第2話囚われた未来






ラグナロク弐

囚われた未来




 前後を切断せよ、みだりに過去に執着するなかれ、いたずらに将来に未来を属するなかれ、満身の力を込めて現在に働け。


           夏目漱石




































 第二昇【囚われた未来】




























 「今度は何よー」


 「この前集まったばっかりだろ?おろちの野郎、暇なのか?」


 まだ鳳如が帰ってきたことを知らない四神たちは、文句タラタラ。


 会議室に着いてそれぞれの椅子に腰かけるが、呼びだした張本人が現れない。


 なんて勝手な奴だと思っていた四人だが、ばたん、とドアが開き、そこから入ってきた人物に目を丸くするのだった。


 「鳳如?帰ってきてたのか?」


 「ついさっきね。うんうん。みんなこれといって変わりないようで」


 「帰ってきたなら、連絡回せば良いじゃない。そんなに面倒なこともないんだから」


 「まあまあ」


 悪びれた様子も無く笑いながら鳳如は自分の椅子に座ると、背もたれに体重を乗せて仰け反るような姿勢になる。


 「おろちは?」


 きょろきょろと見渡して帝斗が聞くと、鳳如は「帰らせた」とだけ答えた。


 帰らせた、ということは、きっとおろちとしてはまだここにいる心算だったのだろうが、鳳如に強制的に帰されてしまったのだろう。


 哀れなり、と四人は心の中で思った。


 「さて、近況報告してもらおうか」


 「おろちから聞いてないの?」


 「だってあいつ要領得ないから。それに、人づてに聞くと間違ってることとか、聞いた相手が勘違いしてるときがあるだろ?直接聞いたほうがまず間違いないし」


 「まあ、そうだけど」


 だからといって、大して変わったこともなく、鳳如が出かけてからすぐに現れた鬼のことや、煙桜の虎と麗翔の不死鳥がなぜか喧嘩していたこととか。


 「それくらいよね?」


 「まあな」


 「・・・・・・」


 「よし。じゃあ今日は終わり。各自、引き続き結界の方よろしくね」


 四人は立ち上がり、自分達の方位にある建物に向かおうとしたが、一番後ろにいた琉峯は鳳如に呼びとめられた。


 「琉峯は残って」


 「・・・・・・」


 「理由、分かるよな?」


 「・・・はい」


 会議室から出た琉峯以外の三人は、ぱたん、と閉められたドアのこちら側に来ると、意味もなく顔を見合せた。


 来た道を戻りながらも、鳳如と琉峯がどんな話をするのか気になっていた。


 「例の話よね?」


 「多分な」


 あれだけ口を閉ざしていた琉峯が、そう簡単に話すとは思えなかったが、相手が鳳如なら別なのかもしれない。


 「任せるしかねえだろ」








 他の三人が出て行った後、琉峯はまた自分の席に横向きになって座ると、鳳如は受けた報告をまとめたものをトントン、とテーブルで揃えると、横の方に置く。


 ふう、と一息ついたところで、いきなり本題に入る。


 「一人で鬼と戦ったらしいな」


 「すみません」


 「怒ってるわけじゃねえんだよ。ただな琉峯、なんでそんなことをしたのか話してもらわねえと、今後に支障をきたす可能性があるんだ」


 「気をつけます」


 「・・・・・・」


 鳳如は困ったように額を指でカリカリとかくと、足を組み直す。


 「ガラナのこと知ってたのか」


 「・・・・・・」


 琉峯のもとに現れ、琉峯に怪我をさせた鬼。


 それでも何も答えようとしない琉峯に、鳳如は椅子ごと身体を横に向け、天井を見上げて静かに深呼吸をする。


 「質問を変える」


 これでは話が進まないと、鳳如は琉峯に聞くべきことを変えることにした。


 煙桜とはまた違う無口な印象がある琉峯に、攻めるというよりは、ただ柔らかく。


 「二度目に俺と会ったとき、何があった」


 「・・・・・・」


 鳳如の質問に、琉峯の瞳の中は揺らいだ。


 人生において初めて戦という舞台に立たされ、生きるか死ぬかの際まで行ったあの日、初めて鳳如と出会った。


 父親はあの日死んでしまったが、その後は母親と二人でなんとか作物を作り、祖父母と四人で協力して生きてきた。


 戦など、きっとあれが最初で最後だと思っていたし、そう信じていて、そう願っていた。


 子供だった自分さえ、五年も経てば身体も大きくなった。


 「二度目にあなたに会う少し前」


 普段からだが、それよりも小さな声で琉峯は話出した。


 鳳如は琉峯の方を見ることもなく、ただただ天井にはっている小さな蜘蛛の巣や、以前の戦いによって破壊されてしまい、直しきれていない部分を見ながら聞いていた。


