第35話

「あの教師を殺すことになった時のこと、白雪さんはあまり見てなかったかもだけど、とても引っかかったんです。

美島さんの言動に」

 よし子はぐるぐると記憶のねじを巻いて、その時の様子を思い出す。大吾の言うように、あまり詳しくは覚えられていない。

「あの時は、今よりももっとカオスな状況でしたよね。たしか。

エレナさんの元副担任の先生を、その、3人で、その。

でもあれは指示があったからですし、今でも感謝しています。みなさんのおかげで、ドアは開いたんです!道がつながったんです」

 力みながら話したせいでベッドに力が伝わり、よし子の体が上下にゆれる。

「そう言ってくれると、気持ちが少し楽になります。ありがとう。

でも、思い出してほしいのは、あのバツ印の扉が開いた時の状況なんです」


「こっちのモニターで、その時の映像だしてみようか」

 サブローがぱたたっとタブレットに指を打つと、上のサブモニターに録画されている映像が映った。

「一緒に謎解きしてるみたいだね」

「バツ印の扉が開いたのが、この時だね」

一時停止された画面を、シローとゴローが食い入るように見る。

「じゃあ再生するよー」

たんっとタブレットを叩くと、音声とともに映像が再生される。

「「うーーーーーーん」」

 シローゴローペアは、同じ方向に首をひねる。大吾が指摘している変な箇所を見つけられなかったようだ。

「注意力散漫だな」

「もう少し、脳トレをさせたほうがいいかも」

「それなら、次のタスクとして検討しておこう」

 優雅に笑う3人。

「えー、もう1回再生してよ」

「たぶん、次見たら気づけると思う」

「だめだめ、タイムオーバーだ。ほら、生まれたての迷探偵が答えてくれるぞ」

 ミニクイズに解答できずにペアは不服そうな顔をしていたが、メインモニターに視線を戻す。


「教師の男は、扉に背中を向けて膝をついていた。すぐに美島さんが気づいて、男に抱きついた」

「そう、ですね。すぐに恩師の先生のところに走っていきました」

「でも、おかしいですよね」

「?」

「男の顔は隠されていたし、開いた扉から見えたのは裸の背中くらい」

「顔は見えなかったし、先生は声も出してなかったですね」

「それなら、美島さんは何で男のことを判断したんだろうって」

 ふむ、とよし子は少し上を見る。その時のことを精一杯思い出す。どうしてエレナが教師を判定したのか、出来たのか。


「あ、あれですか。恩師の先生っていうこと自体が嘘だったとか。

適当に恩師の先生だ!って決めつけたのではないでしょうか」

 よし子の推論はすぐに大吾に却下される。

「そうだとすると、そんなことをする動機がよくわからないかと。

ただの通りすがりの男なら、わざわざ恩師という設定をつける必要がないです。

あれは本当に男のことを心配して、この前提で考えていいと思います」

「そうですよね、うーん。

見えたのは背中だけなら、背中に何か目印があったとかでしょうか」

「そうそう、そうです!見えるところに分かる印があったんです」

「でも、そんなものありますか?制服なら同じ学校とか、わかりますけど。個人を特定できるもの、先生と判断できるもの、うーん」

 よし子は分かりやすくハテナマークに囲まれている。

「男の背中、右寄りのこのあたりに特徴的な形のアザがありました」

「アザ」

「はい、あの時…男が自分の目線よりも高くなった時に、アザを見つけました」

「たしかに、体に特徴的なアザがあればピンとくるかもしれませんね」

 よし子はぽんっと手をうつ。


「でも、普通、学校の教師の裸なんて見る機会ありますか?」

「そうですね、あまりないかもです」

 よし子は想像する。運動部の部活であれば機会はあるかもしれない。けれど、エレナが運動部でないことは分かる。あんなに髪や爪を気にしていてスポーツはできないだろう。

 では男が体育教師で、授業中に着替えることがあったら可能性はゼロではない。と思ったがその可能性も低く思えた。体育教師らしい体つきには見えなかったからだ。若干の偏見ではあるが。

「そうなると、どういうことですか?」

「たぶん、大人の関係だったのではないかと思います」

「おと!そういう関係ですか?!」

「そういう関係であれば、互いの体のことは分かるでしょう」

 大吾は少し気恥ずかしいのか、よし子に背を向けて窓の方へ歩いていく。見えもしないすりガラスの向こう側を見る。

「絶対、ではないですが、疑う材料としては十分でした」

「でも、その、そういう関係なのに、殺しちゃったりしますか?」

「親密な仲だからこその、こじらせ案件があったかもしれないです。

男は結婚指輪をしていたので、不倫でしょう。このワードが出たら愛憎劇がいくらでも作れます。他にもゲスの勘ぐりはいくらでもできます。

もう美島さんに話を聞くことはできないかもしれないですが、概ね当たっているんじゃないかな。

あの男を殺す決心をしたのも、真っ先に吊るための鎖を握りしめていたのも美島さんです」


 よし子は大吾の説明を聞きながら、感心していた。

こんな環境下で、色々なことに気を配り、拙いながらも説明をしてくれる。

よし子は3人が教師を殺害する時、見ることなんて到底できなかった。瑠偉の介抱を名目にして逃げ出したというのに。

 さらに大吾は教師の体も、観察をしていた。

広間を出る時に、大吾の手は小さく震えていた。もちろん恐怖でだ。それなのに、少しでもヒントを得ようと努力もしていたのだ。


「ここまで言いたいことをばーっと言ってしまったんだけど、大丈夫かな」

 大吾はまたよし子の前に戻ってくる。

「あ、はい。お話はとても興味深いものです。ただ、証拠はないんですよね」

「うん、直感のみ。妄想って言われたら否定できない」

「そうですか」

 しんっと、室内が静かになる。

「ただ、証拠はなくてもいいんだ。自分の中で出した答えがこれだから。

証拠を並べて誰かを告発したり、犯人を脅迫して利益が欲しいとかでもない。

ただ、家に帰りたいだけだから。これでいいかな」

 大吾は、ぎゅーっと腕を上に伸ばして、背筋をほぐす。よし子が黙ってその様子を見ていると

「あれ?まだ終わらない?

白雪さんが、このデスゲームもどきの主催者なんでしょ」

 肩のストレッチをしながら、軽い口調で大吾が言った。

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