第3話ending





蜂蜜

ending



 敵がいる?良いことだ。


 それは、人生の中で何かのために立ち上がったことがあるという証だ。


        ウィンストン・チャーチル




































 SET*Ⅲ【ENDING】




























 「面会を拒否とはどういうことですか。きちんとした理由の説明を願います」


 「ですから、こちらとしては本日の面会自体認められておりませんので」


 透が捕まってしまったことを稚夜から聞いた昂は、透の身元引受人として、もしくは代理人として接触しようとしたのだが、どうにも会う事さえ許されなかった。


 捕まって翌日に来たというのに、今日の面会はダメだと言われるだけで、明確な解答など一切ない。


 それにもイライラさせられていると、向こうから啓太郎が歩いてきた。


 互いに気付くと、2人はそれとなく近くの喫茶店に入って行った。


 そこでコーヒーを2つ頼むと、外に出て適当な場所に腰を下ろした。


 「透が捕まったって聞いた」


 「ああ。だからこうして引き取りにきたんだけど、全然相手にされない」


 「あいつも無茶するな。もう身元はばれたのか?」


 「いや、話じゃ、ICチップ自体に故障が見つかって、透の言葉頼みだって。こうなることも予想して、前もって壊しておいたんだろうな」


 しばらく、どうすれば透を助けられるかを話していると、目の前を次々に、保健所の職員と思われる男が忙しそうに動いているのが見えた。


 その後、啓太郎と昂は黙ったままコーヒーを飲み続け、それぞれ静かに帰って行った。


 その会話を聞いていた男が1人いたのだが、それは今は良いとしよう。


 同じ頃、透のもとには古守陽と、執行人の格好をした男が立っていた。


 「見物人か?」


 透は保健所爆破の事件の当事者として、個室に閉じ込められていた。


 「お前のことを調べた。認証番号9989990BZWい・・・。15年も前に死亡したことになっていた。一体お前は誰だ?」


 「あらやだ。俺ってば死人だった?なら、殺処分する必要はねぇよな?」


 「死人ならば、死人であるべきだ」


 透の首に埋め込まれていたICチップを取り出し、故障している部分をなんとか復元させようと試みたのだが、出来なかった。


 そこで。原始的な方法ではあるが、透の指紋や髪の毛、歯の形から身元を探っていたのだが、それでもなかなか見つからなかった。


 しかし、死人にまで遡ってみると、そこにヒットする人物が1人だけいた。


 それは、15年前、わずか7歳のときに事故で亡くなったとされていた男のものだが、遺体は確認されたはずだった。


 その首元に埋め込まれていたICチップから、9989990BZWい、という個体だと判明した、はずだった。


 その個体がまたこうして動いているとはどういうことだと、古守陽は透に正直に話してくるよう迫ってくるが、透は歯を見せて笑うだけだった。


 2人の男が何処かへ行くと、透はごそごそと動き出し、分解して隠し持っていた銃を組み立て、稚夜から預かっておいた見取り図の確認を始めた。


 古守陽と男は、何も話さない透のもとから去って行くとき、そこに眼鏡をかけた男が現れる。


 「古守陽統括、捕まったという男に会わせていただけませんか、お願いします」


 「・・・面会は出来ない。大人しく帰っていただこうか」


 「・・・・・・」


 眼鏡の男、昂は古守陽がそのまま立ち去ってしまうため、その背中を睨みつけていたのだが、その後ろに立っている男のことも睨みつけていた。


 きっと睨まれているなど、思っていないだろうが。


 先程分かれたはずの啓太郎とまた再会すると、同じように、すれ違った古守陽ともう1人の男をじっと見ていた。


 「落ち着け」


 「落ち着いてる」


 「あいつなら大丈夫だ。多分な」


 「透に会えれば何かしら出来ると思ったんだけどな。面会も出来ないんじゃ、仕事にもならない」


 「さっき連絡があって、透の殺処分執行は明日の朝一らしい。警察の方も、保健所爆破の犯人を早く始末するように働きかけてるみたいだ」


 「くそったれ」


 「とにかく、俺達に出来ることはない。あとは、あいつが自分でなんとかするしかないだろ」


 「ああ、それは分かってる」


 執行人の男と歩いていた古守陽は、淡々と話した。


 「爆発物は全て撤去完了した。あとはあの死人の男の処分を執行するのみ。明日は頼んだぞ」


 男は声を発することはないまま、静かに一度だけ頷いた。








 透は閉じ込められた部屋の中で、黙々と作業をこなしていた。


 明日、自分が真っ先に殺処分されることを知っているから、みなに感謝の手紙を・・・というわけではなく、生き伸びるための算段などとっくに決めてある。


 色々とチェックを終えたあと、後はぐっすりと眠りにつくのだ。


 秘密基地の冷たい床とさほど変わりの無いその床は、包まるだけの布団もない分、少しだけ身体が痛い。


 しかしそれも今日で終わりだと、透は何も無い天井を仰ぎながら、プラネタリウムでも見たいな、と思うのだ。


 そして翌日、朝一で執行人の男が部屋を開けたため、透はまだ眠たい瞼を擦りながら身体を起こすと、部屋から出ていく。


 真っ直ぐに殺処分のための部屋まで連れて行かれると、昔動物を殺処分するのに使っていたのと似たような部屋に入れられた。


 ドアについてる、目元部分だけ見える長方形の小窓から顔をのぞかせ、そこに立ってるAIよりも感情の無さそうな執行人に向かって話しかける。


 「なあ、どうせ死ぬなら、ちょっとあんたと話しても良いだろ?」


 「無駄話は規定に違反する」


 「へえ。初めて声聞けたよ。認証番号301942BYろ、本名は絹森清太。あってる?」


 「どこで私のことを聞いた」


 「なに、聞いたわけじゃねえよ。俺ぁずっと昔にあんたと一度会ってんだ。だから、あんたのことを覚えてる。ただそれだけだ」


 「会った記憶などない」


 殺処分する相手のことは知っていても、自分のことを知っている者など、限られた人しかいなかったはずだ。


 それに、この男は15年前に亡くなったと言われている。


 執行人、絹森は自分に向けられている透の笑みに何かを感じたのか、スイッチに手を置いたまま、話を聞く。


 「15年前に死んだのは、確かに俺だ。家族も一緒にな。そんとき、家族全員を殺したのは、お前だよ」


 「話が見えない」


 「俺は一度死んだことになった。だが、正確に言えば死んだのは俺じゃなくて、俺に似ていた、同じ個体の別の俺だ」


 「・・・研究対象だったというわけか」


 「ああ。だが、そんな研究自体があったことを知られるわけにはいかなかった政府は、俺を俺として一度殺すことにした。成功したのは俺だけだったから、家族はみんな用済みとしてな」


 記憶にあるのかないのか、絹森の表情からは何も感じ取れなかった。


 数秒間だけ沈黙になったあと、今度は絹森が口を開いた。


 「お前が生きていることは国家機密。そういうことなら、我々がお前の存在を知らなかったことも納得がいく。だが、私を恨むのはお門違いというものだ。私はただの執行人。命じられたことをするまでだ」


 「・・・わかってるよ。だけど、他人だけじゃなく、自分の家族までも平気で殺処分出来るあんたらみたいな人間を、俺と同じ人間だとは思いたくねえんだよ。それに、そのスイッチを押すことにさえ、なんの迷いもねぇなんざ、人間のすることとは思えねえよ」


