第4話 妖ハンターへの道

「帰ったぞ」


 左文字さもんじ住処すみかは川沿いの林の中にあった。あやかしが嫌うというひいらぎ広葉樹こうようじゅがいたるところに生えている。ひいらぎは葉に棘を持っているため、なるべく近寄りたくはない。


 質素な作りの家からは明りが漏れ、人影が動いていた。


「とーたん」

「あなた。お帰りなさいませ」


 戸が開き、中から幼い男の子と気立ての良さそうな女性が出迎えてくれた。左文字さもんじの妻と子どもなのだろうか?


朔太郎さくたろう!ただいま。客人だ」


 左文字さもんじは子どもを抱きかかえ、恋音れおんを紹介する。朔太郎さくたろう左文字さもんじに抱きかかえられてとても嬉しそうだ。


「何してるんだ?遠慮はいらんぞ。入れや」

「どうぞ。お入りになって。疲れたでしょう?今暖かいものをご用意いたしますから」


 嫁のしずも笑顔で恋音れおんを迎えてくれた。恋音れおんは家族の暖かさを知らない。だからどう反応していいのかわからず立ちすくんでいた。


「どうした? 腹が減って声がでないのか? ま~飯の前にまずは、風呂にでも入れや」

「風呂…?」

「まさか風呂を知らないなんて言うなよ?」


 恋音れおんは風呂という言葉を知らなかった。夏は近くの川で汗を流し、冬は窯の残りの熱で作ったサウナの様なモノを愛用していたから、知らなくても無理はない。


「ほらほら、二人とも中に入って~。今準備をしますから」

「さぁ。こっちだ」


 左文字さもんじ恋音れおんの腕を取り、部屋の中へ導いた。


 部屋の中は温かく囲炉裏に火が起こされていた。暖かい家族の住む家。土間には米を炊く窯も用意されている。あやかしハンターという職は羽振りがよいのかもしれない。


「この奥に風呂があるから、入ってこい。鬼の血なんかしっかり洗い流してくるんだぞ」

「わかった…」

「さすがになー。俺がお前の身体を洗ってやるわけにはいかないからな」

「あなた、何を言ってるんですか」


 左文字さもんじは冗談と思えない発言で、しずに怒られていた。とても穏やかな雰囲気に、恋音れおんの心も和んでいく。


恋音れおん、風呂からあがったらこれを着ろ。ここに置いておくからな。あ~まったまった、服のまま入らないでくれよ」

「服を脱ぐのか?」

「お前な…」


 左文字さもんじに言われるがまま、恋音れおんは服を脱ぎ風呂場にむかった。



 恋音れおんが風呂から戻ると、いい匂いが部屋中に漂っていた。囲炉裏に味噌汁の鍋がコトコト音を立てているのが見える。


 その側で、左文字さもんじが弓の手入れをしてた。しず朔太郎さくたろうの姿はなく、もう寝てしまったのかもしれない。


「よ、出たか。どうだ?気持ちよかったろ?」

「あぁ。暖かい水につかるのもいいものだな」

「それを、風呂っていうんだよ」


 よいしょ、と言い左文字さもんじは立ち上がる。風呂上りの恋音れおんを見て、左文字さもんじの顔がにやけている。良いモノを見つけたと言わんばかりの顔だ。


「お前…。意外と奇麗じゃねーか」

「そうなのか? 私にはわからん」

「そういや、お前いくつだ?」

「…」


 ま、いっか。風呂入ってくると言い、左文字さもんじはその場を離れて行った。



 恋音れおんは囲炉裏の前に座り、刀の手入れをする。左之助さのすけがしていた様に見様見真似みようみまねで。

 血の付いた刀を放っておくと錆びて鞘から抜けなくなってしまう。だからいくら血を払ったとしても手入れは必要なのだ。


 恋音れおんが刀を鞘から抜くと不思議なことが起きた。


 刀に付いた鬼の血がすーっと消えたのだ。まるで刀自体が血を吸ったように。そして今まで以上に妖しく艶やかな輝きを取り戻していた。


「何が起きてる?」

「それは妖刀だな」


 いつの間に風呂から出たのか、左文字さもんじが後ろから恋音れおんの刀を覗いていた。


「妖刀?」

「お前…、本当に何もしらないんだな。妖刀っていうのは、妖気を帯びてる刀のことを言うんだ。あやかしが煙のように消滅したことを考えると、その刀…。あやかしの血を吸収して力を発揮するものかもしれねーな」


 左文字さもんじは、どすんと恋音れおんの向かい側に座り鍋をかき回す。いい香りが部屋中に広がり、急激にお腹がすいてきた。そういえば今日は何も食べていないことに恋音れおんは気づく。


 ぐぅ~るるるっ。


「腹がへってはなんとやらだ。たくさん食え」


 左文字さもんじはそれ以上刀のことに触れることなく味噌汁を少し大きめの椀に注ぐ。その左文字さもんじの姿を見ながら、ふと恋音れおんは気になったことを口にした。


朔太郎さくたろうたちは、もう寝たのか?」


 あんなに元気に左文字さもんじに甘えていた朔太郎さくたろうの声も気配も今は感じない。


「まぁ…食えや。うまいぞ」


 左文字さもんじは酒をぎながら、恋音れおんを観察していた。蒼髪と青と赤の瞳。それ以外は人間の少女と何も変わるところはない。美味そうに汁をすする姿も、なにも変わらない。


―― こいつは…、あやかしなのか?


