女性に独創的な仕事はムリだと婚約者に言われました ~私はただ錬金術師として天命をまっとうしたいだけ~

脇役C

第1話

「いつ研究所をやめるんだ?」

そう婚約者のケルヴィに言われた。


格式高いレストランでのディナー。

ワインも料理も美味しい。


けど、一気に味がしなくなった。


「やめる? なぜ?」


私はそう聞き返した。

そんな話をした記憶がない。

なぜ、この人はさも当然のように話をしているのだろう。


「なぜって、マリ、君も伯爵の娘なら分かるだろう」


その先のことは言葉をにごした。

でもそれで十分わかった。

私が研究所をやめるべき理由と、言葉をにごした意味も。


「お願い、ケルヴィ。この仕事をやめたくない」


「やめたくない? なぜだ? 仕事なんてしなくてもいい身分なんだよ」


「仕事なんて……? あなたは自分の仕事を誇りに思ってないの?」


ケルヴィはこの研究所の所長だ。

彼のお父上は、国家事業としてこの錬金術研究所に肝を入れてきた。

彼を後継ぎとして育てたいという思いがあるのはもちろん、この研究所の成果がどれだけ国に重要視されているかわかる。


ケルヴィは深くため息をついた。


「そんなことは言ってないだろ。女はそうやってすぐに感情的になる。いいかい? 論理的に考えてくれよ? 君はいずれ伯爵夫人だ。伯爵夫人としてのつとめはなんだ?」


ケルヴィのお父上は、まだまだ元気どころか血気あふれているから考えてもいなかった。

でも結婚をしたらそれなりの振る舞いを求められるのは、確かにそうだ。


見通しが甘い。

私の悪い癖だ。


「こんな簡単なことも答えられないのか?」


ケルヴィが質問の答えをかしてくる。


「夫人としてあなたを支えること?」


「そこが違うんだ。君の役割は、後継ぎを産むことだ。君にそれ以上のことは望んでない。本当なら社交の場で愛想を振りまいてほしいところだが、根暗な君にそこまでは望まない。ただ、俺に恥をかかせないでくれ。伯爵夫人が仕事をしているなんて知れたら、俺が甲斐性なしだと思われてしまう」


そうなのだろうか。


私たちは同じ伯爵位の子息ではあるけど、ケルヴィのお父上は宮中伯(大臣)、私の父はしがない地方貴族だ。

ケルヴィが言うことが、きっと貴族の常識なのだろう。


だからと言って、納得はできない。


「けれど、侯爵夫人はサロンを開かれてらっしゃるし、ある伯爵夫人は詩集を出したって」


「おいおい、それは仕事とは言わないだろ。サロンは社交の場を兼ねているし、どちらもたしなみというものだ。お金を目的としてない」


「私だってそう。この研究所の事業は、国民みんなを支える大切なもの。だから使命をもって働いてるの。お金を目的としてない。あなただってそうでしょ?」


「君はただ子どもを産んでくれればいい。家事も育児も召使がやってくれる。何が不満なんだ? たしかに国民を支えるのは貴族の仕事だ。だが、あんな臭くて汚くて地味な仕事、俺ら貴族のやることじゃない」


臭くて汚くて地味…?


「取り消して!」


思わず声を荒げてしまった。

でもおさまらない。


「あなたは、ここの研究所の所長でしょ? 嘘でもそんなこと言わないで!」


「いいかげんにしないか!」


ケルヴィの声に、体が震えた。

男性の怒声は、怖い。


「これだから女は嫌なんだ。自分の意向にそぐわないとすぐヒスる。話し合いも何もあったもんじゃない」


「……ごめんなさい」


「いいかい。君はこの仕事に国民を支えるだの使命だのとたいそうなことを言ったが、自分がそんな仕事ができてるとでも思ってるのかい?」


そう言われて考える。

たしかに私はまだ経験が浅いし、成果を出しているとは言えない。


「ここで仕事できていたのは、俺の婚約者だからだよ」


ケルヴィはコーヒーを口に運んだ。


「俺からしたら、君の仕事などただの遊びだ。なのに、さも私が研究所の顔とでも言うような発言をしているね。おこがましいにもほどがある。君を好きにさせてあげた俺への寛容さへの感謝もない」


コーヒーのカップを置く。


「所長として君を解雇する。君のイスは、他の研究員にゆずってあげなさい」


「そんな!」


「そもそも女性に独創的な仕事はムリなんだよ」


ケルヴィは席を立とうとする。



「ケルヴィ、お願い、考え直して」


「その名で呼ぶのはやめてもらおう」


「どういう意味?」


「君は君の人生を生きたほうがいいということだ。つまり、価値観の相違というやつだ。もとの関係に戻ろう。婚約解消だ」






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