 「・・・・・・私のことをどこまで知っているのかは知らないが、お前は今ここで死ぬ。その未来は変わらない」


 「そこで、もがき苦しんで行く人たちを見ても、どうせ何も感じねぇんだろ?あんたは、血の繋がった」


 「黙るんだ。もうお喋りは終わりだ。これより、殺処分を開始する」


 「・・・・・・」


 絹森がスイッチを押すと、透がいる部屋には毒ガスがしゅうう、と静かに漏れ始める。


 ドア付近にいた透は、ガスが出て来たのと同時に奥の方へ行ってしまって、それから苦しそうにしているのだけが見える。


 とは言っても、絹森は小窓から見ているわけではなく、そう感じ取っているだけ。


 そしてある一定の時間が過ぎるのを待っていた絹森は、古風な砂時計が全て下に落ち着ると、スイッチをオフにした。


 部屋の中からガスが抜けきるのを確認すると、透の身体を移動させるために部屋に入る準備をする。


 口と鼻にはマスク、とはいっても、これにはガスマスクと同等の機能がついているが、それをつけて中に入って行った。


 そこに透が倒れていることを確認すると、絹森はさっそく透の近くに歩み寄って行き、ちゃんと死んでいることを確かめようとする。


 「!!」


 倒れていたはずの透がニッと歯を見せて笑ったかと思うと、絹森が装着していたマスクを取り外し、身をひるがえして絹森の首に腕をからめて後ろを取った。


 「馬鹿な・・・!」


 「甘いんだよ、お前等は。頭は良いかもしれねえが、人間としてツメが甘い」


 そう言うと、透は絹森の首に巻き付けていた腕にさらに力を込める。


 「俺の銃は特注品でね。ガス使って殺されることは知ってたから、自分を覆うくらいの風船が作れるように頼んでおいたんだよ」


 「そんな子供騙し・・・!割れるはずだろ!そういうもの!」


 「子供の頃は出来ると思ったことが、大人になると出来ないと思う。不思議だよな。けど、これで分かっただろ?子供騙しだろうとなんだろうと、出来るもんは出来るんだよ」


 絹森とて、執行人としてある程度の体術を習っているはずなのだが、それでも太刀打ち出来ないほどの力だ。


 次第にしまっていく苦しさに、このまま死ぬのかと思ったら、どうやら違うようだ。


 「確かにあんたはにとっちゃ仕事の一環かもしれねえけどな。それでも、俺達からしてみれば、あんたらだって、ただの人殺しなんだよ」


 強い電気が身体を走ったかと思うと、絹森はそのまま気絶してしまった。


 次に目を覚ましたとき、まだ生きていたのだと、少しだけ心が安らいだ。


 だが、目を覚ました場所は、気絶させられた場所を同じで、背中には冷たい感触があり、すぐさま起き上がって出ようとしたのだが、出られなかった。


 何度も何度もドアをがちゃがちゃやってみたのだが、どうにも開かない。


 すると、小窓から見覚えのある目が見えた。


 「どういうことだ!ここから出せ!」


 「おーおー。いくら人形執行人とはいえ、やっぱりその部屋に入ると精神的におかしくなるんだな」


 「ふざけるな!執行人にこんなことをするなんて、お前、ただで済むと思うなよ!」


 そう言うと、絹森は腕時計をピッピッと操作し始めた。


 何をしているんだろうと透が眺めていると、勝ち誇ったように少しだけ微笑みながら、絹森がこう言った。


 「残念だったな。幾ら外から閉めたとしても、執行人には、中から鍵を開けられるシステムが与えられているんだ」


 「なんだって!?」


 「これですぐにここから・・・ん?どういうことだ?どうして開かない!?」


 暗証番号も認証番号も合ってるはずなのに、ドアは全く開かなかった。


 何度やっても何度やっても開かないため、絹森は多少焦りながらも、冷静にここから抜けだす方法を考えていた。


 時計に仕込まれている緊急警報のことを思い出し、それを押しながらドアの外にいる透に話しかける。


 「何をしたかは知らないが、お前は捕まる。大人しくした方が身のためだ」


 「大人しくしてたらお陀仏だっつの」


 「爆破の件、収監者の脱獄、執行人殺害、他にも沢山罪があるだろう。これ以上罪は重ねない方が懸命だと思うがね」


 そう透に話しかけながらも、何度も警報を押す。


 すぐに誰かがここに駆けつけてきてくれれば、絹森はここから出られるし、こうして自分を閉じ込めた透のこともすぐに殺処分出来る。


 そんなことを考えていると、透から話しかけて来た。


 「あんた、自分の仕事をどう思ってんだ?」


 「何?」


 思いもよらない質問に、絹森は少し考えてから答えた。


 「この仕事は、国から認められている立派な仕事として、誇りに思っている。誰にでも出来る仕事じゃ無い。みな嫌がる仕事だ」


 「・・・だろうね。俺なら、スイッチ一回押す度に100万貰えるって言われても、やらねえ仕事だ。人間が同じ人間を処分するなんて、神様もびっくりだよ」


 嫌われたくない、怖い、人を殺したくない、そんなことを考えてしまう人間は、知っている人にしても知らない人にしても、自分の手では下せないという人が多い。


 少し変わった人は、人を殺すことに快感を覚えるようだが、そういった人はAIによってまず除外される。


 少しでも感情が動いてしまうと、執行人にはなれないのだ。


 そういった難しさもあり、執行人になりたがる人も、なれる人も少ない。


 嫌われている仕事だからこそ、やらねばならないのだ。


 「あんたを恨むのはお門違い。それも分かってるよ。あんたのことを恨んで一生生きるなんて、人生の無駄だ。だけど、他に誰を恨んだら良いのかもわからない。それが、俺の正直なところでね」


 「この仕事は恨まれることは多いが、まさかここに閉じ込められるとは思ってなかったよ」


 「そんなあんたに吉報だ。時計に仕込まれてる緊急警報、何度押しても無駄だから」


 「なに!?」


 急に話が変わり、絹森は焦った。


 確かに、先程から何度も押してはいるが、一向に誰も来る気配がない。


 絹森が焦っているのを小窓から見つめている透は、目を細めて笑った。


 「悪いけど、あんたが寝てる間にいじらせてもらったよ。ああ、ドアが開かないのはそのせいじゃないから」


 「一体、何を!?」


 すると、小窓から絹森に見えるようにして、透は自分が持っている銃を見せた。


 銃の所持は無かったはずだと思っていると、透はその絹森の気持ちを知ってか知らずか、それに対する答えを言う。


 「あんたらの確認って雑。こんな銃、分解して持ちこめるから。それを部屋の中で組み立てただけ。いやー、部屋に俺1人だったから、めっちゃやり易かった」


 「そんなこと・・・!!」


 「俺には頼もしい奴がついててね、そいつが色んなもん銃に仕込んでくれるんだよ」


 「一体何を言っているんだ!!」


 「だから、ドアが開かないのは時計の故障でもなんでもなくて、俺が外から、ドアの縁をコンクリートで固めたからなんだよ。密閉性も完璧」


 「そんなバカなこと!!」


 「心に子供を忘れないことは大事だよ。ああ、それからもうひとつ」


 部屋の中では、一気に慌てだした絹森が、どこかに出口が無いかと必死になって探している。


 出口がないことは、絹森本人が一番分かっているだろうに、滑稽にも見える。


 そんな絹森のことを他所に、透は毒ガスが出るスイッチに手をかける。


 またひょこりと中にいる絹森を呼び寄せると、絹森は今までの姿が嘘のように、透に命乞いを始めて来た。


 「お願いだ!!!私はまだこれからこの仕事を全うしなければいけないんだ!こんな汚れ仕事、私にしか出来ないんだ!!ここから出してくれれば、お前を逃がしてやる!警察にも根回しをして、探しださないように伝える!見つけても連行しないようにしてやる!だから!!だから!!」


