第42話

「え……?」

「え……?」


 俺は一瞬時が止まってしまった。


「……あぁ、うんそうだよね。 ウサギさん可愛いよねー、あはは」

「えっ? あ、あぁうん! そうなんだよ! ウサギさんめっちゃ可愛いよねー!」


 どうやら俺の言ったセリフは水瀬さんにではなく、ウサギに向けて言ったのだと勘違いしてくれたようだ。 あまりにも恥ずかしいセリフを口ずさんでしまったため、俺は内心凄く焦ってしまったけど何とか助かったようだ。


「ふふ、はい! それじゃあ、どうぞー」

「あ、あぁ、うん……! わわっ……!」


 そう言って水瀬さんは俺の身体にウサギを寄せてきたので、俺はそのウサギを受け取ってそのまま優しく抱きしめてあげた。


「わわっ……! ほ、本当にもふもふしてるんだね……!」

「あはは、だからそう言ったじゃんー。 どうどう? 可愛いでしょー?」

「う、うん、本当に可愛いね……って、ちょっ!?」


―― ぺろ……ぺろぺろ……


 その時、俺が抱きしめていたウサギが俺の手をおもむろにぺろぺろと舐めだしてきた。 あまりにも突然の事だったので俺はちょっとだけビックリとしてしまった。


「あっあはは、ちょっとくすぐったいなー」

「おー、矢内君いいなー! ウサギさんに舐めて貰えるなんてさー」

「あはは、って、え?」


 俺はウサギに手を舐められているのが思いのほかくすぐったくてつい笑いだしてしまった。 そしてそんな俺の笑っている姿を見て水瀬さんはそう言ってきた。


「ふふ、だってさ、ウサギさんは嫌いな子を舐めたりは絶対にしないんだよ?」

「あ、そうなんだ?」

「うんうん! だからこのウサギさんはきっとさ……ふふ、矢内君の事が大好きなんだね!」

「……えっ!?」


 水瀬さんが笑いながらそんな事を俺に向かって言ってきた。 俺にはそれはまるで水瀬さんが俺の事を大好きだと言ってきたかのように錯覚してしまいそうになり、また心臓がバクバクとしだしてしまった。


(な、なるほど……これがデートというものなのか……!)


 俺にとってこれが初めてのデートだからかわからないんだけど……でも今日の水瀬さんには何度もドキドキとさせられていた。 もしかしたらこれがデートの魅力なのかもしれないな……!


「うん? どうしたの矢内君??」

「えっ!? い、いやなんでも!?」


 水瀬さんがきょとんとした表情で俺にそう尋ねて来たので、俺は慌てて何でもないと伝えた。 その後も心臓はドキドキとしたままだったけど、それからも俺と水瀬さんは一緒になってウサギとの触れ合いを楽しんでいった。


◇◇◇◇


 それから数時間が経過し、辺りが暗くなってきた頃に俺達は動物園から出た。 今は帰宅するために最寄りの駅へと向かっている所だった。


「いやぁ、楽しかったねー!」

「うん、そうだね」


 その帰り道に水瀬さんがそう言ってきてくれたので、俺も頷きながらそうだねと同意した。


「あはは、それにこれもありがとね、矢内君」


 水瀬さんはそう言って片手にぶら下げていたビニール袋を俺に見してきた。 その中には今日の最後に立ち寄ったお土産コーナで買ったサメのぬいぐるみが入っていた。 そのぬいぐるみは初デートの記念にという事で俺からのプレゼントだった。


