第38話

 大吾があのデスゲームもどきから家に帰ってきて、一ヶ月が経っていた。

誕生日パーティーには間に合わなくてショックだったが、日を改めて妹がケーキに料理に、たくさんのご馳走でもてなしてくれた。

 どうやら丸二日間、行方不明だったらしい。家族はすぐに捜索願いを出した。学校からの帰り道で忽然と消えた、神隠しだと大騒ぎになったらしい。妹も心配で学校を休んであちこち捜索してくれた。もちろん両親も。誘拐だったらと案じて親戚中にお金の相談もしていたそうだ。

 しかし大吾が消息をたって二日後、大吾は自室のベッドで寝ているところを発見された。みんなが狐につままれたようだと話していた。

 大吾も記憶が曖昧で、無事に戻ってきたならそれでいいと、捜査も早々にクローズした。行方不明の時間に体験したことを話すこともしなかった。何か聞かれても疲れている、わからない、のふた言で乗り切った。


 あの石の部屋で。よし子がベッドに倒れて、急いで駆け寄ったあの時。

あの直後でぶつっと映像も音も途切れていた。石の小部屋の床で目覚める前と同じような状態だった。どこに記憶が行ってしまったのか、思い出そうとしても思い出せない。まったく引っかからない。どんな編集の仕事なんだよ、粗いな、と大吾は自分に突っ込んだ。


 家に帰れればそれでいいと言ったが、それでも最後に主催者が負けを認めて、つらつらと動機について語る時間くらいはあったと思う。大吾にとっては探偵デビューといってもいい。

デスゲーム主催者の挨拶なんて、あると蛇足になるが、ないと物足りない。

こういうのなんて言ったか。

「帯に短したすきに長し」

大吾のつぶやきに、妹が反応する。

「なにそれ、おにいちゃん。和歌詠んだの?」

 ソファの横でスマホをいじりながら、いつもの笑顔を見せてくれる。大吾はこの笑顔がたまらなく好きだ。大吾が神隠しにあって以降、こうしてくっついている時間も増えた。

「中途半端って意味だよ」

 大吾は飲みかけのカップをもって、部屋に戻る。


 机に向かうと、カーテンを閉めていない窓を見る。電気もつけない。

あの時のことを思い返すのが日課になっている。

あの時のことを、どうして警察や家族に言わなかったのか。自分でもその答えを探している。

決して自分の犯罪が露呈するのが嫌だとかではない。馬込という教師を、吊ったんだ。無抵抗な人間を。恐ろしいことだ。立派な罪だ。罰せられるべきだと思う。それなのに、今もこうして黙り続けている。どうしてだろう。矛盾しているじゃないか。

 大吾は毎日ニュースを片っ端からチェックしたが、それらしい事件なんて一切なかった。やはりもみ消されたんだろうか。やはりってなんだ、何も知らないはずなのに、と大吾はお決まりになっているセルフツッコミをする。

 誰にも知られていないデスゲームもどきに参加したんだと思うと、なぜか胸があたたかくなった。大吾しか知らないあの日のことは、宝物のようだ。


 大吾は、生死もハッキリしない、たった二日間を一緒に過ごした人達のことを思い出す。

 隈はあんな大怪我をしていたが、生き延びただろうか。エレナというモンスターに襲われて、哀れだった。痛かっただろうに。

 和法も、きっとエレナに襲われているだろう。合流出来ず、会えないままだった。もしかしたら仲良くなれそうだと思っていたのに。

 瑠偉は、エレナに手を引かれていってしまった。止めることが出来なかった。ほんの少し、反応できていればエレナから引き離すことが出来たかもしれない。きっと瑠偉も…瑠偉の頭にいたあの子も一緒に。

 よし子も、覚えているのは倒れていく映像だった。どうして倒れたんだろう。よし子が主催者のはずなのに。毒でも飲んで自決した?いや、それなら最後の瞬間を大吾に見せないと意味がないじゃないか。


