第45話(由美視点)

 いや、もちろん“好き”だとか“愛してる”なんて言葉は今まで元カレ達から何度も言われてきたし、そりゃあ付き合ってる時にそんな言葉を言って貰えたらアタシだって嬉しい気持ちにもなる。


 でもアタシと矢内君は本当に付き合ってるわけじゃない。 だから別に矢内君にそんな事を言われても嬉しい気持ちにはならないと思っていた。 だけど、そんなアタシの気持ちとは裏腹に顔は赤くなっていたわけで……


「……あぁ、そっか。 うん、そうだよね」


 アタシはその理由を目を閉じながらしっかりと時間を使って考えていき、そしてとある理由へと思い至った。 だからこそアタシは……


―― ガチャッ……


「……うん?」


 アタシは目を閉じながらそんな事を考えていた時……ふいにアタシの部屋のドアが開く音がした。


「……お姉ちゃん……」

「うん? あぁ、健人か」


 私の部屋のドアを開けて入って来たのは弟の健人だった。 健人は年の離れたアタシの弟で、少し前に5歳の誕生日を迎えたばかりの男の子だ。


「駄目じゃない、人の部屋に入る時はまずはノックをしなきゃでしょ?」

「ご、ごめんなさい……」


 アタシは姉として弟の健人にしっかりと注意をした。 健人はしゅんとした様子になってしまったけど……でも姉として注意するべき所はちゃんと注意しなきゃだからね。


「うん、次から気を付けようね。 それで、どうしたの健人? こんな夜遅くに?」


 時刻はまだ10時を過ぎた所だから、別にそこまで遅い時間というわけではないのだけど、でも健人からしたら普段はもう眠っているはずの時間帯だ。


「あ、う、うん……えっと……その……」

「んー?」


 健人は何かモジモジとした態度を取ってきたので、アタシは不思議に思いながら健人の方を見てた。 すると健人はいつも使っている大きな枕を背中に隠しているのが見えた。


「あぁ、そういうことか。 ふふ、もしかして怖い夢でも見たの?」

「う、うん……」

「そっかそっか。 うん、わかったよ。 ふふ、それじゃあ……今日はお姉ちゃんと一緒に寝よっか?」

「っ……う、うん……一緒に寝よ……」

「うん、いいよ。 それじゃあ……ほら、こっちに来なよ」


 アタシはそう言いながら掛け布団をめくって健人をこっちに来るように手招きした。 それを見た健人はテトテトとこちらに向かって駆け寄ってきて、そのままモゾモゾとアタシのベッドの中に入ってきた。


「うん……ありがと、お姉ちゃん……」

「ふふ、全くもう……健人はいつまで経っても甘えん坊さんなんだから」


 という事でアタシは今日は久々に健人と一緒に寝る事にした。 健人はアタシのベッドの中に入ると、そのまま自分の部屋から持ってきた大きな枕をベッドに置こうとしてきた。 でもその時、ふとアタシのベッドに先客がいる事に健人は気が付いた。


「……お姉ちゃん、それ……」

「んー? あぁ、この子?」


 健人はアタシのベッドにいた先客を見つめながらそう尋ねてきた。 だからアタシはその先客を手に取って健人の方に近づけてみた。


「この子はさーもん君。 アタシと健人の弟だよ」

「僕の弟?」

「そうそう。 ふふ、さーもん君はすっごく優しい子だからさ、健人ともすっごく仲良くなりたいなーって思ってるっぽいよ? ほら、よろしくねーって」


 アタシはさーもん君を手に取ったまま健人に向かってペコリとお辞儀をさせてみた。 さーもん君はデフォルメされた可愛らしいサメのぬいぐるみだから、健人も怖がる事はないだろう。


「う、うん、よろしくね……」


 健人はそう言ってさーもん君の頭をおずおずと撫でていった。 そしてアタシはその光景を微笑みながら見守っていった。


「ふふ、それじゃあこれで健人とさーもん君はもう仲良しさんだね。 あ、さーもん君がさ、健人と一緒に寝たいなーって言ってるよ?」

「え、僕と一緒に? 本当?」

「うんうん、本当だよ。 それにきっと仲良しのさーもん君と一緒ならさ、健人も楽しい夢が見れると思うよ? だからどうかな? 良かったら一緒に寝てあげてほしいな」

「う、うん……それじゃあ、さーもん君と一緒に寝たいな……」

「うん、それなら良かったよ。 ふふ、それじゃあ……はいどうぞ」


 アタシはそう言ってさーもん君を健人に手渡してあげた。


「ふふ、さーもん君と仲良くしてあげてね」

「う、うん……よろしくね、さーもん君……」


 さーもん君を受け取った健人は、そのままぎゅっと優しくさーもん君を抱きしめてあげていった。 そしてそれから数分が経つと、健人からすやすやと小さな寝息が聞こえ始めてきた。


「すー……すー……」

「ふふ、おやすみ、健人……」


 アタシはさーもん君をぎゅっと抱きしめながら眠っている健人の頭を優しく撫でてあげてから、アタシもそのままゆっくりと眠りについていった。

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