第2話 妖とは

 竜牙りゅうが恋音れおんが初めて出逢ったのは、3年前のちょうどこの季節。桜が咲き誇るそんな頃だった。


 恋音れおんは山里離れた山の奥地に独り、ひっそりと人目を忍んで暮らしていた。そこに竜牙りゅうがが現れたのだ。


 二人が出会ったここは、恋音れおんの祖父が刀鍛冶として独りで暮らしていた場所だった。そこへ恋音れおんの母親がまだ幼い恋音れおんを連れ、父を頼って逃げ帰ってきたのだ。


 ここなら、誰も恋音れおんの異質さを気にする者はいない。

 恋音れおんは人間離れした身体能力と、産まれながらにして蒼い髪を持っていた。


 人は周りと違うモノを忌み嫌う。


 さらに人々を怖がらせたのは、瞳の色だ。恋音れおんは深い青と燃えるような赤い瞳を持つオッドアイだったのだ。


 母の恋華れんかも美しい女性だった。恋音れおんの父親が誰であるかは、最期まで語ることもなく誰も知らない。ただ恋音れおんが産まれたその時に、普通の赤ん坊とは違うことに気づいた里の者は、恋華れんかあやかしと契りを交わした。と噂し二人を忌み嫌う様になったのだ。


 母の恋華れんかですらも、恋音れおんのオッドアイを見た瞬間悲鳴をあげ気を失ったくらいなのだから、里の人たちの行動をとやかく言えるわけもない。


 だから恋音れおんの母は、好奇の目にさらされる我が子を守るために里から逃げてきたのだ。

 理由はそれだけではない。里の人たちと同じように我が子を憎みあやめてしまいそうな自分からも逃げたかったのだ。


 もともと病弱だった恋華れんかは、山の暮らしに慣れず恋音れおんが6歳の冬に他界していた。恋音れおんは不思議と寂しさを感じることはなかった。それがあやかしの血のなせる技なのかどうかはわからない。


 それからは、祖父の左之助さのすけと二人でここで静かに暮らしてきた。貧しくても、恋音れおんは刀を打っている祖父の姿が大好きだった。その姿を見れるだけで幸せだった。


「じいちゃん。じいちゃんの刀、奇麗だね」

「分かるか?」


 左之助さのすけは難しい顔をしながらも、皺々の顔をさらに皺くちゃにし嬉しそうに頷く。


 左之助さのすけの創る刀は城に献上されるほど立派なものだった。ただ…、納得のいかないものは譲れないと、根っからの頑固さと融通のなさが災いし半ば強制的に都での鍛冶屋の職を追われたのだと言う。


 それでも山里離れたこの地で、納得のいく刀を創り続けている。


「お前にも残してやろう。わしの最高傑作を」

「ありがとう! じいちゃん」


 その頃には恋音れおんの秘められた力は芽を出し、山に住む動物を狩ることで命を繋いでいた。不思議と恋音れおんには分かっていたのだ。相手が苦しまず、痛みを最小限に命を奪う術を。


 そして生きていくために左之助さのすけが研師として里や都に足を運ぶこともあった。たまに小太刀などの打ち直しを頼まれることもあったようだ。

 

 そんな形で細々と人目を避けて暮らしていた。


 だが…、穏やかな時間は長くは続かなかった。恋音れおんが12歳になった時、左之助さのすけが倒れたのだ。


「じいちゃん…」

「泣くな恋音れおん、悲しむことはない。人は必ず死ぬんじゃ。お前は強いし若い。ここを出て、里に下りるのもよかろう」


 左之助さのすけは、人とは違う容姿を持つ恋音れおんが里で暮らせるとは思っていなかった。だが独りで暮らすよりは人と交わり、人の暖かさを知ることも人として重要だと考えたのだ。


 それから間もなくして、左之助さのすけはこの世を去った。安らかに眠るように。


 恋音れおんは初めて声を上げて泣いた。悲しいという感情がどんなに辛いのかも理解した。

 一人取り残された恋音れおんは、母の時に左之助さのすけがそうしたように、母の隣に墓を作り左之助さのすけを弔った。そして三日三晩、墓の前で過ごした。初めて独りでいることの寂しさも理解できたのだ。


 左之助さのすけは、恋音れおんの為に刀を2本、大太刀おおだちを1本、魂を込めて完成させていた。どれも妖しい魅力ある刀だった。もし価値の知る者に見せたら一生遊んで暮らせる額が恋音れおんの懐に入ることだろう。


『生活に困ったら、これを売って生活の足しにするがよい』


 左之助さのすけはそう言っていた。だから恋音れおんはその刀を持って里に下りることを決意したのだ。それは恋音れおんが14歳の年になったばかりの頃だった。



* * *


 恋音れおんは妖刀と同じように魅力的な少女へと成長していた。腰まで伸ばした蒼髪を一つに束ね上手に紐で飾り付けをしている。


 里の人々は、恋音れおんを物珍しい好奇の目で眺める。蒼髪が人目を惹くのだ。そして恋音れおんの瞳の色に気づくと、ひきつった恐怖の顔に変わるのだ。


「あの子何者なんだい?みたことがないよ」

「あの青い髪は人間じゃないんじゃないか?」

「そうだ、あれはあやかしじゃ。そうにちがいない」


 噂が噂を呼び、里の者はそそくさと家に入り戸を固く締めた。恋音れおんの話には耳も傾けず、目も合わせない。誰もが関わり合いを拒んだのだ。

 遠くから石を投げてくる子どもまでいるしまつだ。


「っ…」


あやかし~っ。出ていけ! ここはお前がくるとこじゃねー」

「出てけ~、出てけ~っ」


 沢山の石が投げられ、その内の一つが恋音れおんの奇麗な顔に命中し血が流れる。恋音れおんの血の色は人間と同じ赤色だった。


―― 何で…。


 痛みよりも何故? という悲しみに恋音れおんの心が支配される。人は優しい生き物ではなかったのか…。


『お前は強いし若い。里に下りるのもよかろう』


「じいちゃん…。無理だ…。私はここでは暮らせない。誰も私を受け入れてくれない…」


 そんな悲しみに暮れる恋音れおんは、里の外れの農具小屋の影でうずくまり途方に暮れていた。里の子どもたちは自分のことをあやかしだという。


『じいちゃん、あやかしって何?』

『お前〜どこでそんな言葉を学んだ? また里に下りたのか?』

『ううん。行ってない。八神様はちかみさまの滝の近くに知らない人がいてね。私を見てそう叫んでた』


―― じいちゃんは悲しい顔をしていた。


『お前はあやかしでもなんでもねー。いらんこと考えるな』

『でも…』

あやかしってのはな、人の命を奪い、危害を加え、全てを奪うモノのことをいうんじゃ。お前は人を殺めるのか?』

『そんなこと、絶対にしないよ』

『じゃろ? お前は決してあやかしなんかじゃねぇ。人をあやかしから守ことはあっても、人を苦しめるあやかしなんかにはならねぇ。心配すんな』


―― じいちゃん…。私はあやかしなんだって。


 ガタンっ。


 表の方で音がした。ここも安息の場所ではなかったのか…。恋音れおん左之助さのすけの刀に手をかける。いつでも刀は抜ける体制だ。


「誰っ?」


 カチッと刀が鞘から抜ける状態を作る。殺られる前に殺らねばならない。


 月明かりに影がうごめいた。


 ぴんと張り詰めたような感覚・雰囲気が恋音れおんを襲う。

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