 「あいつは突然現れました」








 父親が亡くなってから五年後のある日。


 いつものように作物を収穫していた母親と少年は、顔に土をつけながら必死に働いていた。


 「そろそろお昼ね。あとは午後にしましょ」


 「うん」


 収穫した作物を籠に入れると、母親がそれを重たそうに持っていたので、少年は籠を奪う様にして自分の背に背負った。


 「大丈夫?」


 「へ、平気」


 思ったよりも重たかったが、自分が亡くなった父親の代わりになるのだと、少年は力仕事も進んで行っていた。


 重たい籠を持って、家の裏手にある作物を保存しておくためのひんやりとした場所に行き、そこに籠を置いた。


 採ってきたばかりの作物を並べると、今日食べる分の作物だけを持って家へと戻る。


 母親はもう夕食の準備をしていて、少年は祖父母を食卓の小さなテーブルへと連れて行き、座って待ってもらう。


 それが終わると、今度は母親の手伝いをする。


 「休んでていいのよ。疲れたでしょ」


 「平気だよ!」


 トントン、と包丁の規則的な音に、コトコトと鍋で野菜を煮込んでいる音、それにそこから香る匂い。


 ヘラを使い、焦げないようにと鍋の中をかき回しているとき、悲劇は起こった。


 コンコン、とドアを叩く音が聞こえた。


 「はーい」


 こんな夕飯時に来るなんて、誰だろう。


 そのくらいにしか考えていなかった母親は、スープをよそった深皿を少年に託し、ドアの方へと向かって行った。


 少年は祖父母が座っている前に、皿とスプーンを並べたあと、自分と母親の分もよそうため、もう一度鍋のところまで行く。


 「どちらさま・・・」


 明るい母親の声が聞こえ、それが途中で途絶えてしまった。


 その後すぐ耳に響いたドサッ、という重たい音に、少年はドアの方を見る。


 すると、そこには首から血を流して倒れている母親の姿があった。


 「かか・・・?」


 少し痙攣をしていて、びくびくと身体は小刻みに動いてるものの、白目を向いている。


 母親に駆け寄り身体を揺すった少年の手には、ぬめっとした感触の何かがついていた。


 母親と自分に被っている人影に顔を向けると、逆光で顔はよく見えないが、体格などから男だとは分かった。


 にやっと口元を歪めると、男は自分の手を斧のように変化させると、少年に向かってそれを振りかざしてきた。


 「!!!!」


 大きな物音を立てて、少年は吹き飛ばされてしまった。


 その衝撃で、鍋も鍋に入っていたスープも全て床へと落下した。


 がらがらと落ちてきた鍋から出てきた、まだ熱いスープが少年の手にかかったが、熱いなんて考える余裕はなかった。


 男は家の中へと足を踏み入れ、祖父母のもとへと歩みよる。


 痛くて動けないわけではなかった。


 怖くて、ただ目の前にいる、自分よりも遥かに大きくて強い、巨大な力の前に恐怖だけが目を覚まし、動けなかった。


 自分が自分でないようで、ただ頭の中で反芻されるだけの叫びは、誰にも聞こえない。


 足の悪い祖母も、そんな祖母を庇った祖父も、少年の前で無残にも首を裂かれてしまい、重く冷たい音だけが、どさり、と響いた。


 「あ・・・あ・・・」


 男は斧にしていた腕を元に戻すと、手にべったりとついた血を見て、恍惚とした表情を浮かべる。


 そこから一歩も動けずにいた少年に気付くと、男はゆっくりと近づいてくる。


 少年の前で両膝をおり、少年と目線を合わせた男の顔が、この時はっきりと見えた。


 人間のように見えたが、陽が沈んだとき、男の頭からは二本の角が生えてきて、牙もあり、細く長い尻尾までついていた。


 鬼だ。そう分かった少年だが、男から目を逸らすことは出来なかった。


 それは恐怖から来るものなのか、それともこの男の顔を忘れまいとする、自分の中の意識的なものなのか。


 「俺が憎いか」


 少年が何も答えずにいると、男は続ける。


 「鬼だから憎いのか。それとも、お前の家族を殺したから憎いのか。はたまた、そのどちらもか」


 男はゆっくりと立ち上がり、少年を見下す。


 「お前も、家族のもとへ逝け」


 そう言うと、男は片足をあげて少年の顔面にいきなりめり込ませてきた。


 このままここで殺されるんだ。


 けど、それでまた祖父母、母親、父親にも会えるのなら、それも悪くない。


 少年は全身の力を抜き、目を瞑る。


 しかし、男が少年の首を狙って斧を振りかざしたとき、男の身体に異変があった。


 「ああ!?」


