第5話 おまけ 【 世話係 】





インヴィジブル・ファング

 おまけ 【 世話係 】




  それは、魔女の村での出来事。






  「モルダ―ン!どこなの!?モルダン!!!!私はここよ!迷子になったの!?迷子になったなら叫んで!私を呼んで!すぐに駆けつけるわ!」


  「ミシェル、朝から何叫んでるの。御近所に迷惑でしょう。」


  「お母さん!!だって!モルダンがいないのよ!?私、これからどうすればいいの!?ハンヌとだけじゃやっていけないわ!」


  「猫だもの。気紛れに散歩でも行ってるのよ。きっと戻ってくるわ。だから早く朝ごはん食べて頂戴。」


  「モルダ―ン・・・!!!!!」


  母親の言う事も聞かず、箒を持ってハンヌを連れ、青空に飛んで行ってしまったミシェル。


  ため息を吐くことしか出来ない母親は、いつものことだからと、焦ることなく家の中に戻って行った。


  箒に跨って、空からモルダンを探しているミシェルに、ハンヌが話しかける。


  『ミシェル様。こんな高くからじゃ、モルダンは見つからないわ。もっと低空飛行して。』


  「わ、わかったわ!」


  ハンヌに言われた通り、低く飛んでモルダンを探し始めたミシェルは、ハッ、と何か思い付いたように、行き先を変更した。


  そう。行き先は勿論、モルダンが大好きなあの人のところだ。


  「シャルルー!!!モルダン返してよ!!!」


  「・・・。奇妙なことを言う。返してとは、俺が借りていることを前提とした話だ。お前のとこの猫ならいないぞ。帰れ。」


  「嘘つかないでよね!モルダンいるんでしょう!?モルダンがここにいなかったら、それこそ何処に行ったっていうのよ!!!」


  「虚しい奴だ。主人より俺の方が好かれているとはな。しかし、いないものはいない。帰れ。」


  グッ、と首根っこを掴まれ、そのまま外へと放り出されたミシェルは、呆然と目の前の森を眺めていた。


  そこへ、救世主というには頼り無いが、シャルルよりは話を聞いてくれそうな人物がやってきた。


  「あれ、ミシェルか?何してるんだ?」


  「・・・ヴェアル~!!」


  グチグチとイジイジとねちねちとした話方をしたが、ヴェアルは文句も言わずに聞いていてくれた。


  「そうか。モルダンがな。シャルルんとこにもいないんじゃな・・・。」


  「ぐすっ・・・。そういえば、なんでヴェアル人間の姿なの?」


  「ん?ああ、満月以外は人間に近い姿でいられるように、コントロールできるようになったんだ。それに、こっちの方が何かと便利なこともあるからな。」


  「そうなんだー・・・。って、どうでもいいんだけどね。私は今、モルダンのことしか興味ないのよ!ヴェアル!探すの手伝ってよ!!!」


  強制的に、ヴェアルをモルダン捜索に参加させると、ミシェルはズンズンと森の奥へと進んで行った。


  だが、途中で何かにまたもや首根っこを掴まれた。


  「人の敷地内で勝手に猫捜索をするな。」


  「けち!!!」


  「けちで結構だ。ヴェアル、こいつを敷地内から連れ出せ。」


  「いやー!!!」


  ジタバタと暴れてみせたものの、攻撃出来たのはシャルルにではなくヴェアルにで、気がつけば自分の家の近くまで連れてこられてしまった。


  「きっと家に帰ってるよ。」


  ミシェルの頭を数回ポンポン叩くと、ヴェアルはこれから何か用事があるらしく、来た道を戻って行ってしまった。








  ミシェルは、家から近くにある、小さい池のほとりで膝を抱えていた。


  その隣にはハンヌがいて、ミシェルが顔をあげないかずっと見ているが、モルダンが戻って来ない最悪の事態を想定しているのか、ミシェルは一向に顔をあげない。


  朝早くに家を出たはずなのに、空は徐々に赤く染まっていた。


  「ミシェル。いつまでそこでいじけてるの。」


  「モルダン・・・。私から離れてて寂しくないかしら。風邪ひいてないかしら。可愛いから、変な人に連れていかれてるかも・・・!」


  玄関を開けたまま、三段だけある小さな階段に座り、指先でへのへのもへじを繰り返し書いているミシェル。


  先程から、顔をあげては下げ、下げてはまた上げをしている。


  玄関のドアから漏れる室内の灯りは、ミシェルの影を大きく地面に映し出す。


  ミシェルの隣で大人しくしているハンヌは、ミシェルの母から貰った餌をつつきながら少しずつ食べている。


  「ミシェル。モルダン、見つかったか?」


  「五月蠅いわね。」


  昼間のこともあり、心配してきたヴェアルに対し、ミシェルはモルダンが見つからない腹立たしさから、無意味に睨みつける。


  その反応から、まだモルダンが見つかっていないことを知ったヴェアルは、苦笑いを見せる。


  ヴェアルに気付いたミシェルの母親と少し話をしたあと、両膝を曲げてミシェルの顔を覗きこむ。


  「ミシェル。猫はもともと夜行性なんだ。今日帰って来なくても、明日の朝には戻ってきてるかもしれないだろ?」


  「・・・帰って来なかったら?」


  「帰ってくるよ。だからミシェル、今日はもう休めよ。」


  「・・・モルダン、寒くて鳴いてるかもしれない。」


  鼻をぐすっと啜りながらも、なんとかヴェアルと話をしているミシェルの隣で、ハンヌがいきなり翼をバサッと動かし始めた。


