第10話
「よし、まぁ時間も限られてるしさっさとお昼食べようか」
「あぁ、うん、そうだね」
俺はそう言って手に持っていた学生鞄から弁当箱を取り出した。 そしてその様子を見ていた水瀬さんも手に持っていた学生鞄から何かを取り出そうとした。
「あ、矢内君はお弁当なんだね。 それじゃあ私も……よっと」
「……うん?」
水瀬さんがそう言って学生鞄から取り出したのは……コンビニで貰えるビニール袋だった。
(あ、あれ……?)
俺は困惑気味な表情をしながら水瀬さんの事を眺めていた。 い、いやだってそのビニール袋はどうみてもお弁当を入れるための袋ではないよね? 普通にコンビニで何か買ってきた物を詰め込んでるようにしか見えない。 あれ、ってことは……?
「あ、あれ? 水瀬さんって、いつもお昼はコンビニ飯なの?」
「あぁ、うん、そうだよ。 アタシ朝かなり弱くてさ、自分の身支度を終わらせるのに時間が物凄くかかるから、お弁当とか全然用意出来ないんだよね」
「あ、そ、そうなんだ……」
という事で今日の水瀬さんのお昼ご飯はまさかのコンビニで買ってきた菓子パンだけだった。 今日は朝から水瀬さんのお弁当の事がかなり気になってただけに、俺の心の中はちょっとだけ落ち込んでいた。
「んーあれ? ひょっとして落ち込んだ?」
「えっ!? い、いや全然??」
「あはは、嘘つかなくていいよ。 矢内君の顔にしっかりと出てるからさ」
「え、そんなに俺ってわかりやすい顔してるの??」
「うんうん、物凄くね。 ふふ、きっと矢内君は嘘とかが付けないタイプなんだろうね」
え、俺ってそんなに分かりやすいタイプだったのか……いや、これからはなるべく顔に出さないように気を付けないとな。
「まぁでも確かに水瀬さんは身だしなみとかかなり時間かかりそうだもんね。 それだとコンビニ飯になるのも仕方ないよね」
「あはは、うん、まぁでも本当はね、せっかく矢内君と一緒にご飯を食べる事になったし、アタシもたまにはお弁当でも作ろうかなって思ったんだよ?」
「あ、そうだったの?」
「でもね、朝起きたらご飯炊くの忘れてた事に気づいてさ……もう今から炊いてたら間に合わないって事で今日はお弁当を作るのは諦めちゃった、あはは」
「あー、なるほど、確かに久々にお弁当作ろうとするとそういうミスあるよね」
「うんうん、そうだよね。 いやでも本当にごめんね? 本当は手作りのお弁当を持ってきて“恋人”っぽい事をしようと思ったんだけどさ」
「い、いやそんなの全然気にしなくていいよ!」
水瀬さんは可愛らしくごめんと謝ってきたので、俺は全然大丈夫だと顔を大きく横に振りながらそう言った。
……あれ? でも“恋人”っぽい事って何の事だろ?
俺は今の水瀬さんの発言に少し違和感を感じた。 恋人らしい事って何の事だろ? 二人でお弁当を食べる事を言ってるのかな? いやでもそれって別に恋人同士じゃなくても友達同士でも普通にやる事だよね? う、うーん??
