第7話 左文字の覚悟

 時間はあっという間に過ぎて行く。


 左文字さもんじは弓矢を大量に矢筒に仕込み、大弓の持ち手部分にある鹿革のキズなどの確認に余念がない。


 長期戦も考えると、弓だけでは心もとない。矢を使い果たすことは命の終わりを意味するからだ。

 左文字さもんじは武器庫(どう見てもガラクタ倉庫)から穂が十字の形をした十文字槍じゅうもんじやりを探し出していた。怪しく光る穂、柄の部分には敵の血を拭い止める帯が巻かれていた。


「出番がないといいがな」


 更に左文字さもんじは武器庫をあさっている。


「何をしているのだ?」

「うん? お前にももう一つ武器をな。刀一本で、もし折れたりしたら困るだろう?」

「私はこれだけでいい。これがいい」


 恋音れおんは、左之助さのすけの刀を握りしめる。


「ま、そうだとしてもよ。予備があるに越したことはないだろ?」


 ほれっ。と言い左文字さもんじは小刀を二本、恋音れおんに投げて寄越よこした。


「これを持っておけ。使わなければ使わなくてもいい。接近戦の時に便利だ」

「あ、ありがとう」


 恋音れおんは受け取った小刀を鞘から抜いてみる。カチッという音と共に現れた刃文はもんがとても美しい。そして握りやすく、手にとても馴染む。二本とも違う形の小刀だったが、どちらも恋音れおんの手にフィットしていた。


「おいおい、この狭い部屋で素振りなんかやめてくれよ」

「あ、ごめん。左文字さもんじ! これ、いい感じだ」

「だろ? 両手に一本づつ握って二刀流で戦うってのもありだな。うん、お前ならできる」


 俺には無理だけどな、と笑いながら左文字さもんじは槍の手入れを始めた。


 恋音れおんの持ち物となった小刀は、二本とも良く手入れのされた物だった。元の持ち主の愛着が感じられる。大切に使わなければ……。恋音れおんは身の締まる思いがした。


 夕方になりあらかた戦いの準備が整った後、左文字さもんじが「出かける」と言い出した。


「お前も来るか?」

「どこに行くのだ?」


 左文字さもんじの顔はいつになく真剣だった。何も持たず、それ以上何も言わず出発するものだから恋音れおんも慌ててついていく。


 裏の山をどのくらい登っただろうか。


左文字さもんじ?」

「……」


 無言が辛くなってきたその時、急に木々のトンネルが拓けた。そこには今まで見たこともない景色が広がっていた。

 夕陽にキラキラ光る海だ。穏やかで全てを包み込んでくれるような壮大な景色だった。


「うわぁ~」


 恋音れおんにとって始めてみる景色だった。穏やかな海、もう少ししたら海に溶け込んでしまうのではないかと思うほどの大きな太陽。どれを取ってみても素晴らしい。


「遅くなってすまない」


 左文字さもんじは感動している恋音れおんを横目に、目の前にある少し小高く盛られた場所の前で座り込む。そして、懐にいれていた菓子と竹でできた水筒を取り出し、少し膨らんだ小山に供えた。


左文字さもんじ?」


 恋音れおんは慌てて左文字さもんじの横に座ってみる。座った先から見える空も、とても素晴らしかった。青と朱色のコントラストの空が、とても神秘的だったのだ。


 左文字さもんじは神妙な顔つきで盛り上がった土の部分を見つめていた。そして、重い口を開いた。


恋音れおん……。本当のしず朔太郎さくたろうはここに眠ってる」


 そう語る左文字さもんじの顔はあまりにも寂しそうに見えた。


左文字さもんじ……」


 左文字さもんじは持ってきた水筒の栓を開け、土の上にかける。


恋音れおん、ここの景色最高だろ? ここは、しずの大好きな場所だったんだ」

しずさんの……」

「あぁ~。海に沈む太陽を、ずーっと見ていられるだろ?」


 二人は無言で日が沈むのを見つめていた。


 口を開いたのは左文字さもんじだった。


あやかしを狩りに行く前に、ここに来ることにしているんだ。ま、一種の験担げんかつぎみたいなものかな」


 よいしょっと言いながら、左文字さもんじは立ち上がり、恋音れおんに手を差し伸べる。


「俺があやかしを祓えば、あいつらの無念も俺のこの胸のつかえもいつか消える。俺も、あいつらを現世に留めさせておかなくても生きていける日が……きっと来る。そんな日が早く来るように、俺はここに立つ」


 左文字さもんじの顔が夕日に照らされて朱に染まる。


―― あの時の悔しさ、後悔を忘れないために……。俺はここに来る。なにも語らないしずに会うために。


 左文字さもんじは、あの日のことを思い出していた。忘れたい記憶。でも忘れてはいけない記憶。


 あの日、まだ二人の身体は温かかった。群がる餓鬼たちを薪で殴り倒した。あいつらはしずから、きかかえていた朔太郎さくたろうを奪い朔太郎さくたろうの腹を……。


『すまない……。すまない……』


 そう言いながら左文字さもんじは血だらけの二人を担ぎ、ここまで登った。そして二人を一緒に弔うことにしたのだ。しずが大好きだったこの場所に。


『すまない……。俺が……、俺が……』


 左文字さもんじは今でも後悔していた。あともう少し早く戻ってきていたら、少なくともしずたちだけが犠牲になることもなかっただろう。

 そしてあの日、しずに渡せなかった鼈甲べっこうくしがまだ懐にある。


 どうにか心を落ち着かせ、誰もいない家へ向かう。しず朔太郎さくたろうの流した血が、道の上を点々と跡を残していた。

 全てが虚しい。左文字さもんじは絶望の淵に立たされていた。


 心も体もクタクタになって家へ戻ると、不思議なことが起こった。


 家にはしずがいた。朔太郎さくたろうもニコニコして左文字さもんじを出迎えてくれたのだ。


『な……』


 言葉が出なかった。


 あれは夢だったとさえ思えた。手は土で汚れ、服は血で染まっていたが……。しずたちの笑顔が、全てが悪夢だったと思わせてくれたのだ。


―― でも……実際は……。



「私も……、この景色が好きだ」


 自責の念に押しつぶされそうになったその瞬間、恋音れおんの声が左文字さもんじを現実に引き戻した。


「私は、左文字さもんじに出会えてよかった。ついてきてよかった。しずも、朔太郎さくたろうも大好きだ」

恋音れおん……」


 恋音れおんも立ち上がり、真っすぐ前を向く。蒼い髪が風になびいている。

 そろそろ太陽が完全に海に溶け落ちる。


左文字さもんじあやかしを狩ろう。もう誰も悲しまない様に」

「そうだな」


 左文字さもんじも真っすぐ前を向く。そう、自分と同じ悲しみを背負う人をなくすために、あやかしを狩る。そう力強くしずたちの墓に誓った。


「また来るからな」


 左文字さもんじはそう言い、来た道を戻る。戦闘のスイッチが入った瞬間だった。


 二人は装備を整え、れんとの約束の地に出発する。明け方までには到着するだろう。

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