第5章

第36話

 真っ赤な塗装がされたコンパクトカーに4人の女性が乗っている。車と同様、みな真っ赤な衣装を身につけている。

ハンドルを握るのは、最年長のイチコだ。ヘッドドレスにこだわったが、車内では邪魔になるため外している。

「本当に忘れ物はないかしら」

ハンドルをしっかり両手で握るイチコは、不安そうに車内の他のメンバーに訊ねる。車は心地よく走っている。

「うーん、一応指さし点検はしたし、大丈夫だと思うけど」

 助手席のニコは、窓から外を眺めながら答える。夜の寂しい道路で、見える景色はほぼ真っ黒だった。赤いマグネットネイルがお気に入りだ。セルフネイルにこっている。今回は目で楽しむ赤をイメージした。


「てか、逆にそうやってイチコに言われると心配になるじゃん」

「ダイジョブ、ダイジョブ。イチロー達もなかなかやばかったらしいけど、何とかなりそうだって」

 後部座席のミコとゴコはわいわいと答える。お互いの個性を出そうと、ファッションセンス合戦をした結果、ミコは着物、ゴコはウェディングドレスに落ち着いた。赤のグラデーション、ビジューで出来る限り目立つようにと盛りに盛った。

奇抜さが仇となって機動力はないに等しい。

「本当?出来るだけミスは少ない方がいいから。こうやって運転しているだけでも不安になっちゃうの。

ほら、1人バイクで少し先を走ってるヨンコちゃんも事故にあってないかなーとか」

「ちょっと、勝手に事故らせないでくれる?」

 ニコの膝の上に置かれているタブレットからヨンコの声が聞こえてきた。

「あ、そんなつもりじゃないの。単に心配で心配で。悪い方に考えちゃう性格なのよ」

イチコの弁明がタブレットを通じてヨンコに届く。

 みちみちの車に乗りたくない、とヨンコはバイクに跨がり颯爽と走っている。赤いライダースーツが妖艶ポイントをあげてくれる。髪色もこの日のために綺麗な赤に染めた。早くヘルメットをとって、髪の毛をさわりたい。


「イチロー達も、結構大変だったらしいから。イチコが気にするのも分かるけど。こういうのはもう楽しんじゃうのがいいと思う」

「そうそう!むしろアクシデントがあるほうが燃えるでしょ」

 後部座席では、おやつパーティーが始まろうとしていた。どこから取り出すのか、お菓子の袋が続々出てくる。

「それに、わたしたちのゲームの参加者は、おじおばばっかりだよ。そんなにアクティブじゃないから大丈夫だって。若いわたしたちの方が動けるから。対応は余裕でできるって」

おやつをどんどん開けながらゴコが言う。

「ゴローもさ、いい感じに恐怖演出してくれる死体も置いといてくれたって。あれで結構やる男じゃよ」

「でも、今回は最初から参加者に1つずつ武器を渡しておくじゃない。ちゃんと使い方とかわかってくれるかしら。毒なんか、取り扱いに気をつけないと」

「まぁ、分からなかったらそれまでだし。え、なに、イチコ、これからトリセツでも用意しようって思ってるの?」

「だって、武器の持ち腐れなんてされたらガッカリするじゃない。せっかく用意したんだから、最大限に活用して欲しいじゃない。

なかなか手に入らないものを用意したんだから」

 イチコがアクセルを強めに踏む。


「わたしはさー動物要素とか増やしたかったけど。ピラニアに食われる!とか、象に踏まれる!とか、ハチに刺される!とか。

これぞ非日常と思えるトラップをやりたかったよ」

 ミコはポケットから新たにおやつを出す。ミコ渾身のアニマルデスゲームをやりたかったのだ。

「それこそ、予定外だらけでパニックになるでしょう。なに、そのハチに刺されるって。それはまだ日常の範囲内でしょう。

思った通りに動いてくれないわよ、動物って。

それに臭いとか掃除とか、餌だって大変でしょ。この人数じゃあとてもじゃないけど無理ね」

 ヨンコに指摘されるとミコはぷうっと頬を膨らまる、チョコレートをかじる。

「あ、てか、参加者に打ったの?探知機。たしかミコの担当じゃなかった?」

「あぁ~実はまだなんよね。ちょっと注射とか恐いじゃん?相手は眠ってて何も言わないかもだけど、プスリと打つにはちょっと勇気がまだ出なくってさ」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!もうー向こうに着いたらまずそれやらないと」

「あはは、ごめんねヨンコ」

 5人は順調に目的地に向かう。


「48時間で、どれくらいやってくれるかな」

 ニコが変わらず、真っ黒な車窓を眺めて言う。

「おじおばのやる気次第だけど、正直あんまり動きはないと思うな」

「全員、何もしないってこと?」

「うーん、何となくだけど。大人なんだから、突拍子もないデスゲームなんて乗るかなー普通に脱出するために頭使うでしょう」

「その辺も、データとしてとれればいいかな。年齢層によっての、殺る気みたいな。

わたしたちのゲームには、殺人鬼役はいないし」

「でも、本当何もしないままだったら、見てるこっちもしんどいよね。

一応、48時間っていう制限時間はあるけど」

「ふふふ~その時は最後、花火の時間を設けてますよ」

 今日、初めて心からの笑顔をイチコが見せる。

「花火?」

「ふぁいやーふらわぁ?」

後部座席組はニコニコとしてお菓子を口に詰め込んでいる。手がべたべただ。

「そう、もし1人も天に召されないなんてつまらないゲームになった場合、最後はあの屋敷の一部を爆破してよいと言われてます。爆弾は用意してもらってる」

 イチコは片手を天井に突き上げる。

「なにそれ、まじ?」

「ドカーン!!」

「終わり良ければすべて良し」

「誰がスイッチ押すの」

「そこはじゃんけんで決めよう」

 きゃっきゃと車内は盛り上がる。車自体が笑っているかのように。


「あ、向こうから連絡きた」

 ニコの言葉で、車内の笑い声は一時停止する。

「時間通りに、わたしたちのゲームを始めてOKだって」

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