 あとは思いっきり少年に向けて斧を振り下ろせばいいだけのはずが、腕は何かに捕まっているような感覚になった。


 男が自分の腕を確認するため、少しだけ顔を後ろに向けると、自分の腕を拘束している何かの植物の蔓のようなものがあった。


 力だけではそれを振りほどくことが出来ず、男は腕のあちこちからナイフを出して、それらの蔓を切って行く。


 だが、切っても切っても絡まりついてくる蔓に、男はふと少年の方を見た。


 少年は意識を失っていたが、手に負っていたはずの火傷の痕はなぜか消えていた。


 「・・・ん」


 次に少年が目を覚ましたときには、男の姿はなかった。


 ホッと安心したのも束の間、ただこの世に自分一人だけ生かされてしまったことへの、深い悲しみと絶望。


 父親の墓は、残された家族で作った。


 とはいっても、石を積み上げただけの簡単なものだが。


 少年は、母親と祖父母、三人をその場所まで運ぶことは出来なかったため、それぞれ毎日身につけていたものだけを持って行った。


 父親のときは、いつも大切にしていた家族の写真を入れたが、母親は毎日つけていた髪留めにして、祖母は膝かけ、祖父は眼鏡。


 スコップで穴をあけ、そこに埋める。


 上から土を被せて、そこにまた父親と同じように石を積み重ねて行く。


 一度家に帰ると、少年は自分の家に火をつけ、全てを土に還した。


 家もなくなった少年は、ただ、家族が眠る墓標の前に佇んでいた。


 すると、空が急に暗くなり、少年を悼むかのように雨が降り始めた。








 「それから少しして、あなたが来ました」


 「・・・そうか」


 鳳如に連れられて此処へ来て、琉峯は素質を見出された。


 その傍ら、自分の家族を殺したあの男は誰なのか調べていたのだが、分からなかった。


 「あの男につけられた胸の傷だけは、どうしても消せません」


 その場に立ちあがると、琉峯は来ていた服を脱ぎ、がばっと自分の胸元を見せた。


 白い肌の中央にくっきりと浮かんでいる、その生々しい傷跡は、琉峯にとって怨念の塊とも言える。


 すぐに服を着た琉峯は、真っ直ぐに鳳如を見つめる。


 「あの男は、ガラナは俺がやります」


 「ダメだ」


 意を決して言ったというのに、鳳如はそんな琉峯の言葉をばっさりと切った。


 あまり表情を崩さない琉峯だが、ぴくりと眉が動いた。


 「なぜですか」


 「なぜってお前、あいつがどんだけ危ない奴か分かってんだろ。はっきり言って、一人で太刀打ち出来る相手じゃねえんだよ」


 「嫌です」


 「嫌ってなんだよ。ダメだよ。ガラナは危険因子だ。今のお前じゃ、てか今のお前らじゃ、本当に殺されちまうぞ」


 「・・・・・・」


 納得していないのか、琉峯は眉間にシワを寄せながら、目を細めて鳳如を見る。


 そんな睨みあいがしばらく続いたが、意外にも先に目を逸らしたのは鳳如で、「とにかくダメだ」とだけ言うと、会議室から出て行ってしまった。


 琉峯も部屋を出ると、鍛錬でもしようと鍛錬が出来る、というよりは多少暴れてもあまり壊れない部屋へと向かった。


 とりあえず柔軟をしようと、壁に片足をつけ、膝を曲げながらグッグッと股関節を伸ばす。


 反対側も同じようにやると、今度は床に肩腕をつけ、もう肩腕は背中に回して腕立てを始めた。


 すると、そこに帝斗が現れた。


 「お、めっずらしー」


 「・・・・・・」


 そんな帝斗に気にせず腕立てを続けていると、帝斗が琉峯の前に両膝をまげて顔をぐいっと近づけてきた。


 影が出来たため、ふと顔をあげると、そこにはへらっと笑っている帝斗がいた。


 「久しぶりに俺とやるか」


 札などは使わず、体術のみの勝負。


 「いくぜ」


 言うが早いか、帝斗はひゅんっと身体を動かすと、右腕を躊躇なく振るってきた。


 それは琉峯の顔スレスレを通ると、その勢いのまま、今度は右足を軸にして左足で回し蹴りをしてくる。


 身体が柔らかいのか、帝斗は身体を捻り、両手を床につけ、琉峯を掠めたその足ともう片方の軸にしていた足で、琉峯の顔を挟んだ。


 そのまま上半身を捻ると、琉峯は壁に向かって投げ飛ばされる形となった。


 幸い、壁に激突する前に体勢を整え、ぶつかることはなかったが。


 「・・・・・・」


 「守ってばっかりじゃあ、俺は倒せねえぜ?」


 あまり体術が得意ではない琉峯は、何度か煙桜に稽古をつけたもらったことがある。


 そのときも防御ばかりで、攻撃はほとんど出来なかった。


 なぜかと聞かれれば、相手を怪我させるかもしれないと思うと、身体が自然と攻撃するのを拒むのだ。


