「トラック回避」
「今回、帰還時の能力持ち込みはナシと」
パチパチとタブレットに報告を入力するアソウギにベッドの上の女性は先ほどまで上げていた片手を見つめる。
「…やっぱり、アレは夢だったんですね」
見れば、女性の目にはうっすらと涙さえ浮かんでいた。
「アレとは?」
そう尋ねるシギに「記憶は、今も
「笑ってくれて構わないんですけど。私…夢の中では元・悪役令嬢だったんです」
それを聞き、アソウギは思わずパソコンをタップする手を止め天を仰ぐ。
「あの…夢の中では私は有名乙女ゲームの主人公の敵役で名家の出だったのですけれど、後に悪行が露見して処刑される運命で…私はそれがイヤで幸い調合スキルが使えたので、能力で生計を立てる道を選びまして」
そこまで話すと、近くの宙空を見つめる女性。
「そのとき、いつも見ていたのが自身の前に浮かんでいたステータスだったんです…その表示のおかげで、随分とその後の人生を助けられました」
「…情報の可視化ほど楽なものはありませんからね」とそれにつぶやくシギ。
「伸ばせる部分が見えるのなら、これほどわかりやすい人生の指針もありませんものね。あとはスキルを磨くだけですし」
それに女性は顔をあげて「そう、そうなんですよ!」と大きくうなずく。
「レベルを上げれば、スキルも上がる。それで処刑される前の人生をうまく切り抜けて薬屋として生計を立てることができたんです…町一番になれるほどに!」
そこまで話をすると「でも」と、女性は再びうなだれる。
「しょせんは夢です。今の私には何もありません」
「…そうでしょうか?」と尋ねるシギに「そうです」と女性は布団を強く握る。
「就活に失敗して、パートで暮らすのもやっとで…生活に困って、でも何をすれば良いのかもわからなくて。そんな折にトラックに轢かれて」
「異世界に転生したと」
話の先を続けるシギに「…まあ、あくまで楽しい夢だと思っていますから」と悲しげに微笑む女性。
「これからは、また辛い人生の始まりです」
「…そうですかねえ?」
そう言うと、シギは素早くタブレットを差し出し、こう続ける。
「こちら異世界転生者をした方に書いていただく書類です。同意書にサインをして異世界に移動していた際の報告をしていただければ、入退院時の医療費の免除、および今後の生活を保証できます」
「は?」
驚く女性に「安心してください、マホロさん」と女性の名を呼ぶシギ。
「アナタが異世界に行ったのは事実です。そこで得たスキルは現代の社会においても役立つはずです。必要なのは、それを現代でどう活用していくか」
ついで「ステータス・オープン」と声を上げた彼女の周囲に大量の魔術文字が表示される。
「私がアナタの人生をマッチングさせてあげますから」
*
「…これ、頼まれたカフェオレ」
「どうも」
そこは病院の休憩室。
アソウギの渡した缶コーヒーを受け取ると、シギはさっさと缶を開ける。
「事務係に住居を含め、院の手続きに必要な手続きの指示は出した。これで二週間後に退院した彼女は薬学部行きの学生生活が送れるはずだが…」
同じ自販機で購入した茶のボトルを開けるアソウギに「オッケー、ありがと」とシギはボトルに口をつける。
「転生先では彼女も一流の薬剤師だったからね。適切な大学で現代の薬学を学びなおせば容易に資格は取れるだろうし、院から出る頃にもう一度チェックすれば就職先まで安泰できる企業が見つけられるはずよ」
「…でも、そう上手くいくかねえ」
そう言って、中ほどまで茶を飲んだところでため息をつくアソウギ。
「何しろ、転生前は何もかもうまくいかなかった人間なんだろ?費用とかこっち持ちで試験もろもろ免除されたとはいえ、そこまで人生上手く行くものか?」
疑問を
「なにぶん、不幸な人間ほど転生しやすい傾向にあるからね。じゃなきゃ、社会問題として政府も対策に乗り出そうとはしないわ」
「まあ、確かにな…」とため息をつくアソウギ。
「でも、スキルで人生を決められるなんて俺はイヤだね。敷かれたレールの上を走らされるのと何ら変わらない気がするからな」
「ま、そう思う人間も一部はいるっ、と」
そう苦笑しつつも、カフェオレを飲み干すシギ。
「それともアレ?スキルを持っていなかったから自分と同じ課に就職するんじゃないかと思ったりして?」
それにアソウギは「…いや」と顔を背ける。
「まあ、俺は半ば強制的にこの課に入れられたからな。その辺りの違いは何だろうかと思ってね」
それに「さあてねえ」と半ばはぐらかしつつ、スマートフォンを見るシギ。
「ああ、そうそう。入って一月になったからアソちゃんに伝えておくけれど、私の
「…【マッチング】を、か?」と眉をひそめるアソウギ。
「早くもバディを解消するのか」
それに「ちゃう、ちゃう」と先輩であるシギは手を振る。
「この仕事、転生者の暴走で命を落とすこともあるし。最近では、スキル持ちが殺される事件も出てきているから。いざというときのために、上層部で能力者のスキル保存に注力しているの」
「能力のアプリ化ねぇ。それもスキル持ちがからんでやっているんだろ?」と、ため息をつくアソウギ。
「まあ、俺には受け渡すスキルなんてこれっぽっちも残っていないが…」
と、それ以上の言葉を続けるのをやめたアソウギは【緊急】のアプリをタップすると転生前と同じ、口の中で【時間遅延】と【移動魔法】の呪文を詠唱し、視線の先…病院から数百メートル先の地点へと移動する。
そこにあるのは今にも少年を轢きそうな巨大なトラック、しかも無人。
「くそ、やっぱりな」と、思わず声が出るアソウギ。
「おー、久しぶりの異世界トラック。やっぱアソちゃんは動体視力が抜群ね」
みれば、追いついてきたのか隣にはシギの姿。
「さすが!転生時には魔法少女をやっていただけあるわ」
その言葉にアソウギは思わず(…やめてくれ!)と内心叫びつつ、トラックを高速の詠唱呪文で吹き飛ばしていた。
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