第37話
よし子は、まだ呆けていた。
先ほどまで、考えたことを考えたままに吐き出していった大吾。デスゲームもどきの主催者はよし子だと、急に自分に矛先が向いてただただ驚いていた。
「あれ、まだそんな顔するの」
大吾はベッドに腰掛けたままのよし子の顔に、ぐっと自分の顔を近づける。キスされるかと、ほんの一瞬思ったくらいに顔が近づいた。
そして、すんっと大吾は鼻を鳴らす。
「そう、この匂いが、直感にきたんだ」
「匂い、ですか」
よし子は、超接近されて大吾に匂いを嗅がれたというのに、まだどこか呆けている。
「あ、もしかして私、臭かったですか!!」
一拍おいて、慌てるよし子。髪の毛や服を掴むと自分の鼻に持っていく。ふんふんとよし子の鼻息が聞こえる。
「あ、クサイとかじゃないよ。これも証拠なんかにはならないって分かってるし。ただ気になってたんだ」
また大吾は室内を歩き始める。もうすっかりこのながらスタイルが定着したようだ。
「白雪さん以外には、緊張の匂いみたいなのがしたんですよ。知らない場所で知らない人同士、何をやらされるか分からない。
ストレスだらけの環境で、色々分泌してると思うんです。俺も。
それが服や、汚れとあいまって今まで嗅いだことのない緊張の匂いになっているような。汗とか泥とか、そんな単純な感じじゃない、なかなか伝わりにくいですが。
よし子さんだけ、その緊張の匂いがしなかったんです」
大吾が言う匂いがどんなものかピンと来ず、よし子はまたぽかんとする。
「白雪さんが主催者だから、緊張がないんだなって思ったんです。
ただどうしてわざわざ参加者側にいるのか。ちょっと間違えたら怪我をする可能性もあります。現に、腿を怪我しています。
内部工作のために参加しているとしても、特に怪しい動きもしてないし。なんなのかなーって今でも思ってます。
なので、そこは是非白雪さんに直接教えて欲しいです」
よし子は大吾を見つめ返す。
「どうして参加したんですか。
あ、でも言えない事情もあると思うので無理強いはしないです。
真相を暴きたいわけではなく、ただ家に帰りたいだけなんで」
よし子は立ち上がると、大吾の真似をして室内を歩き出す。
「そう、ですね。うん!わかりました。
ちょっと予想外の探偵さんが登場しましたが、いいと思います」
今度は大吾が呆ける番だった。
「大吾くんは、周りをよく見て色々と考えていたってことですもんね。凄いです。
私は何をしたらいいか考えたような~でも実際は何もできていなかったということもお見通しだったなんて。うんうん。
そして証拠なき告発は力をもたないということもわかっていての、このお話ですもね。
本当に凄いです。そういう賢い人間が必要なんですよね。自分の立ち位置を自分で見つける。他のメンバーの足りない部分を補うように。うんうん」
「これは、どっちかな?」
「どっちって?」
「もうこの2人しか生存者はいなかった。というところで終わりにしていいんじゃないかな」
「そうだね…終わりでいいかな。次もそろそろだし。
て、もうサブローがいないや」
「早いなー」
「ちょっと体調も気にしてたから、いてもたってもいられなかったんだろうね」
イチローとジローが話していると、シローが立ち上がった。
「せっかく人の血があるんだから、次の血文字はホンモノを使おうと思う!やっぱり調合した人工物にはない味が出ると思うんだ。
食堂の先の通路、まだ血でびちゃびちゃだよね?ゴロー」
「ん、死体だけ片付けたよ。床はびっちゃびちゃだった。血っていうか、もろもろあるよ」
「ありがと、ついでに直した人形も置いてくる。ちょっとゴローも一緒にきて」
シローは次のゲームの小道具準備に充実した顔をしている。
「え、うん、じゃあまたイチロー、ジロー、また後でねー」
ゴローもシローの後を追って出ていった。
「ちょっと感動しています。この部屋に2人きりですよ。
私を疑っているというのなら、先制攻撃を加えることもできます。身を守るならそれが一番いいはずです。
それなのに、ただ家に帰りたいだなんて、欲深くもない!いや、もう優しすぎです!」
よし子は本当に喜んでいるのか、ぴょんぴょんと兎のように跳ねる。跳ねる。まだまだ跳ねる。
「やっぱり、適応力って鍛えられるのかもしれないですね。時間を追うごとに、持ち味も出ました。正直、大吾くんがエレナさんを疑っているなんて本当に気付かなかったです。思っていることを顔に出さないっていうのも大事です。
理性を身につける年齢からは、ポーカーフェイスが出来て当たり前じゃないですか。でもなかなか感情のまま表に出す人って多くないですか??多いですよね。
自己主張モンスターは、苦手です」
誰かを脳裏に思い浮かべながら話しているようだ。よし子の語りはまだまだ止まらない。
「えっと、それで、白雪さん。話を止めちゃって申し訳ないんだけど、俺は帰っていいのかな。帰れるのかな」
「そのクッション言葉っていうんですか。一言添えるだけで、受け手の気持ちは全然違います。いやな気持ちがしないようにする配慮!本当素晴らしいです」
熱を帯びるよし子の頬は、どんどん赤くなっていく。皮膚が薄いから、高揚による血の色が出やすくなる。
「あ、えっと、何でしたっけ。えっと、すみません。なんだか、ぼわんぼわんします」
よし子は自分でも足下が覚束なくなったと思った瞬間、ばたんっとベッドに後ろ向きに倒れていった。
「白雪さん!」
腕を伸ばして、よし子に駆け寄る。
大吾の記憶は、ここで終わる。
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