第9話
その日のお昼休み。 俺は一足先に文芸部の部室に来て水瀬さんの到着を待った。
「こんにちは、矢内君。 待たせちゃったかな?」
「あ、こんにちは、水瀬さん。 ううん、全然大丈夫だよ」
「そっか、それなら良かったよ。 それじゃあお邪魔します」
待つ事数分で水瀬さんが学生鞄を片手に持ちながら文芸部の部室にやってきた。 水瀬さんは部室の中をキョロキョロと見渡しながら俺に喋りかけてきた。
「へぇ、当たり前だけど本棚が凄い沢山あるんだね」
「うん、まぁ文芸部だしね。 水瀬さんは本とかはどうなのかな? 普段から読んだりする方なの?」
「うーん、昔はそこそこ読んでたけど最近は全然かな。 あ、とりあえず座ってもいい?」
「あぁうん、どうぞどうぞ」
「ありがと、それじゃあ失礼しまーす」
「……っ!?」
そう言うと水瀬さんは俺の隣の席にちょこんと座ってきたんだけど、でもその時水瀬さんからふわっと良い香りがしてきたので俺はドキっとしてしまった。
(な、なんで女の子ってこんなに良い香りがするんだろ……??)
それにこんな密室で水瀬さんと二人きりになるのは今回が初めなんだ。 いつもは外でしか二人きりになる事なんて無かった訳だしさ。 い、いや待って、それも意識しちゃうとめっちゃ緊張しそうになるんだけど……!?
「ん? どしたの?」
「……えっ!? い、いや全然何も!」
という事で俺は緊張のあまり何も言わずに黙っていたら、水瀬さんが訝しげな表情で俺の方を見てきた。 とりあえず俺は何でもないと言いながら話を無理矢理反らした。
「ふぅん……? でもこんな部活があったんだね。 アタシ全く知らなかったよ」
「うん、まぁ部員は俺一人だけしかいないからほぼ活動してないけどね」
「あはは、それじゃあ新しい子が入らないと来年には廃部になっちゃうね」
「あはは、確かにね。 そういえば水瀬さんは部活とかは入ってないの?」
「んー、アタシ? ううん、部活は何も入ってないよ。 興味ある部活も無いし、そもそもバイトで忙しいからねぇ」
水瀬さんはそう言いながら学生鞄を机に置きながら疲れた感じに背伸びをしだした。 あれ、もしかして昨日もバイトだったのかな?
「へぇ、そうなんだ。 え、ちなみに水瀬さんってバイトは何してるの?」
「んー? ふふ、何だと思う……?」
「え……えっ!?」
俺は本当に何となくバイトを尋ねただけだったのに、水瀬さんは何故か意味ありげな雰囲気でそう聞き返してきた。 しかも水瀬さんはそう言いながら妖艶に笑ってきたんだけど……って、えっ!? そ、それってまさか……!?
(も、もしかして……い、いわゆるパパ活的な事か?)
「ふふ……どしたの? んーもしかしてさぁ……えっちぃ事でも考えてるのかなぁ?」
「えっ!? い、いやそんなん全然考えもしなかったけど!?」
「あはは、本当かなぁ??」
「い、いやいや本当にエロい事なんて一切考えてないからっ!!」
嘘である。 この男、今の発言を聞いて水瀬さんのいやらしいバイトを勝手に想像しながら興奮していたのである。 でもそんなのバレたら嫌なので俺は首をぶんぶんと横に振りながら水瀬さんの発言を全力で否定した。
「ふふ、冗談だよ冗談、からかってごめんね。 それじゃあお詫びにヒントをあげるよ」
「え? ヒント?」
「うん、これがアタシのやってるバイトのヒントだよ、はいっ」
水瀬さんはそう言って自分の両手の甲を開いて見せてきた。 そのほっそりとした水瀬さんの指には何個も指輪がハメられている。 ……え? これの何処がヒントなの?
「……え? ご、ごめん、全然わからないんだけど……?」
「あれ? 嘘、これ結構ヒントだと思ったんだけどなぁ……私の友達は皆“アレ”してるからすぐにわかると思ったんだけどな」
「ん? アレって……あっ」
水瀬さんがそう言ったので、俺はもう一度水瀬さんの手を観察してみた。 すると確かに、他のギャル仲間達と比べると違いが一つある事に気が付いた。
(あ、そういえば水瀬さんってネイルとかしてないんだな)
そう、よく見てみると水瀬さんの爪はピカピカに磨かれてるんだけど、でもマニキュアやネイルなどは施していなかった。 水瀬さんの周りにいるカースト上位陣の女子は皆派手なネイルを施してた気がするんだけど、水瀬さんは指輪をハメてるだけなんだな。 あっ、という事は……?
「あ、もしかして水瀬さんのバイトって飲食系なの?」
「おっ、正解だよ。 ふふ、よくわかったね?」
俺がそう言うと水瀬さんは笑いながら合ってると教えてくれた。
(へぇ、水瀬さんって飲食系のバイトをしてるんだなぁ)
でも水瀬さんは見た目からしてアパレルとかそっち系のバイトの方が似合いそうな気がするから、飲食系のバイトをしてるのはちょっと意外な感じがした。 あれ? でも飲食系のバイトをしてるって事は……?
(……あっ!! って事はやっぱり水瀬さんも手作りのお弁当を持ってきてるのかな!?)
そう思うと水瀬さんのお弁当にどんどんと期待が高まってきた。 果たして水瀬さんのお弁当はどんな感じなんだろう? いやめっちゃ楽しみだなっ!!
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