 札を使ったり、鬼相手だとまた違うようだが、とにかく体術は苦手だった。


 「俺のこと馬鹿にしてんなら、話はまた別だけどな」


 この帝斗と似たようなことを、煙桜にも言われていた。


 どれだけやっても、攻撃をしてこない琉峯に、煙桜は構えるのを止めた。


 そして、こう言われたのだ。


 「俺に攻撃出来ないというのは、俺のことを信用してないということだ」


 そのまま煙桜は帰ってしまったが、この言葉の意味は、その後知った。


 煙桜が言いたかったのは、自分達のことを弱いと思っているのか、という意味だった。


 仲間の力を信じて攻撃して来い、ということだった。


  すうっと目つきの変わった琉峯に、帝斗はにやっと笑う。


 勢いよく走って行くが、帝斗の前に来るといきなり身体を屈め、下から帝斗の顎を狙って拳を突き上げた。


 それを間一髪で避けた帝斗は、反動を使ってバック転をして着地。


 しかしすでにその時には、琉峯が次の手に出ており、目の前に琉峯の足の裏があった。


 「あっぶね」


 なんとかかわすと、帝斗と琉峯は静かに向かい合う。


 それから何度か攻防を繰り返していた。


 その時、聞こえてきたのだ。琉峯にとっては悪魔とも呼べる、その声を。


 「人間は逞しいね」


 「!?」


 二人は驚き、声の方へと視線を送る。


 そこにいた男のことを、琉峯は今日まで忘れたことはない。


 「・・・ガラナ」


 琉峯がその名を出すと、帝斗は驚いた顔をして琉峯を見た。


 「お。僕のこと覚えてか。あんときの坊や」


 ガラナの言葉など聞かず、琉峯はいきなり札を出して自分の前に十枚ほど宙に浮かべて並べる。


 同じように、帝斗も札を出して構える。


 そんな様子を見て、ガラナは楽しそうに舌を出してペロッと笑う。








 突如として、建物内に警報が鳴り響いた。


 ビービービービー、と大きくて耳障りな音が鳴ると、どこから警報が押されたのかを確認し、そこへ向かう。


 通常、鬼は簡単にこの建物内には入れない。


 それは、結界が張ってあるからだ。


 東西南北と清蘭によって守られているはずの結界だが、その結界を上手く潜り抜けられるほど強い鬼がいるということだ。


 西と南でそれを受け取った煙桜と麗翔は、急いでその場所、鍛錬場へと向かった。


 「ちょっと!何がどうなってるのよ!」


 「さあな」


 二人は全速力で走り、鍛錬場へと辿りついたが、その時にはもう悲惨な状況となっていた。


 鍛錬場についている警報装置は、帝斗が押したものだと、それだけはすぐ理解出来た。


 「何よ、これ・・・!」


 「・・・・・・麗翔、気をつけろ」


 「気をつけろって言われたって!!」


 鍛錬場に着いた二人が目にしたもの。


 それは、うつ伏せになって倒れている琉峯と、仰向けになって倒れている帝斗の姿。


 二人に共通しているのは、何かに攻撃を受けた形跡があるということ。


 「!」


 何かに気付いた煙桜が札を出すと、札に触れたソレはぽろぽろと錆びてしまった。


 だが、すぐに元に戻って行った。


 「うっかり肩腕を失うところだったよ」


 「・・・・・・お前が琉峯と帝斗をやったのか」


 「いや、俺達死んでねぇからな、煙桜」


 煙桜の言葉にムクッと起き上がった帝斗は、腰を摩りながら舌打ちをする。


 琉峯も身体を起こすが、利き腕を折られてしまったようで、剣もまともに持てない。


 「頑丈だね、まったく」


 「ガラナだな」


 「僕のことを知ってるの?嬉しいなぁ。けど、はっきりいってガッカリ」


 ガラナは天井に逆さに立っていたが、とん、と天井を蹴ると四人の前に降り立った。


 「少しは強くなってるかと思ったけど、やっぱり君たちは弱い」


 「ムカつく奴ね」


 麗翔が札を出し、ガラナに向かって炎の道筋が出来、一瞬にしてガラナを包み込む。


 しかし、炎の中から姿を見せたガラナは、火傷ひとつ負っておらず、麗翔が出した炎を自分の身体に取り込んでしまった。


 「はあ!?それあり!?なしでしょ!」


 ひょいっと、ガラナが掌を上に向け、人差し指だけを下から上へ動かした。


 すると、先程麗翔が出した炎よりも高温を示す青い炎が、一気に麗翔に向かってきた。


 思わず目を閉じた麗翔だが、煙桜が麗翔を脇に抱えて攻撃を避けていた。


 「これで君たち四人の大体の属性は分かったよ」


 麗翔を下ろし、煙桜は帝斗と琉峯を見て二人が戦えるかを確認しようとちらっと見てみると、琉峯は腕が折れているようだし、帝斗の足には瓦礫が刺さっていて、まともに戦えるものではなかった。


