第4話 変わったの?変わってないの?

―入学して半年―


「玲子、和英の辞書貸して」


「…何か言い方間違えてない?」


「は?」


「は?じゃない。貸してください、でしょ?」


「なんで、俺とお前の間で敬語なんて使わなきゃいけないんだよ…」


俺は、少しあっけにとられた。


「あっそ。それが嫌なら、他の人に借りて」


そう言うと、玲子は教室の中に紛れていった。


(ムッカー!!んだよ!あいつ!!何様!?)


「これ…良かったら…」


「へ?」


「あ…私、玲子ちゃんと同じクラスの小笠原雛乃おがさわらひなのです。もし、困ってたら…。でしゃばってすみません…」


「あ、いやいや!!サンキュ!!助かった!!」


「あ、良かった…」


それから、俺は、その辞書を片手に、教室の扉からひょこっと顔だけを出し、言った。


「誰かさんと違って、小笠原さんて優しいんだねー!!」


「そ、そんな…」


小笠原は、恥じらっているが、玲子の方は、もうこっちを見てすらいなかった。


(クッソ!なんだよあいつ!!いきなりあんな態度取りやがって!!)


「ちっ!」


小さく舌打ちして、俺は自分の教室に戻った。


「なんだー?丹羽さんと何話してたんだよー?」


「何って?辞書貸してって言ったら、断わられた」


「あったりまえだろ!!玲子様の辞書なんて、恐れ多くて使えん!!」


「様!?なんだよ!!様って!!」


「お前、見てねーの?今、玲子ちゃん、CMに出てんだぜ!!もう将来は女優だな…。しかも、超売れっ子の!!今のうちにサインとかー、握手とかー、お付き合いとかー、キ、キスとかぁぁああ!!!???うひょーーーーーー!!!」


「馬鹿か…。あんなツンケンして、売れ出したからって、いきなり人見下したりするやつ最低だろう」


俺は、目一杯の皮肉を込めて、玲子をなじった。しかし、その言葉に、クラスの男子…イヤ、女子までもが、こっちを向いた。


「何言ってるの?丹波さんはとっても優しいよ?」


クラス委員の女子、横山加奈よこやまかなが俺に近づき言ってきた。


「どういうことだよ?」


「だって、丹羽さんもクラス委員だけど、いつも先生と生徒の間に入って意見まとめてくれたり、欠席者にはプリント届けてあげたりしてくれてるもん。モデルの仕事で忙しいはずだし、疲れてだっているはずなのに…。偉いよ。丹羽さんは!その丹羽さんを悪く言う人、私は、そう言う人こそ最低だと思うよ」


「………」


なんなんだ…。と凪は思った。じゃあ、なんで俺にだけ、あんなに冷たいんだ、と。それで、思った。過去の自分の行いが悪かったのを、今、力を持った玲子が復讐しているのではないか…と。


じゃあ、確かめてみよう。そう思った。





「おい、玲子」


「…なに?凪」


「ちょっと、相談に乗って欲しいんだけど、付き合って?」


「…まぁ、良いけど?でも、30分だけね。それ以上は無理。仕事あるから」


「オッケ」






「で?相談て何?」


「俺のこと、怒ってんの?」


「なんで?」


「なんでいきなり、凪って呼び捨てになったり、態度でかくなったり、ツンケンしたりするようになったかって聞いてんの」


「はぁあ?そんなこと?あなた、何様?私があなたをすきだとでも思ってたの?小さな頃のことは、記憶からどんどん消えてゆくものなの。大事なのは、未来よ。その未来を、邪魔しないで。…じゃあ、もう仕事だから」


「あ、おい!金!」


「は?」


その声は、どす低かった。


「…あ…イヤ…。出しておきます…」

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