第20話


「えっと……いや確かにそんな思想(?)を持ってる男もいるけどさ、でも俺はそういう思想は持ってないってか、大抵の男はそんな事気にしてないから」

「あ、そうなの?」

「う、うん。 だからもしリアルでそんな事を言ってた奴がいたとしても、それはマジで少数意見だから気にしなくて良いよ」


 という事で水瀬さんに勘違いされていた“どうせお前も処女厨なんじゃないのか?”という点についてはサクッと否定しておいた。


「あと、俺があのイケメン男に殴られて怪我した件についてだけどさ」

「あ、うん……」

「あれは100対0であのイケメン男が悪いんだから、水瀬さんは全然気にしないで良いよ。 あんなん誰が見たってあのイケメン男が悪いに決まってんだからさ。 あ、それと……」

「それと?」

「うん、それとさ、水瀬さんは自分を庇ったせいで俺が怪我をしたって言ってたけど……でも水瀬さんが危ない目に合いそうになってたら、どんな事があっても俺は絶対に助けに行くよ。 だってさ、いやまぁ、一応だけど……水瀬さんの彼氏だからさ」

「矢内君……」


 本当はもっとカッコよく言い切りたかったんだけど、でもよくよく考えたら本当の恋人なわけじゃないんだよなぁ……って思ったら最後らへんはちょっとモニョった感じになってしまった。


「だから、もし振るんだったら俺に申し訳ないから振るっていうんじゃなくてさ、俺の事が嫌いになったから振るとか、他に好きな人が出来たから振るっていう感じでお願いします。 それなら俺も納得出来るしさ」


という事で俺は水瀬さんに今日の事は気にしないでくれと改めて伝えた。 あとついでに振り方の指定もお願いしといた。 どうせ近い内に振られるのは分かってるから、振られる事自体は全然気にしてない。 でも今日みたいな不測の事態が起きて振られるってのはあまりにも切ないからそういうのだけは止めてくれと伝えといた。


「……そっか。 うん、わかったよ、ふふ」


 俺の言い分が水瀬さんにどう伝わったかはわからないけど、でも俺の話を聞いた水瀬さんは朗らかな笑みを浮かべながらそう返事を返してきてくれた。 その表情はいつもの噓っぽい笑顔ではなく、本当の笑みのように俺は見えた。 そして俺はそんな水瀬さんの笑顔を見てドキッとしてしまった。


「よしっ! それじゃあこの話はもう止めにしよっか!」

「あ、あぁ、うん、そうだね」


 水瀬さんは先ほどと打って変わって明るい口調で俺に向かってそう言ってきた。 俺もこの話はもう終わりにしたいと思ったので水瀬さんの意見に同意した。


「うん、それじゃあさ……このあとはどうしよっか? もう少しだけここで休んでから帰ろうか?」

「あぁ、うん、そうだね。 あ、それとこのハンカチありがとう、ちゃんと洗ってから返すよ」

「あはは、別にいいよ、そんな気にしないでさ。 それより体調はどう? クラクラとかしてない?」

「うん、今の所は全然大丈夫だよ。 まぁでも今日は大事を取って家に帰ったらすぐにシップ貼って横になろうかなって」

「うんうん、そうしときなー。 って、あっ! そうだ!」

「えっ? ど、どうかしたの?」

「うん、せっかくだしさー、今の間も横になって休んどきなよ。 ほら、アタシの膝を貸してあげるからさ」

「え……って、えぇっ!?」


 水瀬さんはそう言って自分の膝を両手でぽんぽんと叩いていた。 水瀬さんはここにお前の頭を乗せろと誘導しているようだった。


「い、いやでもさ! ここって学校からも近いよ?? もしかしたら水瀬さんの友達とかに見られちゃう可能性もあるんじゃ……」

「あはは、そんくらい別に良いよ。 それに怪我人を放っておくような悪い女じゃないよ、アタシはさ? だから遠慮せずに今はしっかりと休んどきなって、ほらほら!」

「そ、それじゃあ……お言葉に甘えて……」

「うん、どうぞどうぞ」


 という事で俺は心臓をドキドキとさせながらそっと頭を水瀬さんの膝の上に乗せてみた。 その瞬間、俺の顔が一気に真っ赤になっていく事に気が付いた。


(……っ!? や、やばいってこれ!)


 いやだって水瀬さんの膝からめっちゃ甘くて良い香りがしてくるし、膝はツルツルすべすべですんごい柔肌だし、触感もひんやりと冷たくてめっちゃ気持ち良いんだもん! こ、こんな最高の膝まくらをして貰えたら誰だって顔を真っ赤にしてしまうって。


 ってかこんなにも最高な水瀬さんの膝を……いや全身を好き勝手に弄りまくれたイケメン男が存在してるって思うと滅茶苦茶腹立たしいけど、でもまぁ今はそんな事よりも水瀬さんによる膝まくらを全力で堪能しよう!


「ふふ、アタシの膝まくらの寝心地はどうかな?」

「……えっ!? い、い、いやその、な、なんというか、ツルツルとしててひんやりと冷たくてその、えっと……めっちゃ気持ち良いです!」

「あはは、めっちゃ早口で詳しく感想を言ってくれるじゃん。 ま、気持ち良さそうで何よりだよ」


 俺が早口でそんな事を口走ると、水瀬さんはあははと笑いながら俺の頭をぽんぽんと撫でてくれた。 それからはお互いに無言の時間を過ごした。 そして少し時間が経ってから水瀬さんが口を開いてきた。


「……矢内君さ」

「うん? どうかした?」

「その、さ……えっと……」

「う、うん?」


 水瀬さんは少しだけ気まずい感じで俺に話しかけてきたんだけど、でもすぐにいつもの調子を取り戻しもう一度俺の頭をぽんぽんと撫でながら続きを喋りかけてきてくれた。


「……今日はありがとね」


 そう感謝を伝えてきた水瀬さんの表情はとても優しく柔和な笑みを浮かべていた。

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