 「・・・人の気持ちを知らねえと、出来ねえことって沢山あるもんな」


 「そうだ!だからここから・・・!!」


 「誰にも出来ない仕事か。なら、あんたがいなくなれば、奴隷も保健所も殺処分も、無くなるかも知れねえってことだよな」


 「・・・・・・!!」


 それは、愕然とした顔だった。


 今日まで、執行人としての仕事を、誰よりも全うしてきたはずだ。


 気にくわないと思ったことは勿論あったが、それでも、やらなければいけないことだった。


 政府にも警察にも認められ、ようやくここまで上り詰めたというのに、一体どこで何を間違えたんだろう。


 懺悔をしてもしきれないほど、数え切れない人達の殺処分を行ってきた。


 ロボットにでもやらせれば良いだろうという声もあった中、人間の殺処分をロボットにやらせるのはどうかという声があがり、人間が執行することになった。


 その執行人に選ばれた時、嬉しさもあり、嫌悪感もあった。


 しかし、それもこれも、自分だからこそ出来る仕事なのだと思う事で、乗り越えてこられたのだ。


 「やめ・・・」


 すう、と無表情になった透は、スイッチを押した・・・。


 苦しみもがき、また、悲しく嘆きながら死んでいく姿を、何の感情もなくみられていることは虚しい。


 絹森がどんな顔をしていたのかは分からないが、透はスイッチを止めることのないまま、そこから出て行った。








 執行する部屋から出れば、きっと周りには誰かしらいるだろうからと、透は銃からドライバーを出して何やら黙々と作業し、気付けば頑丈にネジで止められていた通気口から移動することにした。


