第9話 敵の姿

 れんの後を追って、左文字さもんじ恋音れおんはひたすら走る。


 この国の中でも質のいい遊女が集まる場所と言われている遊郭だけあって、非常に大きく広い。夜はさぞかし賑わっていただろう。


 一番奥にある問題の屋敷は朱色と黒、白を基調にした立派な建物で、小さな城のような構えをしていた。


「着いたよ」


 門の前でれんはそう伝えた。

 立派な門は侵入者を歓迎するかのようにひらかれており、そこから屋敷の入り口まで石畳の小道が続いてるのが見えた。通常であれば、日本庭園の奇麗な風景が見られたであろう。だが今は草木さえも苦痛に歪んでいるかのような印象を与えていた。

 しかもこの門の中の空気は遊郭入り口付近よりも更に淀んでいる。


あやかしが、わんさかいそうだな」

「えぇ、ここから見えるだけでざっと10体」

れん左文字さもんじ。門を入ってすぐの植え込みに2体の餓鬼。右手に1体、屋敷の入り口に2名、1階部屋の奥に人間が3名。そして2階に弓を構えているあやかしが2体…、3階には銃を持った男が3名、うろうろしている」


 恋音れおんは敵の位置を瞬時に把握し、左文字さもんじたちに報告する。


「お前、わかるのか?」

「左目を通して、部屋の中が透けて見える。こんなことは初めてだ」


 恋音れおんの目には、建物の構造が3Dの線のように壁が透き通り、サーモメータ―の様に中にいる者が白くぼんやりと見えていた。


恋音れおん、2階と3階、他に何が見える? 囚われの者とか見えたりしないかい?」


 あんたよりよっぽど使える子だよ、と左文字さもんじにニヤつきながら、れん恋音れおんに確認する。

 敵の位置が解れば、作戦も立てやすくなる。


「もっと近づけば分かると思う。1階の構造は見える。入り口から左右に2階に上がる階段、さらに奥に向かって、大きくて四角い何かがあるみたいだ。その奥にも階段なのかな? ごちゃごちゃしていて……」


 恋音れおんは目を細目ながら独り言のように呟いた。


「う~ん。四角いものって恐らく風呂だね。その奥に階段があると言うことは……」

「めんどくせぇ! ここから入って俺が2階、3階の敵をこれで仕留めてやる。正々堂々と正面から討ち入ろうじゃないか!?」


 大弓を掲げながら左文字さもんじが、大声で主張する。


「バカ左文字さもんじ! あんた死ぬわよ。鉄砲と弓の稼働時間にどれ程の差があるか知らないとは言わせないよ。バカの巻き添えを食うのはごめんだね」

「じゃぁ、何か良い案でもあるのかよ」


 左文字さもんじは明らかに自分の案が一刀両断されたことに拗ねている。


「裏口を探すよ!」

「裏口ったって、遊女が逃げ出さないように出入り口は一つにするのが鉄則だろ?」

「ここは最上級の女が集まる場所だよ? 逃げ出したりするもんか。稼ぐだけ稼いで正面から出ていくのさ。それより、お忍びで来るお偉いさんのための入り口がどこかにあるはずだよ」


 れんの言うことももっともだ。お城のお坊っちゃまはお忍びで来られたに違いない。


恋音れおん、どこかに別な入り口がないか……わかるかい?」


 その時だった、屋敷の扉が開く音が聞こえ誰かが恋音れおんたちのいる門に向かって歩いてくる音が聞こえた。


れん、誰か来る!」

「ちっ、二人ともこっちだよ!」


 3人は門から離れ、一番近くにある妓楼ぎろうに咄嗟に身を隠した。


 しばらくすると馬のひづめの音が聞こえ、門の前で止まった。手綱を引いているのは足軽兵。しかも武装した骸骨がいこつの姿をしたあやかしだった。


「あれは?」

「あれは、元は人間。死んでもなお戦い続ける、寂しいしかばね


 恋音れおんは刀に手をかける。

 死んでもなお戦い続けなければならないなんて寂しすぎる。この妖刀で今すぐ祓うことが正しいと言わんばかりに。

 そんな恋音れおんの気持ちを制するように、れん恋音れおんを後ろにさげる。


「しっ、来るよ」


 れんの言葉通り、屋敷の方から一人の男が現れた。その男は綾藺笠あやいがさを被り、黒い狩衣かりぎぬに、白の指貫さしぬきと呼ばれるはかまに身をつつんでいた。

 この男からは何人たりとも寄せ付けない、張り詰めた空気がビンビンと伝わってくる。


久保川くぼかわ元親もとちか……」

「何だって!?」


 元親もとちかの後ろには、黒い具足に包まれた侍らしき男が立っていた。こちらに背を向けているので顔はわからないが、元親もとちかの側近かもしれない。


 元親もとちかは、黒い具足の男に何やら耳打ちをし、馬を走らせ去って行った。

 代わりに馬を引いてきた、骸骨がいこつ武者が、あたりを見渡したあと、黒い具足の男と共に屋敷の中に吸い込まれていった。


あやかしを従えている男、やはり久保川くぼかわ元親もとちかだったのか?」

「そのようだね。これはまた乱世が始まるかもしれないよ」


 恋音れおんは黒い侍が気になるのか、左文字さもんじに聞いてみた。


「もう一人の黒い男は?」

「面を被っていてわからなかったな。誰なんだ?」


 あたしにわかるわけないでしょ! と左文字さもんじれんに怒られた。元親もとちかの側近か、もしくはあやかしをまとめている者なのか……。生きている人間なのか、死者なのかもわからない。


「この中に、坊ちゃんがいることだけは確かなようだな。あんな大物が出入りしてたんだ。ここが本丸に違いねぇ」


れん左文字さもんじ! 何かが来る!! 頭上だっ」


 恋音れおんが何かを察し、声を張り上げた。

 つかさず3人は空が見える窓際に身を沈め、何かが来るのを待った。


 その直後、バサッ、バサッっと大きな翼を羽ばたかせる音が聞こえ、屋敷の3階にある廻縁まわりえんに何者かが降り立ったのが見えた。


「なんじゃ、ありゃ? 人の形をして大きな羽を持っていやがった」

「あれは……いや……なぜ?」

れん?」


 あまりにも難しい顔でれんが考え込んでいるから、恋音れおんも心配になり声をかけた。


―― あんなモノが敵にいるとは……この戦い、負け戦かもしれない。

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