第38話

「おもちの事はアタシにとっては家族と同じくらい大切な存在だったんだ。 ……だからおもちが病気で亡くなった時は本当に悲しかったなぁ……」

「水瀬さん……」


 そういう水瀬さんの表情は本当に悲しそうな顔つきをしていた。


「それでね、アタシみたいに悲しんでる人を少しでも減らそう! って思ってさ。 それで小学生の頃のアタシは獣医師になりたかったんだよね」

「……なるほど、うん、それは本当に良い夢だね! ……って、あれ? でもさ、何で過去形なの?」


 それは本当に素晴らしい夢だと思って、俺は素直な気持ちでそれは良い夢だねと水瀬さんに伝えたのだけど……でも今の発言の語尾が過去形だった事に俺は違和感を覚えて水瀬さんにそう尋ねてみた。


「あははー。 いやだってさー、アタシ凄い馬鹿だからさ、獣医になるなんて無理だって気付いちゃったんだよね。 ほら、矢内君もアタシの成績知ってるでしょ?」

「え? あ、あぁ、まぁ……ね」


 この学校では全校生徒の成績は廊下に張り出されるシステムになっている。 流石に生徒全員の成績を覚えるなんて事は無理なんだけど……でも水瀬さんは下から数えたらすぐに見つかる順位だったから、俺は水瀬さんの成績は何となく知っていた。 水瀬さんはちょっと……というかだいぶ悪い方の成績だった。


「いやでもね、実はこれでも小学生の頃は本気で勉強してたんだよ?」

「あ、そ、そうなんだ?」

「うん、でもさ、中学入った辺りで少しずつ授業についていけなくなっちゃってね。 それで仲の良い友達と現実逃避がてら外でヤンチャな事しまくってたらさぁ、遊ぶことに集中しすぎちゃってもう学校の授業には完全についていけなくなっちゃったんだよね、あははー」

「な、なるほど……」

「まぁ勉強なんかよりも友達と遊んでる方がずっと楽しかったし、最終的にはこんな感じになったけど別に後悔とかは無いから別にいいんだけどね、あはは」


 そう言いながら水瀬さんは自分の体に手を当てながら笑っていた。 俺は上手く返す言葉を何も思いつけなかったから、ただひたすらと相づちを打つ事しか出来なかった。


「まぁ結局こっちの生き方の方がアタシには合ってたって事が早い段階でわかって良かったよ。 って、あ、そんな変な話してたらもう駅に着いちゃったね。 それじゃあ、また来週ね」

「え? あ、あぁ、うん」


 今日は金曜日なので次に水瀬さんに会えるのは来週の月曜日だ。 このままだとこの二日間は水瀬さんと会う事は出来ない。 だから俺は咄嗟に水瀬さんを呼び止めた。


「……あ、ごめん、ちょっとだけ待って!」

「うん? どうしたの矢内君?」


 ……正直、今の水瀬さんとの会話に対する理想的な答えが俺には全くわからなかった。


 でも、それでも水瀬さんの悲しそうな表情を見たのが俺にとって凄い衝撃的だったというか、何かしてあげたいと俺は本心からそう思った。


 それはきっと……俺達は嘘の恋人関係なんだけど、でもやっぱり彼氏としては彼女には楽しい顔で休日を過ごして貰いたいと本当にそう思ったからなんだ。 だから俺は……


「ね、ねぇ、明日休みだし、良かったらさ……二人でデートに出かけない?」

「え? デート?」


 という事で俺は意を決して水瀬さんをデートに誘ってみた。 俺の心臓はかなりバクバクと音が鳴っていた。


「んーまぁ、別にバイト入ってないから全然良いけど?」

「あ、本当? そ、それなら良かった」


 正直断られる気しかしてなかったんだけど、でも水瀬さんは割とすんなりと受け入れてくれた。


「でもいきなりどうしたの? 何処か行きたい所でもあるの?」

「う、うん、それじゃあさ……良かったら都内の動物園に一緒に行かない?」

「え? 動物園に?」

「うん。 さっきも言ったんだけど、俺は動物園に行った事が無いから凄く興味が湧いてきちゃってさ。 それに俺も動物は好きだからさ、水瀬さんと一緒に行ってみたいなって思ってね」

「……ほうほう」


 俺がそう言うと水瀬さんは少しだけだけど目を輝かせながらうんうんと顔を頷いてきた。 その仕草を見ただけで水瀬さんは本当に動物が好きなんだという事がわかった。


「……それはちょっと魅力的な提案だね。 そういえばアタシも最近は全然動物園には行ってないし、矢内君とおもちの話をしてたら久々に行きたくなってきたなぁ……うん、それじゃあ一緒に行こうか」

「うん、わかった、それじゃあ明日はよろしくね! えっと、時間と場所については……」


 という事で突発的だけど明日は水瀬さんとデートをする事が決まった。 そしてこれが付き合って初めての休日デートとなる。 あれ、でも待ってもしかして……?


(……あっ!! と、ということはいよいよ水瀬さんの私服を見ることが出来る……ってこと!?)


 つい先日も水瀬さんの私服姿がどんな感じなのかをずっと想像してたんだけど、ついにリアルで水瀬さんの私服姿が見れる日が来るんだ!


 いやそれにしても水瀬さんの私服って本当にどんな感じなんだろうな? やっぱりギャルっぽい服装なのかな? それとも甘い系の服装とか? いやまぁどんな服装でも水瀬さんなら何でも似合いそうだけどね!


 そんな感じで今日も俺は水瀬さんの服装を頭の中で妄想しながら、明日のデートを楽しみにしていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る