第4話おまけⅠ 【 ご主人様について 】





インヴィジブル・ファング

おまけⅠ 【 ご主人様について 】



  ―現在の時刻 午前三時二十四分


  通常なら起きているはずのバンパイア、グラドム・シャルル四世は、昼間に活動と繰り返していたため、疲れて寝てしまっていた。


  バサバサと静かに棺桶に飛んできたのは、そんなシャルルを御主人に持つ、ジキルとハイドだ。


  『ねぇハイド。シャルル様って、バンパイアのくせに朝型だよね。』


  『そうだね。十時には眠いって言って寝ちゃうんだもんね。』


  『それにしても、寝顔は可愛いよね。いつも仏頂面だからさ。』


  『シャルル様は顔立ちはいいんだよ。整ってるからね。でも、中身が残念なんだよね。美学があるのはいいんだけど、ちょっとズレてるっていうか・・・。』


  『ズレてるっていうか、うーん・・・。他の人とかくーんって、九十度くらい角度が違うって言うか・・・。説明が難しいね。』


  『でもさジキル。最近のシャルル様、少し丸くなったよね。』


  『うん。なった、なった。』


  『食べ過ぎかな?』


  『あれ?そっちの意味だったの?実際に丸くなったって意味だったの?てっきり、中身のほうかと思っちゃったよ。でも確かに、この間久しぶりに体重計に乗ってるの見たんだけど、眉間にシワ寄せて、体重計破壊してた。』


  『体重計に罪はないのにね。』


  『シャルル様って、意外と運動しないと体重キープ出来ないんだね。運動しなくても痩せてるのを保てるのかと思ってたけど。』


  『普段、運動っていう運動もしてないからね。移動はほとんど空飛んでるし。』


  『それよりさ、ハイド。シャルル様って、結婚出来ると思う?』


  『?結婚?する気があるのかさえも分からないよ。』


  『でもさ、そしたらもうバンパイアいなくなっちゃうよ?』


  『ああ、そうか。でも相手がいないと話にならないんじゃないの?今までは誓約結婚が主だったって、お父さんたちも言ってたでしょ?シャルル様にはそんな相手いないよ?』


  『ハイド、僕思うんだけど、ミシェルは?唯一の女の子だよ?』


  『それはないよ。』


  『え。言い切っちゃうの?』


  『うん。言い切っちゃうよ。』


  『どうして?ミシェルはシャルル様を慕ってるよ?それとも、ミシェルはヴェアルたんが好きなのかな?』


  『ジキル、良く考えてみなよ。シャルル様はね、ミシェルに、これっぽっちの愛情も持ってないよ。ただ“お喋りで魔法がちょっと使えるネコとカラスの飼い主”くらいにしか思ってないよ。』