 爆弾は回収されているだろうし、かといってまだセットされていたとしても、自分まで巻き込んでしまうからダメだ。


 しかし、ある程度進んだところで身体が痛くなってきてしまい、とうとう、透は持っていたトカレフに向かって話しかけた。


 変人に思うかもしれないが、もしかしたらという願いを込めてのものだった。


 「こちら透こちら透。誰か話相手になって」


 『面倒くさい奴だな。さっきから通信出来るぞ』


 「・・・え!?まじで!?無線機つけてくれたわけ!?さっすがちーちゃん!いつまでも心は少年のまま!顔は怖いけど」


 『通信切るぞ』


 「ごめんなさい。助かったー。一応地図は見てたんだけど、通気口までは考えてなかった。てか、いつの間につけたのこんな機能」


 『俺を誰だと思ってるんだ』


 「俺のちーちゃん」


 『・・・・・・』


 「ごめんなさい、切らないで。で、俺はこれからどうすればいい?」


 いきなり無言になってしまった稚夜に不安にもなったが、小さなカタカタという音が聞こえて来たため、きっと何かしているのだろうとすぐに分かった。


 10秒くらい待ったところで、稚夜が言う。


 『今セキュリティオフッたから、適当な扉から出られる。てか、今何処』


 「えっと、殺処分部屋からそんなに離れてないと思う。通気口に入って、最初の角を左に進んだ。それからずっと真っ直ぐ進んでる」


 『OK。だいたいの場所は分かった。丁字路を右に曲がって50メートル進んだ先に通気口あるから、そこから出られるはず』


 「わかった」


 言われた通り進んで行くと、通気口を開けて着地した。


 部屋の外に誰もいないことを確認すると、そのまま出口まで向かって進んで行く。


 その頃、何か異変を察知していた古守陽は、透が殺処分されたはずの執行部屋まで向かってみると、そこには誰もいなかった。


 殺処分部屋のドアの縁がコンクリートで固められていることから中を覗いてみると、そこにはすでに亡くなっている絹森がいた。


 「!?」


 すぐに透のことが頭に浮かんだ古守陽は、急いでそこに設置されている警報を鳴らずが、カチカチと押すときの音がなるばかりで、一向に警報は鳴らなかった。


 「くそっ!!」


 自分の腕についている時計を調べてみても、そちらの警報も鳴らないことが分かった。


 ならばとAIに指示を出そうとしたのだが、AIはピタリと動きを止めてしまっており、再起動させようとしても無駄だった。


 すぐに警備員達を出入り口に配置させようとしたのだが、警備員たちはみな倒されており、保健所の職員とも連絡が取れなかった。


 屈強な警備員たちが動けない、頼りになるAIも動かない、職員とも連絡が取れないと思っていたら、同じように気絶させられているのを見つけた。


 「そうだ、警察に・・・」


 その時、背中に何かがあてがわれた。


 それが銃だと気付くのに、さほど時間はかからなかった。


 後ろにいる男に、古守陽は話しかける。


 「死人が、死ぬのが怖くなって逃げ出したか」


 「死人だって、生きたいと思ってる。それに、死ぬのが怖いと思うのは、生きているなら動物も人間も全ての生物に与えられる特権だろ?」


 「特権・・・。面白い事を言う」


 「ここじゃなんだし、ちょっと別の部屋で話そうか」


 そのまま古守陽を連れて行ったのは、とても綺麗にされている古守陽専用の部屋だ。


 収監されている者たちの部屋とは比べようのないほど綺麗な部屋で、大事に使い続けているのだろうパソコンや椅子、写真立てまで並べられていた。


 「道場破りも良いとこだな。こんなことをして無事でいられると思っているのか」


 「あんたら力のある人間の言う事だけを信じて実行してちゃ、俺達みたいな力のない人間は抵抗さえ出来ねえ。まるで陸にうちあげられた魚みたいに、息苦しくて敵わねえ」


 「我々を敵に回して、生きていられると思っているのか?誰が考えても分かる。子供だって分かることだ。我々に刃向かうということは、死ぬことを示す。それでも喧嘩を売るとは、とんだ馬鹿がいたもんだ」