 「本当に弱っちいなあ。全員、今ここで殺してあげようか」


 なんとかしようと思っても、力の差は歴然としていた。


 ガラナに傷一つつけられないまま、時間だけが過ぎて行く。


 「つまんないなー。僕をもっと楽しませてくれなきゃ」


 あれから、さほど時間は経っていない。


 だが、四人はもう立ち上がるだけの力もないほどにガラナから攻撃を受けていた。


 「さて、誰から血祭りにしてあげようか」


 ど、れ、に、し、よ、う、か、な、て、ん、の、か、み、さ、ま、の、い、う、と、お、り・・・。


 「君にきーめた」


 にこっと笑いながら、ガラナが髪を掴みあげたのは、唯一の女である麗翔だった。


 呼吸を荒げながらも、麗翔はガラナを睨みつけていると、ガラナは気に入らなかったのか、小首を傾げながら数回、麗翔の顔を蹴り飛ばした。


 「ダメだよ。女の子はもっとおしとやかで、にっこり笑ってなくちゃ」


 「う、うっさい、わね・・・。あんたみたいな、はあ、ヤワな男・・・。タイプじゃ、ないってのよ・・!!」


 「・・・口が悪い。減点かな」


 そう言って、ガラナは麗翔の髪を掴んだまま麗翔をズルズルと引きずると、麗翔は身体と捻じって抵抗を試みる。


 「暴れないでほしいな」


 ぴたりと足を止めると、ガラナは麗翔の足を刻もうと、自らの腕をチェーンソーにする。


 「邪魔だからちょん切っちゃおう」


 とても無邪気な顔で、そう言った。


 チェーンソーがぎゅいんぎゅいんと甲高い声を出し始めると、ガラナはそれを麗翔の足に向けて下ろす。


 「れ・・・麗しょ・・・」


 力の入らない身体を起こそうとする帝斗だが、寝がえりさえうてない。


 「右足かなー、左足かなー」


 「!!!!!」








 「・・・・・・」


 静まり返った鍛錬場。


 ただ己の心拍の音だけが響く。


 「俺の美意識から言わせてもらうと、こういうときのレディファーストはどうかと思うよ」


 「ようやくお出ましだね。鳳如」


 麗翔の足に振り下ろされたチェーンソーは、振り下ろされる事はなかった。


 鳳如があちこちに張った札から出た細く丈夫な糸によって、ガラナの動きが封じられたからだ。


 その糸は麗翔の髪を掴んでいる方の腕を切り落とし、片足も膝下を切ったことで、ガラナはバランスを崩して倒れた。


 すぐに麗翔を救出すると、安全な場所へと移す。


 倒れている四人を見て、鳳如にしては珍しくガラナを睨みつけていた。


 「可愛がってくれたみたいだね」


 「うん、まあね。けどみーんな弱いから、どうしようかと思ってたんだよ」


 クスクス笑い、ガラナはチェーンソーにしていた自分の腕を元に戻すと、その腕を自ら鳳如の糸で切り落とした。


 しかし、ボコボコとガラナの身体から何かが噴き出してくると、それが徐々にガラナの身体の一部へと姿を変える。


 そしてあっという間に両手足を作った。


 「僕はねぇ、前から嫌気がさしてたんだよ。弱いくせにいっつもいっつも戦いを挑んできてさ。鬼に勝てるはずないでしょ?」


 「お前の場合、鬼よりおぞましい生物に見えるけどな」


 しゅるるる、と鳳如の札の糸が札に巻き取られていく。


 「俺が・・・やる」


 「琉峯・・・」


 「あれ?まだ生きてた」


 身体をなんとか起こす琉峯だが、戦える状態ではない。


 それでも剣を床に突き刺し、それを杖代わりにして立ち上がろうとしている。


 「待てよ琉峯」


 血だらけの顔で、帝斗が歯を見せながらにいっと笑いながら立ち上がろうとする。


 「俺がやる」


 「俺だ」


 「私よ」


 次々に起きてきた四神に、本当に頑丈な奴らだと鳳如は呆れて笑う。


 一方、ガラナも目を輝かせながら、嬉しそうに飛び跳ねている。


 五体一、というのは正直あまり進まないが、仕方がない。


 ガラナが目をカッと見開き、攻撃をしようとしたその時、急に頭にキーン、と響く泣き声が聞こえてきた。


 「ぴえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」


 「おいおいおいおい、なんでここにいるんだよ!」


 「泣き止ませろ!」


 どうしてここに来たのか分からないが、現状を見て驚いたのか、座敷わらしが急に泣き出してしまったのだ。


 慌てて鳳如が抱っこしようとするが、座敷わらしは鍛錬場を自由自在に走り回り、なかなか捕まえられない。


 鬼であるガラナにとっては、この座敷わらしの鳴き声は超音波よりも酷いもので、思考を遮られているような、骨まで痺れるようなものだった。


 ガラナは座敷わらしが自分の近くに来たとき、その小さな身体を捕まえようと腕を伸ばした。


 だが、腕はすかっと抜けてしまい、捕まえることは出来なかった。


 「泣きやめ」


 「ひっく・・・ぴええ・・・」


 「来ちゃったよ」


 座敷わらしが泣いたことで、ここにはあまり姿を見せないはずの存在が来てしまった。


 「ぬらりひょん・・・?どうして君が」


 「主のことなど知らん。それより、座敷わらしの面倒くらい、きちんと見ておれ」


 座敷わらしの泣き声を聞きつけ、すぐさま飛んできたぬらりひょんが腕にちょこんと乗せると、それだけで泣きやんだ。


 ぬらりひょんは、血だらけになっている四神を見ても特に何も言わず、ただ目の前にいるガラナのことをちらっとだけ見た。


 すぐにプイッと顔を逸らしたのが気に入らなかったのか、ガラナは声をかける。


 「同じ鬼として恥ずかしいよ」


 怒ることもなく、ただ眠そうな目をガラナに向けるぬらりひょんの腕の上で、座敷わらしはきゃっきゃっと髪をいじっている。


 「鬼のくせにさぁ、こんな奴らと一緒にいて価値なんてある?ないでしょ?正直、君には期待してたんだけどなぁ・・・。すごく残念だよ。総大将とも呼ばれている男が、まさかこんなに弱い奴らと手を組んでるなんて」