  『可哀そう。じゃあ、シャルル様はどういう人と結婚するのかな?』


  『シャルル様、昔から女の人が苦手だよね。』


  『ああ。男所帯で生活してきたからね。ミシェルのことだって、昔は男だと思ってたから話してたくらいだもんね。じゃあ、結婚できないの?』


  『いや、シャルル様のことだから、意地でも結婚はすると思うよ。』


  『綺麗な大人の女性かな?それとも、童顔の可愛らしい人かな?ハイドはどう思う?』


  『難問だね。そういう話って聞いたことないからね。そもそも、シャルル様って好きな人とかいたことあるのかな?』


  『さすがに一人くらいいるんじゃないの?あッ!』


  『なに?どうかしたの?』


  『人間の姿でいればさ、女の子がたくさんシャルル様に近づいてくるから、一夫多妻制っていうのもありなのかなって思ったんだけど!』


  『人間とバンパイアの間で子供作るってこと?それは無理なんじゃないの?遺伝子的に。』


  『そうかな?難しいね。シャルル様、可愛いところもあるのに。』


  『ね。鼻歌唄いながら階段下りてたら、踏み外して落ちるとか。』


  『僕達がかくれんぼしてただけで、心配して森中を探し回って、額だけじゃなくて身体中汗かいてたとか。』


  『初めて一人で料理にチャレンジしてみたら、どれもこれも真っ黒焦げで、ハンバーグなんて真っ黒焦げを通り越して炭になってたとか。』


  『棺桶が見つからないって騒いでたら、目の前で机代わりにして使ってたとか。』


  『あまりに一人でいる時間が長いと、少し寂しくなって唇尖らせるとことか。』


  『小さい頃も、僕達の前でだけはよく泣いてたよね。』


  『迷子になったり、おねしょしちゃったり、本の漢字が読めなかったり、あとはお気に入りの玩具が壊れたときとか。』


  『あの頃が一番可愛かったよね。』


  『大きくなるにつれて、神経が図太くなっていったね。びっくりしちゃったよ。あんなに人懐っこかったシャルル様が、こんな人を見下す人に育つなんて・・・。』


  『小さいころから、バンパイアの未来を担っていたからね。責任感が強いんだよ。きっとバンパイアじゃなかったら、素直に育ってたと思うよ。』


  『僕も思う。』


  『あ。話は変わるんだけどさ。』


  『うん。いいよ。何?』


  『シャルル様って、棺桶に寝てて苦しくないのかな?』


  『・・・ああ。酸素が、ってこと?大丈夫なんじゃないの?ずっと前に、空気穴を自分で作ってたの見たよ。』


  『え。シャルル様、自分で作ったの!?誰かにやらせたんじゃなくて!?』


  『うん。なんかね、やってた。でも結局不器用だから綺麗に出来なくて、ヴェアルたんが仕上げの作業を手伝ってたんだけど。』


  『ヴェアルたんは器用だよね。この間だって、棺桶の修理もしてたし、建てつけが悪かった奥の扉も直してくれたよ。』


  『シャルル様の破れたマントも直してた。』


  『すごいね!でも、ヴェアルたんはストラシス馬鹿だからね。』


  『うんうん。ストラシスをこの上なく愛してるよね。なんでだろう?狼だから、フクロウとか食べちゃいそうなのに。』


  『ストラシスからじゃなくて、ハンヌから聞いた話なんだけど・・・。』


  『うんうん。』


  『ストラシスって、目が大きくて口が小さいでしょ?首がぐるって回るとことかも、ヴェアルたんは可愛いって思ってるらしいよ。』


  『え。目が大きいのは分かるけど、首が回るの好きなの?ヴェアルたんって変人だったの?』


  『優しいのにね。もったいないね。』


  『ミシェルは?ミシェルは変わってる?』


  『変わってるよ。そもそも、シャルル様の城に居候しようっていう度胸がある時点で、ミシェルはすごいよ。』


  『女の子なのに、お風呂から素っ裸で出てきた時あったよね。シャルル様は無反応だし、ヴェアルたんは親切にタオル持ってきただけだし。全然脈なしだね。可哀そう。』


  『そんなこともあったね。あの時、モルダンに威嚇されてたよね。本当にミシェルってモルダンの飼い主なのかな。シャルル様のほうが懐いてるよね。』


  『それ、言ったらダメだよ。ミシェルは気にしてるんだから。』


  『ごめんね。』


  『いいよ。』


  『あ、ねえ。モルダンと話したことある?』


  『あるよ。でも、シャルル様のことしか話さないよ。』


  『そうなの?』


  『うん。シャルル様の膝が寝心地がいいとか、シャルル様の手で撫でられると気持ちいいとか、シャルル様の寝顔たまに見られるとか、シャルル様の・・・』


  『もういいよ。なんか、もういいよ。』


  『そう?シャルル様のこと大好きなんだって。それ聞いたら、僕嬉しくなっちゃった。』


  『・・・うん。そうだね。僕達の御主人様だもんね。』