「そういえば矢内君はお弁当なんだね。 どんなおかずが入ってるのか見してよ」
「……えっ!? あ、あぁうん、俺のお弁当はこんな感じだよ」
そんな事を思っていると水瀬さんは俺のお弁当に興味津々のようで顔をこちらに近づけてきた。 俺は顔を近づけてきた水瀬さんにドキドキとしながらもお弁当箱の蓋を開けてみた。
「おー、生姜焼き弁当だ! 良いね、お弁当界の王道だ!」
「あはは、確かに言われてみたら生姜焼き弁当って王道な感じするよね」
水瀬さんはお弁当箱の中身を見ながらそんな感想を俺に伝えてきてくれた。 そういえば確かに何でかわからないんだけど、生姜焼きってお弁当の王道って感じがするよな。
「……って、あれ? でも矢内君ってお昼休みはいつも教室にいないよね? いつも学食を使ってるのかなって思ったんだけど違ったんだね」
「あぁいや、俺も普段はお弁当じゃなくて学食を利用してご飯を食べてるんだ」
「あ、そうなんだ。 ……うん? じゃあこのお弁当はどうしたの? 矢内君のお母さんが作ってくれたのかな?」
「あはは、違うよ。 このお弁当は俺が作ったんだよ」
「えっ!? そうなの!?」
俺がそう言うと水瀬さんはビックリとしたような表情で俺の弁当箱の中身をもう一度見つめてきた。
「へぇ、矢内君は料理も出来るんだ。 うん、それは凄く良いね!」
「い、いや俺の料理の腕なんてまだまだ全然だよ。 俺なんかよりもっと上手い奴なんて周りにも沢山いるしさ」
「あ、そうなんだ。 でもさ、矢内君だってこれだけ美味しそうに作れるんだからもっと誇っていいと思うよ。 ふふ、それに料理男子はモテるよー?」
「え!? ま、まじで!?」
そういえば山田に彼女が出来た理由も料理が好きだったからってのが大きいよな。 これからは勉強なんかよりも本気で料理の道を頑張っていこうかな?
(……うん?)
俺がそんな事を心の中で思っていると、水瀬さんはじっと俺のお弁当を見つめ続けている事に気が付いた。 あ、あれ? どうしたのかな?
「うーん、それにしても本当に美味しそうだねぇ……」
と思ったら、そう呟いているのが聞こえた。 俺の作ったお弁当を美味しそうだと思ってくれてるなんて普通に嬉しかった。 それにそういう事を言ってくれるのは料理を作る人間としてはこの上ない幸せな事だと思う。
「もし良かったらさ、一口食べてみる?」
「えっ? 良いの??」
だから俺は水瀬さんにそう言ってみた。 美味しそうだと言ってくれたのは本当に嬉しかったし、それに俺の作ったお弁当の感想とかも聞いてみたいしね。
「うん、全然良いよ。 ……って、あ、水瀬さんは割り箸とか持ってたりしないよね……?」
「え? あ、ごめん。 アタシ今日のお昼ご飯はパンだけだから割り箸は持ってきてないや」
その時、俺の分しか箸が無い事に気が付いた。 せっかく水瀬さんにも食べて貰いたかったのに、でも箸が一膳しかないというこの状況では……
「そ、そっか。 う、うーん、それじゃあどうしようか?」
「んー、まぁアタシは間接キスとか気にしないけど、でも矢内君は気にするかな?」
「えっ!?」
俺はどうしようかなと悩んでいたら、水瀬さんからまさか過ぎる提案が飛んできた。 え、水瀬さんが俺の箸を使うって事!? な、何それ褒美っすか!?
「い、いや全然俺もそんなの全く気にしないよ!」
「そっか、それなら良かった。 じゃあお言葉に甘えて一口だけ貰っても良いかな?」
「 いやもう一口なんて言わずに何口でも食べていいよ! それじゃあ、はいこれ!」
「あはは、流石にそれは矢内君に申し訳ないよ。 それじゃあ遠慮なく……あっ、でもちょっと待って……!」
俺は自分の持ってきた箸を水瀬さんに手渡そうとしたんだけど……でも水瀬さんはその箸を受け取らずにそのまま黙り込んでしまった。 あ、あれ? 一体どうしたんだろう?
「ど、どうかした? あ、もしかして苦手な食べ物とか入ってたかな?」
「……あっ! いや、そうじゃなくてね。 ……もし良かったらさ、矢内君に食べさせて欲しいなぁって思ってさ」
「う、うん? 食べさせて欲しいってどういうこ――」
「あーん」
「え゛っ゛!?」
水瀬さんが言ってきた言葉の意味がわからなくて俺は聞き返そうとしたんだけど……その瞬間っ! 水瀬さんは目を閉じながら可愛らしく口を開けて俺の事を待っていた。
その水瀬さんの仕草はまさしく……恋人同士にのみ使う事が許されているあの伝説の“あーん”であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます