第47話

 そしてその日の放課後。


 俺は文芸部の部室で小山内先輩がやってくるのを待っていた。


「お疲れ様ー」

「あ、お疲れ様です」


 待つ事数分、小山内先輩が部室にやってきた。


「わー、何だか部室に来るのも久々だなぁ……」

「あはは、そうですよね。 いやこの部室に小山内先輩がいるのが久々過ぎて、何だか懐かしい気持ちになりますよ」

「あはは、何よそれー。 まるで私がもう卒業して居なくなっちゃった人みたいじゃん……って、あれ?」


 小山内先輩は部室のドアを閉めて、そのまま中に入って来たんだけど……何故かその途中で足を止めた。


「うん? 先輩どうかしましたか?」

「うーん? いや……なんだろう?」


―― くんくん……


 先輩はそう言って急に辺りを嗅ぎだしてきた。 そして……


「うーん、もしかしてさ……矢内君誰かこの部屋に入れた?」

「え……えぇっ!?」


 小山内先輩は部室の匂いを嗅ぎながら俺にそう尋ねてきた。 た、確かにこの部室には水瀬さんが時々出入りしてるけど……いやでも何でバレたの??


「な、なんでそう思ったんですか?」

「え? いや普通に甘い匂いがしてるからだけど?」

「え? あ、甘い匂いですか?」

「うん、何だか柑橘系の甘い匂いがするからさ。 多分これ香水の匂いじゃないかな?」

「え? ……あ」


 先輩にそう言われて気が付いた。 そう言えば水瀬さんの身体からはいつもふんわりと甘い匂いがしていた。 そして俺は水瀬さんと初めてこの部室で一緒にお昼ご飯を食べた時に、その甘い匂いを嗅いでクラクラとしてしまった記憶がある。


(そ、そっか……すっかり忘れてた……)


 最近は水瀬さんと一緒にいる頻度が増えてきたので、俺にとってその甘い匂いはもう当たり前のような感じになっていたんだけど……でも小山内先輩はそんなの知らないんだから、部室から甘い匂いがするのは不思議に思うに決まってるよな。


「うーん、だから香水とか付けてる女の子が部室に出入りしてるのかなーって思ったんだけど……あっ! もしかして私がいない間に新入部員が入ったとか??」

「え!? あ、い、いえ、新入部員ではないんです」

「あ、新入部員じゃないのかー。 うーん、それは残念だなぁ……ん? でもその言い方だとさ、やっぱりこの部室には私達以外の誰かが出入りしてるって事だよね?」

「うっ……」


 先輩から鋭い指摘を受けた俺はいよいよ誤魔化せないと思って素直に白状する事にした。


「えっと……はい。 すいません、実は時々なんですけど……同じクラスの子とお昼ご飯を食べる時にこの部室を利用させてもらってます……」


 俺は申し訳ない顔をしながらそう言ったんだけど、でも先輩はいつも通りの朗らかな笑顔を俺に向けてくれた。


「へぇ、そうなんだ! ううん、全然気にしないでこれからも使っていいよ? お友達と仲良くする事は良い事だしさ!」

「あ、はい……その、ありがとうございます!」

「うんうん! それで? いつもこの部室には何人くらいで集まってご飯食べてるの?」

「え゛っ?」


 先輩から至極真っ当な質問が飛んできた。 俺はヤバイと思って声を荒げてしまった。


「えっ……て? ど、どうしたの?」

「い、いや……えっと、そ、その……二人きりで食べてます」

「あ、そうなんだね! その女の子と二人きりでかぁ……って、えぇっ!?」

「う、うわっ! び、ビックリした!」

「え? そ、それってつまりお友達とじゃなくて……矢内君の彼女さんってこと!?」

「え……えっ!?」


 先輩はピンポイントで“彼女”とご飯を食べてたんじゃないかと指摘してきた。 俺は挙動不審になりながらも言葉に詰まってしまった。


 そしてそんな俺の挙動不審な態度を見て、小山内先輩は何かを察したようにしていきなり目をキラキラと輝かしてきた。


「なんだなんだー! それならそうと先に言ってよー、あはは! それじゃあ今度私に矢内君の彼女さん紹介してよー! ここは矢内君の先輩として一言挨拶しなきゃだね!」

「え? え?」

「それでそれでー?? 矢内君の彼女さんってどんな感じの子なの?? 写真とかはあるの?? 見して見してよー!」

「い、いや! そ、その……!」


 小山内先輩は目はキラキラと輝かせ続けながらも矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。 やっぱり小山内先輩も女の子らしく恋バナとかが大好きなようだ。


 でも俺と水瀬さんの関係は秘密にしてくれと水瀬さんに頼まれてるから……小山内先輩には水瀬さんの事を言う事は出来ない……


(ど、どうすれば良いんだ……!)


 俺はこの状況を打破する方法を必死に考えていった。

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