 大吾はノートを取り出すと、パラパラとめくり何も書かれていない新しいページにペンを走らせる。窓からの月明かりでも十分に文字は書けた。

「白雪さんが倒れた、死んだわけないよな。主催者が参加者よりも先に死ぬなんて聞いたことがない。

じゃあなんで倒れた?たくさん話したから酸欠になった?そんなバカな。あの部屋で息苦しさなんて感じなかった。

俺と同じで、何かで眠らされたのか。主催者なのに?苦しそうな素振りも一切見せてなかった」

 ペンは大吾の言葉とともに、白い部分を走り回る。どんどんインクの領域が広がっていく。

昨晩も同じように仮定を検討してはノートに書き散らしていた。他人が見たら、ひくような筆致だったろう。

何かに追い込まれたようで、取り憑かれたようで、明確な答えを欲しているような飢餓感があった。


「だめだ、やっぱり自分で考えるのには限界だ。

白雪さん、教えてよ」

 家に帰してくれるだけでいい、は本当だった。妹と、家族と楽しく暮らせるならそれでいい。友人たちと変わらない学生生活が尊い。それは本当だ。

よし子の犯罪の告発も興味がないし、あの屋敷がどこにあるかもどうでもいい。

それなのに。

 欲もあとからどんどん溢れるものだということを痛感した。

よし子に答えをくれと言えばよかった。自分の推理が合っていたのか。誰が生き残れたのか。どうしてこんなことをしたのか。自分はこのゲームに必要な人間だったのか。今度はどこで開催されるのか。手伝いは募集していないか。どうやったらよし子とまた会話が出来るのか。


 ノートを放りだして、窓を開ける。寒さが容赦なく顔を撫でていく。顔は冷えていくのに、頭の中はぐらぐらと煮立っている。

「白雪よし子、なんて仮名だもんな」

 真っ先によし子の名前を検索した。もしかしたら、何かヒットするかもしれないと思ったが、案の定、あの時推理を披露した彼女の姿はどこにもなかった。

 とにかく、何かしていないと落ち着かない。また机に戻るとパソコンを立ち上げる。

きついブルーライトを浴びながら、検索窓に覚えているあの人たちの名前をいれていく。驚くほどに、誰もHitしない。

フォロワー自慢をしていたエレナのSNSアカウントも見つけられなかった。

「最初から、俺以外は偽名だった?嘘だろ」

 よし子とエレナは偽名を使いそうだが、他の面々はそんなことをするように思えない。名前を呼ばれた時、みんなすぐに反応していた。咄嗟の偽名なら、あんなに早く反応しないだろう。

しかし、検索にはHitしない。

「まぁ、著名人でもなけりゃ出ないかな~あとは」

 和法から聞いた山火事についても調べたが、やはり0件という回答だった。山が燃えて記事が1つも出ないなんて、おかしい。ネット上で、ある情報だけを削除している組織でもいるのだろうか。


「うーん、あとは、何がある。何なら答えになる」

 一ヶ月間、何度も色々なクエリを試している。しかし、手応えがない。手応えがないほど、追いすがりたいという気持ちが溢れる。

 そう、大吾はあのデスゲームもどきにいまだに夢中なのだ。

あの時、確実に脳汁がぶしゃっと出た。緊張感と、使命感と、非日常すぎる体験は他では替えられない楽しさしかない。

 正直に言えば、もう一度、あの体験をしたかった。わからないことだらけで、何とか切り抜けていくアドベンチャー感。しかも命が質に入れられているというのは、とてつもないヒリヒリ感がある。

死にたくはないが、あのギリギリの綱渡りはまたしたい。死んだとしても悔いはない。このまま平々凡々と生きることの方が死んでいるのと同義ではないかと思っている。

 そして、よし子に会えたら今度こそ答えをもらおう。


「俺自身がデスゲームプロデューサーになるしかないかな」

 大吾の両親が聞いたら、卒倒するような進路だ。

よし子の作ったデスゲームは、もどきとつけたくなるほどに拙いところが多かった。あちこちに抜けているところがあった。デスゲームと言われても、否定できるくらいの代物だった。

 きっとナレッジもノウハウもないのだろう。だからあの文化祭感も抜けていなかったのだ。参加者だったんだ、いくらでもフィードバックしてあげよう。次がよくなるように。

 こういうものは、回を重ねていくことでブラッシュアップされる。よし子とともに、いいゲームを作りたい。

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