路上でやせ細り、横たえていた。

あまりに違う自分の境遇を目の当たりにして、思わず声をかけてしまった。


あの頃のケルヴィは優しかったから、すぐにユゼフを研究所に雇用してくれた。


今なら分かる。

あれは、衣食住が満たされている私の罪悪感からくる罪滅ぼし、

あさはかな自己満足。


「そんなこと、恩に着なくていいの。あれは私がやりたくてやったことだから。あなたはまだまだ若いんだもの。本当は守られて当然なの。私は当たり前のことをしただけ」


ユゼフがじっと私を見てくる。

申し訳ないくらい、澄んだ瞳。


「お嬢様がそうおっしゃっても、僕の気がそれではすみません」


ユゼフはそう言って、何かを悟ったような顔をした。


「わかりました。僕はどうあがいても10歳です。お嬢様に守られる側だと思われてもしかたがありません。お嬢様の信用される人になれるように頑張ります」


「そういった意味ではないのだけど……、頑張るって、何を頑張ろうとしているの……?」


「僕はこの国で身を立てて行きます。そしてお金を稼いで頑張って稼いで、お嬢様の夢のために援助します!」


お?

そうなると、あなたのお嬢様は10歳に貢いでもらってるヤバイやつになってしまうのだけど……。


「援助、いらない。私、いらない」


動揺しすぎて言葉がカタコトになってしまった。


「遠慮しなくてだいじょうぶです! さ、馬車さんには帰っていただいて、まずは今日の宿を決めないとですね!」


よくよく考えると、これは神様が、拾った子どもを最後まで面倒みるようにという試練なのでは?

国に帰ったところで、あのケルヴィがこの子の居場所をそのままにしてくれるとは限らない。

私がこの子を育てる。

それが貴族の務めも親も研究所も放って国を出てしまった、私のせめてもの務め。


「ユゼフ、本気なの?」


「もちろん、最初から本気です」


「わかった。これからも護衛として、私につかえて」


ユゼフの顔がぱっと輝く。

子どもの顔だ。


はっとした顔をすると、顔をきりっとさせた。

ひざをついて、頭をたれる。


「この命、お嬢様にささげます」


ささげなくていいよ~。

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女性に独創的な仕事はムリだと婚約者に言われました ~私はただ錬金術師として天命をまっとうしたいだけ~ 脇役C @wakic

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