 「その馬鹿に振りまわされてるのは、そちらさんだろ?子供があんたらに刃向かわねえのは、圧倒的な力の差を感じているからだ。理不尽を感じねぇわけじゃねえ」


 「子供でも分かるその差が分かっていないということは、やはり馬鹿ということだな」


 「馬鹿でもなんでもいいけど。あんた、べルターとも手を組んで、殺処分する人間の数を増やしてるよな。成果というにはあまりに荒々しいやり方だと思うが」


 透は引き金を引けばすぐにでも古守陽を撃ち抜けるようにしてある。


 ソレを知っているからか、古守陽も余計な動きはしないが、きっと誰かが警察を呼んでくれていると信じてただ時間を稼ぐ。


 それに、職員や警備員は気絶していただけだから、起き上がってきてくれる可能性も低くはない。


 「それが国の決定事項だ」


 「・・・国って、誰の為にあるんだ?国のためならなんでもするのか」


 「我々は国によって生かされ、国によって人格が成り立っている。国の為ならば、この身を呈してでも手を汚そう」


 「命を懸けて国を守るか。はっ。ちゃんちゃらおかしくて臍で茶が沸かせそうだ。それは自己満足だな。国のためなら人が死んでもいいだなんて、おかしいだろ」


 「おかしくはない。国のために、国にとって不要な人間は排除している。これこそが究極の選別行為だ」


 ほんの少しの時間、透と古守陽は互いの顔を見て微笑みあっていた。


 先に口を開いたのは、透だ。


 「国ってのは人がいてこそだろ。人がいなくなったらそこは、国じゃねえ。人1人、目の前の奴も守れねえで、国なんか守れると思ってんじゃねえよ」


 「国は国だ」


 「・・・・・・」


 ふとその時、古守陽に向けていた透の銃から、稚夜の声が聞こえて来た。


 『ラーテル、今何処だ』


 「お、忘れてた」


 「ラーテル・・・!?」


 「ちっと今話してるから、待っててくれや」


 『ちっ』


 「え?今舌打ちした?」


 透との通信がいきなり途絶えたからだろうか、連絡を取ってきた稚夜に向かって待ってくれと言うと、思ったよりも大きめの舌打ちが聞こえて来た。


 しかしそれよりも、古守陽は透に向かって呼ばれた名前の方に反応を示した。


 透は腕時計を確認すると、また古守陽の方を見る。


 「さて。そろそろみんな逃げ出した頃か」


 「お前、ラーテルだと!?まさか・・・」


 「ああ、そんな風に呼ばれてたこともあったなぁ・・・。ま、遠い昔の話だけどな」


 呆然と口を開けたままになってしまった古守陽に、透は少しだけ表情を止めた。


 そしてすぐにまた笑みを浮かべると、自分の首元に腕を伸ばし、そこに爪からぐっと奥へ差し込んで行った。


 痛くはないのかと聞きたくなるが、顔が歪んでいるためそれなりには痛いらしい。


 何か探るようにしたあと、そこから出て来たのは、ICチップのようなものが数個、そのどれもが壊れてしまっているようだ。


 「研究対象だったとしても、ここまでICチップを埋め込まれることはまずないはず。どうしてこれほどまでに」


 「あんたらが知ってる政府ってのは、あんたらが思ってる以上に深くて暗い闇を持ってんだよ。その一部を俺は見ただけ。だからこそ、こんな世界ブチ壊してやるんだ」


 「なら、あの認証番号もエラーか?そうなると、お前は一体・・・?」


 「さて、俺もそろそろ避難するとしよう。ああ、分かってると思うけど、あんたはここで大人しく寝ててくれよ?」


 そう言うと、透は古守陽に近づいて銃を突きつけた。


 そこに備え付けられているスタンガンの電流を浴びせると、古守陽はそのまま大人しく気を失ってしまった。


 古守陽を気絶させた後、透は銃から噴出されているガスを至る部屋を回って充満させていった。


 結構な時間がかかってしまったが無事に終わり、透は外へ出る。


 その時、気絶していたはずの古守陽が目を覚ましており、すぐに警察に連絡をして、透のことを捕まえさせようとしたのだが、それよりも先に熱さが襲ってきた。


