夢の先に妖(あやかし)は何を見るのか

桔梗 浬

第1話 命ある限り

 パチパチと木の燃える音が聞こえる。深夜にも関わらず辺りがぼんやり橙色に染まっているのは、焼け落ちて今も尚燃え続けている家が至る所に存在しているから。


 全てを焼き尽くし、全てを奪う。それが奴らのやり方だ。

 そして悲しみは突然襲ってくる。理由わけもなく突然に。


 一粒の涙が、恋音れおんの頬を伝った。決して叶うことのない願いが、悲しみと共に恋音れおんの心を占拠する。


―― 竜牙りゅうが…。あなたの声が聞きたい…。叶うなら、今すぐに。


 恋音れおんは、心身ともに疲れきっていた。


 ガックリと落とした肩の先には、両手に刀が握りしめられている。何百という獣やあやかしの血を吸った刀。まだ吸いたりないと言わんばかりに、ポタポタと血を流している。

 全てが虚しく、身体中の力が抜けるようなそんな悲壮感が全身を駆け抜けていた。


 終わりのない争い。無駄に失われていく命。


 生きている者はいるのだろうか。誰か一人でも救う事が出来たなら…この戦いに意味はあったと思えるのに。


 背中に愛用の大太刀おおだちを背負い、恋音れおんは独り夜の戦場に立っていた。

 身体は傷つき、至る所泥や血で汚れていた。竜牙りゅうがが愛した…、人とは違う蒼い髪は埃をかぶり汗で乱れ、顔に張り付いている。


 普通に暮らしていれば、今頃竜牙りゅうがの隣で微笑んでいただろう。全てが遠い過去の記憶だ。


 恋音れおんの想いはむなしく、生き物の気配すら感じられない。


 ここはあやかしの住む里。人間の住む場所はもうないのだ。


―― 祓っても、祓ってもあやかしが湧いてくる。


 息絶えた死骸に容赦なくあやかしが群がる。ムシャムシャと音を立てて死肉を喰らうのだ。


「消えろっ。くっ…!」


 恋音れおんは左右の刀を一気に振り下ろし、餓鬼を貫いた。


「ギャー―っ」


 餓鬼は叫びながら塵と化し消え去った。


 恋音れおんの持つ刀はあやかしを祓う妖刀。妖しく美しい刀で、あやかしの血を餌にして威力を発揮するのだ。


「ハァ…。ハァ…」


 恋音れおんは肩で息をする。全身で息をしていないと肺が潰されそうだ。


 熱風が吹き抜け、恋音れおんの剥き出しの肌は熱さで痛みを感じる。

 辺りは目をおおいたくなる程の無惨な光景が広がり、至る所火の手が上がっている。家は崩れ落ち、原形を留めている物はほとんどない。


―― むごい。


 足元には生き絶えた死骸が転がって山を築いている。


 恋音れおんは死骸をよけて進む。生存者がいれば連れて帰りたい。それが竜牙りゅうがとの約束だから。


竜牙りゅうが? あなたは何故人の為に、そこまで命を懸けられるの?』

『う~ん。どうしてだろう。考えたこともなかったな。ただ…、俺は信じてるんだ』

『何を?』

『平和な世界…。笑うなよ』


 竜牙りゅうがと出会った頃の話を思い出していた。はにかんだ笑顔が眩しい。


『平和?』

『そう。人々が安全に安心しして暮らせる世界だよ。だから一人でも多くの人を救いたいんだ』


 真っすぐに前を向いて竜牙りゅうがが語っていた。真っすぐな瞳が忘れられない。信念を貫く炎のような魂を持った男だった。

 竜牙りゅうがの身体には、これまでの戦いでついた傷跡が無数に残っていた。左の頬に付いた傷も、あやかしの鋭い爪が残した跡だ。


―― 竜牙りゅうが…。何故私を置いて逝った? 何故…。


『逃げろ! こいつはお前がかなう相手じゃないっ! 俺が食い止めている間に逃げろ!!』

『嫌だっ。あなたを置いて行けるわけがないではないか』

『いいから、行け!』


―― 何故…。あやかしの私をかばう?


『私もまだ戦える!』

『大丈夫だ。俺のことは心配するな。後で拠点で会おう。約束だ。頼む逃げてくれっ』


―― 約束したのに。あなたは戻ってこなかった。竜牙りゅうがの最期の笑顔なのに…、ぼんやりぼやけて思い出せない。あなたはどんな顔をしていた?


 恋音れおんは瓦礫の中を歩きながら、何故自分がここにいるのか、何故竜牙りゅうがの意志を継いであやかしを狩り続けているのか…。分からなくなっていた。


―― 何故私は逃げたのだ? 私が竜牙りゅうがを守らねばならなかったのではないのか? お前は平和の世を創りたかったのではないのか?


 ここはつい先日まで人が幸せに暮らしてた場所。多くの家族が貧しくとも幸せに暮らしていた場所。

 そこにあいつらが…。多くの人を殺め、そして竜牙りゅうがの命を奪ったのだ。


 恋音れおんは辛うじて残された家の骨組みを登り、惨状を高い位置から確認する。眼下は火の海で遠くの方で大きな体をした鬼や餓鬼たちがうごめいている。あいつらあやかしを生み出しているのは何を隠そう人間なのだ。

 人の負の感情を集め、人間を核にあやかしを生み出している。この国を滅ぼし奪うために。


―― 大河内おおこうち 成実しげざね。私は決してお前を許さない。竜牙りゅうがは誰よりも良い人間だった。人の為に、他人の為に命を懸けれる…そんな人間を…お前は葬った。


 恋音れおんは両手に持っている刀をさやにしまう。ここにはもう人間の住める場所はない。奥にいるあやかしたちを始末するには自分の体力があまりにも落ちていることを知っている。ここは一旦ひいて改めて攻め入ることが得策の様だ。

 果たして一人でやれるのか。やれるのか?じゃない。やるのだ。やらなければならない。


 あやかしは日の出ている間は力が落ちる。そこを狙う。


―― 成実しげざね…。待っていろ。私が必ずお前にとどめを刺してやる。竜牙りゅうがの想いと供に、この国に平和をもたらすために。

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