「あぁ、うん。 まぁ良かったら大事にしてあげてね」

「うん、もちろんだよ。 さーもん君とはずっと仲良くさせてもらうよー!」

「よろしく頼むよ。 って、それにしても水瀬さんって結構ネーミングセンス独特だよね、あはは」

「えー? 可愛くないかなー?? さーもん君って名前さー」


 そう言いながら水瀬さんはサメのぬいぐるみ(さーもん君)を取り出してもふもふとしだした。 水瀬さんにも意外と子供っぽい所があって俺はほっこりとした。


「……うん、でも今日は水瀬さんと一緒に遊べて本当に良かったよ」

「そっかそっか、矢内君が楽しめたようでアタシも良かったよ」

「うん、ありがとう、水瀬さん。 ふふ、それにしても水瀬さんと一緒に動物園に行ってみて凄く感じたんだけどさ……水瀬さんは動物の事が本当に大好きなんだね」


 今日の動物園デート中、水瀬さんは終始にこやかな顔でずっと過ごしていた。 ふれあいコーナーでも水瀬さんは嬉しそうな顔を崩す事無くずっとウサギ達とじゃれついていたしね。


「え? そ、そんなに顔に出てた?」

「うん、それはもうバッチリとね、あはは」

「えー、それはちょっと恥ずかしいなぁ。 ふふ、でもアタシもさ……今日はすっごく楽しかったよ。 だから今日はデートに誘ってくれてありがとね、矢内君」

「……っ! う、うんっ……!」


 俺がそう言うと水瀬さんは少しだけ恥ずかしそうにはにかんだ笑顔を見してきてくれた。 そしてその笑顔を見た時……ふいに俺はまたドキッとしてしまった。


(あぁ……そっか……)


 そういえば今日のデート中、思い返してみると俺は何度も水瀬さんにドキッとさせられる場面が多かった。 でもそれはきっと……


(きっと……俺は水瀬さんの事が本当に好きなのかもしれないな……)


 俺はこの瞬間、その事実に気が付く事が出来た。 俺は水瀬さんが嘘の告白をしてきた事を知っている。 だから水瀬さんが俺の事を本当は好きでも何でもない事を知っている。


 だからこそ俺も割り切った感覚で水瀬さんとの疑似恋愛を楽しんでいたんだけど……でもそうじゃないのかもしれない。 もしかしたら俺は本当に水瀬さん事が好きなのかもしれない。


(……じゃあ……そんな俺に出来る事は……)


 水瀬さんが俺の事を好きじゃないって事も、この付き合いが嘘だって事も俺はわかってる。 だから近い内に俺は水瀬さんに振られるって事もちゃんとわかってる。


 だけど……だからこそ、その日が来るまでは……水瀬さんが俺を振ってくるその日が来るまでは、俺も水瀬さんの彼氏面をさせて貰おうと思う。 だって俺は……水瀬さんの事が好きだから。 だから俺は……


「ねぇ、あのさ……今からでも勉強頑張ってみない?」

「……え?」


 だから俺はそんな好きな彼女のためにそう言ってみる事にした。


「ど、どうしたの急に?」

「いやさ……前に水瀬さんは獣医になりたいって言ってたよね?」

「う、うん、それは確かにそう言ったけど……でもそれはただの夢であって別に今はもう……」

「だからさ……その夢を諦めるなんて言わないでもう少しだけ頑張ってみようよ」

「え……?」


 俺がそう言うと、水瀬さんは困惑した表情をしながら俺の事を見てきた。 でも俺は怖気づかずにそのまま続きを喋っていった。


「確かに今から獣医になるための勉強は凄い大変かもしれないけどさ、でも動物に携わる仕事に着きたいって夢があるんだったら頑張ろうよ。 俺も付き合うからさ、一緒に勉強頑張ろうよ」

「……ど、どうして……どうして、そんな事を言うの?」


 水瀬さんは困惑とした表情のまま俺に向かってそう尋ねてきた。 だから俺は真面目な表情で水瀬さんにこう言った。


「俺は水瀬さんのその将来の夢の話を聞いた時さ……水瀬さんの事がすごく羨ましく思ったんだ」

「え……? 羨ましい?」

「うん、俺はさ、今まで将来の夢とか何も考えた事が無くてただ目的も無く漠然と勉強してたんだ。 だから水瀬さんの夢を聞いた時は本当に羨ましく思ったし、それに凄く尊敬したんだ」


 俺がそう言いながら水瀬さんの顔をじっと見つめた。 すると水瀬さんは少したじろいだ態度を見せてきたけど、でも俺は気にせず話を続けていった。


「だから、もし水瀬さんが本当になりたいんだったら俺は全力で応援したいし、水瀬さんの手伝いもしたいと思ったんだ。 だって俺は前にも言ったけど……水瀬さんの事が好きだからさ」

「……っ」


 俺がそう言うと、水瀬さんは顔を赤らめながら俯いてしまいそのまま黙り込んでしまった。


(し、しまった……もしかしてドン引きさせちゃったか……!?)


