第15話 過去に縛られるのは

「あんた……自分が言っていることが分かってるのかい?」

「もちろん」

「あんたは今、ボロボロのあの二人を早川の殿様に差し出し、報酬を山分けしようって言ったんだよ」


 みなとは「困ったなぁ」と言い、鼻の頭を掻いている。

 昔からそうだった。みなとは損得で動く男だ。最後の仕事で痛いほど学んだ筈なのに、信じたいと思っているれんがここにいた。


「あいつらを巻き込んだ責任が……私にはある」

「それは分かりますが、姐さんにとって悪い話じゃないでしょ。あのボンボンがどんな状態だったのか、世間に知られたら、殿様も恥をかく。それに、あの遊郭を破壊した責任を誰かが取らなきゃ」


「そんなこと……知ったこっちゃないし、仕事は極秘で受けているからこそ他言無用。そんな初歩的なこと、あんたも知っているだろ?」


 れんの声が震える。人を貶めるような事をする信用ならない奴だと、遠回しに言われた気分だ。

 小さな仕事だったとしても、請け負った事は最後までやり遂げ「秘密は墓まで持っていく」その覚悟は当の昔から出来ている。それなのに……。


「姐さんが秘密を守る人だってことは誰よりも知ってます。最後に組んだあの仕事の時だって、姐さんは何も言わなかった。だから」


 みなとれんの肩を掴み、真剣な眼差しを向けている。こんな真面目な顔をするみなとは初めてだ。


「だからこそ俺は、姐さん助けたいんだ」

? どういうことだい」

「察しの良い姐さんなら分かりますよね。口を封じろってことですよ。まったく……殿様もお心が狭い。あの時助けに行った侍たちも、既に」


 みなとはさもつまらないことだと言わんばかりに、囲炉裏箸をいじり始めた。


「あんたが、殺ったのかい?」

「まぁ、全員って訳じゃないですけどね。何があったか知るものは極力少ない方が良い。でしょう?」

「それで……あたしたちの口を塞ぎに」

「ボンボンがあのお嬢さんを覚えていましてね、彼女にやられたと証言をしてるんです」

「何だって!!」


 れんは思わず声を上げてしまった。それを制する様にみなとはぐいっとれんを引き寄せる。


「何するんだい! 離しやがれ」

「静かに、彼らが目覚めたらヤバイでしょ。よく考えてください。彼らはボンボンを危険にさらした。それを姐さんが助けた。その筋書きであれば、久保川くぼかわ家との一触即発状態も回避できる。平和でいられるんだ。そして俺たちも、もう一度やり直せる」


 そう言うとみなとの美しい顔が急接近してくる。拒むことは難しかった。

 一瞬、全てを投げ出してみなととの時間を生きていく事も悪くない、とれんの心が揺らぐ。

 これもそれもみなとの術かもしれない。


「やめておくれ」


 れんの弱々しい声がみなとへの未練なのか何なのか……れん本人も分からずにいた。


「姐さん……」

「あたしの答えが、意にそぐわないものだったら?」


 襟元を直しながられんみなとを見つめ返した。

 あの頃と少しも変わらない優しい笑顔。でもその裏側は人の気持ちなど考えない冷酷な男。それでもれんを師と仰ぎ、健気に尽くす姿に絆されてしまった。そして言い寄られるがまま、身体を重ねあった。

 あの頃の想いを立ちきるまでに、どれ程時を要したか。みなとは知らない。


「姐さんは断りませんよ。今も迷ってる、そうでしょ?」

「考えさせておくれ」


 みなとは怪訝な顔でれんを観察している。れんの本心は何処にあるのかを探っているようだった。


「分かりました。俺も、姐さんとまともにやり合えば勝ち目がない事ぐらい分かってます。1日差し上げましょう。それまでに俺と共に来るか、奴らとここで心中するか選んでください」

「……」

「どうせ奴らは、長くはもたないでしょ? 姐さんも分かってる筈だ。あのお嬢さんは未知だけど、あの親父はもって3日ってとこだ。それならば奴の命を有効に使わせてもらう方が良い」


 言いたいことだけ言うと、みなとれんの耳元で何かを囁き、部屋を出ていった。


 誰もいなくなった部屋でれんはへなへなと座り込む。

 これはみなとの術だ。人の心に入り込み、意のままに操る。それが奴が最も得意とした術なのだ。人の良さそうな顔をして、相手が闇に落ち壊れていく様を眺めて楽しんでいる。


 あの時も破門されたのはれんの方だった。

 任務に出たみなとが敵側に寝返った。れんはその状況を知らずに助けに行ったのだ。だが……総本山に連れ戻されたみなとから出た言葉は「師と仰ぐれんに騙された」だった。


 仲間だと思っていた多くの者がれんを裏切り者として扱った。そして破門され、れんは独りになった。


 その後どうなった?

 れんはあの頃に覚えた感情を呼び覚ます。

 あの後、れんを破門した彼らは敵国に滅ぼされた。みなとだけが生き残り、今も早川家の信頼を勝ち取り、優雅な生活をしている。


「あんたの本心は何処にあるんだろうね……」


 そうれんが呟いた時、隣の部屋でガタッという音が聞こえた。


左文字さもんじ!? 恋音れおん!?」


 濡れた頬を拭い襖を開けると、左文字さもんじが起き上がろうとしているところだった。あの音は左文字さもんじが衝立を倒したモノだとれんは悟った。


「なにやってるんだい! 寝てなくちゃダメだろう」

「くっ……、こ、ここを離れないと……恋音れおん恋音れおん起きろ」

「今動いたら、命の保証はないんだよ」


 れんは慌ててよろめく左文字さもんじを抱き抱える。

 汗と血と消毒の匂いが鼻をついた。


「世話になったな。俺たちは出ていく」

左文字さもんじ……無茶言うんじゃないよ」

「お前も逃げた方が良い。さっきの男は危険な匂いがする。殺られるぞ」


「聞いてたのかい」

「いや、聞こえたんだ」


 左文字さもんじはふらふらと、まだ目を覚まさない恋音れおんを抱き起こそうとする。


「行こう、こいつを差し出す事はできねぇ。だろ?」


 そう言いながらも、苦痛に顔を歪める左文字さもんじを、れんは力強く抱き締めた。


左文字さもんじ……」

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