第37話

 水瀬さんお付き合いを初めてから既に一ヶ月以上が経過した。 正直なんでこんなにも長い間お付き合いをして貰えてる理由は未だによくわかっていない。


「……でさ、そんな事があったんだよね」

「あはは、そうなんだ」


 という事で今日も俺は水瀬さんと一緒に学校から帰宅している所だった。 水瀬さんは俺の話をよく聞いてくれるし、笑いながら相槌も打ってくれるのでとても話しやすい……のだけど、今日の水瀬さんはどこか上の空という感じだった。


(うーん、何かあったのかな?)


 俺はそんな水瀬さんの様子がちょっと気になったのだけど、まぁでもプライベートな悩みとかだったら聞くのはアレだから俺は気づいてないフリをする事にした。


(それにもし深刻な悩みとかだったら俺に聞かれても困るだろうしな)


 だって水瀬さんと俺は偽物の恋人だからさ。 もし本当に深刻な悩みとかを抱えてるようだったら、俺なんかじゃなくてもっと信頼してる人に相談するだろうし。 まぁだから俺がそれを気にする必要はないだろう。


―― ぴこんっ♪


 そんな事を思っていたら、ふと水瀬さんのスマホが鳴った。 どうやらラインにメッセージが届いた音のようだ。


「あ、ごめん。 ちょっとだけスマホ見てもいいかな?」

「あぁ、うん、もちろんいいよ」


 俺がそう言うと水瀬さんは鞄からスマホを取り出して画面を開き始めた。 その時、水瀬さんのスマホのロック画面がチラっと見えた。


(……うん?)


 俺は水瀬さんのスマホのロック画面を初めて見たんだけど、その画像が少し気になったので水瀬さんに尋ねてみた。


「水瀬さんのスマホ画面の写真ってもしかして……?」

「ん? あぁ、これ?」


 水瀬さんはラインのメッセージを確認し終えると、そのままスマホのロック画面が見えるように俺にスマホを手渡してきてくれた。 俺はそのスマホを受け取り、早速ロック画面の写真を見てみた。するとそこには幼い少女が大きな犬をぎゅっと抱きしめてる様子が映し出されていた。


「これは……ひょっとして子供の頃の水瀬さんなのかな?」

「あ、わかる? うん、そうだよ。 小学生くらいの頃のアタシの写真なんだ」

「へぇ、そうなんだね。 あ、それじゃあこっちの子は水瀬さんの家で飼ってる犬なのかな? 名前は何て言うの?」

「あぁ、うん、毛並みが真っ白だったからさ、“おもち”っていう名前なんだ。 ふふ、良い名前でしょ?」

「なるほどー、あはは、確かに全身真っ白で美味しそうな名前だね」

「ちょっと、可哀そうだから食べないでよ、あはは。 まぁでもさ、私が小学生の頃におもちは悪い病気にかかっちゃってね……そのまま治らずに亡くなっちゃったんだ」

「え……? あ、そ、そうなんだ……それは、その……何かごめんね」


 俺はデリカシーのない事を聞いてしまった事を恥じて、すぐに水瀬さんに謝った。


「ううん、別にいいの。 もうだいぶ昔の話だしね。 それでこの写真はさ、おもちが亡くなる前に一緒に撮った最後の写真なんだ」

「そっか……水瀬さんはおもち君の事が凄く大切だったんだね」

「うん、もちろんだよ。 アタシにとっておもちは本当に大切な家族の一人だったんだ」


 そう言うと水瀬さんは何だか懐かしそうな顔をしながらその写真を見つめていた。


「……アタシさ、小学生の頃は動物のお医者さんになりたかったんだよね」

「……え?」


 すると突然……水瀬さんは昔の話を始めた。 水瀬さんが自分の話をし始めるのはかなり珍しい事だったので、俺はビックリしつつも水瀬さんに話に耳を傾けた。


「そうなんだ。 それはやっぱり、その……おもち君の事で?」

「うん、そう。 アタシさ、子供の頃から動物が大好きで、両親が休みの日にはしょっちゅう動物園に連れていって貰ってたんだ。 もうあの頃は動物園に行く事がアタシの趣味みたいな感じだったんだよね、あはは」

「へぇ、それは凄いね! って、あれ、俺よく考えたら動物園には今まで行った事無いかもしれないなぁ……」

「あ、そうなんだ? あはは、意外と楽しいから良かったら行ってみて欲しいなー」

「あはは、うん、わかったよ。 いや、それにしても子供の頃の水瀬さんはそんな楽しそうな趣味を持っていたなんてね……って、あ! そ、そうか、それじゃあ水瀬さんって“熊”が特別好きだったわけじゃないんだね……」


 俺は少し前に水瀬さんは“熊”が好きなんだと思って、ぐでクマのキーホルダーをあげたんだけど……でも今の話を聞いてたら、水瀬さんは“熊”が好きなんじゃなくて、“動物全般”が好きという事のようだった。 普通に勘違いをしてしまっていて、めっちゃ恥ずかしいんだけど。


「ふふ、もちろんアタシは熊も大好きだよ? だから矢内君がくれたキーホルダーもちゃんと大切にしてるよ。 ほら」


 そう言って水瀬さんは鞄の中から筆入れを取り出してきた。 その筆入れのファスナー部分にぐでクマのキーホルダーが取り付けられていた。


「そ、そっか。 うん、それはありがとう」


 俺はちょっとだけ照れつつも水瀬さんが大事にキーホルダーを扱ってくれている事に感謝を伝えた。


「ふふ、まぁ話を戻すんだけどさ……アタシ、動物の中でも犬が特に大好きなんだ。 だからおもちの事はアタシにとっては家族と同じくらい大切な存在だったんだ。 ……だからおもちが病気で亡くなった時は本当に悲しかったなぁ……」

「水瀬さん……」


 俺はこの一ヶ月間で水瀬さんの様々な表情を見てきたと思う。 笑ってる顔、心配してる顔、怒った顔など、様々な表情を俺に見してきてくれていた。 でも……水瀬さんの悲しい表情を見るのはこれが初めての出来事だった。

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