 透は少し離れたところで銃から火を出すと、その火を切り離すようにして撃った。


 同時に、ガスで充満していた保健所兼殺処分は、ものすごい爆発音を出しながら崩壊していった。


 古守陽から連絡を受けた警察が到着したのは、それから20分ほど経った頃。


 ドローンを使い、空から酸素を吸い込む素材の布を建物全体に覆わせると、火はあっという間に鎮火していく。


 それでも瓦礫に触れられるようになるまでには時間がかかり、先に、当時この保健所にいたと思われる人を全員割り出すことから始まった。


 今回は爆弾ではなくガス漏れによる爆破ということで、もしかしたら収監されていた者たちもみな死んでしまったのではないかと言われていたが、GPSが壊れていなかったことから、彼らは生きていることが分かった。


 そこで、すぐにでも捕まえるようにと動き出した時、これまでははっきりと反応を示していた彼らのGPSがひとつ、またひとつと消えてしまったのだ。


 まさか首から取り外したのかとも思われたが、どうやらそうではないらしい。


 消えてしまったGPS情報は彼らだけではなく、その場にいた警察官たちのものもだ。


 同時に、分からなくなったのはGPSだけではなく、他の個人情報までも次々にデータから消されて行った。


 これまでに集めた個人情報が漏えいでもしたのかと急いでサイバー対策のもとへ向かったのだが、そのサイバー対策のパソコンやAIでさえ、何者かによって内部から破壊されてしまっており、てんやわんやしていた。


 「ふう・・・。こんなもんか」








 「・・・何してんだ?」


 透が秘密基地に向かって歩いていると、そこには臨がいた。


 ただ立っていたわけではなく、右手に槍、左手になぎなた、身体には甲冑、足にはなぜか長靴、そして頭にはヘルメットを二重にして被ると言う完全防備の姿だった。


 「・・・・・・」


 「・・・・・・」


 「・・・いや何か言えよ。なんで無言なんだよ」


 「・・・・・・」


 「まさかとは思うが、俺を助けに来たのか?一丁前に?」


 「・・・だ、だって!!・・・その」


 「・・・・・・」


 「・・・・・・」


 「・・・だから無言になるなって」


 透を助けにきたことは分かったのだが、小さな悪戯心が芽生えてしまっている透は、困った顔をしている臨を見て小さく笑っていた。


 再び歩き始めると、透は臨の正面に立って、銃を向けた。


 「余計なことしてんじゃねえぞ」


 「ご、ごめんなさい」


 ぐ、と透が引き金を引いたのが見えて、臨は思わず目を瞑った。


 「つめたっ!」


 水が顔にかかって、透がケラケラと楽しげに笑っている声が聞こえて顔をあげた。


 すると、透は臨が頭に被っているヘルメットのうち1つを取ると、自分の頭に乗っけてこう言った。


 「俺を助けようなんざ、100万年早ぇーんだよ」


 そのままヘルメット同士頭突きをすると、透はさっさと歩いて行ってしまった。


 警察を乗せたバイクや車が音を鳴らしながら、未だ犯人捜しをしている。


 その横を平然と歩いていると、透の腕を引っ張って動きを制止する者がいた。


 「なんだよ、啓ちゃん。まだお仕事?」


 「お前、やっぱり生きてたのか」


 「生きてちゃ悪いか?」


 「あそこで働いてた奴らだって、仕事でやってただけだ。建物を壊すまでは良いとしても、死なせることはなかったんじゃないか」


 「啓ちゃんは警察官だからな。でも俺は違う。仕事だろうとなんだろうと、納得出来ないことは納得できない。啓ちゃんだって、べルターは仕事として認める方向で話が進んでるのはおかしいと思うだろ?所詮、世界を決めるのは権力のある奴らなんだよ」


 「だけど」


 「権力を変えるにはまず、一度壊す必要がある。この方法が正しいとは思ってねぇけど、これしか、方法がねえ。俺達みたいなただの市民には、刃向かうための牙だって折られちまうんだから」