 「別に手は組んでおらぬ」


 「じゃあ何?その鬼の子のために、敵になることを止めたとでも言うの?」


 「・・・それも違うのう」


 「だったなんの意味があるの?君もだけど、天狗もおろちも、全く意味がないことをしてるんだよ?僕たち鬼にとって、マイナスなことをしてるって分かってる?」


 ガラナがぬらりひょんに近づこうとすると、身体をびくっと動かし、また座敷わらしが泣きだしてしまった。


 小さい子をあやすように、背中をポンポンと叩いて宥める。


 見かねた鳳如が代わりに抱っこしようとするが、座敷わらしはそれを拒否する。


 「鳳如はワシを雑に扱うから嫌じゃ」


 頬を膨らませて駄々をこねる座敷わらしに、ぬらりひょんが言う。


 「主、以前より重くなったか」


 「・・・そんなことはない!ワシは毎日お菓子は喰うておるが、決してごろごろはしておらぬ!」


 「主を腕に乗せたままじゃと、ワシは酒が飲めぬ」


 意地悪なことを言われ、座敷わらしはしょうがなく、本当にしょうがなく、鳳如に抱っこしてもらうことにした。


 「なんでここに来た」


 「仕方なかろう?警報が鳴って、清蘭が心配しておったのじゃ。自ら様子を見に行くとまで言われたら、ワシはここに来るしかなかろう」


 ならば一人で清蘭のもとまで帰ってほしいものだが、まだ子供なのか、抱っこしてもらうのが好きな座敷わらしは、鳳如の髪をいじり始めた。


 腰に下げていたひょうたん型の酒を手にとり、ぐびぐびと勢いよく飲むと、酒は瞬く間に無くなってしまったらしく、ぬらりひょんはまだ滴が垂れる酒を、何回か揺する。


 最後にはひょうたんの中まで覗いて確認をすると、またそれを腰に戻した。


 「主、先程からこ奴らを弱いだのなんだのと言っているが」


 「何か間違ってるかな?」


 「弱い者をいじめて、楽しいのか」


 そのケロッと言い放ったぬらりひょんの言葉に、カチンときたのはガラナではなく、倒れていたはずの四神だった。


 「おいてめ、今何さらっと酷ぇこと」


 「ここは引いてもらおうかのう。酒が不味くなる」


 「・・・・・・」


 ぬらりひょんの言葉に、ガラナはしばらく目の前で眠そうにしている男を睨みつけていたが、大人しく去って行った。


 「さて、ワシも帰るとするかのう」


 「おいこら待て」


 さっさと帰ろうとしたぬらりひょんだったが、後ろから首に腕をガシッと回され、身動きが取れなくなってしまった。


 いや、本気を出せば動けたのだろうが、何分面倒臭がりなため、さっさと諦めたのだ。


 「何事じゃ帝斗。ワシは早ぅ帰って、ここに酒を足さねばならんのじゃ」


 「そうじゃなくてよ、お前なんつった?さっきなんつった?なんか平然とした感じで、俺達のこと弱い者って言ってなかったか?」


 「さて。記憶にないのう」


 身体中ボロボロで、足からも血が出ている帝斗だが、そんなもの気にならない。


 ぬらりひょんに突っかかっていったのは帝斗だけでなく、麗翔も煙桜も、そしてきっと琉峯も。


 「てめぇとはいつか、サシでやり合わねえとと思ってたんだ」


 「そうか。なら、その怪我を治してからにしてもらえるかのう。けが人をいたぶる趣味は、ワシにはないんじゃ」


 「お!?」


 するっと帝斗の腕を振りほどくと、ぬらりひょんはスタスタと歩いて行ってしまった。


 「あ!逃げんな!お!?」


 背を向けて行ってしまうぬらりひょんを追いかけようとした帝斗だが、足がもつれてしまい、その場で思いっきりコケた。


 顔面から倒れると、起き上がるのも一苦労。


 そんな帝斗の前に歩いてきた鳳如は、四人に医務室へと行くように伝えた。


 「アホ。んな身体で動けるわけねぇだろ。お前らまずは医務室行って来い」


 顔だけを横に動かして、帝斗は鳳如を見上げる。


 「動けねぇのにどうやって行くんだよ」


 帝斗の言うとおり、動けないのは帝斗だけでなく、麗翔も煙桜も、それに琉峯もだ。


 だからといって、鳳如一人で運べるはずがなく、鳳如は空いている手の人差し指を口にあて、ぴー、と吹いた。


 すると、ここで初登場となるが、鳳如が可愛がっている獅子が現れた。


 とはいっても、琉峯の龍、麗翔の不死鳥、煙桜の虎、帝斗の亀のようなもので、大きさもケタ違いだが。


 「こいつらを乗せて医務室まで連れて行ってやれ。俺はこいつを連れて行く」


 ―しょうがねえな。


 ガルルル、と鳴いてはいるが、獅子は一人ずつ、口にパクっと服を咥えるとブンっと顔を振って自分の背中に乗せる。


 全員乗ったところで、獅子は鳳如の方をちらっと見てから、鍛錬場を後にする。


 「喰われるかと思った」


 「あったかいー」


 獅子の背中は思っていたよりもバランスが良く、骨でごつごつしているのかと思ったら、そこまで痛くもなかった。


 鳳如に懐いているかは分からないが、口は悪いことだけは先程の会話で分かった。


 琉峯は自分の治癒力で怪我を治そうと試みたようだが、そこまでの体力も残っていないようで、諦めて獅子の背中で目を瞑っていた。


 「なあなあ」


 帝斗が、獅子に話しかけた。


 「鳳如って、なんか歳とってねえように見えるんだけど、昔からああなのか?」


 ―黙ってろ。傷に障るぞ。


 「ずっと思ってたんだけど、鳳如とぬらりひょんたちって、どういう関係?どこでどう知り合ったわけ?