左文字さもんじ、うまいな」

「だろ? 朔太郎さくたろうもこの汁だけは喜んで食ってたな」

「食ってた?」


 恋音れおんは、左文字さもんじの過去形の言葉が気になった。箸を休め左文字さもんじの顔を見つめる。

 左文字さもんじは何も言わない。酒がまわってきたのか、少し顔が赤い気がする。そして酒の入った器を寂しそうに眺めていた。


左文字さもんじ?」


 左文字さもんじは何も語らず酒の器を見つめ続けている。

 余計なことを聞いたのかもしれない。気づかないふりをすればよかった。と恋音れおんは後悔した。


「すまない。話したくないならいいんだ。邪魔している分際で…詮索することでもなかった…」

「イヤ…。いいんだ。お前には見えると思ってたからな」


 左文字さもんじはぐいっと酒を飲み干し、新たな酒を注ぐ。


 朔太郎さくたろうたちは5年も前にあやかしられていた。ちょうど左文字さもんじが食材を調達するために留守にしていた時だった。

 そして左文字さもんじが家に帰って来た時、二人はすでに息絶えており、餓鬼が二人の身体に喰らい付いていたのだ。

 思い出したくない記憶。朔太郎さくたろうはまだ3歳という若さでこの世を去ったのだ。


朔太郎さくたろうしずもな…。もうこの世にはいないんだよ。お前が会ったのは残影だな」

「残影…」

「あぁ…。俺があいつらをこの世に留めちまったんだな」

朔太郎さくたろうたちもあやかしなのか?」


 左文字さもんじは少し考える。


「さぁな。あやかしとは違うと俺は思ってるんだがな」


 もう少し食うか? と左文字さもんじは聞き、恋音れおんの器に汁を追加する。自分は食べないつもりなのだろうか?


 左文字さもんじが人間ではないあやかしに優しさを持てるのは、しずたちのことがあるからだろう。恋音れおんはそれ以上深く二人のことを聞くことを止めた。


 左文字さもんじは未だに後悔をしているのだろう。自分が留守にしなければ…と。それが痛いほど理解できた。


「お前のその妖刀といい、餓鬼を葬った力といい…。磨けば最強のハンターになれるかもな。お前が望むなら、俺が鍛えてやる。それとも…、帰るところがあるのか?」


 恋音れおん左之助さのすけと暮らした小屋の事を考えていた。帰るところいえばそこしか思い浮かばない。それに、左之助さのすけの創った刀と大太刀おおだち八神様はちかみさまの滝裏に隠している。


 里で暮らすことを考えてはいたが、万が一のことを考え隠しておいたのだ。それを取りにもいきたい。


「里で暮らすことを考えていたから…。帰るところはない。と言った方が正しい気がする」

「お前…、面白い物言いをするな(笑)。気に入った。好きなだけここにいればいい」


「私は何をすればいい?」


 恋音れおんは知っていた。ただ飯を食うほど左文字さもんじは裕福ではないだろう。


「そうだな~。お前、飯は作れるのか?」

「飯? イノシシやクマを仕留めることは得意だ。あとはいつも…、じいちゃんがやってくれていたから…」

「そうか…。じゃ~そこは俺がやるかな。そのうち飯の作り方も教えてやるよ」


 恋音れおんはなんだかんだ言っても、まだ若い。左文字さもんじにとっては娘のような存在だ。なので左文字さもんじは何をお願いしようか真剣に考えてみた。


左文字さもんじ…」

「なんだ?」


 恋音れおんは体制を正し、真剣な面持ちで左文字さもんじを見つめる。左文字さもんじもまた、酒の器を置き恋音れおんの次の言葉を待った。


「私をあやかしハンターにしてほしい」


 左文字さもんじは言葉を失った。鍛えてやるとは言った。それにハンターとしての素質もあると思った。でも生半可な気持ちでできる職ではない。命を落とすことだってあるのだ。


「本気か?」

「あぁ。本気だ。この刀があれば、左文字さもんじの手伝いが出来ると思うんだ」

「命を落とすことになるかもしれねーぞ」


 恋音れおんの目は真剣そのものだった。妙に大人びた、周りの子たちとは違う眼差し。


「あぁ。それでもいい。私は生かされている意味を知りたい」


『お前は決してあやかしなんかじゃねぇ。人をあやかしから守ことはあっても、人を苦しめるあやかしなんかにはならねぇ。心配すんな』


 左之助さのすけの声が聞こえた気がした。

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