  『ね。いいところもいっぱいあるもんね。』


  『あるある。捨てられた仔犬を次々に連れてきちゃうところとか。』


  『五歳くらいのときだっけ?雨が降ってたからって自分のマントで仔犬を温めて、シャルル様はびしょ濡れだったよね。』


  『次の日、シャルル様ってば熱出しちゃって。大騒ぎだったね。』


  『あと、庭に自分の花壇とかも作ったことあったよね。毎日毎日水あげもしてて、でもなかなか芽が出て来なくて。』


  『雑草は抜かないとダメなのに、“雑草も生きてる”とか言って抜かなかったんだよね。結局、メインの花が枯れていったけど。』


  『ヴェアルたんが喧嘩に巻き込まれたときも、なんだかんだで助けに行ったよね。』


  『あれ、なんでヴェアルたん喧嘩に巻き込まれたんだっけ?』


  『確か、シャルル様が植林したとこで球蹴りしてた人達がいて、苗がぐちゃぐちゃになっちゃって、それをヴェアルたんが注意したから。』


  『ヴェアルたんって、本当は喧嘩強いのに、優しいから本気出せないんだよね。相手が怪我するの、嫌いだもんね。』


  『だからシャルル様と仲良いんだよ。同じだもん。』


  『あ。』


  『どうしたの?』


  『“友也”って覚えてる?』


  『ああ。あの人間のこと?ミラーの声が聞こえた?』


  『そうそう。友也もシャルル様と似てたよね。』


  『似てた、似てた。けど、シャルル様の方が頭は良いよ。それに、後先考えて行動してるよ。』


  『友也は、なんか熱いよね。性格が。なんて言うの?うーん・・・。メラメラまではいかないけど、掌にかく汗みたいなかんじ?』


  『ああ、じんわり、みたいな?』


  『そんな。じわじわ出してくるかんじ。冷静なとこもあるのに、感情が隠せないことが多かったよね。シャルル様はあんまり感情は見せないからね。』


  『懐かしいね。友也。元気にしてるのかな?』


  『どうだろうね?元気以外の様子が想像出来ないからね。』


  『じゃあ、元気だね。』


  『シャルル様、今頃夢でも見てるのかな。』


  『どんな夢だろうね。バクっていいよね。人の夢の中に入れるんだもん。きっと楽しいんだろうなー・・・。』


  『一昨日あたりに、シャルル様寝言言ってたんだよ。聞いた?』


  『えっ。知らない。何言ってたの?』


  『なんだっけ。“それは塩化カリウムが・・・”とか、“マシュマロは甘い”とか、“肌の白さは・・・”とか。関連性の無い内容だった。』


  『シャルル様って、たまにクルミをひたすら食べてるよね。さきいかの時もあるけど。口寂しいのかな?』


  『小さい子みたい!』


  クスクスと笑っている黒い二つの影、ジキルとハイドは、夜な夜なこんな会話をしていた。


  満月にも近い形の月が夜空に高くある中、その灯りを背中に浴びながら、自分たちの視線の先にいる、正確にはそこで寝ている主人を見つめる。


  殺風景な部屋の床に、無造作に置かれた一つの棺桶。


  その中で今頃は夢を漂っているであろうグラドム・シャルル四世は、ジキルとハイドの会話など知る由も無い。








  「ん~・・・。はぁ。息苦しい。」


  のそのそと、太陽が昇るとともに動き出した、バンパイアとは思えないバンパイア。


  棺桶の中は身体のサイズにピッタリとはまる為、身動きひとつ取ることが出来ないことと、新鮮な空気があまり入って来ないことから、寝心地は悪いようだ。


  「ジキル?ハイド?」


  いつもなら、自分が起きるとともにバサバサと飛んで寄ってくる、可愛い存在。


  そのジキルとハイドがやってこないことに疑問を持ったシャルルは、いつもジキルとハイドが寝ている場所へと足を進めた。


  すると、そこには夜更かしをしたのか、スヤスヤと寝ている二匹の姿。


  鼻先が触れるくらいにまで近づいてじっと見ていたシャルルだが、ものの数秒でフッ、と軽く笑って背を向けた。


  「まったく。しょうがない奴らだ。」


  言葉とは裏腹に、緩やかな弧を描いている口元。


  静かに階段を上って行くと、本がたくさん置いてある、古書室と思われる部屋へと入って行った。


  「あれほど、寝るときは暖かくして寝ろと言ったのに。世話の焼ける。」


  部屋の隅にある小さな棚の、一番上の引き出しを開けると、そこから掌より少し大きいくらいのハンカチを取り出した。


  そして、再び階段を下りてジキルとハイドの許に行くと、周りをハンカチで囲み、風が当たらないようにした。


  奥にある湿ったドアを開けると、ジキルとハイドの寝顔を今一度確認し、朝食の準備を始めた。









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