第6話 初めての依頼

「詳しく聞かせてくれ」


 左文字さもんじも囲炉裏のそばにどかっと座り、れんの話を促す。


「相変わらずシケタ食事ね。酒をやめてもう少し食事に力を入れたら?」

「大きなお世話だ。早く話しやがれ」


 れんは囲炉裏にかかっている鍋の蓋を開け、汁をすすっている。恋音れおんは呆気にとられながら、左文字さもんじれんのやり取りを遠目で見ていた。


「セッカチな男だね。あんた、気を付けな~。こう言う男は一回気を許せばグイグイ迫ってくるからね。ある程度の距離感が必要だよ」


 あーヤダヤダといいながられん恋音れおんに話しかける。恋音れおんには全く何がなんだかわからない。


 だから、こう答えるしかなかった。


左文字さもんじは、イビキはうるさいが良い人だと私は思う。迫られることもない」

「あんたね……」

「あはははははははは。れん、お前の負けだな。恋音れおんはお前と違って純粋なんだよ」


 左文字さもんじが嬉しそうに腹を抱えて笑っている。どこが面白いのかは恋音れおんは良く分からないが、れんが拗ねている姿は可愛らしいと思えた。


「笑うな! あ~もぉ」

「すまんすまん。本題に入ってくれ」


 そう言いつつ、まだ笑っている左文字さもんじがいる。恋音れおんはというと……しずに教わった通り、れんに茶を入れ始める。


『お客様がいらしたときは、お茶をお出しすること。お茶うけがあればいいのだけれど……それは有る時と無い時があるので、少なくともお茶はお出しするようにね。心ばかりのおもてなしをするのですよ』


 茶葉の分量なんて良く覚えてないから、抹茶のような濃い緑色のお茶が、れん左文字さもんじの前に置かれる。明かに苦そうだ。

 れんは、それを苦虫を噛み潰したような顔で眺めている。口をつけないのはある意味正解である。


「それじゃ」


 れん左文字さもんじを見つめ、恋音れおんにも聞かせていいのか? と確認する。


「俺の相棒だ。気にせず続けてくれ。で、今回はどこの里からだ?」


 左文字さもんじはニゲェと言いながら恋音れおんの淹れたお茶を一口。恋音れおんはそんな二人の姿を眺めながら大人しく話を聞いていた。


「里からじゃないのよ。今回はね……お城から」

「えっ? 何だって?」

「驚きでしょ? あたしも最初、都のお偉い人から話をもらった時は、驚いたわ」


 それで? と左文字さもんじは前のめりでれんの話しに耳を傾ける。


「場所は、西の都の外れにある遊郭。そこには今、殿様のご嫡男ちゃくなん様があやかしとらわれていらっしゃるとか」

「それを救出しろと?」

「そう。さすがね。話が早い」


 左文字さもんじは無精髭を触りながら考える。何か裏があるんじゃねーか……と。


「それだけじゃない……よな?」


 左文字さもんじはくそ真面目な顔でれんの顔を凝視する。


「相変わらず察しがいいわね。そう。それだけじゃないわ」

「もったいつけねーで言いやがれ」


 れんが苦いお茶を一口、ニガッて言う顔をする。


「この仕事受けてくれるわよね?」

「話、次第だな」

「それじゃ話せない。知らない方がいいこともあるでしょ?」

「はよ、話せ。どうせ俺のところに来たってことは、胡散臭い話なんだろ?」

「まぁ~ね」


 恋音れおんは黙って二人の話を聞いていた。どちらにしてもあやかしを狩に行くことになりそうだ、と言うことだけはわかった。


 話を要約すると、都の外れにある遊郭。その一角に大きな屋敷、質の良い遊女だけが雇われている館があるらしい。

 そこに城のお坊っちゃまが人生経験としてお忍びで火遊びに行ったところ、あやかしの集団に館ごと占拠され帰ってこれなくなった。ということだった。


 さらに不可思議なことに、城に坊っちゃんの身柄と引き換えに多額の金が求められているということ。あやかしがそんなことを考えられる訳もなく、高度な知識を持っている誰かがあやかしと手を組んだのか……。

 それともあやかし自身が、高度な知識を得たのか。


「あんたも知ってる通り、この国は隣の国久保川くぼかわ家と一触即発状態。何があってもおかしくないわ。殿様のお考えでは、久保川くぼかわ元親もとちかあやかしと手を組んでいるのではないか? ということみたいね。詳しいことはわからないけど」

「人間があやかしと手を組むなんてあり得ないだろ?」


「そうね……。でも噂では久保川くぼかわ元親もとちかは術式を使う陰陽道の使い手だとか」


 れん左文字さもんじと同じく神妙な面持ちで囲炉裏をジーっと見つめている。この件は相当危険なのかもしれない。


「まぁ~その分、成功報酬の金額はいつもの10倍!あやかしを裏で手を引いている奴が分かれば、さらにボーナスが手に入るわ。頑張ってね」


 さて、長居は無用、と言いれんは立ち上がる。伝えたいことは全ていったと言わんばかりだ。


「おい、ちょっと待て。俺は……」

「引き受けないとは言わせないわよ。ここまで話したんだから」


「……」

「安心して! 今回は私も出向くわ」


 左文字さもんじはとても驚いた顔をしている。


 れんあやかしが見えるのだろうか?

 恋音れおんが二人の会話に口を挟む。


れんあやかしが見えるのか? 危険じゃないのか?」

「あら~心配してくれるの? でも大丈夫。私こう見えて左文字さもんじより強いから」

「えっ?」


 今度は恋音れおんが驚く番だった。


「この人、奥様方の敵を取りたくてあたしのところに泣きついてきたのよ」

「ぐぅぅ……っ」


 左文字さもんじが何も言い返さないところをみると、れんの話しは本当なのだろう。


「強い……」

「そう。だから今回は一緒に行くわ。あたしも準備があるから、明後日。明け方に出発しましょう。その日のうちに着けると思うわ」

「わかった。かたじけねぇ」

「何言ってるの。一匹残らず狩るわよ」


 そう言い残すと、すたすたとれんは出ていってしまった。荒らすだけあらし、嵐が過ぎ去ったように部屋は静かになった。


左文字さもんじ?」

「すごいことが起きてるかも知れねぇな」


 左文字さもんじは力がみなぎってくるような感覚を覚えていた。人間に害をなすあやかしを狩る。それが左文字さもんじの生きる源になっているかのようだ。


「明日は1日、戦いの準備をする!」


「私も行く!」


 左文字さもんじは大きく頷いた。

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