 友達の山田に“彼女とデートする時にドン引きさせた時点で試合終了だぞ!!”とせっかく助言を貰ったというのに俺は間違った事をしてしまったのかもしれない……だから俺は慌てて水瀬さんに弁明をする事にした。


「ご、ごめん、もしかしたら要らないお世話だったかもしれないね……」

「う、ううん……そんな事ないよ。 で、でも……」


 俺が慌ててそう言うと、水瀬さんも慌てながらそんな事を言ってきた。


「……で、でも……うん、それじゃあさ……迷惑じゃなければその……色々と教えて貰えたら嬉しいな」

「……っ! う、うん、もちろん良いよ! それにほら、俺は勉強だけならめっちゃ得意だしさ、もういつでも頼っていいよ、あはは」

「……うん、ありがと。 それじゃあ……色々と頼りにさせて貰うね、矢内君」

「うん、わかったよ」


 俺は水瀬さんのその言葉を聞いてホッと安堵した。 どうやらドン引きされたわけじゃなさそうだ。 でもこれからは発言にはちゃんと気を付けなきゃだよな……


「……って、あ、ちょうど駅に着いたね。 それじゃあ……また学校で会おうね、水瀬さん」

「あ、うん、それじゃあまた学校でね、矢内君」


 そんな話をしていたらちょうど駅に到着したので、そのまま俺は水瀬さんが駅の改札に入る所まで見送る事にした。 俺はそんな水瀬さんの背中を見送りながらこれからの事についてを考えた。


(いつ水瀬さんに振られる事になるかはわからないけど……でもその日が来るまではこの関係を大切にしよう)


 俺と水瀬さんは噓の告白から始まった出会いだ。 だからいつかは必ず終わりが訪れる恋人関係だという事はちゃんと理解している……それでも、この関係が完全に終わるまでは水瀬さんとの縁を大切にしようと思った。


「……あ、矢内君」

「うん? どうしたの水瀬さん?」


 俺がそんな事を心の中で思っていると、ふと水瀬さんは俺の方に体を向けてきた。 そして水瀬さんはそのまま俺の顔を見つめながら……


「……本当に楽しかったよ、今日はその……ありがとね」


 水瀬さんはそう言って俺に素敵な笑顔を見してきてくれた。 そしてその笑顔はいつも見してくれていた笑顔よりもさらにとびきりの……本当に嬉しそうで素敵な笑顔だった。


(第1章:終わり)


―――――――――

・あとがき


ここまで読んで頂きありがとうございました!

これにて第1章は終わりとなります、とりあえず今現状で作っておいたプロットはこれで全て放出しきりました。


他のギャル達VS矢内君のバチバチ対決とか、矢内君の部活どうする問題とか、水瀬さんとの勉強デート(家デート)とか、ちゃんと水瀬さんとお付き合いするまでの話とかは第2章でしていこうと思います。


ただし今現時点で本作品のプロットを全て消費しきってしまったので、しばらくは仕事の合間にのんびりとプロットを作る作業になります。

なので第2章がいつからスタート出来るかはわかりませんが、また再開する日をお待ちして頂ければ幸いです。


最後にここまで読んでくださった読者の皆様本当にありがとうございました!

レビューやフォローをしてくださった方々も本当にありがとうございます、執筆作業の励みとなっておりました!

第2章でもまた読者の皆様にお会いできるのを楽しみにしております、それでは本当にありがとうございました!

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