 ―・・・小僧。


 「え?俺?」


 ―噛みつかれたくなかったら、その口閉じておくんだな。


 「・・・はい」








 「着いたぞ」


 「ふん。どうも主の腕は座り心地が悪いのう。ぬらりひょんはもっとこう」


 「はいはい、分かったから」


 水に焦がれた魚のように、座敷わらしは鳳如の腕の中から出て行った。


 清蘭のもとへと一直線に向かうと、鳳如に向かってあっかんべー、をした。


 「にゃろ」


 座敷わらしは清蘭のもとに帰した痕、鳳如は四神、そしてぬらりひょんも混ざって何やらワイワイとやっていた。


 ぬらりひょんは帰ると思っていたが、どうやら酒を飲んでさっさと帰ろうとしていたようで、まだそこにいた。


 というよりも、逃げないように捕まえておけと、煙桜の部下の都空に言っておいたのだ。


 なかなか帰ってこないぬらりひょんの様子を見に来た天狗も混ざり、いつしか賑やかになっていった。


 「捕まっておっただけか」


 「帰らせてもらえぬからのう」


 「ったりめぇだ!!俺たちのこと馬鹿にしやがって・・・。マジでいつかハッ倒してやるからな!覚悟しておけよ!」


 治療なんて早く終わらせて、怪我してることも忘れ酒を仰ぐ。


 「お主、何を言うたのじゃ」


 「・・・はて」


 どうして帝斗がぎゃーぎゃーと喚いているのか、どうして麗翔が怪しげな料理をふるまっているのか、どうして煙桜が自分を睨みつけているのか、どうして琉峯は一人沈んでいるのか。


