第11話 戦う相手は

 恋音れおんは物陰でじっと意識を集中させていた。

 あの天狗が舞い降りてから、明らかに場の空気がかわった。肌にピリピリと重たいモノがまとわりつき叫びたい衝動にかられる。

 身体の芯が燃えるように熱くなっていくのが分かった。


「よ、待たせたな」

左文字さもんじ……風が変わった。あやかしの力が増した気がする」

「きっと天狗の力ね。それに夜になれば奴らはもっと力を増す。厄介ね」

「日が落ちる前に片付けようぜ」


 左文字さもんじの言葉に二人も頷く。

 

 すると上から物凄く耳障りな、苦痛を詰め込んだ声が聞こえた。


「ひぃぃぃぃぃっ」

「ウギャぁぁぁぁぁぁッ」


 それと同時に最上階の欄干らんかんから数体のあやかしが吹き飛ばされ空に舞う。

 それらは地上に到着する前に塵と化し消え去った。


「な、なんだ!?」


 恋音れおんたちが何も出来ずその場に立ち尽くしていると、壊れた欄干らんかんから大きな影が現れた。


「くくくく、来客とは面白い」

「て、天狗!?」


 宙を浮くのはまさしく天狗だ。低音と高音をあわせ持った声が、さらに一層恐怖を誘う。


「ほぉ……、ここまで来ることができた輩がいるとは。どうやら約束の金を持ってきたわけではないようだが」


 天狗の後ろ、欄干らんかんに肘を乗せた男が物珍しそうに上から恋音れおんたちを眺めている。

 何処から見ても人間だ。ちょっと遊郭に遊びに来ました、という風貌で背中には三味線を背負っているように見える。


「面倒だな。天狗、遊んでやれ」

「承知」


 天狗は腕を組み頷く。

 神と言われる天狗を意図も容易く動かす男に、あやかしたちも大人しく従っている。


「くそっ。どうするんだ?」

「どうするって、祓うしかないでしょ」

「来る!」


 恋音れおんの声と共に天狗が動いた。大きな翼を広げ、手に持っている八手やつでを大きく振り上げた。

 すると何処から沸いたのか骸骨がいこつ武者が数体、刀を振りかざし向かってきたのだ。


「ここは俺が! お前たちは人質を」

「なに言ってるんだい、バカ! あんたが一番弱いんだから」

 

 襲い来るあやかしに槍を振り回す左文字さもんじに加勢するれんが大太刀を振り下ろす。その姿はまるで舞いを舞う様に美しかった。

 恋音れおんは弓で2階や木の上に現れたあやかしを射ぬく。


 一体、また一体と骸骨がいこつ武者が塵と化していく。それでも天狗の一振りで敵が涌き出てくるのだ。


「くそっ」

「キリがないわね。恋音れおん!」


 恋音れおんは頷き、屋敷に滑り込んだ。まずは人質を安全な場所へ、それから天狗を叩く!