 「・・・・・・。お前の言い分は分かった。でも、あまり目立つようなことはするなよ。お前に目が向かないようするのも大変なんだぞ」


 「嬉しいねぇ。俺は良い友達を持ったよ」


 「よく言う。それから、ICチップを麻痺させたのは、あいつの仕業か?」


 「へ?それは初耳。だけどまあ、出来るのはあいつくらいだろうな。面白いじゃん。これから仕事増えるなぁ、啓ちゃん」


 「・・・・・・」


 はあ、とため息を吐いた啓太郎は、警察無線から連絡が入ったためそれを受けた。


 そして収集がかかったため、またしても会議に参加しなければならなくなったそうだ。


 透が手を振りながら見送ろうとしていると、啓太郎が何かを思い出したようにもぞもぞ動き出し、透に何か投げて来た。


 受け取ったそれは、透も見覚えがあった。


 「バレてた?」


 「プライバシーの侵害だ。今後俺にはつけるな」


 「情報漏洩じゃなくてそっち?」


 バイクをブルンブルンと音を鳴らしたあと、啓太郎は軽く手をあげて去ってしまった。


 「何ですか?」


 啓太郎に何を渡されたのかと聞くと、透は渡されたそれを指でばきっと壊し、それを臨に渡した。


 「盗聴機」


 「まさか、盗聴してたのって、あの人だったんですか!?」


 「警察内部の情報が欲しくてつい、てへ」


 「てへじゃありませんよ・・・」


 秘密基地に戻ると、透は早速稚夜の髪の毛を思い切りガシガシかき乱した。


 「さっすがちーちゃん!!俺が頼まなくてもICチップを麻痺させるなんて!仕事が早い奴だな!!ご褒美にかりんとうやる!」


 「・・・・・・別に。暇だっただけだし」


 かりんとうを貰うと、稚夜は早速食べ始めた。


 そしてもぐもぐと食べていると、稚夜が何かを思い出したように透に言った。


 「そういえば、昂から何回も何回も電話あった。透はどうなってって。連絡してやれば」


 「あいつは相変わらず心配症だな。わかったよ、適当に連絡しておく」


 透はシャワーを浴びることもなく、適当にとは言ったがその後すぐに昂に連絡を取ってみることにした。


 とは言っても、腕時計に備え付けられているため、それを操作すればすぐに繋がるわけなのだが、相手は仕事があるにも関わらずわずかワンコールで出た。


 「のぼ・・・」


 『透!お前大丈夫なのか!?本当に心配したんだぞ!!?お前のことだから心配しすぎだとか言うかもしれないけど』


 プツ・・・・。


 昂のあまりの剣幕に、透は思わず通話を遮断してしまった。


 昂の声が急に途切れたことに気付いている臨は何だろうとただ透を見ているが、稚夜はお菓子を食べながらカタカタ何かを操作していた。


 すると、昂からの着信があり、透は自分で通話状態にしていないはずなのに、誰かによってまたしても昂の声が聞こえて来た。


 しかもご丁寧なことに、先程の会話からだ。


『お前が捕まるなんてこと自体有り得ないことなんだ!その上面会出来ないから、俺も啓太郎も何も出来ずにいた気持ちが分かるか!?そもそもなんで途中で切るんだ!!まったくお前って奴は本当に昔から何も変わってないな!!いや、むしろ昔の方がまだマシだったかもしれない。いや、そんなことはどうでもいいんだ。稚夜!お前もなんで透の無謀な計画に付き合ってるんだ!!お前が止めずに誰が透を止めるんだ!』


 「別にいいじゃん。俺にだって止められないよ」


 『透!お前今からすぐに弁護士になる試験でもなんでもいいから受けろ!そして新しい人生をやり直せ!稚夜もだ!』


 「昂くん、俺がそんな大層な職業になれると思ってんの?それにさ、まだまだ保健所はあるんだよ?」


 『お前まさか、まだ何かする心算じゃないだろうな!!』


 昂のあまりに大きな声に、透は耳に指を突っ込んでいた。


 怒りを抑えるためなのか、それとも散々叫んで荒くなった呼吸を整えるためなのか、昂の深呼吸を繰り返す音が聞こえてきた。


 耳に入れていた指をゆっくり抜くと、透は静かに話す。


 「昂にも啓太郎にも迷惑はかけねぇよ。ま、もうかけてるかもしれねぇけど。俺が捕まったとしてもお前等のことは話さねえしバレねえ。だから安心しろ」


 『そういうことを言ってるんじゃない。俺はただ』


 「わーってるよ。けど、俺は弁護士にも警察にもならねえ。もちろん、権力の息がかかった他の仕事にもな」


 透と昂の会話が聞こえてしまっている臨は、2人、というよりも透や彼らがただの仲間だったとは思えず、稚夜の方に近づいていってそっと聞いてみる。


 「あの」


 「何」


 「扇谷さんとか炉端さんたちって、どういう関係なんですか?友達じゃないって言ってましたけど、なら、一体何の関係があってこんな危ないことを一緒になって・・・」


 ガサガサをお菓子の袋を漁ってみた稚夜だが、自分の周りにあるお菓子は全て空になっていることに気付いた。


 するとすぐに引きだしを開けて、そこに入っている予備というか、備蓄してあるお菓子を取りだした。


 「お前は知る必要のないことだ」


 「でも・・・」


 「興味本意や好奇心だけで人の過去に首を突っ込むな。自分の身ひとつ自分で守れねえなら余計な」


 「・・・・・・」


 そう言うと、稚夜は何か面白いことを発見したらしく、それの解読を始めてしまった。


 一方、まだ昂と話をしている透は、何やらいつにもなく真剣な表情をしていた。


 「これは個人的な感情からしてる復讐じゃねえ。世界に対する復讐だ。てめぇらの良いようにしか動かさねぇくそったれ連中を、気持ち良く飛んでる空から真っ逆さまに、地面に叩き落とす為のな」


