「魔法少女・恥を忍んで帰還する」

『よし、これで魔王も最後だね!プリティ・ポミィ!』

 

「…何とか、やったぞ」


 崩れていく魔王城。

 周囲には最後の行く末を見守る魔法少女たちの姿。


 フリフリのスカート。

 魔法の杖の先はハート型の宝石つき。


『これで世界に平和は守られた』と声を上げるのは、おともの水玉あたまの妖精。


『思えば、宿主の精神がたないと判断した僕が、異世界からキミの魂を持ってくるところから始めてきたけれど…まさか三日で魔王を倒すとはねえ』


『まったく、僕の見込んだ通りだった!』とうなずくファンシーな妖精のあたまをガシッとつかむとプリティ・ポミィことアソウギは妖精の頭と顎を引っ張る。


「本当に、魔王を倒したら、願いを一つ、叶えられるんだよな?」


 それに『そ…そそそ、確かにそうだったねえ』と縦長に伸びる妖精。


『うん、確かに言ったよ。キミが魔王を倒したら、なんでも願いを叶えると』


「言ったな?確かに言ったな?』とアソウギ。


「だったら一度しか言わないぞ。今すぐ、俺が入っているこの少女の魂を戻して、幸せな生活を送らせてやれ、今すぐに、だ!」


『は、はひぃぃぃ!』


 そうして、涙目になりつつ、妖精はアソウギの魂を移動させ…



「二泊三日の帰還ってさ。ぶっちぎりで新記録なのよ。転生者として」

 

 県庁に近い居酒屋。

 当時を思い出したアソウギはシギの言葉に半ば絶望しつつ、酒を飲む。


「でもなあ、年頃の女の子に三十路のおっさんが憑依するなんて、最悪だろ?」


 ビールをちびちびすするアソウギに「でも、三日はすごいわよ」とシギ。


「一日目で情報の把握はあく、二日目に仲間の魔法少女を集めて、三日目にラスボスの城までカチコミ…彼女の身体をおもんぱかって必要分の食事や睡眠も摂るようにして、軍師かマネージャーかと思っちゃった」


 それに「違う、違うんだよ…」と首を振って空のジョッキを置くアソウギ。


「俺は大したことない人間なんだよ。母親が離婚して逃げ先の祖父母の家でヤングケアラーになって。あげく二人の死亡保険で入った三流大卒業からのブラック印刷業勤めで二徹後に風呂場で死亡って…もっと効率よく生きたかったよ」


 それに「いや。すげーからね」と向かいで唐揚げをつまむシギ。


「大方の連中は向こうで女の子として馴染んじゃうものよ。それに対して、良くそこまで自制心を保てたというか…」


 それに「いやいや、ねーから」と刺身をつまむアソウギ。


「だって、あの女の子の人生も転落寸前だったしさ。彼女の父親も事業に失敗して離婚寸前でそんな子の肉体に入って幸せを謳歌おうかしようだなんて、虫が良すぎるにもほどがあるぜ?」


「あー…だからこその『幸せな生活を送らせてやれ』だったのね」と、合点したようにうなずくと大ジョッキをクピクピと飲むシギ。


「でも、戻ったのにはお母さんが病気だったからというのもあったんでしょ?」と問いかけるシギに「まあな…」と二杯目を注文するアソウギ。


「ヤングケアラーと言ってもおふくろと二人三脚だったからな。就学費用を貯めるためにパートまでしていたし…なのに俺ときたら短期の転職を繰り返してようやく入った片田舎の印刷所で能なしとののしられ続けて」


「…もっと、俺の要領が良ければなあ」と二杯目のジョッキを持ちながら居酒屋のテーブルに顔をぐりぐりとこすり付けるアソウギ。


「お袋の病気が発覚しても普段通りに仕事ができていれば、問題はなかったし。そもそも勉強もできて才能があれば、さらにランクの高い大学に入れたし。ましてや片田舎のブラック企業になんて…」


「はい、はい!話はそこまで」


 そう言うと、シギはアソウギを半ば強引に連れ出し、会計を済ませる。


「これ以上、飲み続けると今度は不摂生ふせっせいで死んで魔法少女になっちゃうよ?」


 シギの言葉に「それは、イヤだ!」と顔を上げて即答するアソウギ。

 それに「イヤだったら、土日にしっかり休んで酔いを覚ます」と返すシギ。


「ほら、家に着いたから。アプリでちょっとショートカットしたけれど」


 みれば、目の前には母方の祖父母が建てたアソウギ家。


 玄関の敷石を踏むと人を感知した灯りが点灯し、アソウギは目を瞬かせながら足元のおぼつかない様子で玄関の鍵を開ける。


「じゃあね。寝る前に水もちゃんと飲んでおいてね」


 ついで「あーあ、やっぱ人の才能って環境次第で活かすか殺すかが決まっちゃうものなんだなあ」と独りごちつつ、シギは帰還する。


「あ、しまった。詫びを入れるのを忘れていた」


 ふと、我に帰るも時遅し。

 人気のない山奥の玄関先で後悔しつつ、アソウギは引き戸を開ける。


「…せっかく、飲みに誘ってくれたのに」


 玄関に入ってまず目につくのはハワイの研究所で仲間と共に巨大望遠鏡の前でポーズを取る母親の写真。


「まあ、魔法こそ持ち帰れなかったが。勤めることを条件に母親の病も、ずっとしたがっていた研究職もさせることができたからな」


 靴を脱いで上りかまちから廊下を進むと、不意にアソウギの腹が鳴る。


「たまには、夜食も良いかもしれない…」

 

 酔いに任せて台所で手を洗い、ついで水を一杯飲むと冷凍庫に置いていた余りご飯をレンジで温める。


 冷蔵庫を開ければ、タッパー入りの青菜の浅漬けと鮭フレークの瓶。


 温めたご飯の上にそれらをのせるとアソウギは軽くおぼろ昆布をのせ、上から白だしをかけて湯を注ぐ。


「あー…美味い」


 即席で作った酔い覚ましの茶漬け。


 それをアソウギは勢いよく掻き込んでいくが…

 ふと、数時間前に助けた子供のことを思い出して手を止める。


(…女神のトラックにかれる以上、何らかの事情を抱えている人間も少なくはないからなあ)


 あの場にいたのは小学校に上がるか上がらないかの少年。特に怪我も無いようであったが、念のため検査入院と称して病院に預かってもらっていた。


(まあ、問題がないのなら、今後の身辺調査も含めて政府の【相談課】に任せた方が良いのだろうが)


「…本当に、何もなければ御の字だがな」


 食べ終えた食器を洗いつつも、思わずそんな言葉が口をつく。

 酔いは大分冷めており、疲れからかほんのりと眠気もやってきた。


「でもなあ。魔法少女は無ぇよな…魔法少女は」


 窓から聞こえる森のざわめき。

 着替えを持ち出し、アソウギは風呂場へと進む。

 

 二徹からの水没で異世界に向かうこととなった因縁の場所でもあるが、自宅の風呂はやはり格別。アソウギは体を洗うと長い息を吐いて湯に浸かる。


「あーあ…思っていた形と違えども、これも日常と言えるのかもしれないなあ」

 

 疲れを湯の中に発散させ、土日の過ごし方を考えるアソウギ。


 その翌週、アソウギはいつも通りに出勤し…

 バディのシギが潰れた肉塊になるところを目撃した。

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