 気になることは多々あったが、全くといって良いほど、ぬらりひょんは気にしなかった。


 あれほど動けなかったのに、さすがの回復力というべきか、大人しくするということ自体を知らないかのように動き回っている。


 少し酔っている帝斗は、標的を天狗に変えると、こんなことがあった、こんなことを言われた、などと説明してくれた。


 それを聞いて、天狗はああ、と納得した。


 鳳如はその輪から離れ、煙草を吸う為に外に繋がるベランダのような場所に出た。


 「ふー」


 暗い空に向かって煙草の煙を吐くと、あっという間に消えてしまった。


 普段は、煙桜が吸っているタイミングを見計らい、煙草を貰っている。


 というのも、昔は煙草が嫌いだったから。


 臭いが嫌で、煙桜にも一度だけ止めるようにと言った記憶があるが、今では立派な喫煙者となっている。


 「琉峯はあいつと何かあったのか」


 「・・・ああ」


 いつの間にか、ベランダの外にある大木の枝に腰を下ろしていたぬらりひょんに気付く。


 「今宵は月が見えぬ」


 「明日は雨かもな」


 曇っているせいで月が見えず、少し残念そうにしているぬらりひょんだが、じーっと空を眺めていた。


 煙草を口に咥え、また身体に悪いであろう煙を吐き出す。


 「ここに来る連中は、どいつもこいつも死人みてぇな顔してやがる」


 「・・・・・・主も入っておるのか」


 「まあ、笑顔で来たわけじゃねえからな」


 ククク、と肩を揺らして笑いながら、鳳如はまた煙草を咥えた。


 夜風に髪を揺らしながら、二人はしばし沈黙を続けていた。


 何度目かの煙を吐いたころには、煙草はすっかり短くなってしまっていて、鳳如はそれをじゅうう、と握りしめた。


 先に口を開いたのは、酒を飲んでいたぬらりひょんだった。


 「しかし、ガラナは厄介じゃぞ」


 「ああ、本当にな」


 「あやつは餓鬼の使いに慣れておる上、その数は星よりも多いと言われておる」


 「そりゃ大層なこって。んなこと言っておいて、お前等は手助けする心算はないんだろ?」


 鳳如がベランダに背を向け、両肘を後ろにかけながら言う。


 ぐびっと酒を飲み、口の端から酒が零れていることなんて気にしていないぬらりひょんは、酒を口から離すと手の甲で口元を拭う。


 「ワシは不毛な争いからは引退した身じゃ。天狗やおろちはどうか知らんがのう」


 「お前等を巻き込むつもりはない。まあ、んなこと言っても毎回巻き込んでるけどな」


 「座敷わらしが泣くから来ておるだけじゃ」


 座敷わらしの鳴き声は、同じ鬼にとっても耳障りな超音波となる。


 例え海の底で泣いていたとしても、山の頂上で泣いていたとしても、土のずっと下で泣いていたとしても、その泣き声は聞こえる。


 特にぬらりひょん達は、その泣き声を敏感に感じとってしまうため、少しでも聞こえたらすぐに向かうのだ。


 なぜなら、泣き止ませるために。


 鳳如たちでも、清蘭でも泣き止ますことが出来ない座敷わらしだが、なぜかぬらりひょんや天狗は泣き止ませることが出来る。


 おろちは出来ないが。


 「そういえば、おろちが代わりに来てたときは、泣かなかったな・・・」


 ふと、鳳如は自分が出かけているときに代わりにおろちが来ていたとき、座敷わらしが泣いたという報告はなかった。


 それを聞いて、ぬらりひょんは少しだけフッと笑った。


 「あ奴が泣くのは、甘えておる時じゃ」


 「甘えてる?」


 もちろん、怖いとか痛いとか、そういった時も泣くのだが、泣かないときもある。


 それは、座敷わらしの中で、自分が鬼として戦わないといけないという意識があるときは、そこまで泣かないらしい。


 おろちのことを信頼していないとかではないが、仕事に慣れていないのもあって、座敷わらし本人としてはピリピリした空気の中過ごしていたのだろう。


 簡単に言ってしまうと、鳳如に甘えているということらしいのだが、鳳如はそれを分かっていない。


 ぬらりひょんが隣で笑っていることに首を傾げていた。


 「あー!!こんなところにいやがった!」


 「はあ・・・。帝斗、お前飲み過ぎだ」


 「ぬらりひょん、てめぇこの野郎、覚えとけよ。俺は絶対いつかお前を越えて、世界一のトレジャーハンターになってやるからな!」


 「相当酔っておるのう」


 その頃、部屋の中では天狗が琉峯の隣に座って話をしていた。


 「そう暗い顔をするな」


 「・・・・・・」


 とくとく、と琉峯のコップに酒を注ぐと、天狗は自分の御猪口にも酒を注ぐ。


 それをくいっと一気に飲むのを見て、琉峯はコップを口に持っていき、ちょこっとだけ舐めた。


 「ワシも主も、ようやく生きる場所を見つけた者同士じゃ」


 「俺は、ここで生きて行って良いのでしょうか」


 ぽつりを呟かれた琉峯の言葉は、きっと隣にいる天狗にしか聞こえていない。


 「今回も、俺の勝手で迷惑をかけています。それでも、あいつは俺が・・・。俺が、この手で裁きを与えたい」


 「そう力むとこもなかろう。主はそれで満足かもしれぬが、自己犠牲を払った主のことを、奴らはどう思うかのう。きっと奴らは奴らで、己を責めるやもしれぬ」


 「・・・・・・」


 ふと、天狗が顔をあげたため、琉峯をそれにつられて顔をあげる。


 平然と酒を飲んでいる煙桜、床でごろごろ寝転がっている麗翔、ぬらりひょんに絡みながらこちらに来る帝斗、そして鳳如。


 スッと立ち上がると、天狗は琉峯に笑みを見せる。


 「まあ、主の人生は主のものじゃ。どう生きようと構わぬが、空を飛ぶ鳥になりたいか、地を這う蛇になりたいか。主自身が決めることじゃ」


 言っていることは良く分からなかったが、天狗はぬらりひょんの元に行くと、二人は帝斗を宥めて去って行った。


 「あー!逃げやがった!!!!」


 「帝斗にしては悪酔いしてるな。お前何飲んでたんだ?」


 帝斗が座っていたあたりを見てみると、そこには度数の高い酒ばかりが、空瓶となってゴロゴロ転がっていた。


 きっと疲労や戦いの傷のせいもあってなのか、普段はそこまで酔わない帝斗はフラフラと千鳥足でなんとか煙桜の横に腰を下ろした。


 「お前ら、自粛しろ」








 「なんじゃ。もう帰るのか」


 「ああ。良い子でいるんじゃよ」


 「天狗は優しいのう。どっかのぬらりひょんとは大違いじゃ」


 「五月蠅い女は嫌いじゃ」


 ムッと頬を膨らませた座敷わらしの頬を掴み、ぶふう、と空気を抜かせると、二人は去っていってしまった。


 「愛想の無い奴じゃ」


 腕組をして仁王立ちをしながら文句を言う座敷わらしに、清蘭はクスクスと笑う。


 「それにしても、あのガラナとかいう鬼は、相当強いのう」


 「皆、怪我は大丈夫かのう」


 「それなら心配なかろう!あやつらは身体が頑丈じゃ!それに、ワシが泣けば、ぬらりひょんたちも来てくれよう!」


 「ふふ。やはりワザと泣いたのじゃな?」


 泣く心算はなかったが、あんな風に一方的にやられていた四神を見たのは初めてだった。


 ガラナに勝つことよりも、まずは四人の治療をすることを選んだ。


 そんな清蘭の問いかけに、座敷わらしはニコニコと笑い返す。


 「何のことじゃ?」


 「いいえ。それより、お祈りを」


 「そうじゃのう」








 「あそこで寝てる麗翔どうする?」


 未だ床で横になり、人の目も気にせずぐーすか寝ている麗翔を四人の男たちは眺めながらも、誰も起こしてやろうとは思っていなかった。


 「まあいいか。俺たちはフカフカのベッドで寝よう」


 「さんせーい」


 翌日目を覚ました麗翔は、何が入っているか分からないが、真っ赤なマフィンを配って回るのだった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る