  「ハンヌ!?」


  そして、ミシェルに何も言わずに真っ暗な空へと吸い込まれるように飛んでいった。


  『モルダン、どこにいるの?あんなにミシェル様に心配させて・・・。』


  いつも自由気ままに出歩いてるモルダンなのだが、夕方には必ず家に帰ってきていた。


  しかし、今日のように遅くなったことはなく、ましてや夜になっても帰って来ないとこは今まで一度もなかった。


  もう頼れる場所はひとつしかないと考え、ハンヌはその場所へと一直線に向かった。


  『シャルル氏。モルダンはやっぱり来ていない?』


  「・・・なんだ、ハンヌか。」


  『ハンヌだ!』


  『ハンヌだ!久しぶり!』


  ぼんやりとした蝋燭の灯りだけが部屋を満たし、湿ったような臭いがするこのシャルルの城。


  テーブルに座り優雅に足を組み、テーブルの上に肘をついて頬杖をしながら、ワインを片手に一人で晩酌をしているシャルル。


  その上の天井にぶら下がり、ハンヌを歓迎したジキルとハイド。


  『モルダンがまだ帰ってきてないの。ミシェル様がもう駄目なのよ。』


  「お前も大変だな。あんな奴を主人に持って。」


  『ミシェル様に仕える事が出来て、光栄よ。』


  「立派なもんだ。実に感心だ。」


  くいっとワインを飲み干すと、優雅に組んでいる足を珍しく組み換えずに、少しだけ身体を捻ってハンヌの方を向いた。


  すると、黒いマントとスーツによって見えにくかった、シャルルの膝の上が良く見えるようになった。


  『あら。いつからいたの?』


  「お前らが帰ったすぐ後だ。早く連れていけ。」


  『連れて帰りたいけど・・・。』


  モルダンはシャルルの膝の上ですやすや寝てしまっているため、いや、起きていてもハンヌだけでは連れていくことは不可能だ。


  シャルルが連れていけば一番早いのだが、それは即答で拒否されてしまった。


  『モルダン、起きて。早く帰るわよ。』


  「そんな生易しく言ったって、こいつは起きないぞ。」


  『じゃあどうすれば?』


  「知るか。適当に強引に引っ張って行け。」


  強引にと言うのであれば、シャルルが膝から落とせばいいだけの話なのだが、膝に感じる温もりに対し、そう冷たくも出来ないでいるシャルル自身。


  ジキルとハイドがクスクスと笑っていると、シャルルが肩眉をピクリと上げる。


  「ニャー・・・」


  大きな目を細く開いたモルダンに気付くと、ハンヌは急いで起こそうと必死に近づく。


  だが、モルダンは手で頭を数回擦ると、再び深い眠りに着いてしまいそうになったため、シャルルが首根っこを掴みあげる。


  「お前に構っている暇はないんだ。早く馬鹿で単純な主人のところに帰れ。」


  『・・・・・・もうちょっと寝たい。』


  『あ。モルダンが今話したよ。初めて僕聞いた。』


  『僕も。』


  首根っこを掴んだまま自分の目線と合わせると、シャルルはモルダンとしばらくの間、じっと見つめ合っていた。


  尻尾を軽く振り始めたモルダンに、シャルルは赤い目を細めた。


  「ニャー」


  「・・・。ハンヌ、ミシェルにすぐ迎えにくるように伝えろ。」


  『わかったわ。』


  バサバサと再びミシェルのもとまで戻って行ったハンヌの姿を見ながら、シャルルはため息を吐き、モルダンは尻尾を振る。


  「お前の面倒もミシェルの面倒も見るようで、ハンヌには同情する。」


  「ニャー」








  「本当!?シャルルのところにいたの!?あの野郎!!!嘘ついてたのね!!!!」


  『ミシェル様、落ち着いて。それは違うわ。とにかく、モルダンを迎えに行きましょう。』


  「あったり前よー!!待っててね!モルダ―――ン!!」


  シャルルの城に向かったミシェルは、モルダンをシャルルから奪い取る様に連れ去って行くと、家では抱き枕のようにして寝たらしい。


  ハンヌはゆっくりと翼を休ませ、すでに明るくなっていく空を見ていた。


  『これだから、放っておけないのよ。うちの御主人様は。』


  一方、モルダンがいなくなったシャルルの城では、ヴェアルも合流していた。


  「まったく迷惑な奴らだ。」


  「それにしても、ハンヌはしっかりしてるな。」


  「あの馬鹿にも見習わせたいものだ。」


  モルダンの自由奔放な生き方、ミシェルの直線的すぎる性格、どちらにもついて面倒を見ているハンヌは、何よりも偉い。


  そう思ったシャルルとヴェアル。


  『僕たちとシャルル様みたいだね。』


  『しー。聞こえちゃうよ。』


  そんな会話があったことは、まだシャルルは知らない・・・。






  《モルダン!ハンヌ!私、世界一の魔法使いになるわ!だから、私と一緒に来て!》


  『小さいころのあの言葉、忘れてないわよ。ミシェル様。』


  「・・・ニャー」


  「スースー・・・。んー・・・。ハンバーグ・・・。」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

インヴィジブル・ファング maria159357 @maria159753

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