 屋敷内を走りながら刀を抜き、襲い来るあやかしたちを払いのける。


「ギャーーーーーーーーッ」


 悲痛な声を発し倒れていくあやかしを飛び越え、恋音れおん骸骨がいこつ武者の血肉が頬をかすめても気にすることもなく前に上に、進んでいく。

 あやかしを狩る度に恋音れおんの妖刀は輝きを増し、力がみなぎる。

 身体中が刀と一つになった様な高揚感が恋音れおんを支配していた。


 いったい何体のあやかしを祓ったのか分からなくなった時、3階の廊下にたどり着く。

 階段をのぼりきった所に、先程の男とは違う黒い具足の男がつかに腕を乗せ立っていた。入り口で久保川くぼかわ元親もとちかと話をしていた男に違いない。


「退いてくれ。私は人間を手にかけたくはない」

「ほぉ、随分な自信だな。私に勝てるとでも?」


 男は落ち着きのある声で恋音れおんに向かってそう言った。


「もう一度言う。そこを退いてくれ」

「中に入ってどうする? あの能無しのボンボンを助けて、お前たちに何の得があるのだ?」

「損得の問題ではない」

「やめておけ」


 男はスッと恋音れおんの横を通りすぎる。


「お前に龍童りゅうどうは倒せぬ」

「何?」

「敵ならば、人を斬らねば生きていけぬぞ」


 そう言うと男は障子を斬り倒し飛び降りた。


「待て!」


 下に控えていた馬に飛び乗り、男は裏門を駆け抜けていく。その音に気付いた天狗が廊下めがけて鋭い風を放った。

 風は刃となり部屋の壁、障子を突き破る。お陰で視界が開き、中の様子が一望できた。


「ひぃぃぃぃぃっ」


 そこにはふんどし姿の男と、先程欄干らんかんから覗き込んでいた男、そして既にこと切れている花魁、遊女の姿があった。


「ひどいことを……」

「ひぃえぇぇぇぇっ」


 裸の男は恋音れおんの蒼い髪と人とは違うオッドアイを一目見ただけで悲鳴をあげた。「く、来るな。助けてくれ」その言葉を呪文の様に唱えている。


「ほぉ~、先程は分からなかったが、お前……あやかしか?」


 三味線を背負った男が珍しいモノを見る目で、壁際にいる恋音れおんに語りかけた。

 その後ろには天狗が腕組みをし、こちらをうかがっている。

 

「違う。お前が龍童りゅうどうか?」

まさしく、私が龍童りゅうどうだ。なるほど、隆柾たかまさに会ったか」

「その男なら逃げたぞ」


 刀を握り直し話ながらも、恋音れおんはじりじりと間を詰める。とにかく人質を助けることが優先だ。

 その裸の男は恐怖のあまり失禁した上に、口から泡を吹いて倒れていた。腹の動きを見る限り、息はありそうだ。


「はははははははは。逃げたか」

「あぁ」

「そうか、面白い。隆柾たかまさが聞いたら激怒するだろうな」


 その時、下層からドスドスと大きな足音が聞こえてきた。左文字さもんじである。


「酔狂な輩が多いな」


 やれやれとため息をつく龍童りゅうどうにとって、人の死など目に入らない様子だ。あまりにもこの場に相応しくない態度に、恋音れおんは不思議でならなかった。


恋音れおん!!」


 傷を追った左文字さもんじれんに支えられ姿を現した。彼もまた、この部屋の悲惨な光景を目の当たりにし、怒りを露にする。


「お、お前ら……許さねぇ」


 直ぐにでも斬りかかる勢いの左文字さもんじを制するように恋音れおんが動く。


「やれやれ……雑魚が」


 龍童りゅうどうが、ゆっくりと立ち上がった。

 スラッとした苦労知らずの優男といった雰囲気が、この場に違和感を与える。


「お前の名は、恋音れおんと言うのか?」


 龍童りゅうどうの瞳が恋音れおんのオッドアイをとらえる。その力強く射ぬく様な視線に、刀を振り抜くことも、退くことも出来ない。


 すると龍童りゅうどうはニヤリとしたかと思うと、傍に控えている天狗にあたかも良いことを思いついたかの様に、さらっと言い放った。


「天狗! 俺は気が変わった。その男はもう用済みだ、お前にくれてやる。あの蒼い髪の娘は殺すな。いいな」

「承知」

「それでは、恋音れおんまた会おう」


 そう言うと龍童りゅうどうは瞳を閉じる。すると徐々に龍童りゅうどうの体が景色と同化し、ついに跡形もなく消え去った。


「な、何? 消えた!?」

「あいつ……何者なんだい!?」


「はははは、もう良いか? 私はどうやら好きにして良いらしいのでな。せいぜい楽しませてもらうぞ」

「くっ……」

「いくぞっ」


 耳障りな高音と低音をあわせ持った声で、天狗が叫ぶ。手に持った八手を大きく振り上げた。

 すると大きな風が天井を空高く吹き飛ばす。


「ははははは、これで思う存分動けるな」

「お前は、神の遣いではないのか!? 何故人を殺める」

「お前に関係なかろう? ならば私からも問おう。お前はあやかしではないのか? 何故、人間に加勢するのだ? 人は醜い。争いの中でしか生きられぬではないか。我々は人の心が生み出す幻想。お前もソレにすぎぬのではないか?」


 恋音れおんは答えに困っていた。果たして自分はあやかしなのか否か……。

 その時だった。


「こいつはあやかしなんかじゃない。俺たちの大切な仲間だ! くだらねぇ事抜かすんじゃねぇ!」


「ほぉ~。そうか、そうであるなら我らの敵ということだ。ならば遠慮は要らんな。お前ら弱き者などこの八手、3振りでかたがつく。約束しよう。3振りだ。さぁ、かかってくるが良い」


 天狗の不適な笑い声が響き渡った。

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