 『・・・はあ。稚夜の言う通り、止めてもしょうがないな。正直、もったいないと思うよ』


 「何が?」


 『お前は、認証番号が振り分けられるようになって、その中で1%にも満たない評価を得た男だ。稚夜だって上位に食い込んでる。それなのに・・・』


 「才能の使い方は俺の勝手だろ?」


 『ああ。だけど、お前等と敵にはなりたくないよ』


 「お互いにな」


 少しだけ重くなりかけていた空気は一変し、それからは楽しげな会話が聞こえて来た。


 あまり盗み聞きはしない方が良いと稚夜に言われてしまったため、臨はキッチンの方へ行って何か作ろうと思った。


 昂との話が終わったからなのか、それとも匂いに釣られたのかは分からないが、気配も出さずに透がキッチンに来て、いつの間にか臨の背後に立っていた。


 「あ、オムレツ」


 「!!!」


 声にもならず驚いていると、まだ作ったばかりのそれをつまみ食いされた。


 「うめっ」


 「扇谷さんって、本当はすごい人なんですか?」


 「はあ?」


 「いえ、なんかそういうこと話してたような気がして・・・」


 一体何者なのか、臨はまだ知らない。


 つまみ食い以上のつまみ食い、こうなると本気喰いをして口の中をいっぱいにしている透は、臨の頭に手を置いて、これでもかというくらいにかき乱した。


 「俺はどこにでもいる平凡な人間だよ」


 「でも」


 「あ、そうだ!稚夜に銃のさらなる改造を頼もうと思ってたんだ!!」


 そう言うと、すぐにキッチンから立ち去ってしまった。


 すっかり綺麗になってしまった皿を見て、臨はまた新しくオムレツを作り始める。


 「ちーちゃん、もっと面白い機能つけて」


 「今忙しい」


 「それにしても、ちーちゃん太った?」


 「・・・・・・」


 だぼっとしている服を着ているからあまり分からないかもしれないが、それでも変化というのは本人よりも他人の方が分かるものか。


 稚夜は一瞬指の動きを止めたかと思うと、珍しく透を睨みつけた。


 「ごめんごめん。嘘だよ。てかさー、俺の銃改造するのは忙しいって断るくせに、それ警察本部の解読不可能って言われてる密書だろ?なんでそっちの解読やってるわけ?まずは俺の銃じゃね?」


 「解読不可能とか言われるとやってみたくなる」


 「ほー。目がチカチカする」


 「どれだけ優秀な奴が作ったプログラムだろうと、俺が全部解読してやる」


 「ちーちゃんってば、本当に売られてもいない喧嘩を買うよね。何?大安売りでもしてるわけ?」


 「オムレツ出来ました」


 臨がオムレツを乗せた皿を器用に3つ同時に持ってきて、テーブルに並べる。


 透はさっさと食べてしまい、臨は稚夜を呼んだのだが、稚夜は偏った食事が好きだから自分が食べると言って透がぺろりと食べてしまった。


 それから警察は捜査を続けていた。


 殺処分場を兼ねた保健所の爆破に関しては、収監している者たちには報せず、殺処分を早急に進めるようにとの上から指示もあった。


 しかし、警察はその後すぐ、殺処分ではなく保護という形を優先して取ることを決めた。


 これには弁護団も協力し、全国に設置されている殺処分場自体の閉鎖を求めるようになった。


 政府は猛反発し、警察内部にいる政府の息がかかった者は必死になって殺処分の再検討を試みたのだが、弁護団の強固な構えによって断念せざるを得なくなった。


 一方で、人間の密猟に関して禁止する法令は一切進まず、それどころか、密猟された者は殺処分されても文句は言えない、といった内容の文書が公となった。


 つまりは、話が進んだだけで、なかなか実行には移らなかったということだ。


 今収監されている者は、何も知らずに消えて行くのだろう。


 「ごくろうなこって」


 警察と政府、弁護団はそれぞれの主張を続けているが、保健所に勤めている職員や警備員、執行人たちからは仕事が無くなると困るという声もあがっているらしい。


 警察も自身の決定とは言え、政府との喧嘩は避けたいようだ。


 「ラーテル、これからどうする?」


 話しかけながらも、稚夜はどこかのサーバーにアクセスしている。


 臨がお盆に3つ、飲み物を用意してきた。


 1つは透のホットココア、1つは稚夜の温いお茶、1つは臨のホットミルク。


 「んー・・・」


 透は眺めている報道から目を背けることなくココアに手を伸ばすと、ゆっくりと口を近づけて行く。


 そして一口飲んだところで、言う。


 「とりあえず、蜂蜜」






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