第2話

「疲れた……」


自分の部屋に戻り、すぐに寝転がる。

着替える気もメイクを落とす気にもなれない。


「……本気じゃない、よね」


私を解雇クビにするなんて。

しかも婚約解消だなんて。


……婚約解消よりも先に、クビの心配をしてることがダメなんだよね。


「ごめん」


そう、私がケルヴィの気持ちを考えなかったせいだ。

彼を怒らせてしまった。


そもそも婚約解消なんて、私たちの一存じゃ決められない。

クビは分からないけど……。


「ちゃんと話をしよう」


明日。


きっとケルヴィも分かってくれるはず。


明日ならきっと、ケルヴィの機嫌も直ってるはず。



コンコンコン



「はい」


こんな時間に誰だろうか。


「ごめんね、遅くに! 入ってもいーい?」


聞きなれた声が聞こえて安心した。

私に声をかけてくれる数少ない女性同僚だ。


「どうぞ、エミリア」


いつも通りの屈託のないエミリアの笑顔がのぞく。

どうしたのと言いかけて、止まった。


「ケルヴィ」


その後ろにケルヴィがいた。


「ほんとーに、この部屋に住んでいいの?」


ケルヴィに向かってエミリアが尋ねる。


「この部屋に、住む? エミリアが?」


「そうだよ。君はもうクビなんだ。さっさと荷物をまとめて田舎いなかに帰るんだ。エミリアがかわいそうだろう」


「ねえ、やめてよー! マリ様がかわいそう! 女の子はしたくに時間がかかるんだから、エミーのことは気にしないでゆっくりで大丈夫だよ!」


そういう問題?


「エミリアは優しいな。誰かさんと違って」


ケルヴィが冷たい目で私を見てくる。


「ケルヴィ、さすがに冗談が過ぎない?」


「何を言ってる。冗談なもんか。俺はいつだって本気だよ」


「そもそも婚約解消なんて、あなた一人が決めていい話じゃないじゃない」


「俺はユーディラス家の嫡男で、国家事業の所長だぞ。そんなのどうにでもなる。君のお父上より、エミリアのお父上のほうがこの事業に貢献(投資)してくれているしな」


「そんな」


「君がもっと素直で愛想があれば、すべては丸く収まったのにな。残念だよ」





次の朝、職場に顔を出すと、もう私が解雇されるという噂は広まっているらしかった。


「おはよう」


「………」


挨拶しても誰も返してくれない。

疫病神を見るような目だ。


通いなれた職場であるはずなのに、知らない場所のように感じる。


ジリリリリ


朝礼を知らせるベルが鳴った。

鉛のように体が重いが、習慣が朝礼の場所にわたしを向かわせた。




朝礼の場所に着くと、ものものしい雰囲気が漂っていた。


ケルヴィと、隣国ヴェールランドの方々と思われる人が何人も立っていた。

みなが強面で体つきががっしりしていて、威圧感がすごい。


周囲も何事かとざわついている。


その雰囲気もそうだが、異国の服装に目がいっている。


ヴェールランドの正装である、スーツという服を着ている。

黒と白だけの決して派手ではない服装だが、なんて素敵なんだろう。


その中で、ひときわ目を引く若い男性がいた。

背が高く、胸元に赤いバラを指している。


「今日ははるばるヴェールランドから来賓がいらしている。ご挨拶があるから静粛に失礼がないように聞くように」


そうケルヴィに紹介され、一歩前に出る。


「アルケミア研究所のみなさま。貴重なお時間をいただいて恐縮です。ヴェールランドからまいりました、ポープ・アーバスノットと申します。貴国スィフトの高い技術を見学させていただけるとは、光栄の至りです」


キレイな声……。

なんて澄んでよく通る声なんだろう。

なんてきれいな言葉遣いなのだろう。


「皆様にとっては突然の訪問になって申し訳ありません。邪魔にならないよう努めますので、どうかお許し願いたい」


遠くから見ても分かる、黒の光沢。

相当に高級なお召し物に違いない。

かなり地位のあるお方だろう。


そう思って、目を凝らして襟元についているバッジを見た。

ヴェールランドでは、ここで爵位を示すと習ったことがある。

赤色に、金色の三つ頭のワシ?

それって……


(こ、公爵位……!?)


思わず口に出しそうになり、口をおさえた。


王家の血筋の方が、なぜわざわざこちらを視察に?


よく見ると、我が国の侯爵様が控えている。

一大事だということを示している。


「おいマリ、ちょっとこっち来い」


ケルヴィがこっちを見て手招きする。

聞き間違いだと思って、動けずにいると、


「早くしろマリ!」


こっちに向かって手を引いた。


「お前がこのお方を案内するんだ」


「なぜ私が?」


「この研究所を案内できる人間で、爵位的にふさわしいのは俺かお前だろう。だからお前に任せる」


「それなら、あなたが適任でしょう?」


「何を言ってるんだ。あの方も中身は男。女性に案内されたほうが気持ちがいいに決まっている。だからお前に任せる」


「そんな」


「ごちゃごちゃ言うな! 俺は忙しいんだ! 案内くらいお前にだってできるだろう。最後の仕事だと思って励め!」



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